窓から外を眺めると、高い建物や低い建物がびっしり並んでいる。 遠くから流れる川と緑の集まる公園も見える。空は晴天、 お散歩日和だ。
と侑士の二人に頼んで、景吾と二人での外出の許可をもらった。 元々、『たまには外に出してあげる』と榊と約束していたので二人とも何とか了承したのだった。
外に出る時の決まりは五つ。
一、猫だと気付かれないようにすること。(耳と尻尾を隠す)
二、見知らぬ人に付いていかないこと。
三、迷子にならないように知らない場所には行かないこと。
四、何かあったら侑士かのどちらかに連絡すること。
五、一人にならないこと。
小言も合わせればその数は両手では数え切れないくらいだ。 二人は耳が痛くなるほど聞かされている。 猫の耳と尻尾を隠せば、外見上は人間と変わりない。 耳は帽子で、はスカート、景吾はズボンで尻尾を隠している。 買い与えられた真新しい携帯電話には、侑士との携帯と家の番号だけが登録されていた。 景吾もお揃いの携帯電話を持たされている。 手にした時こそ触っていたが、まだ使い方がよくわからないらしい。 は携帯電話をポシェットに入れると、必要な物を確認する。 最後に、冷蔵庫にあるお昼のサンドイッチを手持ちのカゴに入れた。 二人の為にが作ったものだった。
「、早くしないと置いて行くぞ」
鍵の管理は景吾の担当らしい。 玄関から急かす声がすると、荷物を持ってが走る。
「待って!」
ドアを開けると暖かい風と太陽の光を存分に感じた。 昔から散歩は大好きだ。
太郎ちゃんの庭で散歩をすると、そこはいつも満開の花で溢れていた。 景吾は外に出てもずっと外国の本を読んでいるばかりで、私が色々な花を見つけては手折って景吾に渡した。
ある日見つけた小さな花は、いつも歩く花垣の横にひっそりと二輪だけ咲いていた。 蔓のように伸びる腰ほどの高さの木には、咲き乱れる数の花が似合ったが咲いていたのは二輪だけだった。 名前はわからなかった。その花を一輪手折り景吾の元へ走る。 走りながら、手にかすかな痛みを感じた。 花を差し出すと景吾は静かに受け取ってくれた。 でも、茎をつまみくるくると回し見ていた景吾が言った言葉は「雑草だな」だった。 その言葉がとても悲しくて、逃げるようにそこから走り出したことを覚えている。 自分でもわからない。けれど、景吾に何かを否定されたような気がした。 部屋に戻ると悲しみがすっと込み上げてきて、いつの間にか涙が頬を伝っていた。 涙を拭った左手に、小さな刺し傷と僅かな血が滲んでいるのが見えた。 次の日まで景吾とは口を利かなかった。
翌日、一人で花垣を訪れると残しておいたもう一輪の花が無くなっていた。 その場に座り込み、小さな木に寄り添いながら空を眺めていると足音が近づいてくる。 この足音は景吾のものだ。 景吾は両手いっぱいの花を抱えていた。景吾が好きな深紅の薔薇。 私が目を丸くさせていると、視線を逸らしていた彼が口を開く。
「…、昨日は悪かったな。お前には、あの花よりこの薔薇の方が似合う」
そっと、しゃがんだ景吾と目線が合った。手元の花を一本、私の耳元に差し込む。 まだ何が何だかよくわからない私は瞬きを繰り返していた。
「それから、これ。が取ってきた昨日の花だ」
景吾が差し出した物は小さな紙だった。細いリボンの付いた紙は、本に挟み込む栞(しおり)だ。 受け取ってその表面を見てみると、昨日の小さな花がぺったんこになっていた。
「昨日の花だわ。」
「…押し花。摘んだ花はやがて枯れる。 少しでもその花を残したかったから、榊に教えてもらった。 俺様が悪かったのは事実だ。そこは認めてやる。が…あんな表情をするとは思ってなかった」
どこまでも、景吾は景吾だった。それに…“少しでもその花を残したかったから” その言葉がとても嬉しい。 雑草と言われたあの花は、捨てられるのではなくここにある。 景吾が何かを取り出すと目の前に差し出した。
「もう一輪見つけたから、俺様とでペアの栞だ。この木に生えてたのは、こいつとそいつの二輪だけだったみたいだな」
「うん、そう。この木に咲いていたの。何だか私と景吾みたいだなって…」
言いながらとても恥ずかしくなってきて景吾の顔が見れない。 ずっと景吾が持ってる赤い薔薇ばかり見つめていた。
「ごめんなさい」
声を振り絞って言葉にした。 怒って悲しくなって泣いたのは事実だが、遠い昔の出来事みたいな気がした。 昨日の事は、景吾の心配とこの栞の分で帳消し!
「ばーか。こういう時は“ありがとう”って言うんだよ!」
「フフ…。ありがとう景吾!」
自分の気持ちを素直に口にしたら、昨日とは違う感情が込み上げてきた。 悲しくないのに涙が滲む。そして温かい嬉しさに包まれた。 景吾の胸に沈みこむと、私は声を上げて泣きながら笑った。 赤い薔薇が辺りに散らばったけど気にならない。泣くと笑うは別物なのかもしれない。 でも、私は泣きながら笑ったのだ。景吾はただ私の頭を撫でつづけてくれた。
散歩をすると、あの出来事を思い出す。栞は今も大切に使っている。
「ねえ景吾。今日は良い天気ね。散歩にはもってこいだわ」
「ああ。毎日あの家に居ると退屈で仕方ねーからな」
景吾とは二人並んで歩いていた。 彼女が持っていた昼食入りのカゴは、今は景吾が持っている。 玄関を出ると、景吾がさり気なく持ってくれたのだ。次の角を曲がると大きな公園が見える。 そこは小さな公園ではなく、芝生や池もある大きな公園だ。 休日ともなれば、ランニングをする人や家族連れも多く見られる。 二人が公園の入口を通ると、今日は平日なのであまり人はいなかった。
散歩道を進む。立派な並木道を進み、池のほとりを右に曲がる。 池の裏側に繋がる細い道を進むと人がほとんど訪れない場所がある。 陽の光が差し込むその場所には、緑の芝生が広がっていた。 ここは忍足が二人に教えた場所だった。 読書が好きな忍足は、あまり人が訪れない場所を知っているのだ。と景吾にとっても、ここはお気に入りの場所になった。
「よし、ここで休憩!」
が敷物を広げ腰を下ろすと、景吾も隣に座る。 お昼にはまだ早い時間だ。視界にひょろりと動く長い何かが映る。 そちらに顔を向けると、間違いなく景吾の尻尾だった。
「ちょっと景吾!外では出しちゃいけないって約束よ!」
「アン?は“猫だと気付かれないようにすること”とは言ったが、こんな人がいない場所なら問題ないだろ。 大体、…ズボンの中気持ち悪いんだよ」
は“猫だと気付かれないようにする事”と言い聞かせた。 耳や尻尾を外でずっと隠し続ければ、ばれることなどない。
“猫だと気付かれないようにする=気付かれなければいい”
ここはほとんど人が来ないので、ここで耳や尻尾を出していても問題はないだろう。 言葉遊びのように、景吾は勝手な解釈を加えたようだ。
「そう…?…ね」
ふと考え込むも、その言葉に妙に納得した。景吾には説得力もあるので、彼女は深く考えないまま納得してしまう。 自分の帽子に手をかけると下から猫の耳が現れる。 スカートの下から尻尾を出して動かす。 ピッタリとしたズボンほど気持ち悪くないものの、違和感は拭えないようだった。
景吾は読みかけの本を広げると、黙々と読書を始める。 家にいても侑士やは学校に行ってしまう。特にこれと言ってすることもないので、彼らは本を読んで一日のほとんどを過ごす。 それが一種の学習にもなるからだ。散歩で外に出ても結局は本を読む。 屋内と屋外、特に公園のような自然の中では気分も違うだろうが、はそれが退屈で仕方なかった。 折角外に出たのだから、もっと違う事をしたいと思う。
「ねえ景吾。向こうの池に行きましょうよ!」
「後にしろ。俺様は今忙しいんだよ」
「全然忙しそうには見えないわよ」
目を細めては景吾を見た。 景吾の視線は相変わらず手元の本に向けられたままだ。 彼が持っているのは外国語で書かれた本だ。には読めない。
「もー、いいわ。一人で行く」
そう言うと興味を失ったようには池へと足を進める。芝生は青々と生い茂っていた。 若い緑の芝を踏みしめる感触さえ新鮮だった。 池のほとりには小さな柵が張られている。柵と言ってもこちらは人が訪れることの少ない池の裏側。 腰を越える程の高さもない。 その柵に寄りかかると、は池を見つめた。岸に近いのでそう深くはないようだ。 太陽の光が底まで届き、水草や小さな水中生物が動いていた。 そこでは水面に映る自分に気付いた。
ヒトじゃない
ネコでもない
猫の耳と尻尾を持った人間。この世界に私たち以外にいるのだろうか? このような姿形をした生き物が。自分の耳をピクリと動かすと水面の自分も同じ動きをした。 風が吹いて何度か髪が揺れる。その度に水面には波紋が広がった。
波紋を目で追うと別の動く何かが視界入った。
「蝶…」
小さな蝶がその翅をパタパタと動かし、風に流されるかのように飛んでいる。 ずっと目で蝶を追うと、今もたれ掛かっている柵に止まった。 手を伸ばしたら届く距離だ。猫としての本能が疼く。じっと蝶を見つめる。 尻尾は右へ左へ。 息が詰まりそうな間の後、素早く獲物を捕える。
「っ!」
手の中には何もいなかった。金属の柵に勢いよく手をぶつけた痛みだけが残る。 蝶は池の上を飛んでいた。どこからともなく飛んできたもう一匹の蝶と、くるくると螺旋を描きながら飛びまわっている。
「何よ、楽しそうにして」
羨みをもった目で飛び去る蝶を眺める。 少しの間目で追っていると、すぐ見えなくなってしまった。 彼女の興味はどこへも向けられず、ただ時間だけが過ぎて行った。 後ろを振り返ってみると黙々と本を読む景吾の姿。
「つまらない」
ふてくされたように数歩足を進める。 池の柵から少し離れた所で、立ち止まるとその場にごろんと寝転がった。 榊がいたら“そんなところで寝転がってはいけない”と怒られるだろう。
「空は綺麗ね。今頃、太郎ちゃん何しているのかしら。や侑士は学校で…」
の呟きは空に吸い込まれていった。
風に揺られて髪が頬をくすぐる。耳には草木の音が響いていた。 ぼーっと、色々なことが浮かんでは消えてゆく。 最後に『景吾は…』と呟いたところでの意識は途絶えた。 お昼の暖かい日差しの中、は眠る。
夢を見た。 ふわりふわりとした感覚の中、どこかで呼ばれているような気がした。 手に感覚が戻ってくる。
「おい!!」
「ん…。景、吾?」
陽の光が眩しかった。すぐに目を開けることができない。 やがて日差しを遮るように影がを覆う。声で景吾だとわかる。途切れ途切れにその名を口にした。
「ったく!こんなところで寝るな。風邪ひいても知らねえぜ」
「ごめんなさい」
寝起きの状態でいまいち頭が働かないが、自分が悪いようだ。 とりあえず謝っておいた。
「ん~っ!!…眠ってたみたい」
全身を伸ばすとようやくは覚醒した。相変わらず空は青く、風は心地よかった。陽の光が眩しい。
「今何時?」
「…昼過ぎ」
時間を聞いてみると、短く返事だけがした。景吾にしては珍しい拗ねた声。 不思議に思い、振り返ると景吾の手。
「ランチの準備はとっくにできてるぜ、お姫様」
嬉しいような恥ずかしいような気分になる。 無言で手を取ると、すっと引っ張られて歩きだす。 前を進む景吾の表情はわからなかった。 荷物を広げた場所には、持ってきたサンドイッチや飲み物が準備されていた。 導かれるまま景吾の横に腰を下ろす。
「ほらよ」
「…ありがとう」
手渡されたタマゴのサンドイッチ。 挟まれているゆで卵はが作ったものだ。 作ったと言っても、電話でが手を離せなかったので火にかけられた鍋をじっと見ていただけだった。 それでもにとっては料理をしたことになるらしい。 割れた殻から現れた白いゆで卵を道具で潰す時、はどれだけ戸惑ったか。
「この中のゆで卵、私が作ったのよ!」
手に持ったサンドイッチを景吾の目の前に差し出しつつ見せびらかす。 すごいでしょ、と言わんばかりの自信に満ちた声だった。 突然と差し出されたモノを挟むも、景吾はの嬉々とした表情ばかり見ていた。 景吾はにちょっかいをかけるのが好きだ。 彼はこの日何度目かの小さな悪戯を思いついた。 目の前にあるの手首を優しく掴むと、そっと引き寄せる。
「!」
引き寄せられたの手とその中にあるサンドイッチ。 タマゴが挟まった彼女のサンドイッチは、景吾の口元に導かれ食べられてしまった。 一口サイズではなかったものの、角の部分三分の一が欠けている。
「ちょっと!私のタマゴサンド取らないでよ!」
「美味しいじゃねえの。卵も綺麗に割れなかったのに、成長したぜ」
「あ、…ありがと」
少しの間の後、は答えた。正直褒められるとは思ってなかったらしい。 いつかのの言葉が脳裏を掠めた。 『できる女は料理で男の心を掴むのだ』
「俺様がのを食っちまったからな、ほら。特別に食わしてやるよ」
差し出されたのは景吾のツナサンド。 手で取ろうとすると、掴もうとしたその瞬間に引っ込められた。 対象の無くなった左手が宙を掴む。
「ばーか。俺様が食わせてやるって言ってるだろ」
言われたことが少しだけ理解できなかった。 どうやら彼は自分がやったようににも食べてもらいたいようだ。景吾のやりたいことをは理解した。 彼女は景吾が言い出したら意見を曲げない事も知っていた。 ここで争っても無駄だ。それならいっそ、景吾が食べた分より多く食べて景吾を困らせようとも思い立つ。
両手を下について、上半身を景吾に添わす。は景吾の持ったサンドイッチを捉えると、その角を一口食べた。 やり返しなので、やられたよりも多く食べようとしたが実際に食べた分はそう変わらなかった。 彼女にとっては頑張って頬張った方だ。
「どうだ?俺様に食べさせられるサンドイッチは?」
「…」
景吾から求められる感想には答えようとした。だが、頬張ったサンドイッチの量が多かったらしい。 ずっと咀嚼を繰り返している。何かを言いたげな表情なのは目に見てわかる。
「ったく。欲張り過ぎだ」
「…美味しい」
ようやく飲み込んだが笑顔で答えた。 楽しいランチの時間はしばらく続いた。
昼過ぎの暖かい風が二人の髪を揺らす。
お昼を食べ終わってから、は持ってきた文学書を開こうとした。 外に出たらもっと別のことをしたいとも思っていたが、周りには豊かな自然以外何もなかった。 午前中で遊び飽きた彼女はウトウトと眠ってしまったのだ。 景吾もまた本を読むのだろう。も午後は本の続きを読もうとした。 カゴの隣に置いてあるポシェットに手を伸ばしかけた時、膝に重みを感じる。
「景吾?」
景吾がの膝に頭を乗せていた。いわゆる膝枕というやつだ。 彼は目を閉じていた。
「どうしたの?いきなり…」
「ずっと地面に座ってるのも面倒だ。それに…」
両目は開かれることなく景吾は呟く。 は空に負けない瞳の青さを知っている。
「風が気持ちいい。確かに、こんな日に本ばかり読むのも退屈だな」
「…だから言ったじゃない」
は景吾の髪を梳きながら答える。彼女は好きだった。 景吾の柔らかい髪が、黒く艶やかな耳が、そして青空に負けない清んだ瞳が。
「…眠った?」
返事はない。ただ彼の目は閉じられたままだ。そっと屈みこむと、は景吾の額に唇を落とした。 優しい口づけだった。
「唇じゃねーのか?」
「ええ。唇にキスをするのは王子様の方でしょ?」
少々不満そうな声で景吾が呟くが、は落ち着いたまま言った。景吾の目が開かれる。宝石のような青い瞳だ。 二人の視線が交わると、はにこりと笑顔になる。 彼の瞳にはが映っていた。 景吾とは見つめあったままだったが、ふと景吾の瞳に小さな何かが映り込む。 彼もそれには気付いたようで、一瞬視線がそちらに向けられた。もつられて上を向く。
「蝶だ」
彼らの頭上には先ほどの小さな蝶が二匹、くるくると飛び回っていた。 ダンスを踊っているような風景を二人はただ見ていた。景吾はに膝枕をしてもらいながら、は景吾を膝枕しながら。 は先ほどのような羨みを持たなかった。 蝶はくるくると螺旋を描きながら、木に落ちて行った。どうやら花にとまったらしい。
「ねえ景吾!あれ」
「アン?」
は指差した。差した先は蝶が落ちたところだった。 背を越す木に、青々と茂る葉っぱに隠れて小さな花が咲いていた。 いつか見た小さな花だ。蝶はその花に止まっている。 花は木に何輪も咲き誇っていた。
「。あの日の事を覚えているか?」
「何の日?」
「あの花の事があった日だ」
忘れるわけはないであろう。今も、外を散歩する度に思い出すその出来事を。 膝元の景吾に視線を落としたが、彼は花のある方を見つめたままだった。
「忘れるわけないじゃない。この栞を貰った出来事」
「雑草だと言ったあの花の名前は“野薔薇”という。俺様がに渡したのも薔薇だ」
「?」
「同じ“バラ”でも野生に生えているもの、観賞用に品種改良されたものがある。その数は膨大だが、みんな同じ“薔薇”だ」
景吾はずっと遠くを見つめていた。ちょうど太陽を雲が遮ったらしい。 二人に束の間の影が被さった。何を言われるのだろうと、は不安になった。
「植物は似た特徴で分けられる。サクラやイチゴも、 大きく言ったらみんな同じ“バラ”の仲間だ。まあ、ちょっと遠いかもしれないがな。つまり…」
二人を覆っていた雲の影は流れて行った。辺りが再び光に包まれる。
「小さくても、大きくても、外見が違っても関係ないんだよ。 それでも薔薇は咲き誇る。桜や苺は実を結ぶ。 そうしている間に、毎日があっという間に過ぎていく」
「…ええ。私と景吾がこうしている間も、薔薇は薔薇で…一生懸命咲いてるのね」
今度はが景吾を見つめた。彼女の視線に気付いたのか、景吾もを見つめる。
「あの花を手渡されたとき、特に気にも留めてなかった。 その時ちょうど、ゲーテの詩集を読んでいたんだ。 が走り去ってから、ゲーテの“野ばら”という詩を思い出した」
「ゲーテ?景吾がよく読んでる人でしょ?なんて書いているのかわからないけど」
「ああ。詩で花を手折ったのは少年だった。枯れてゆく花があまりにも儚くて、残しておきたかった。詩でも、ばらは“折らないで”と言って少年を棘で刺すが、折られてしまうんだぜ」
「悲しいのね」
「も手折って刺されただろ?」
は思い出そうとした。あの日の出来事は思い出せるのに、実際棘に刺されたかどうかは思い出せなかった。 考え込むを見て景吾は、の頬に手を添える。
「あの花の茎に赤い血が付いていた。ほんの僅かだったが刺されたんだろう。 もうひとつ、“野ばら”の花言葉はいくつもある。“詩”“才能”“素朴な愛”…。だが真っ先に思い出したのが“孤独”だった。贈られた小さな花が“孤独”とは、にも俺様にも相応しくなかった。だから贈り返したんだ。 “愛”を意味する赤い薔薇を」
「景吾…」
は添えられた景吾の手に、自らの手を重ねる。 その手は温もりに帯びていた。目を閉じれば、色々な出来事が流れてゆく。 重ねた自身の手を景吾の手に絡ませると、そっと景吾の唇にキスをした。
「あの後景吾は私をずっと抱きしめてくれた。とても暖かくてとても嬉しかった。 これからもずっと一緒。薔薇みたいにずっと一緒。時々なら、膝枕してあげる!」
散歩は好きだ。忘れられない思い出や、野に咲く小さな花に出会えたりするから。景吾の瞳のように青い空も、彼のように光り輝く太陽も、どこまでも吹き続ける風も好きだ。
でもやっぱり、景吾が一番好き。
下調べからえーらい時間かかりました。バラ→分類学的な感じ 薔薇→一般的な花の意味で
20100504*星宮はちこ 裏語