櫻色ノ薔薇




 【壱拾弐、始末人】


始末人はどこだ?
土方はすべての感覚を研ぎ澄ましながらも混乱に陥っていた。 相変わらず姿は見えないが気配だけは感じる。それも近づいてきている。 前を見据えていても人影すら映らない。 始末人の姿が見えないのは何故か。 薄闇に紛れているならば、月明かりの下に姿は現れるはずだ。 木刀を持つ手に力が入る。


─コトッ、カタッ っと、さっきから足音が響く。わざと鳴らしているのは明白だった。 確かにこれ程までに姿を見せず、気配を殺し、羅刹を始末するほどの実力を持った人間だ。 只者ではない。だが足音がする位置は大体掴んだ。気配もそこから感じる。 奴はそこに居る。

「貴方…誰?」

奴の声。 遊ばれているのか。こいつ、捕まえたらただじゃおかねぇ。

「さあな。もう一度言う。名乗るときはてめぇから名乗りやがれ」

ここに踏み込んだ時から土方は引っ掛かりを覚えていた。 それは核心に迫る…何か。これは…


*****



そろそろこの茶番も限界か。目の前の表情に苛立ちが浮かぶ。 交わらない視線は確かに私を追ってくる。 どうやら位置は掴んでいるらしい。四人目が現れたとは正直驚いた。 いや、生徒であろう三人だけで学校を動かせるはずがないのだ。 教師側に協力者がいなければこの状況は成り立たない。 残念ながらこの教師の顔には見覚えは無い。
から託された小さな紙のヒトガタを手に握る。 読むことはできないが何やら墨字で言葉が書かれている。 離れて行動するのだから、いつでもが自ら術を解けるようにと託されたそれ。 このヒトガタは私を表しているらしい。 そしてこの文字が結界を意味すると聞いたことがある。 普段は勿体ぶって渡してくれないのに今日に限って渡されたのだ。 このヒトガタ、簡単そうに見えて作るのは難しいらしい。 それを簡単にやってのける彼女、の能力の高さは折り紙付きといってもいいだろう。 私であり、私の身代わりでるそれ。のような特殊な能力を持たない一般人の私は、それらの不思議な術を操れないがこのヒトガタによって一方的に結界を解くことが出来る。 もちろん私だけで結界は張れないから一度限りの行為。 ありがとう。心の中で呟いた後でそれを握りつぶした。
体育館を再び風が通り抜ける。不規則な月明かりが私を照らした。
今日の日を勿体ぶって、わざわざ深めのフード付きパーカーを着てきたが、 それが吉と出るのか凶と出るのか。 長い髪は結い上げて覆った。顔はまだ見えていないだろう。

「お前が…始末人」

そう。私が貴方の探し人。 羅刹の気配は消えた。おそらく彼女か三人組かが始末したのだろう。 合流場所は視聴覚室だったがこのままではここから動けなさそうだ。 彼女を呼ばねば。
はそれを足のホルダーから取り外すとゆっくりと腕を上げた。 愛用の西洋銃。先生の顔、眉間の皺が一層深く刻まれる。
有無を言わさず、私は天に向かって引き金を引いた。 耳を劈くような銃声が校舎中を駆け抜ける。ねえ、聞こえたかしら? 銃口からは細く煙が立ち上っていた。

男は武器を握り直した。よくよく見るとそれは木刀だ。 木刀と銃では威力が違いすぎる。 彼女が点で撃ち抜けば破壊も可能だろう。 静かに男が構える。相手を射抜く眼差し。この人…殺気だけで人を殺せそう。 それくらい本気だ。手元を見ると、木刀はいつの間にか白刃の輝きを放っていた。 あの輝きは本物だ。恐らくと同じ…日本刀。さっきまでは木刀だったのにいつの間に。 間合いを詰められれば一瞬で斬られる。刀が届かない距離が必要だ。


男がニヤリと笑った。

「おうどうした。そっちが来ないならこっちから行くぜ」


来る。正にその時だった。


「土方先生!今の音は一体!」
「こっちが本当のパーティー会場みたいだね。あれ? 土方先生だけで楽しむつもりですか?」


走りながら二つの影が体育館に踏み込んできた。残念。この人強かったのに。 内心残念に思いながらも、は今入ってきた彼らの言葉を思い出す。 今この人のこと…。影が二つということは三人組の内の二人で間違いない。 声にも聞き覚えがある。


「お前ら!ったく視聴覚室はどうしやがった!?」
「勿論、奴らは始末しましたよ。ただ僕らは歓迎してたのに、そこに居る人は逃げちゃったみたいだけどね」


暗くて顔は良くわからないがいつぞやの声がする。 この特徴のある声は沖田君だ。 “─逃げちゃったみたい─”
は視聴覚から出たのだろうか。もしや何かあったのだろうか。 彼女もあの銃声は聞いているはずだ。 遅かれ早かれここには来るだろう。 現れなければ本当に何かあったのかもしれない。
向こうからは暗くて見えないのかこれでもかというくらい視線を感じる。 実は此方からも向こうがあまりよく見えてなかったりする。 とりあえず彼女以外は全員集合したわけだ。

「ねえ君。君が僕たちが探していた始末人でしょ?」
「だとしたら?」

沖田総司君。薄桜学園2年剣道部所属。 ちなみに、大会で優勝するくらいの剣術の腕の持ち主。 羅刹を始末する三人組、いや四人組の一人か。 彼について知っていることをつらつらと考え込んでいたら、足音が聞こえた。 一歩、また一歩と彼がこちらに近づいて来ていた。


「会いたかったって言っといてあげる」
「そう」
「だってやっと君と…」


彼の横顔が月明かりに照らされる。
茶色の少しはねた髪、緑の瞳、想像よりも垢抜けている印象だ。 深窓に佇む華奢な幸薄美少年…とは違う。言ったの誰だ。



「斬り合えるじゃない」


沖田君の目つきが鋭くなった。彼の手にも日本刀が握られている。 私達にはきっと銃刀法なんて法律は関係ない。彼の刀は月夜に似合う輝きだ。 きっと手入れだって怠っていないのだろう。 ぼうっとそんなことを考えていたら、沖田君が動いていた。 一瞬だけ反応が遅れる。彼もそれに気付いているみたいだった。 遠くで、スーツの先生ともう一人の生徒が彼の名を呼ぶのが聞こえる。 そう、確か「総司!」って。 いつの間にかずいぶんと間合いを詰められていた。 振り上げた刃に私自身が映った…ような気がした。 振り下ろされる瞬間に逆の方向に避ける。 タイミングとしてはギリギリだったが問題ない。小さく彼が舌打ちをする。 兎に角、沖田君と距離を取らねばならない。体勢を立て直さないと攻撃すら敵わない。 そんな状況を知ってか知らずか、私が体勢を立て直す余裕も与えず打ち込んでくる。 右に、左に、そしてまた右にと出鱈目のようで正確に避ける。 刃が辿る筋道が随分読みやすい。彼、きっと本気は出していないのだろう。 私を使って遊んでいるような感覚だろうか。 もし私が必死に逃げ回っているように見えるのならばそれは間違いだ。

「ねえいつまで避ける気?」

苛立っているのか、いや声だけだろう。心底楽しそうに彼は刀を振っている。 この子、ちょっと性格が子供っぽくて時に変に大人っぽくてそれでいて危険だ。 また打ち込みを寸前で避ける。流石剣道部で活躍しているエースだ。 その時彼の目が一瞬細められた。

「もう嫌になっちゃうな。隠してないで顔くらい見せなよ」

彼がその攻撃の手を緩めることなしに腰辺りに手を当てた。何か来る。 そう思った瞬間に体育館を風が通り抜ける。風や音に惑わされて反応が遅れた。

─ヒュンッ

風を切る鋭い音が向かってくる。気付いた時には遅かった。 まるで簪のような大きさの細く飾り気のない刃物が飛んでくる。 反射的に顔を背ける。それは見事に私の頭を、顔を覆うフード部分だけを攫った。 その奥にある髪留めに当たったのか音を立てて落ちた。
留めていた髪が自由を知って広がる。腰ほどもある長さが風に靡く。 私が全て暴かれた瞬間だ。本当は最後まで顔を隠しておきたかったのに。は前を見つめ微笑みながらお辞儀した。


「初めまして…薄桜学園の皆さま」
「お前…」

私の姿を見た瞬間、土方は眉を顰めた。



******



薄桜学園側を実質取り仕切る土方も、視聴覚室に始末人は現れると踏んでいた。 作戦の中では校内の見回りの後、半分が視聴覚室での待ち伏せとなっていた。 自分たちは後半も見回り担当に当たっていた。まずは校内見回りということで自分と平助、斎藤と総司の二班に分かれる。 始末人がいつ現れるのか検討はつかなかったが、山崎からの報告を受け奴が校内に居ることを知った。 斎藤と総司はもう視聴覚室に潜んでいるだろうか。遭遇の可能性もゼロではない。 気を引き締めて廊下を進む。 そして体育館に続く廊下を横切った時だった。

「?」

声が…聞こえた。何を言っているのかまではわからない。 風に乗って運ばれてくるように響いている。ここで気付けばよかったのだ。 その声が男のモノではないことに。体育館に近づけば近づくほど声ははっきりと聞こえてきた。 幽霊やお化けの類は一切信じていない。踏み込むべきか。 そしてその時、遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。 場所は間違いなく特別教室棟。視聴覚室だ。生徒に教師は全て帰宅したはずだ。 一般人が残っているはずがねえ。声に覚えもない。 俺は平助に視聴覚室へ向かうように言った。もちろん後で応援に駆け付けるつもりだった。 そして俺は体育館に足を踏み入れた。確かに鍵は掛けたはずだったのに、見事に開けられていた。
散々人を弄んでいた始末人がその姿を現した。気付けなかった正体は女だった。 何処かで見たことがあるような。いや、今のところ雪村以外に女学生に知り合いはいないはずだ。



*****



「へえ…君が始末人か。女の子だったとはね」
「残念だったかしら?」
「いや。強ければどっちでも構わないよ」
「そう」


刀を構え直す沖田に後ろで腕を組む体勢の。言葉を発しないにらみ合いが続く。 どちらが先に仕掛けるかが重要だ。

「で、君の名前は?」
「私?名乗るような人間ではないわ、沖田総司君」
「僕の事は知ってるんだ」
「ええ。少しだけ」

お互いを探り合うが状況は変わらない。沖田は内心苛立っていた。 刀を振っている時はこちらも本気にしていなかったが、この女はそれを見抜いているようで本気で向かってこない。 つまらない。もっと苛立ちを見せて、余裕を無くしてこちらを楽しませてほしい。 この男の背中からその嫌悪を悟ったのか、斎藤が声を上げる。

「総司、もうやめておけ。我々の目的は始末人と斬り合うことではない」
「一君は黙ってて」

私の耳に沖田君の言葉が届いた。 “はじめくん”   そう、沖田君と一君。私がこの薄桜学園で初めて知った羅刹を知る三人組の一人。 沖田君とは違って苗字も何も情報がない。途端に興味が湧いて来る。 この性格はどうしようもないみたい。 沖田君は視線を逸らさずに言った。でもスーツの男と制服の青年、どちらが“はじめ君”なのかはすぐにわかる。 一君と呼ばれた彼を見た。藍色の髪ともっと綺麗な青の瞳。貴方が一君なのね。 対峙する沖田君には申し訳ないけれど、一言彼と話してみたかった。 あの日視聴覚室で私のすぐそばにまで近付いた彼。唯一、視聴覚室を調べようとして私を不安にした彼。
はくるりと反転すると、すたすたと一直線に彼に向かう。 近くにはスーツの先生もいるけれど気にしない。彼の左手には木刀が握られている。 みんな木刀…か日本刀を武器にしているようだ。私が近づくほどに彼の左手に僅かに力が込められるのがわかる。 いきなり“切り捨て御免”は避けたいところだ。

「初めまして、一君。初めて顔を見たわ。私、視聴覚室で貴方がすぐ近くを通ったから冷や冷やしてたの」

徐に手を差し出す。無意識に左手。 彼と握手をしようと思ったからの行為だけど、肝心の一君は動かなかった。 彼の瞳は静かに見開かれ私を隈なく映し出している。 いきなりすぎると良くないのか。挨拶で握手は普通だと思うのだが。

「握手…のつもりなんだけど、まあ嫌われちゃったら仕方がないわね」

肩を竦めて手を戻す。その時彼が少しだけ左手を動かしたような気がした。 それくらい僅かな反応だった。近くで見ると、彼やはりなかなか端正な顔をしている。 隣の先生や沖田君も同じく。皆、容姿端麗だ。 なんて一人でニコニコ考えていると後ろから殺意が向かってくる。 怒りと苛立ちが混ざった、隠しきれないもの。

「ねえ、いい加減にしてくれない?君の相手は僕だよ」

沖田君の声が真後ろから聞こえた。