櫻色ノ薔薇




 【壱拾壱、三人組】


─ギィ と、視聴覚室の扉が開く音がした。音もなく気配が二つ入ってくるのがわかる。 三人組ならば一人足りない…誰だろうか。

「そこまでだよ」

男の声がした。沖田総司か一か左之か。三分の一いや三分の二だ。 名前を聞けば早いが、口を開くことはしない。視聴覚室の奥から入口側を盗み見る。 室内を通り過ぎる風がバタバタと大きくカーテンを揺らす。 カーテンから零れた月明かりが男たちの姿を映し出せば、一人は茶髪でもう一人は藍色のような色であることがわかった。 ご丁寧に薄桜学園の制服姿のままだ。


「ねえ居るんでしょ?さっきの悲鳴は君?隠れてないで早く姿を見せてよ」


それでも答えない。ゆっくりゆっくりと男が近づいてくる。

「総司。これを見ろ」

藍色の髪の男は床を指差した。さっき羅刹を切り捨てた場所…片付ける時間も無かったのでまだ灰が残っているはずだ。 あとは血痕も幾つか付いているはず。

「あれ?もう始末しちゃったんだ。残念だな。僕らにも楽しみは取っといてもらわないと」

藍色の髪の男が茶髪の男に向かって「総司」と呼んだ。 ということは、茶髪の男が「沖田総司」で間違いないだろう。 深窓に佇む華奢な幸薄美少年…とは程遠い、身長も高く体つきもしっかりしている。 なんて残念な。残りの男は一か左之のどちらかだ。いやこの際どちらでもいい。 男たちが灰から視線を外す。姿が見えないが気配だけは残っている彼女の事を探っているのだろう。

「どうする一君。また取り逃がしたの土方さんが知ったらきっとまた眉間に皺よせて、怒鳴りつけるんだよ。まったく嫌になっちゃうな」
「そうならない様にするのが俺らの使命だ」
「うん。そうだね」

もう一人の男は「一」で間違いないようだ。残りの左之がどこに居るのか。 またこの建物の入り口で見張りでもしているのか。ここにいないのならどうでもいいか。 さて、三人組にも出会った。羅刹を相手にしてしまったせいで、こちらにも幾分か余裕がなくなってきた。 早くここを終わらせて彼女と合流するのがいいか。あるいは彼女と合流するまでここを引き延ばすか。 彼女が柱の陰から動こうとした時だった。

「グゥウウウウ…」

唸り声が聞こえた。もう聞き覚えしかない…求めるモノの名すら忘れたのか、こうなってしまっては憐れとしか言いようのない。 しかも羅刹の気配は二体感じる。こんな時に限って珍しいこともあるものだ。 男たちも彼らの気配に気づいたようで、何かを取り出した。 この位置からだと形しかわからない。細くて長い…刀? 凝らしてみてみるとあれば木刀だ。

「お出迎えなんて嬉しいなぁ。やっと僕たちも楽しむことができる」
「行くぞ総司」

彼らが木刀を握った。いや木刀ではない、あの刃の輝きは日本刀だ。 静かに構えると同時に獣に堕ちた羅刹が飛び掛かる。 先ほどの自分を見ているようだった。男たちが風を切るような速さで刀を振り下ろす。 沖田の剣は力強く、一と呼ばれた男の剣は繊細に。 一撃は的確に羅刹の急所を狙っていた。羅刹は地に伏せる前に灰と化す。 見事だ。流石は三人組。実力は伴っているということか。

「ねえ…いつまでそこに隠れているの?言っとくけどバレてるよ」
「ああ、姿は見えないが気配だけは存分に感じる。そして血の匂いは消せぬようだ」

刀を握りながら男たちがこちらに向かって声をかける。 どうやらこの部屋に入ってきた時からバレていたみたいだ。…残念。


「君、あの鉄アレイの罠を解いたんだって?すごいと思うよ。 よかったらここで手合せ願いたいな」
「我々の目的は始末人の捕縛だ。そこの者、素直に投降すれば悪いようにはしない。 話が聞きたい。一緒に来てもらおう」


何だ。私達が凶悪犯か指名手配人みたいな扱いになっているではないか。 言っておくが羅刹の排除は立派な仕事。褒められこそすれば恨まれる筋合いは一切ない。 少しだけ扱いに苛立った。今一度、男たちを見る。

茶髪の男、沖田総司。ニコニコ笑っているが目は笑っていない。
藍髪の男、一。苗字は知らない。無表情ながら視線は鋭い。

どちらも実力者なのは理解した。私たちが二人組で、もう一人相棒がいることは知らないらしい。 今捕まるのは不味い。どこで何をしているかはわからないが、彼女と会って作戦を練り直さねば。 男たちの顔は覚えた。しかしどちらも自分の方向を見ていて逃げるにしても逃げられない。 少しでも動けば気配を探られる。

「ああそうだ。言い忘れてたけど、君の向こうにある扉。 出て行った先には左之さんが居るからね」
「?」

沖田の言葉に斎藤はなぜそれを言うのかと見やる。 左之先生は今、特別会議室で待機中ではないか。 彼の視線に気付いたのかウインクして合図した。

「(向こうから逃げられない為のハッタリだよ)」

唯一の逃走通路である裏口も封じられてしまった。 易々と捕まってやるのも気が悪い。何より今は彼女と合流したい。 あの二人の気を一瞬でもいいから逸らせれば、逃げられる。 そして何とかなるはずだ。しかしどちらも私の気配に集中している。 動けば捕らえられる。どうする私。…ねえ、あなたならどうする?
奥の扉、いや彼女の目の前にあって先ほど逃走経路としては封じられた扉の向こうから足音がする。 何かが来る。左之による挟み撃ちか。とうとう捕まってしまう時が来たか。 二人の男に意識を集中させながらも、扉の向こうから聞こえる音に耳を凝らす。 足音がついに近付くと同時にガラス部分に影が映るのが見えた。来た。

「うぉおおおりゃー。総司に一君!土方さんから許可貰ったから助太刀するぜ!」
「「平助?」」

随分と威勢が良くて彼女と同じくらいの身長の男が扉の向こうから現れた。 途端に、向こうにいた二人組の意識がこの男に注がれる。 今だ!
今しかない。
少女は小柄な男には見えてない。もちろん目の前に居たりするのだが。 もし男が神経を使って気配を探っていたのならば感知出来たのかもしれない。 だが登場と同時に、一層気配を殺した。 少女は一目散に走った。気配が動いたことに二人の男も気づいたらしいが、彼女が動いた方が先だった。 カーテンが靡く窓に向かう。迷いはしない。 手前の机に飛び乗った勢いで窓を飛び出す。 強い風が視聴覚室内を吹き抜けた。 ここは三階。いや視聴覚室の前側の窓だから二階くらいの高さか。 飛び降りても問題ない。他人より体は丈夫な方だ。地面が見える。柔らかい土だ。 難なく彼女は着地し闇に紛れて気配を消した。

気配が窓から消える。逃げられた。前回と同様に始末人は窓から消えた。 あと一歩の所だったと思う。

「あれっ?始末人は?悲鳴が聞こえたけど、殺り合ってるんじゃなかったっけ?」

藤堂の些か空気の読めない登場に沖田は盛大にため息をついた。 隣の斎藤は淡々と状況を説明した。始末人が逃走したと思われる窓からは月明かりが静かに差し込んでいる。


*****



視聴覚室に少女がたどり着いた頃。 もう一人の少女は彼女と合流をするべきか迷っていた。 本来ならば視聴覚室に向かったと合流するべきだった。 視聴覚室こそが私たちの目的地であり、恐らく三人組もやって来る場所だと予め読んでいた。 だが私は、彼女と合流する前に一つ確認しておきたいことがあった。体育館だ。 バレーボールのコートが二面は取れるくらいに広い。 そして奥に舞台があり、準備室や道具入れ等も備わっている。 入口側の階段を登れば二階の観客席に行くことができる。 スポーツには力を入れている印象だからこれほど設備が整っているのだろう。 は二階へと足を進めた。観客席の裏の窓にはこれまた分厚い遮光性のカーテンが広がっていた。 その一つを捲ると位置を確認する。こちら側が体育館の裏側の窓だ。 以前、誰かがここから私か千鶴の事を覗いていた。誰かはわからない。 この幾つかある窓の中の一つのカーテンの隙間から。 誰が何の目的で覗いていたのか検討もつかない。 三人組かあるいはそれ以外の誰かか。赤眼の男ではない…はずだ。
体育館は広い空間の割に、窓は全てカーテンで閉じられて月明かりさえ入って来ない。 何とも重苦しく感じた。手前の窓を開けると夜風が吹き込んでくる。 これは気持ちいいかもしれないと、は体育館の全ての窓を開け放った。 バタバタとカーテンが揺れ、月明かりが不規則に差し込む。 は階段を使わずに観客席から直接体育館のフロアに降り立った。と同じく彼女も足腰は丈夫な人間だ。 身長ほど高さのある舞台に上がる。ここに立てば体育館中を見渡すことができた。 先ほど窓を開け放ったおかげで空気も気持ちいい。 自然と喉から声が、音が、歌が零れた。


「~♪」


流行の歌でもなく、日本語でもないどこか異国の歌。 一番わかりやすく言うならばオペラみたいな。女性ソプラノの独唱。 ただオペラほど激しくなく、静かに…陰鬱に音を紡ぐ。 明確に聞き取れる単語が、歌詞があるのかもわからない。 頭のどこかに記憶する歌の一つだ。昔、がこの歌を聴いた時は「Ah」音や「La」音の連続だと言った。 私自身この歌詞には意味がない。そう思う。
視界の中でカーテンが揺らめく。風の音が轟々と響くと同時に月明かりも揺らめいた。

「!?」

どこか遠くに羅刹の気配を感じた。歌が途切れる。 こんな時に限って彼らが現れるなんて。ならばきっとすぐに駆けつけて交戦するだろう。 あとは三人組が現れるかどうかだ。いや間違いなく彼らも現れる。 彼女の元に急がねばならない。は前を見据えた。 意識を集中させたからか、誰かの気配が近づいてくるのがわかった。 しかも一人だけ。誰だろう?沖田君?一君?それとも左之君? こんな所にいないで、羅刹が出たのだからそっちに行ってもらいたいものだ。 彼女自身向こうに行こうとしているのだから。 入口に黒い影が揺らめいた。初めまして誰かさん。

「おい、誰かいるのか?」

男の人の声がした。先ほどの少年とは違う落ち着いた声。 この声に聞き覚えはないということは左之君か。 舞台上から男を観察する。と言っても距離はまだまだ遠いので顔まではわからない。 ゆっくりと距離が近づく。暗闇に紛れていたのはこの人が黒いスーツを纏っていたからだろう。 待って。スーツを纏っている?
と言うことはこの人は薄桜学園の生徒ではないと言うことか。 いや、残りの左之君がもしかすれば先生という可能性もある。 あるいは一度帰宅して、目くらましの為にスーツを着てきた可能性だってある。 これが彼らの戦闘服なのかもしれないし。じっくりと男の顔を見つめるが、彼の顔は中々月明かりの下には現れない。 顔はわからないが、一つだけわかったのは男が何か細長い武器を持っているということだ。 三人組とは別の、居残り生徒を追い出している先生という可能性も出てきた。 それはそれで勘弁願いたい。一般人とやり合うことだけは避けなければ。の脳内を可能性が独り歩きする中、男は暗闇に向かって口を開いた。

「おい。どこに居るのか解らねぇが気配だけは感じる。てめぇが始末人か?」

今の言葉で一般人の可能性は消えた。この男の人は羅刹のことも知っているのだろう。 勿論私たちの事も。残る可能性は三人組の一人か、新たに出てきた四人目かというところだ。 止まることなく足を進めていた男は体育館の真ん中まで来ていた。

「さっきここから声が聞こえた。もう一度聞く。てめぇが始末人か」

より一層声を低くした男が言い切ると同時に強い風が体育館内を吹き抜けた。 揺らめいたカーテンが遮っていた月明かりを男に届ける。 黒髪のスーツ姿。整った顔に紫色の瞳。初めて見る顔。 少年ではなく大人っぽさが前面に押し出た…何て美丈夫な。 物語の中から出てきたみたい…なんて言い過ぎか。
同時に心の奥底からゾクゾクと悦びにも似た何かが湧きあがってくるのを感じた。 鼓動が速くなる。こんな感情は初めて。直感的に感じた、この男の人は強いと。 それも三人組よりもずっと…。今は彼らよりこの人についてもっと知りたくなってきた。 意を決して口を開く。少しだけ声を低くした。

「誰?」

男の瞳の奥に宿った鋭い光が揺らぎ、真っ直ぐにこちらを睨みつける。



*****


体育館の前方から声が響いた。恐らく奴は舞台上の闇に紛れているのだろう。 気配は確かに感じる。発せられた言葉は端的過ぎて探るに探れない。 誰だと尋ねたのはこちら側なのに、声の主は疑問を疑問で返してきた。 ふざけているのか。今一度前方を見据え睨みを利かす。

「誰…だと?名乗るときはでめぇから名乗りやがるんだな。 あとはコソコソ隠れてねぇでとっとと出てきやがれ」

話が進まない。羅刹の出現と悲鳴が聞こえたのは同時だった。 誰かが襲われたのか、それが探していた始末人なのかはわからない。 一緒に行動していた藤堂は視聴覚室へ応援に向かわせた。 しかし、今目の前にいるのは恐らく始末人。本物の。 ならば視聴覚室に居たのは誰だ?  今、視聴覚室には総司に斎藤、加えて応援の藤堂が居る。 始末人の捕獲の為全員を呼びつけたいがここを離れるわけにもいかない。 隙を見せれば逃げられるのは明白だろう。 土方は内心苛立っていた。


*****


名乗る時はまずは自分から。 確かにそうだ。この男の言い分は正しい。 彼の姿は存分に月明かりに晒されている。 此方がコソコソ隠れているのはフェアじゃない。 さあて、ご覧に入れましょうか…と、まあそんなに素晴らしいものでもないけれど。
は一歩また一歩と足を踏み出す。 舞台から下のフロアへと降り立つと視線の高さは大体揃った。 向こうの方が背は高いけど。もちろん足音なんて立てはしないが気配だけは動いている。 男にはそれがわかるのだろう。始末人はもう舞台にはおらず、こちらに近づいていることを。 フロアに降り立ってから、わざと足音を立てて歩き出した。