櫻色ノ薔薇




 【零、二人の少女】


薄暗い校舎の中でコツリコツリと高い足音だけが響いた。 それは迷いもなく、また途切れることもなく一直線に廊下を進んでいる音。 昼ならば生徒で溢れるここも夜となった今では誰もいない。廊下を進む少女以外は。

「Byebye.」

静かで、それでいて誰にも聞こえないような別れの言葉。 目の前の物体は唸り声を上げて今にも飛び掛かってきそうだ。
―ッダァアン! 彼女が引き金を引くと、断末魔の声さえ許さずにバタリと“それ”は息絶え、 途端に身体はさらさらと砂のように形を失っていく。残ったのは生命の痕跡を示す肉塊でもないただの灰の山。 しかし、飛び散った血痕だけは確かにそこに生物がいたことを示している。

「ふぅ…。さすがに銃だと早いわね。つまらなぁい…なんちゃって」

ぺろりと舌を出してみる。一人で何をしているのだろう、と何時も冷静な彼女が自問自答した。 灰になってしまった“それ”を見つめる。今日の獲物は呆気なかった。もっと“骨のある”獲物だったなら…いいのに。 獲物を仕留めてしまった今、もうここに長居する理由もない。とっとと後始末をして帰るのみ。 制服の胸元にあるポケットから携帯を取り出す。スマートフォンでなく携帯の方。 それら二つを仕事とプライベートで使い分けている。仕事…と言っても公に出来るものではないが。
「こちらは始末したわ。後はよろしく」と、素っ気なく内容だけを伝えて通話終了ボタンを押すと、くるりと体を反転し元来た廊下を歩く。もう足音は響かない。 足早に進む彼女の横顔を月明かりが照らしている。 綺麗な満月の夜だった。



。私の名前。現在17歳。
普通の女子校に通う普通の女子高生…なんてものではない。 某ミッションスクールの欧州女学院高等科に通う、所謂良いとこ出の人間。世間的には“お嬢様”と言うらしい。 現在、(一方的に持ちかけられる)縁談を断り続けて8回目。みんな暇人ね。 社交パーティの類にもあまり出たくないので、行くと見せかけて当日に逃亡すること3回目。成功率80%。 父は頭を抱えて…時にお怒りだったりするが、飄々と自由人な母の「いいんじゃない?」の一言に絶賛甘え中。 ああそうだ、父は母には頭が上がらないらしい。さすが女系一族。 どうやら私の性格は母に似ているらしい。まああそこまで自由奔放じゃないけど。 おっと、ここまではどうでもいい話。ちなみに私の見た目はクォーターの名の通り、日本人日本人してない。 あのサラサラの黒髪には憧れちゃう。凛とした…大和撫子の雰囲気とか。 名前も日本向け(?)にを使用しているが、本名は少し違うかったりする。 そして仕事。と言っても、会社に所属していたり給料を貰うような一般的な“仕事”ではない。 私達が勝手にそう呼んでいるだけ。

そう…、 ─“羅刹”という人ならざる者を狩る─  仕事。

この仕事に目覚めたのはいつだっただろうか。覚えているような、覚えていないような。 気付いたらこの世界、この仕事に目覚めていた。家族も学友も知らない孤独な仕事。
【羅刹/らせつ】とは、人型をしているがその爪・牙・耳は鋭く尖り、目は赤色で皮膚は灰色に染まっている。物語の中にあるような一般的に知られた妖怪や怪物、悪魔等とはどうも特徴が異なる。 恐らく彼らもその中の一つなのかもしれないが、情報はほとんど無いに等しかった。 昼間は姿を見せずに夕方~夜になるとどこからか現れて人間を襲う。経験上、彼らが現れるのは学校が多い。 その存在は世間的には知られていない。 彼らは血に狂い血を求める。 襲われた生徒は良くて気絶で発見されるか、最悪は食い殺されるのだ。

彼らを排除する。

これが私の行動原則。正直言って終わりがない戦いだ、と思う。 私の武器は大まかに二つ。銃と剣。 昔は剣だけで十分なんて思っていたが、現在は専ら銃を愛用中。 ちなみに、黒くて四角くていかにもって感じじゃないちょっとおしゃれな西洋の短銃。 剣は接近戦が要求されるが、銃なら中~長距離もカバーできる。 というか、うん。剣を使用しない理由は他にもあるのだが、またの機会にでもしよう。
ふと、視線を上げると目の前の少女が微笑んだ。

、聞いてるの? 昨日もさっさと終わらせちゃうんだから。一人占めなんてずるい!」

彼女の名前は、
固定概念を裏切らない王道“日本人”の見た目の彼女。黒髪サラサラロングストレートヘアー。素敵。でも性格は大和撫子…ではないと思う。 ちなみに彼女の髪の毛にクセ、ハネが出来た時には何かが起こるとかとかいう都市伝説があるとかないとか。 自分と同じ、“彼ら”を狩る少女。 昨日の電話で「また一人で終わらせちゃったの!?」と随分拗ねられたがどうやらまだ許してくれないらしい。 この学園で羅刹を狩るのは私達二人だけだ。他の生徒は、羅刹の存在すら知らないのだろう。 の武器は弓矢と刀。如何にも彼女らしいと思うが、最近は弓を使っているのを見たことがない。
私が彼女を眺めながら先の言葉に反応すら示さないことに拗ね、は盛大に頬を膨らませる。まるで子供ではないか。 その様子があまりにも可笑しくて、クスリと笑うと徐にその頬に人差し指を当てた。 きっと漫画ならば“ぷにっ”だとか“むにっ”っと擬音語が書かれるだろう程見事に頬に沈む。

「!」

目を見開いて驚く彼女は、「もう!」と言いつつもどこか呆れた様な表情だ。遊んでいるのがバレタらしい。 ふと時計を見ると、針は12時50分を回っていた。昼休みもあと10分。

「そうだ。今日もお仕事よ」
「え!?それって“アレ”関係?」
「違うわよ。生徒会関係。私達重要ポストでしょ?」

私は静かに席から立ち上がると窓にある手すりにもたれ掛りながら外をを眺めた。 陽の光が存分にグラウンドを照らす。“彼ら”とは無関係な光の世界だ。 ふと、後ろで椅子を引く音がした。

「あー。この前教頭が言ってたやつだよね。年度末でもうすぐ春休みなのに大変ねー、生徒会長様は」

の声が近づいてくる。二人並んで外を眺めているとそよ風が私たちの髪を揺らした。 視線だけをに向けて呟く。

「それこそ助力願いたいわ。“副会長”様」

次はがクスリと笑った。

「ええ勿論ですとも。姫!」
「ちょっと!!姫呼びはやめて!」
「じゃあ、お嬢様」
「それも変わらないでしょ」

穏やかさと不安が表裏一体の日常だった。