できる女はもちろん、“料理で男の心を掴む”のだ。
それはもうガッチリと!
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と忍足の同棲は主に自炊だった。 趣味が料理というほどでもないが彼女は一通り料理はできる。 凝ったモノはあまり好きではないらしいが。 そして忍足の方は、手先が器用で料理にはこだわりがあるらしい。 彼の特技は魚を三枚に下ろすことである。
「ねえ…」
「ん?どうしたの?」
「私も、のやってることお手伝いしたいの。出来るかな?」
そんな二人の所にやってきた猫耳尻尾付の“猫人間”景吾と。の休日を利用しては初めての料理に挑戦中だった。
毎日調理場で美味しいご飯を作る。太郎ちゃんの家では、シェフがいて給仕がいて…作ってる場面なんて見たことがなかったもの。 揚げ物をしているとき以外は調理場へ入っても良かった。 時々お皿を並べたりして…お手伝い。頑張るんだから。 景吾は相変わらずソファーに座ってばっかりだけど。
「うーんと…、バターと砂糖と…卵。牛乳に…」
材料をパタパタと取り出すの横ではエプロンの紐を結んでいた。尻尾に当たるのがどうも気に入らない。 何度も何度も微調整している。その間にも尻尾は右へ左へと揺れていた。 くすぐったいのは御免だわ。気が散るもの。
「、長い髪は料理中邪魔になっちゃうの。 髪留め貸してあげるから結んでね」
「はーい」
受け取ったシュシュで髪を纏める。本当はみたいに高い位置で結わいたかったけど、中々うまくいかない。 仕方なく、下の方で結んでおいた。
“キッチンは女の戦場だ”ともは宣言した。 今はの独壇場と化しているので、男二人…一人と一匹は大人しくリビングで座っている。 向こうからは女同士の楽しそうな声が聞こえてくるのだった。
「それにしても、ちゃんがいきなり料理するって言い出すなんてなあ。将来有望やで。」
キッチンに目を向ける忍足の手には映画雑誌が握られている。 どうやら向こうが気になって仕方がないらしい。先ほどからページは一切捲られていない。 その隣で長い脚を組む景吾は視線を手元の新聞から動かさないまま答えた。
「でもあいつ、前まで魚は切り身で動いてると思ってたんだぜ?」
「もう景吾!言わないでよ!!」
「あん?事実だろ。まあ、は本物の魚なんて見たこと無いからな」
「何やったら今度三枚に下ろしたるで。俺うまいねん」
キッチンの方から聞こえた声がなくなったかと思うと今度はバタバタと近づく音がする。 やってきたのはフリフリのレースが揺れる“少女趣味”なエプロンに包まれただった。
彼女が“魚は切り身で生きている”と思っていたのは、生きた魚を見たことがないからである。 料理として運ばれてきたお皿の上に、魚は原型ではなく調理された形で乗っていた。 榊から魚料理と聞かされたそれをは“魚”であると信じ込んでいたのだ。 そして彼女が本来の“魚”を知ったのは、最近のことだ。 読んでいた本に、水の中で泳ぐ見知らぬ生物の絵が載っていた。 景吾に尋ねると驚かれると同時に馬鹿にされた。その時のの拗ねっぷりはすごいものだったらしい。
「景吾!どうかしら?に借りたのよ。」
くるりと回ってエプロンを見せてみた。 変なところがないか色々とチェックしたけど、もしかしたら変な所が残っているかもしれない。 本人は多すぎるフリルやレースは気にならないようだ。
「腰紐が尻尾に当たるとくすぐったいの」
「悪くない。だが、そのエプロン…」
「俺の趣味や」
割って入ってきた忍足は、を上から下まで観察していた。 笑顔で「似合ってる」や「かわええで」と心がこもっていないような胡散臭い言葉を繰り返す。
「なあー景ちゃん。猫耳に尻尾にフリルのエプロンって、たまらんなぁ。―って」
ヒュンっと、忍足の顔に向かって勢いよく新聞が飛んできた。 それは顔に当たる寸前で、忍足の手によって止められる。 あと一秒でも遅かったら直撃していたであろう。まったく容赦ない。
「えらい敵意向けられてんなぁ。冗談やって」
「その名で呼ぶな。忍足、今度をその汚れた眼鏡で見やがったら引っ掻くぞ」
景吾の全身の毛が逆立つ。後ろからはドロドロとしたオーラが溢れ出ていた。 目の前の状況が掴めていないは首を傾げるに留まった。 未だキッチンからは戸棚を開け閉めする音が響いてくる。
榊の家で暮らしていた間、景吾とにとって不自由などなかった。 むしろ榊自身が甘やかし過ぎてしまったのだ。 まるで箱入り息子や箱入り娘のように。二匹とも本や新聞を読んで、あるいは榊に教えられて物事を学んだ。 基本的な事は学習済みだが、景吾とでは知識量に差があるようだ。 知識ではなく、実際に何かを行う経験の方は二匹ともまだまだ浅い。 榊の家では料理などせずとも全て出来上がった状態で、それらは皿の上に乗って運ばれてきた。 知識量の多い景吾でさえ料理はしたことがない。 この家に来て初めて料理を目にしたは、キッチンに潜り込んでずっとを見つめていたほどだった。 あまりに熱心な視線に、は今度の休みに簡単なおやつ作りを約束したのだ。
「大体お前にはがいるだろうが。」
「景ちゃんあかんねん。最近全然あのエプロン付けてくれやんねん。はなあ、猫耳全然似合わん。どっちかってゆうと、ウサギの方が…」
―ドスッ
「侑士?ごめん、それ期限ギリギリだから今すぐ食べてくれる?」
「堪忍や。納豆は死んでも無理や!」
獣耳について熱く語っていた忍足の側面に納豆三連パックが直撃した。 中身は漏れてないものの、パッケージの角は潰れている。 その衝撃はなかなかのものであろう。の方はしてやったりという表情であった。 関西人の忍足は納豆は一切食べない。
「。ちょっと来てくれる?」
「何?」
に呼ばれた。何だろう。はキッチンへと戻っていく。 先ほどとは逆にバタバタという音が遠ざかっていった。
「で、ちゃん。何作ってるんや?」
「パンケーキよ!」
ずれた眼鏡を片手で戻している忍足の言葉に、返事はすぐやってきた。は女の戦場に戻ってしまった。 ソファーにいる景吾は、耳だけはキッチンの方を向けている。 向こうが気になっていることは見え見えだ。 そんな様子を見ながら、忍足は心の中で「素直じゃあらへんなぁ」と呟くのだった。
「ごめんね。今ちょうどミックス粉だけ無くて、面倒だけど薄力粉から作るわね」
「了解!」
エプロン姿の二人が並んで作業が始まる。 混ぜるのは。粉を加えたり、量ったりするのはの担当だ。 横に置いてあった白い卵を取り出すと、に見せた。
「まずは卵を割りまーす!初めは両手で。慣れたら片手で割れるようになるわよ。力を入れすぎないようにね!」
「ふーん。簡単そうね」
の手本をじっと観察する。卵はコンコンと叩かれると、二つに割れた。 中からオレンジ色の黄身が姿を現す。 弾力のある白身の上で、黄身は傷一つない状態だ。
手渡された白い卵を両手で掴むと、はがやってみた通りに卵にコンコンと衝撃を与える。 そこまでは至って普通だった。だが何個割ってみても、うまく割れない。 殻が入ったり黄身が潰れたりという結果だ。とっくに必要な分の卵は割ったが、納得がいかないらしい。
「ったく、何個割るつもりだ?俺様に貸しな」
「け、景吾?」
いつの間にの背後にやってきていた景吾はキッチンに踏み込むと、彼女の手からさっと卵を奪う。 卵を片手に、フンと鼻で笑うと器用に片手でカチャリと割る。 割られた卵から、綺麗なオレンジ色の黄身が姿を見せた。 手先が器用な景吾は得意げにを見つめた。 何よ!負けず嫌いのは、ムッとした表情で景吾を見つめた。
「手に力が入り過ぎなんだよ。卵を包むようにして…」
「!」
すっと景吾の手が伸びてくる。の両手に、景吾の手が重なる。 後ろから抱きすくめられるような姿勢に、少しだけ恥ずかしくなった。 彼の手に導かれるように白い殻は二つに割れた。 ただそれだけのことなのにうれしくて仕方がない。 自分が割った卵を見つめながら、照れたように静かにほほ笑む。
「ふふ…!」
景吾の腕の中では幸せを感じた。 傍から見れば微笑ましい光景なのだが、今は料理中である。 キッチンにはもいるのだ。その光景に、は少々のためらいを持ちつつも口を開いた。
「はーい。卵はもう十分よ。ってゆうか、ちょーっと多いかな…。次、行くわよ!」
必要な分の卵を取り分けると、次に混ぜる材料をいくつか持ってくる。 それらを卵の入ったボールに加えると、は泡立て器を片手に混ぜ始めた。 景吾はその様子を真横から眺め続ける。
「これは香り付けのバニラエッセンスって言うの。甘い香りがするでしょ?」
「ふーん。…本当!美味しそうな香りだわ」
茶色い小瓶からはバニラの甘い香りが漂っている。 瓶越しに見ると、中には液体が入っているようだった。
ふと、甘い香りに誘われては口を近づける…
「に゛ゃ!!??」
濁った大きな声に、キッチンにいたと景吾はすぐさま振り向いた。 そこには、目をつむりながら全身の毛を逆立たせ、耳や尻尾はピンと張ったままの。舌を出したままピッタリと固まってしまっていた。
「おい!?」
「ちょっと、どうしたの!?」
「に、が…い…」
状況がつかめていない二人に、は細々とした声で答える。 先ほどまでピンと張られていた両耳や尻尾は、力なく下がっていた。 彼女の手に握られていた小瓶に視線が集まる。
「馬鹿!何わけのわからないもの食ってんだよ!!」
「だって甘い匂いがしたから…」
「あー、食べちゃったのね。この匂いの成分は“バニリン”って言う化合物なんだけど…うーん…これは香り付けが目的だから、そのまま食べるものじゃないの」
「バニリ…?」
「そう。もう食べちゃ駄目よ」
の忠告に頷いた。苦い。不味い。甘 い香りなのに、こんなの食べ物じゃないわ。目にはうっすらと涙が滲んでいた。 よほど刺激が強かったようだ。の両耳と尻尾は相変わらず垂れ下がったままだった。
「さっ!気を取り直して次!小麦粉を入れまーす」
粉を入れ始めると同時に混ぜ始める。白い粉は混ぜるたびに薄い黄色に染まっていく。 ざっと混ぜ合わせていくと生地の出来上がりである。
「今度は焼いていくわね。フライパンを温めます。火、危ないから気をつけて」
「危ない!?」
さっきの出来事もあってか、危ないという言葉に敏感に反応してしまう。 ピクリと尻尾を動かすを見て、景吾は彼女の頭に手を乗せる。そして耳元で呟く。
「ばーか。火なんて下手に触らなきゃ危なくねーよ。安心しろ」
「わかってるわよ」
手渡されたお玉で生地をすくい上げると、温まったフライパンに流し込む。 黄色い生地は綺麗な真ん丸になった。 温まった直後に入れたバターの焦げた香りが鼻につく。
「景吾、これ月みたいね。丸いから満月よ」
「見えなくもねーな」
フライパンを指差しながら話していると丸い月のようなパンケーキに、ポツポツ穴が開き始める。 その変化にもは尻尾を揺らせた。ポツリ。ポツリ。また穴が開いていく。 会話を聞きながら、『猫だから丸いものとか好きなのかな?』と考えるであった。 あっという間にパンケーキは穴だらけになってしまった。
「そろそろ、このヘラ使って裏返してね。」
引き出しから道具を取り出すと、二人のいる方に差し出す。が手を伸ばした時に、背後から声がした。
「なんや、裏返すんならまかしとき。こうゆう時に関西人の血が騒ぐんや。 俺なんてお好み焼きひっくり返すのプロやねんで」
ひょろりと現れた忍足はの持っているヘラを取ると、フライパンの前に立つ。 腕まくりをしたその表情は得意げなものだった。 手首のスナップを利かせると、パンケーキが裏返る。 黄色いクレーターだらけの月はこんがりとした茶色に変わってしまったのだ。
「侑士、ここ一応女の戦場なんだけど?」
「堅い事言わんといてや。久しぶりにのエプロン姿見れるんやから」
「まあ、今日は特別よ」
の頬が薄く染まる。 そんな姿を見られないようにするためか、横を向いてしまった。 女二人から始まったパンケーキ作りもいつの間にかキッチンに全員集まってしまう形になった。 特別広いキッチンでもないので、コンロ前に立つ一人以外はその人を観察する形になる。 そしていきなり後ろを振り返ると、忍足は景吾にヘラを差し出した。
「ほら、景ちゃんやってみ。俺のヘラ捌き見とったから参考なるやろ」
「アン?何で俺様が…」
「ほなら、俺とちゃんで進めとくわ。後ろで大人しく見とくんやで」
何かを含んだ微笑に忍足の眼鏡がキラリと光ったのを景吾は見た。 『侑士、もう穴だらけよ!』というの声に、彼は小さく返事をした。 その言葉に景吾のスイッチが入ってしまったらしい。 強引に忍足の手からヘラを奪い取ると、彼の定位置であったコンロ前までも奪ってしまった。
「この俺様に出来ない事なんて…」
「景吾!もう穴だらけよ!!早く!」
「…フン」
の急かしに負けたのか、景吾は無言でひっくり返す。 綺麗に裏返ったパンケーキの色は先ほどよりもこんがり焼けていた。 彼は器用な性格なので飲み込みも早い。 最も、パンケーキを裏返す操作は簡単なのだが。が丸く綺麗に生地を流し込もうと奮闘し、焼けてきたら景吾が裏返す。 も侑士も、後ろでその様子を見ていた。 一枚一枚焼いていたので、あっという間に時間は過ぎていった。
「はい、みんなの分完成よ!」
の声に、リビングに戻された男二名の目が輝く。 キッチンから両手に皿を持ったとがやってくると、テーブルの上に並べる。 ジャラリとした金属の音が響くと、ナイフとフォークも並べられた。 焼けたパンケーキの甘い香りが広がる。それぞれのお皿にはチョコレートソースで名前が書かれていた。
3時のおやつの時間の始まりだ。 片手にはナイフ、片手にはフォーク。パンケーキを一口サイズに切り分けていると、が何かを思い出す。
「あ!卵割り過ぎたんだった。うーん…、今晩は『オムレツ』に決定ね。、お手伝いする?」
「もちろん!そうだ、景吾もね」
「俺様はが作ったものでいい…」
初めての料理。
景吾とと侑士で作ったメニューは『パンケーキ』 卵は失敗したけど、景吾に教えてもらったら綺麗に割れました。 バニラの甘い匂いには注意しないと駄目みたい。 侑士も景吾も、料理が上手! 景吾は二人で作ったパンケーキ、残さず食べてくれたわ。
料理上手になったら…、できる女になって…景吾に喜んでもらうのよ。
猫として日常の中で多くのモノに出会い、多くのモノを知ります。
べ様と二人、知ること生きることの暖かい喜びを感じていただけたらと思います。
化合物名とかポロっと出てきたのは、理系だから…ということで。
バニラエッセンスは舐めてはいけません(実話)
20100303*星宮はちこ 裏語