適当な椅子に座ったままのは、突き刺さるような、けれども何を伝えているのは読み取れない視線を受けていた。 正面からジト目で攻撃してくるのは、風紀委員の仕事で忙しく何だかんだ会う機会が無かった斎藤一。 しかし正直言って、こんな攻撃を食らう覚えはない。普段の彼は、頑固一徹で真面目、優等生を絵で描いたような存在。 他人に対してこのような行為(最早喧嘩を売っているようにしか思えない)をしてくるとは…一体何事だろうか。 時間が止まったような睨めっこ、このまま暗くなるまで我慢合戦。 本気になったら私だってきっと負けないだろう。 でも、理由がわからない喧嘩に乗るなんてアホらしい。 時間の無駄だ。は早々に折れた。
「で、一体何かしら?斎藤君」
「…」
“頑固一徹…またの名を石頭と言う”と、頭の中で有名なナレーターの声が響いた。 此方から折れてはみたものの、肝心の斎藤君は不満があります! と言わんばかりの表情を崩してはくれない。 そればかりか一言もしゃべってくれないのだ。私が何をしたのだろうか。 そして、一体私にどうしろと? 時間ばかりが過ぎて、数分後。斎藤君は徐に口を開いた。
「…の、…あれは、一体…どういう…」
「何?聞こえないわ」
もぞもぞと喋り出したが、声も小さく歯切れも悪い。要は何を言っているのか聞き取れないのだ。
「その!あの総司との写真は一体どういうことなのだ! あのようなふしだらな行為は学園の風紀を乱しかねない。 俺としても見過ごすことは出来ん」
突然音を立てて立ち上がった彼は両手を机に叩きつけ、声を荒げて言い放った。 冷静な普段の彼からは想像し難い行為に、は目を見張る。半ば呆気に取られて言葉が出なかった。 斎藤君の主張を整理してみよう。沖田君との写真。 しかもふしだらな行為…は一切覚えが無いから今のところ置いておこう。 問題は沖田君との写真である。 沖田君は授業中なんてお構いなしに土方先生やら斎藤君の写真を撮影してしまうのである。 しかもその大半は、勿論授業中の私に送り付けてくるのだ。 その沖田君が撮った写真。いや、その沖田君と撮った写真(それも半ば強引にがほとんど) …は実際の所、数が多すぎて私にはどれの事を言っているのか判断が付かなかった。 会議中にボーっと外を眺めていた時、鏡越しのもの、突然背後に居てパシャリなんて日常茶飯事。
「ごめん斎藤君。多すぎて見当がつかないわ。 大体いつぐらいに撮影したものかしら?」
「…先週だ」
先週。ピンポイントで曜日を言ってくれないとまだ絞れない。 頬に手を添えながら先ずは月曜日からの出来事を整理してみる。
「その、が総司と…口移しを…」
「っ!?」
まさかそんな単語が彼の口から聞くことになるなんて誰が想像できようか。 体勢が崩れる。私が…沖田君と…口移し…???なんて覚えが無い。 瞬きを繰り返していると、「ポッキーを」と咳払い交じりに伝えられた。 沖田君とポッキー…なら、言い逃れできないくらいに覚えがある。 勿論如何わしいことなんて微塵もないけれど。
先週、私は沖田君と写真を撮った。言っておくが半ば無理矢理。
「ちゃん」
「ん、何?」
会議室で会議が始まるまでの間に借りていた詩集を読んでいた時のこと。 振り返ってみると笑顔の沖田君。満面の笑みとでも言うべきだろうか。 そしてもうお決まりとなってしまった、彼がこの笑顔を見せる時…私にとって良くないことが起こると言うこと。 沖田君は何やら赤い小箱を持っていた。コンビニでも売っている、誰もが知る有名なお菓子。 怪訝そうに横目で見つめる私を余所に、彼はニコニコと笑顔を崩さず近付いてきたのだ。
「こんな時間から土方さんと会議なんて偉いよね。僕なら3分で飽きちゃうな」
「沖田君の場合…3分なんて保つかしら」
土方先生の顔が見えた瞬間に、何かしらの悪戯を仕掛けて颯爽と逃げていきそうな気がする。 そう伝えれば、愉快気に「そんな酷いことしないけどなぁ」なんてはぐらかされた。 歩きながら近づいた沖田君は徐に私の隣の席に腰を下ろす。 彼は私よりもずっと背が高い。決して華奢な体ではなく、かといって筋肉質の所謂永倉先生のような体格でもない。 身長の高さと体つきの良さから、隣に座られると少しの存在感、悪く言えば圧迫感を感じてしまうのだ。
「これから頑張るちゃんにご褒美あげる」
と、手にした例の赤い箱を見せてくれた。 中には2パックの袋が入っていて、一つを取り出すと乾いた音を立てて包みを開く。 ご褒美とはこのお菓子だろうか。丁度6限の授業を終わらせた後だ。 小腹だって空く頃だろう。チョコレート菓子の魅惑に心躍らせながらも彼にはそれを悟られない様にした。 開いた包みからはチョコレートの付いていない持ち手が顔を見せている。 極細なんて種類もあるけれど、定番の赤いパッケージのやつが一番好きだ。 彼はさっと一本取り出し、パクリと先を折り取るとサクサクとした軽い音を立たせながらお菓子を食べていく。 3分の1が2分の1に、そして持ち手だけになるとカリカリと一思いに頬張った。 そう言えば、見かけるものの食べては無かったなと思いながら、「ありがと」と声をかけ、差し出された包みの中のお菓子に手を伸ばした。
「ねえ知ってる?ちょっと前のCMなんだけどね…」
手を伸ばした体勢のまま彼の話を聞いていた。その間にも沖田君は2本目を食べている。 何でもこのお菓子が大好きだという設定の男の人が、友達にあげずにずっと一人占めしていて、 見かねた神様に“シェア”できる広い心を持つまで、姿を醜い悪魔に変えられてしまったというものらしい。 悪魔は美味しいそのお菓子をずっと一人占めするのだけれど、色々な人と関わりを持つ間に少しずつ、 誰かに“分け与える”という心を育むというものだ。 最終的にはどうなったのか、ちゃんとシェアして人間に戻れたのか。 途中の話は良く流れていたけど肝心の最後は見ていなかった。 私のなかでそのCMは完結しないまま別のバージョンへと変わっていた。 今はその商品のCMも流れているのだろうか。
「僕はこのお菓子を美味しいと思うけど、別に一人占めしたいなんてほどじゃないんだ。だからちゃんにもおすそ分け」
「お利口さんね。ありがと沖田君」
彼はCMの内容を放しながらもずっとお菓子を食べ進めていたようで、 沢山入っていたお菓子は数本にまで減っていた。 数は気にも留めず、一つ、それを摘み取る。 持ち手の向こうにはコーティングされたチョコレートが姿を現す。甘い香り。 勿論苦手という人もいるだろうが、チョコレートの誘惑は絶対的だ。凄まじいと思う。 一口含めば、ミルクチョコレートの味と香りにサクサクのプレッツェルの食感。 一口、一口と折り取るうちに持ち手に近づいて行く。 お菓子を一本手にした沖田君は未だ空いていない袋が入った赤い箱を机の上に置いた。
「ちゃん、今日が何の日か知ってる?」
「今日…は11月11日?あ、ああそういう事ね」
「わかってくれた?」
この展開だ。気付かないほど鈍感でもない。 11月11日、1がそう見えるからなのだろう今日はポッキーとプリッツの日。 消費者にアピールするためか、企業がそう提唱している日なのだ。 特に意識はしていなかったが。
「じゃあもう一本シェアしよ…」
手にしているお菓子を口にくわえるとニコリと笑いながら顔を寄せられた。 つまり、反対側を食えと。反応に困ってその状態で固まっていると、加えたお菓子をご丁寧に私の口元まで運んできてくれた。 翡翠色の瞳がジッとこちらを見つめてくる。 彼の場合、私が応じるまで譲りはしないだろう。 此処で断ると後でまた何か悪戯されるかも知れないのだ。仕方がない。
「わかったわよ」
向けられた、チョコの付いていない持ち手側を口に含む。
─ピロン♪
「─!?」
私が反対側を口に含んだと同時。 突然、グッと体を寄せられて、気付いたらスマホの撮影音が響いていた。 驚きの余り力が入ってしまったのだろう、口に含んでいたプレッツェルをバキッっと噛んでいた。 折り取った残りの分のお菓子をポリポリ食べながら、沖田君はそっとスマホの画面を、撮影されたばかりの写真を見せてきた。 そこには驚きの表情を見せる一歩前の、私と沖田君が一つのお菓子を端から食べ合っている構図が広がっている。
「ちょっと!早く消して!」
「別に公開とかしないから安心して。写真ご馳走サマ。 お菓子の残りはちゃんにあげるよ」
必死に彼のスマホを奪おうとするが、まるで風を相手にしているみたいに軽々と避けられていく。 あっという間に会議室の入口までたどり着いた沖田君は最後に振り返る。
「お菓子なんて幾らでも分け合えるから良いよね。 僕が欲しいモノは誰かとシェアなんて出来ない。だから一人占めしたくなる」
「どういう事!?」
「何でもない。じゃあね♪」
とだけ言い残して沖田君は去っていった。
「と言うことがあったのか」
両腕を組みながら不機嫌さを前面に押し出した斎藤君は“納得できない”という表情を見せた。 何でもその後、沖田君が嬉々として斎藤君にその写真を見せたらしい。 Web上に公開するのは言語道断だけど、斎藤君に見せるのもどうかと思う。 真面目な斎藤君のことだ。“ふしだらな行為”だとか考えてしまうのも仕方がない。
「油断をしてしまった私にも非があるけど、別に変なことしていたわけでもないし。 そこだけは理解して貰いたいわ」
「致し方ない。今回“は”目を瞑るが次は無い。 総司には俺からキツく言っておこう。総司相手だ、お前も油断するな」
かくして私の疑い(何の?)は晴れた。 しかし何でいきなり、斎藤君はポッキーゲームもどきの写真であんなに怒ったのだろうか。 勿論風紀委員としての仕事もあるのだろう。学園の風紀が乱れるとか何とか。 頭の固い彼には“お遊び”なんて冗談は通じないのかもしれない。
「大体その…総司のことは、どう思っているのだ。 お前は…意も無い男と口移しなど…出来るのか」
「沖田君?彼は手のかかる子。そうとしか考えていないけど。 ま、もっと素直なら今よりずっと格好いいとは思うけどね」
「それは…つまりどうなのだ」
「あら、気になる?」
意地の悪い微笑みを向けると、斎藤君は突然そっぽを向いてしまった。 ちょっとからかおうと思っただけなのだが。斎藤君の表情は読み取れなかった。 これ以上からかうと、経験上怒られる…と言うより拗ねられる。盛大に。
「ま、“ふしだら”な行為ではない事、実証してみる? まだ沖田君がくれたポッキー残っているし」
「っ!?そ、それは今からと…口移し…」
「改めて口にしないでよ。こっちが恥ずかしくなるから」
鞄の中からおなじみの赤い箱を取り出す。 開いた分はあの後すぐに食べてしまったが、未開封のもう一袋はあの時のままだ。 開け易いようにと切れ目が入った包装を開くと、焼き目のついた持ち手がバラッと広がった。 手を伸ばすかどうか躊躇っている様子の目の前の彼を差し置いて、一本取り出すと、遠慮もせずの彼の口元に運ぶ。 勿論手持ちのまま。瞬きを繰り返していた斎藤君だったが、状況を理解したのかやがてゆっくりそれを口に含む。 一方の私はお構いなしに、すかさず二本目三本目を手で彼の口元に運んだ。 それくらいまでは連続で口にくわえてくれたのだが、さすがに私が四本目を手にした時には、状況が可笑しいと思ったのだろう。 慌てて口にした三本に手を添え、取り出した。
「待て。これは一体どういうことだ。総司の時は一本だったではないか」
手にした彼の四本目になるはずだったものは、仕方がないから自分で食べた。 お菓子は正義。美味しい。
「やっぱりこれは特別な日にしたいな」
「俺では…駄目なのか」
「違う違う。どうせなら“11月11日”にしたいなってこと」
何だか斎藤君の元気がなくなった気がする。別に今してもいいけんだど気分が乗らない。 まあ仕方がないかと、彼が手にした三本を無理矢理奪い取る。 次は何事かと斎藤君が此方を見ていた。 お構いなしに奪った三本を彼の口元に添える。 もう片方の手でスマホを操作、カメラを起動させた。 画面に合わせて彼に顔を寄せると、“したいこと”を理解してくれたのか黙って視線をレンズに向けていた。 手元のスマホの画面には顔を寄せる私と斎藤君。 私は一本食べかけで、彼に三本食べさせている。 聞きなれたシャッターの音が響いた。
「これで我慢して。あ、そうだシェアするのにイイ日があるわよ」
「それはいつだ」
保存ボタンを押しながら、次の一本を頬張る。
「11月22日。良い夫婦の日…来週よ。別に私達、夫婦でもないけどね。 実際この日に入籍する人も多いんだって!」
「…それは、いや…まだ互いの両親に、挨拶を…、それに…まだ…学生…」
「なんてね。冗談よ」
無言のまま、下を向きブツブツと何かを唱える斎藤君。 ああ、彼がこんな状態になってしまったら、しばらくは何を話しかけても無駄だったような気がする。 何をすれば彼のスイッチが入ってしまうのか…私はまだ知らない。 手にしたスマホの中には、私にポッキーを食べさせられている斎藤君の写真。 普段の彼からは想像できないような貴重なオフショットだ。 消さない様に保護しておこう。ふと時計を見ればもうこんな時間。 随分薄桜学園にいたらしい。そろそろ帰らなければ、見たいテレビ番組に間に合わない。 半分くらいに減ったお菓子を眺めながら、は立ち上がる。
「残りはあげるわ!じゃ、そろそろ帰る時間だから!」
まだまだ自分の世界に浸り続ける斎藤君に背を向け、そっと教室を出た。
これが11月11日から22日までの間の、ある日の何でもない出来事。
期間限定公開です。本当は22日までにしたっかったのですがあまりに短すぎたので11月いっぱいまでで。
内容は勢いで書きました。真正“や・お・い”です。ご覧下さりありがとうございます。
11日何だか訪問者多いような気がして、読者様、ポッキー的なの求めてんじゃねーのかって勢いでやっちゃいました。はい。
さすがに11日の話はもうできないなーって、ことで11日と22日の間の微妙な感じ。こんなこともありましたよっと的な。
おっきーチョイ役やったつもりが、【斎藤→主人公←沖田】みたいな、VSっぽくなってしまった。誰夢だよほんま!でも、おっきーが写真を撮ったのは絶対はじめ君に見せびらかすためだと思うし、彼のいう“シェアできないもの”が何か、おわかりでしょう?
20151115*星宮はちこ 裏語