雨の日は憂鬱だって、誰が決めたのだろう?
“続いてはお天気のコーナーです。今日の東京の天気は曇り時々雨です。 現在の空は曇り模様ですが日本海に発生した低気圧の影響で、関東を中心に次第に雨になるでしょう”
テレビの中の人が今日のニュースを伝える。 お天気コーナーとCMの後はお待ちかねの、プリンセス由美子のドキドキプリンス占い(通称ドキプリ)だ。 画面はいつもの様に缶コーヒーのCMを映している。と景吾は尻尾を揺らしながら並んでテレビ前に座っていた。
プリンセス由美子の占いはよく当たると評判で、二人の毎朝の楽しみであった。 この占いで出てきたラッキーアイテムや色を、は欠かさず持ち歩くようにしている。今日の運勢はどうなのだろう? 期待感に溢れる彼女の耳が、リビング近付く足音に気付いた。途端にがひょっこりと扉から顔を出す。
「ねえ、二人とも今日の天気何て言っていた?雨降るって??」
「うーん、曇りだけど雨が降るって言っていたわ!」
「やっぱり降っちゃうか…。洗濯物はお外で干せなさそうね」
残念そうにが呟いた。 その声の一喜一憂に、だけがそっと振り返る。
“プリンセス由美子のドキドキプリンス占い~♪”
お決まりの音楽と共にパッと画面が明るくなると、二人の視線はテレビに注がれていた。
“まず今日の【プチラッキー】さんは…くまの王子様を選んだあなた!
落し物が見つかるかも♪ラッキーカラーは赤色です!
次に【ノーマルラッキー】さんは…いぬの王子様を選んだあなた!
焦りは禁物!ラッキーアイテムは栞です!
今日の【アンラッキー】さんは…ウサギの王子様を選んだあなた!
遅刻に気をつけて!ラッキーカラーは若葉色です!
最後に今日一番の【ハッピーラッキー】さんは…ねこの王子様を選んだあなた!
ミラクルを起こせそう♪ラッキーアイテムはタオルハンカチです!”
二人が選ぶのはもちろん“ねこの王子様”だ。 今日は【ハッピーラッキー】さんである。 ドキプリを見終わると同時に、はの元へ駆けていた。
「ねえ~!タオルのハンカチある~?」
廊下の奥からの声が聞こえた。今日一日はそれを持ち歩のくだろう。 それにしても“ミラクルを起こせそう”とは随分アバウトな答えだ。 何が“奇跡”なのだろうか? ねこを選んだ人全てが“奇跡”を起こせたら…いったいどうなるのだろうか。 占いの終わったテレビは芸能ニュースを流していた。
静かな足音と共にが部屋に戻ってきた。意気揚々と駆けだしたにも関わらず、帰ってきた彼女の耳は力なく垂れている。 拗ねたように頬を膨らませながら静かに景吾の隣に座る。 景吾は彼女の手にハンカチが握られていないことに気付いた。
「。ハンカチはどうした?取りに行ったんじゃねぇのか」
「洗ったんだって。ったら!今日は雨だから乾かないかもって。 普通のハンカチと大きなタオルならあるって言われたわ」
そういえば先ほど、が洗濯がどうこう言っていた。 洗濯機を回してしまえば、衣類はずぶ濡れ状態。 乾くまで使用することはできない。 相変わらず頬を膨らしたままの。
その頬に吸い込まれるかの様に、人差し指を当てた。
「!?」
無言のまま彼女はピクリと耳を動かせた。 恐る恐る視線だけを景吾の方へ向ける。
「そんなに拗ねてるとタコみたいになっちまうぜ。タコ」
フフンと得意げに景吾が鼻を鳴らす。
“景吾。やったわね!” 彼の言葉を聞くと考えるよりも先に手が動いていた。 彼女がやられた様に、彼の頬を人差し指で押していた。 二人は互いに自らの指で相手の頬を突いているのだ。
「…やりやがったな!」
「景吾も!お互い様!」
二人はもう片方の手で、相手の反対の頬を突こうと攻防している。 だが互いに一歩も譲らない。決着はなかなかつかなかった。 ただ二人は決してケンカをしているわけではないのだ。 しびれを切らした景吾は狙いをの頬から、手薄な彼女の腰元へ変えた。
「にゃ!」
突然のくすぐり攻撃。予期していなかった分、効果は絶大だ。の手は景吾の頬から離れ、彼の手を払うように動いた。
「ちょっと景吾!やだくすぐったい!やめてってば!!」
「は腰が弱い!俺様にはお見通しだ!」
再度優位に立った景吾。
身体を丸めながら、はその攻撃を防ぐので精一杯だった。 防御に尻尾を使おうとするも、それすら景吾の尻尾に阻止されてしまう。、絶体絶命のピンチだ。
“ま…、負けないんだから!” 度重なるくすぐりに、半ば涙目状態になった。まだまだ反撃のチャンスがあるはずと必死に彼の攻撃に耐えていた。
「んっ…にゃ!!景吾!!そこ、だめ!!」
運命の扉。あるいは天国と地獄の分かれ目。はたまたどこへでも行けるドア。
そんな言葉が頭の中でぐるぐると踊っている。 室内のじゃれ合いとは相反して、扉の向こうで彼…忍足侑士は絶望の淵に立たされていた。 その顔は今の天候さながらどんよりと曇っている。 久々の休日。外で二人と遊ぼうと心の中で計画を立てていたが、生憎の空模様になってしまった。 一旦そこで彼の計画は崩れ去ってしまった。 だがしかし、外が駄目なら家があるではないか。 家で思いっきり二人と遊んで信頼関係を増大させようと忍足は復活した。 室内で遊ぶと言えばこれ、“人生ゲーム” クローゼットの奥深くにしまってあったソレを取り出すと、スキップにも似たリズムで彼らの部屋へ向かう。 忍足が部屋の扉を開こうとノブに手をかけた時だった。
“景吾、駄目ったら駄目ー!!こんな所で…にゃっ!”
“あーん?お前の弱いところなんざお見通しだ!!”
“んっ…!けいご…、そこ…だめ!”
彼はその瞬間に立ち会ってしまった。もちろん、忍足が想像しているようなあんなことやそんなことは一切ないのだが。 煩悩に塗れた彼の頭の中では都合よく変換されるらしい。 ドアを隔てているものの、彼の心は絶望の淵まで飛ばされてしまった。 二人は自分の子供も同然だ。まだ幼いのにあんなことやこんなことに向き合ってしまったら…。 彼の心は色を失い、瓦礫の様に崩れ去り、灰のように飛び去ろうとしていた。
「はぁ~。俺は大人や。自分の子供の責任は俺が取る。俺が取るんや。 間違ったらあかん。あの子らの進む道は俺にかかっとる!!」
自らに暗示するように。彼はブツブツと言葉を唱え続けた。 廊下に立ちすくむ忍足の体にすっと影が伸びる。
「ねえ侑士、そこ邪魔。暇ならリビングに洗濯物干すの手伝って!」
「…。俺は今、我が子の運命に向き合ってんねんや」
「はぁ!?」
「そろそろ降参したらどうだ?」
その一言と共に景吾のくすぐり攻撃が弱くなる。 散々一方的にくすぐられた。どれだけ声を上げただろう。 呼吸を整える彼女は、途端に反応が無くなった。
「?どうした」
やり過ぎてしまった。彼の頭に不安が過る。 大人しく青い瞳で彼女を見つめた。 その刹那、の目がスッと開きガラスのような眼に彼自身が閉じ込められる。
「!」
「景吾!よくもやってくれたわね!やられたら10倍返しなんだから!」
しまった!本能で感じた時はもう既に遅かった。
景吾が油断する一瞬を待ち続けた。今こそ反撃の時。 これでもかと言うくらいやられてしまった。 もしかしたら一年分くらいくすぐられたかもしれないのだ。 こちらがやり返すのは十年分だ。 は景吾の肩をつかむと、ヒョイっとその身を反転させた。 ころんと回転すると、寝転がった状態の景吾の上にがちょこんと座っている。
「フッフッフ!景吾陥落のとき!」
「ば、ばか!離せ…っ!!!」
満面の笑みを向けながら、は両手を景吾に這わせる。
「ふーん。今日のおやつ半分くれるなら手を打つわ」
「…」
まだまだも詰めが甘いな。
瞬発的に動いた割に、今は攻撃を止め大人しく彼の上に座っている。 彼女は自分から交換条件…降伏条件を口にしたため、返事を待っていた。 じっと景吾を見つめる。
可愛いやつ…。
心の中で呟いた。
景吾はそっとの背中へ手を添えると、彼女がそうしたように身体を反転させた。 頭をぶつけないよう、片手を頭に添えながら。ごろんと、向かい合いながら転がる。 世界がぐるりと回った。
気付いたら部屋の隅にいた。窓の前。 横たわった私たちは見つめ合う。
好き。
彼の目に伝えた。
景吾は何も言わずに体を寄せる。 私も彼の胸元に顔を預けた。
「敵わないな…景吾には。今回は私が引くわ」
「おやつでいいならくれてやる」
「え?」
何時になく真剣な声に埋めた顔を上げる。 景吾は私の頭を優しく撫でた。
「だから俺様以外の奴にあんなことするな。こんなこともされるな」
「ふふ。あんなことやこんなことって何かしら」
め…何もかもわかっているくせに。そうやっていつもはぐらかす。 途端に景吾はムッとした表情になった。 この世界に俺様を振り回せるのはしかいない。
彼女しかいらない。
わかっている。
ちょっとしたことでじゃれ合うのも、じっと見つめ合うのも、頭を撫でられるのも。 景吾じゃなきゃ嫌だから。他の誰も私の王子様になれない。景吾なら王様かもしれないけどね。
見つめ合う視界の隅で何かが動いた。それは雫。 薄暗い雲間から大地に降り注ぐもの。 まだぽとりぽとりと勢いは緩やかだった。まるで窓に絵を描くように。
「雨…」
静かに漏れた。見上げた空はどんよりとした灰色。 先ほどよりも雨の雫は大きさを増していた。どこからかゴロゴロと音が響く。 薄暗い雲の間が、不規則に光っていた。雨の勢いは増すばかりだ。
どうも雨の日は好きになれない。 湿った空気が絡みつくと途端に長いの髪はくるくるとまとまりをなくす。 それが彼女を苛立たせるのだ。
ただ、好きにはなれないが嫌いでも無かった。
榊の屋敷にいた頃、雨の日は相変わらず鬱陶しかったのを覚えている。 薄暗い厚い雲が私の大好きな太陽を、陽の光を覆い遮る。 そして時に大粒の涙を大地に降らす。雨の日は大好きな外で遊べない。 景吾は相変わらず部屋に籠って読書ばかり。 ふて腐れたは、誰にも言わずにこっそりとある部屋を訪れるのだ。 榊太郎の部屋。仕事でいつも忙しい彼だが、屋敷に戻っている時は何も言わずに彼女を部屋に迎え入れた。 分厚い書類に目を通す榊の膝元で、彼女はブツブツと文句ばかり口にした。 髪の毛がどうとか、景吾はどうとか、決まって同じようなことばかりだった。 仕事の手を休めずに榊は、時々相槌を打ちながらの話に耳を傾けた。 聞いているのか聞いていないのか曖昧な榊に、時々「もー、太郎ちゃん聞いてる?」と言うのがお決まりだった。
ある雨の日。珍しく榊は語りかけた。
「…雨の日は嫌いか?」
ふと見上げる。手を止めた榊が見つめていた。優しい問いかけ。 雨の日は…好きじゃない。が静かに呟いた。膝元の少女の頭を撫でながら諭すように語る。
“。雨はとても大切なものだ。庭にが大好きな薔薇園があるだろう?あの薔薇たちは管理されて育てられているが、雨がなかったら途端に枯れて美しい姿を見せることは無いだろう”
“それは…どうして?あれだけ庭師が大切に育てているのに”
“薔薇だけじゃない。庭の百合や木々も同じことさ。大地を潤す雨は彼らにとって大切なものなんだ。
どれだけ庭師が管理していても、隅々まで手は届かない。 そして、我々も雨に…強いては地球に生かされているんだよ。”
“ふーん。でも…、こんなに楽しくないなんて”
“。後で景吾と二人で私の部屋に来なさい。良いものを見せてあげよう”
“良いもの?それは何?”
“それは秘密だ。楽しみは後に取っておこう”
“絶対ね!約束よ!”
…
‥
ゴロゴロゴロ…と、空が低い声で鳴った。その瞬間だった。
ドゴォーーン
閃光が窓から差し込み、耳を塞ぎたくなるような爆音が広がった。 雷だ。雷が落ちたらしい。それも比較的近い位置に。
「キャー!」
は耳を閉じ込み、音に怯えながら身体を丸めてびくびくと反応している。 静かに景吾は彼女を抱きしめた。 景吾の温かい存在がを落ち着かせる。耳元で彼は呟いた。
「安心しろ。雷くらい怖くないぜ」
「べ…別に雷が怖いんじゃないわ!大きな音が嫌いなのよ!」
虚勢を張るだったが、耳元はまだピクピクと小刻みに震えているままだった。
「もうすぐ二発目が来るかもな」
景吾が冗談半分で言った。 彼の胸元にが縋りつく。ふるふると頭を振りながらも、目じりには涙が溜まっていた。 本当に怖がっている様だ。 雷があるいは大きな音に。がこんな弱い姿を見せるのは珍しい。 いつもはただただ強情な一面ばかりが目立つのに。今日は随分素直だった。 そんな彼女を知るのは、自分だけでいいと思ってしまった。
「、俺様の胸に耳を当ててみろ。聞こえるだろう、生きている音が」
「こう?」
景吾の胸元にがずっと近づく。 猫の耳がピッタリとくっ付いた。音を確かめるように彼女が目を閉じた。
ドクンドクンドクン…
生物の鼓動、生きている証。とても温かかった。
一瞬、空に閃光が走った。これは雷が落ちると言う合図だ。 景吾はそれを見逃さなかった。
「。二発目が来るぜ。でも安心しな。俺様の胸に抱かれていれば全て終わる。 大人しく耳を閉じて、俺様の音を聞いていろ」
「わかったわ景吾」
それからすぐに二発目の雷が落ちた。どうやら遠い場所に落ちたらしい。 閃光も音も衝撃も少なかった。はただ景吾の音を聞いていた。雷の閃光も音も衝撃も感じていたが、景吾の温かさがそれらを払ってくれた。 雷が落ちる瞬間、ギュッと強く私を抱きしめてくれたから。 空はゴロゴロと低い音を鳴らすばかりで、雷はもう落ちることが無かった。 彼の温かな胸元で、彼女は少しばかり眠ってしまった。
「」
突然耳元で景吾の声がした。驚いた勢いで、目が開くと同時に上半身を起き上がらせる。 横たわったままの景吾の視線だけが向けられる。私たちはまだ部屋の中にいた。
「さっきは雷を怖がって随分素直だったのに、一眠りしたらいつものに戻ったな」
「うるさいわ。私は雷が怖いのではなくて、大きな音が嫌いなの」
「どうだかな」
立ちあがった景吾手を差し出してくる。
「行くぞ」
どこへ?とも聞く間もなく、差し出した私の手を引く景吾。 部屋を飛び出すと、立ちっぱなしの侑士がいた。 何をしているのだろうという疑問が浮かんだけど、その脇を抜けて廊下を進んだ。 玄関の扉を開けると、一目散に走りだす。
階段を2階分ほど上がると、古びた扉。景吾はそれを手慣れた様子で開いた。 そこはもちろんマンションの屋上。
雨はいつの間にか止んでいた。緩やかな夕暮れの日差しも差し込む。 薄暗い雲はまだまだ残っていたが、風に流されているようだった。 水たまりは鏡のようにずっと空を映していた。その中に景吾とは立っていた。
「、見てみろ」
「わぁ!凄い…虹ね!!」
空には、七色の大きな虹が架かっていた。何処かと何処かを繋ぐ橋。 それはとても鮮やかで見事な虹だった。
「俺様とが揃えば、天気予報が雨だと言おうと、晴れに変えられるんだぜ」
「これってプリンセス由美子の占いの通りね!私達、“猫の王子様”を選んだからミラクルを起こせたんだわ!」
「どうだかな」
二人で大きな虹を見つめていると、階段の方からバタバタと大きな音がした。
「コラー!!二人とも!いきなり部屋を飛び出すなんて!それに帽子。 耳を隠さないと駄目って言ったでしょう!誰かとすれ違ったらどうするの!?」
「…ごめんなさい」
「フン。悪かったな」
屋上にもやってきた。 最初はとても怒っていたけれど、大きな虹を見つけた途端にカメラで写真を撮り出した。 何枚か虹単体の撮り終わると私と景吾を被写体に、背景には虹も入れて写真を撮り始める。
そう言えば太郎ちゃんとも虹を見た記憶がある。あの雨の日、後で部屋に来るように言われた日。 後で太郎ちゃんに呼ばれたの。
“二人ともおいで。約束通り良いものを見せてあげよう”
“わぁー!!!すごい”
“虹か”
“私たちは地球に生かされている。それはさっきも言ったな。 雨がないとみんな生きられないんだ。雨の後、条件が整えば、こんな素晴らしい景色を見せてくれる。 どうだ、美しくて素晴らしいだろう。これを見れば、雨の日も悪くないと思えるだろう。 どうか嫌わないでほしい”
“ええ、素敵!私、雨の日が好きになりそう。 こうやって、みんなでこの景色を見ることが出来たから”
“は単純だな。毎回見れるわけじゃないんだぜ。 条件が揃わないと虹は見れないんだ”
“景吾って意地悪なんだから”
“景吾もも、今はこの光景を静かに見ていなさい。いつかこの感動を思い出す時が来るだろう”
あれ以来雨の日も悪くないと思えた。時間が経って、その思いも感動も薄らいできてしまった。 なのに今、感動から鮮明に記憶が思い出される。 何より景吾とまた、こうやって虹を見れたことがうれしかった。
「前もと虹を見たな。あの時から、は雨に文句ばっかだったな」
「私、ずっと忘れていたわ。こんな素敵な風景。また景吾と見れるなんて。 太郎ちゃんが言ってたわ。雨がないとみんな生きられないんだって。 大切なものなんだって。だから、嫌わないでって」
夕焼け空の虹の下。私は景吾の肩に頭を預けた。
「景吾の生きている音を聴いて思ったの。私も景吾も生きている。 それと同じようにこの世界も生きている。私たちはその一部なんじゃないかって」
「にしては哲学的だな」
「失礼ね。これでも色々と考えているのよ」
景吾の尻尾が私の尻尾に当たる。 私も優しくそれに答える。
「景吾。もう一度生きている音聴かせて。お願い」
「フン。素直じゃねーの」
「今はそんな気分なの」
「今度はの音、聴いてやるよ」
「いいわ」
そう言って景吾をギュッと抱きしめた。景吾の耳が私の胸元に来るように、優しく。今は何でもできる、そして許せる優しい気持ち。突然のことに景吾が少し戸惑っていたのは、私だけの秘密。
「あらあら、景吾もも意外とオマセさんなのね。お姉さん妬いちゃうわ」
と言いつつも、ちゃっかり携帯をこちらに向ける。景吾の方がジタバタともがいていたけど、私は景吾を離さなかった。
「こらこら、サンダル履きで部屋を飛び出すんは…って、景ちゃんにちゃん!?公衆の面前でそんなことしたらあかぁーーーーん!! 一線も越えたらあかぁーーーーん!!成人するまでは…ってむぐぅ!」
階段の方から侑士もやってきた。 何かをずっと叫んでいたけど、がおもむろに侑士の口を塞いでいたから何を言っているのかわからなかった。
それから、虹をバックに四人で写真を撮った。 写真を撮り終わったと同時に、あれほど鮮やかだった虹が薄れて見えなくなった。
雨の日は憂鬱だって誰が決めたのだろう。
こんなにも素晴らしい日を、私はもう忘れはしないだろう。雨が降るたびに思い出すと思う。 毎回こんな虹は見れないと思うけど。この日撮った写真は引き伸ばして部屋に飾られることになった。 景吾と私と太郎ちゃんで見ていた虹は今、景吾と私とと侑士で見ている。 そういえば太郎ちゃん…元気かしら。 雨がずっと続く日を晴れにすることはできたけど、ラッキーアイテムのタオルハンカチは役に立たなかった。 占いって何でも当たるとは限らないんだと実感した。
「ねえ侑士。このドア、オートロックなんだけど鍵は?」
「持ってへん。勢いよく飛び出したから何も持ってへんで」
「ふっざけるなーーーーーーー!!!!」
雷神の鉄槌が下った。彼女の雷は、何よりも怖いものとして二人の目に焼き付くことになった。
昨年の梅雨直前に、何か雨ネタでできないかと考えたものです。いつの話だ。途中から某時空を超えたシンデレラ(歌姫)の歌が頭から離れませんでした。“生きている音”あたりですかね。
20140310*星宮はちこ 裏語