「もういいでしょ?」
「駄目だ。通せん。」
押し問答すること早15分くらい。 薄桜学園の校門で人だかりができているのを尻目に、その人ごみの間を通り抜け校舎内に入ったはいいものの、不意に呼び止められて振り返った。 それが始まり。
振り返れば腕章を付けた斎藤君がいた。私は顔見知りの存在に安堵しつつ話しかけた。
「あら?斎藤君お久しぶりね。どうかしたの?」
「校門のチェックをすり抜けるとは…、雪村兄の検問はいったいどうなっている」
「検問?」
「季節事でな。…、申し訳ないが荷物を確認させてくれ」
「え…いきなり何。どうして?」
突然言われたら誰だってこう返すだろう。実際私も自然とその言葉が出てきたくらいだ。 バインダーに挟んだ紙を確認しながら斎藤君はご丁寧に理由を説明してくれた。
今日はそう、年に一度のバレンタインデーなのである。勿論私も理解している。 今朝学校に着いた時から、どこかしら(多分誰かの荷物であろう)甘いお菓子の香りが漂ってくるし、 下駄箱を開けたら綺麗な包み紙とリボンで飾られたショコラやクッキーが転がり落ちたし、 教室に入っても至る所で友チョコの交換が行われていた。 私も、戸惑うほどのチョコを頂いたし、親友のには手作り品を、クラスメイトには市販品ではあるが贈った。 バレンタインデーがどうしたと言うのだろうか。
「その…今朝、薄桜学園に雪村千鶴がチョコを持ち込んだことが判明した。 その事実が広まりあの生徒会長を始め教員、生徒までが皆ピリピリと殺気立ち、学園内の風紀が乱れに乱れ切っている。 よって校門にて手荷物検査を行っているのだ。他校ではあるが、女子生徒であるには申し訳ないが協力してもらおう」
「何で私まで?」
雪村さんが校内にチョコを持ち込んだというのは事実らしい。 しかし誰にチョコを贈ったかまでは判明していない。 贈られた相手を探そうと、下校時、校門にて手荷物検査を実施し、 雪村さんが持ち込んだチョコを探しているとか…そんなの学校規模で行うことだろうか、と言うのは口にしないでおいた。 特に躍起になっているのは彼女の双子の兄である、雪村薫君。 そういえばさっき校門のところに居た気がする。 ちなみに彼は贈られていないらしいから、対象者は他にいるとかいないとか。
「ふーん。まあ事情はわかったけど、私は雪村さんからチョコなんてもらってないし会ってもいないけど?」
「それが…」
何でも、私が今日この薄桜学園に来ることが一部の(これもさっき言った生徒会長やら生徒の)間で広まったらしい。 “女子生徒が来る=本命チョコを持ってくる”なんてどういう思考だ。 恐らくあの生徒会長だろうが。とりあえず私の荷物にも本命チョコが入っていると言う噂が広がり、 これ以上の風紀の乱れを嫌った斎藤君を始め風紀委員が、私を捜索の対象としたらしい。 たかがチョコの一つや二つくらいで…。
「義理チョコを配ることくらい別に構わないでしょ。義理なんだから。 てか私チョコ持ってないけど」
「いや、しかし念の為確認させてもらう。見つかれば全て風紀委員が没収する」
「はぁ…」
なんて面倒くさい。と仕方なしに、学生鞄を彼に差し出した。 勝手にどうぞお好きに調べ下さいと言う意味も込めて。 私から鞄を受け取った斎藤君は、査定でもしているかのように一つずつ中の教科書やノートを取り出していく。 本当に取り調べを受けている気分。雪村さんも同じことされたのだろうか。 彼女のチョコは見つかっていないらしいから、うまく隠し通したのだろう。 そしてそれは相手に渡った。どこの誰かはわからないが今頃大変だ。 そして幸せ者。
「(女の勘なら…貰ったのはあの子かな)」
一通り学生鞄の中身を調べたらしい。 斎藤君が元あったように教科書類を仕舞ってくれた。 さて、私は自由だろうか。しかしまだまだ解放はしてくれないらしい。
「次はそっちのバッグだ」
「それはお弁当入れよ」
「確認する」
彼がファスナーを開けば、楕円型のお弁当箱。 食べ終わった中まで見ようとするものだから、思わず振って中身が空ということをアピールした。 どこまで確認する気なのだろう。大切な妹の為に頑張るお兄さんも、これくらい過剰に取り調べているのだろうか。 彼の場合は個人的な感情(恨みとか)の方が大きいだろうけど。 手荷物はこれで最後。時間は食ったが、もう取り調べられる場所もない。
「これで全部よ。もういいでしょ?」
「駄目だ。まだ通せん」
「何で?」
「何処に隠している。お前がチョコを持っているという情報は入ってきている」
「これはそういう意図で調べたんじゃないでしょ?」
いつの間にかチョコありきの取り調べになっている。 私がチョコを持っているなんて情報をタレ込んだ人間っていったい誰だ。 今度会ったらタダじゃおかない。本当に。 それに斎藤君だって、冷静に考えたらそんな嘘情報を鵜呑みにする子じゃないはずだ。 実際私の持ち物からチョコなんて見つかっていないのだし。 たかがチョコで躍起になれる斎藤君が何だか可愛くて、それでいて可笑しくて、ついでに時間を取られている仕返しも込めて、彼で遊んであげようと意地が悪くも思ってしまう。 実際彼を突いてみると案外可愛い反応を見せてくれるからお気に入りだったりする。
「ねぇ斎藤君。雪村さんはチョコ…誰にあげたと思う?」
「雪村が…」
そう言って彼の前に向かい合う。 彼と私の身長はそんなに変わらない。と言っても少し彼の方が高いけど。
「斎藤君は自分が貰いたかった?雪村さんのチョコ」
「それは…、いや、俺は…」
斎藤君は視線を落として曖昧な態度を見せる。最後は口ごもってしまった。 頬もちょっぴり赤い気がする。ああやっぱりこの子犬みたいな反応可愛い。 なんて思いながら、私は一歩ずつ彼に歩み寄る。向かい合うよりも近い距離。 彼が一歩後退するけど構わず私は前進する。 歩くような速さで、二人の位置が動いていく。
「彼女のチョコの行方、そんなに気になる?」
「雪村は…、違ッ、俺は…っ!?」
頬を赤くして斎藤君が戸惑う。首を左右に振り、意識から何かを排除しているみたい。 そして直ぐ後ろにまで迫った壁が彼の進路を遮断した。すぐ目の前には私。 もう彼は逃げられない。所謂、男女の立場が逆の壁ドン(腕は出してないけど)みたいな状態だ。 背中で壁を感じたのか、斎藤君が後ろを確かめた。
「斎藤くん?こっち向いて…」
「っ!?」
もう私は斎藤君の目の前。距離はだいたい20センチを切っているだろう。 彼の顔と向き合うけれど、彼の頬はもう真っ赤で視線なんて合わせてくれない。 ああ、この反応がとても可愛い。初々しい感じがたまらない。
「で、斎藤君は雪村さんのコト、好き?」
「俺は…違っ。俺は…、…を好いて…」
「なぁに?聞こえないけど?」
釈然としない態度に思わず意地悪してしまった。 子犬みたいな彼を本当の犬のように撫でてあげたい。 でもそんなことしたら後で盛大に拗ねられそう、だからしない。 それにこれ以上意思悪すると真面目な斎藤君が可哀想だ。 意地悪な女で御免なさいと心の中で謝った。
「なーんてね。冗談…」
「俺は…お前の事を好いている!」
「えっ!?ちょっ、うわ!!」
壁際で私の肩を掴んだ斎藤君は私ごと体を反転させた。
途端に正統な壁ドンスタイル。後ろには壁、前には斎藤君。 彼の両腕が私の肩の外側に伸びて退路を塞ぐ。逃げ道はない。 そして私がそうしたように、彼も私との距離を縮めた。視線が逸らせない。
「雪村のことはどうでも良い。大体、彼女のチョコを貰った相手は察しがついている。 俺は、お前が誰にチョコを贈るのかを知りたいのだ」
「私が?」
バレンタインとは元々女から愛する男にチョコを贈り告白するという行事。 勿論、大人数にばら撒くような義理チョコは除いて。 彼は私が誰にチョコをあげるのか知りたいと言った。その前に私が好きとも。
「(…って好き!?私の事好きって言った!?)」
彼の言葉を思い出し一気に心が乱れる。 あの一瞬の間に、斎藤君は結構色々な爆弾発言をしていたからだ。 駄目だ、顔が熱い。
「その…本当にチョコを持っていないのだな。 と言うことは、想う男は薄桜にはいないと言う事か」
曇りのない全ての青を超えた瞳が私を捉えて離さない。違う、私が離せない。 彼は真剣そのもの。斎藤君は私の事を好きだと言った。 こんなに彼に意地悪をする私の事が好きだって言った。 あんなに純情だった彼が、頬を赤く染めて、必死に伝えてくれた。 最後の懸念事項だった雪村さんの事は、異性として恋愛感情を抱いてはいないらしい。
「斎藤君…ごめん」
彼の顔を見ることが出来なくて、俯いたまま。私の言葉を聞いて僅かに触れた彼の腕が震えた気がする。 結局斎藤一と言う男は馬鹿みたいに真面目で、どーでもいいくらい格好良くて、そんな彼に意地悪していた私は一言“サイテー”だったってこと。 彼の腕に巻かれた「風紀委員」の腕章を片手で器用に外す。 腕章は音を立てて床に落ちた。彼が動こうとするものだからネクタイを引っ張ってその場にいてもらった。
「風紀委員に見つかると没収らしいじゃない」
「…?」
私はようやく顔を上げる。彼の戸惑いを見つめながらも、手を自身の制服のポケットに突っ込んだ。 取り出した小さな箱。片手に乗るサイズでご丁寧に細いリボン付き。 今朝、私が選んで結んだもの。リボンを外して箱も取っ払って、中から一粒の欠片を取り出した。
「証拠隠滅!」
手にしたショコラを自らの口に含む。食べたわけじゃなくて唇の先で軽くつまんだ様な状態。 でも、今にもうっかり食べてしまいそう。斎藤君は目を丸くしてこちらを見つめたまま。 目蓋を閉じながら彼に顔を近づける。と、ショコラの反対側が彼の唇に触れた。
言葉は発さない。私のすることしたいことが伝わったのか、口元の欠片は目の前の男に受け渡された。 カリッと、固いショコラを噛む音が聞こえる。
「これは…その…」
「私の本命の味は如何?斎藤君?」
ようやく伝わったのか彼が一段と目を丸くした。 この状況でも素直に気持ちは伝えない。ああ、私って本当にサイテーだ。 そんな意味でごめんね斎藤君。
「正門で変な持ち物検査しているんだもの、すり抜けるの大変だったんだから」
「このチョコは…その、の…本命…」
再び赤面状態の斎藤君を見ていたら、何だかこっちまで恥ずかしくなってきた。 あー熱い。手で顔をパタパタと扇いでおこう。
「さぁ?もう証拠も無くなっちゃったし。でも…」
彼の頬に手を当てた。本当はずっとこうしたかった。ずっと憧れていた。 再び顔を近づける。彼の唇は捉えたけど、触れはしない。そんな位置で寸止め。
「斎藤君が好き」
そう初めて伝えた。
私の後頭部に手が回され、降りてきた唇が私達を繋ぐ。 ああ、好きな男とキスするって素敵なもの。 そうして悶々と抱いていた私の片思いはバレンタインデーで終止符を打ったのである。
「もういいでしょ?こんな場所で抱き合っていたら直ぐにバレちゃうわ」
「駄目だ。もう少し…このままでいたい」
「…はぁ」
何だかんだ言ってこの頑固で一途な忠犬に振り回されるのは私の方だと思う。
主人公が純情はじめ君をグイグイ苛めちゃう感じが好き。ごめんねはじめ君!
20150214*星宮はちこ 裏語