そして鬼はいなくなった
【弐、以後お見知りおきを】
京まで出てきたものの目立ってすることは特に何もない。と言っても、今回の一番の目的は風間千景との会合。顔合わせは済んだし鬼の受け入れの約束も取り付けた。後は向こうから出される受け入れの条件、あるいは処遇が言い渡させるのを待つのみ。次の日程は特に決まってはいない。
「(何をするか……)」
姫は最近外出が続いている。予定があるとは羨ましい。部屋に引きこもっていては昨日と変わらない。町の散策でもしようかと
は支度を進めた。残念ながら土地勘も馴染みも何もない。適当にぶらりと散歩して戻ってくることになるだろう。定番の形に結い上げるのが面倒で、いつも通り下げ髪のまま先だけを紐で括っておいた。上品な柄だが色は地味目な着物。菊月にぶらり散歩の旨を伝え、裏口から出ると、表通りに溶け込む。
活気ある様は予想以上のものだ。私ももう娘子という歳ではない。何処かの奥方と勘違いされているのか、通り過ぎ際に店の売り子が品物を勢いよく進めてくる。皆、商売上手。言葉を交わせば思わず買ってしまいそうだ。特に興味の無い店は、微笑でやり過ぎるに限る。散歩が目的なので買い物は控えておこう。
寺院の横を通り過ぎる……が、何町あるのかわからないほど塀が続いている。広い。かつて、「禁門の変」という武装上洛した長州と幕府との戦闘で、京の町は火の海に包まれた。島原辺りは火が回らずに無事だったが、祇園を始め、二条から四条までの鴨川周辺の火の勢いは相当なものだったらしい。三日続いた大火は京の町を灰と炭に変えた。しかし人間は儚いながらも……強い。一から家を建て直し、町を復興させたのだ。家を見てみれば新しいか古いかは判別がつく。それが大火の後なのか、本当に最近かはわからないが。続く街並みを眺めながら、人の美しさ、愚かさ、儚さを感じる。心は移ろい行くもの。しかし人の全てが悪者ではない。人間は好きだ。鬼も、人と比べれば姿かたちに違いはあるが、多くは変わらない。考え事をしながらふらりふらりと、また一つ通りを越えていく。
「貴方たち、やめなさいよ!」
聞き覚えのある強い声がした。声だけでわかった…彼女がどうして此処に? 角から顔だけ出して覗けば姫が小汚い男数人に囲まれているではないか。時代が下り、明治に変わっても京にはまだまだこんな下世話な輩がうろついているらしい。残念だ。
そろりと裏通りへと抜け出すと、帯に隠した鉄線を取り出し有無を言わさずに男の脳天に振り下ろす。二人目と三人目は鳩尾に入れた。面倒だから素早く済ませた。余りにも無礼だったので、手加減は一応したが暫くは目覚めないだろう。
「
…どうして此処に?」
「その言葉そっくりそのまま返そう。ここの治安はまだまだ良くないと見える。外を歩く時はお付きの者を連れるのが常識だ。何か事が起こってからでは遅い」
少し言い過ぎたか。押し黙る姫を見て心の中が苦しくなる。
「今回は目を瞑る。菊月には報告せぬが意識はしておいてもらわんとな。散歩は好きなのか」
「ええ、こっそり抜け出してね。町の様子を肌で感じるの。私はこの町が好きだから」
「私も京は好きだ。どこか我が国にも似ているし…此処を離れる前にもう少し町を知っておきたいものだ」
「じゃあ口止め料として、美味しいお団子屋さん案内しちゃおうかな」
「はぁ……。口止めより反省をしてもらおう」
連れられた団子屋の軒先に座りながら団子を一口頬張る。焼いた団子と絡んだ甘い餡が香ばしくて美味しい。気付けば次の団子を口にしていた。店の前を物売りが通り過ぎるのを眺めながら、身分を忘れて話を交わす。今はきっと自由な女同士。
「
は、好きな人とかいないの?」
「婿取りは今は考えていない。お蔭で
を始め里中が杞憂しているが」
「また自分の事犠牲にして……里の事一番に考えていたら駄目よ。これから籠っちゃうと特に出会いなんてなくなるわ」
「私もこの胎を使わねばならんことはわかっている」
一口茶を含む。 自然と手で腹部を擦っていた。
「そうじゃない。次を産むことだけが女の役割で無いって貴女が言った事でしょう」
「自分のことより妹たちの嫁入りが心配だ。里の娘達も。彼女たちが無事嫁いでから考えよう」
凄い勢いで睨まれる。そんなに怒らなくてもいいではないか。 事実、惹かれる男もいないのだ。
「別に“同胞”に囚われなくてもいいんじゃない。京には素敵な人間がいっぱいいるわよ」
「ふふふ……鬼に婿入りか。それは相当の覚悟のある男だな。その気があるなら手合せしてやるか」
「それこそ勝ち目ないでしょ。
は全然手加減しないし」
「強い男なら考える」
姫はわざわざ“同胞”という言葉を耳元で小声に伝えてきた。そう気を遣うものでもないと、あえて“鬼に婿入り”という言葉はいつもの通りに伝える。鬼も人も関係ない。それはそうだ。惹かれた相手が何者だろうと構わない。寛大な条件であるが、根本的に相手に惹かれないなら意味もない。
「で……千姫」
「何?」
「其方は惹かれる男は居らんのか?」
「……私は」
「居るんだな」
したり顔で覗き込む。手にした湯呑みの茶を覗き込んだままで視線は交わらない。がしかし、遅い反応と釈然としない態度は肯定だ。
時代の変わるときには痛みが伴う。京も戦場となった。やがて戦は大坂に移り江戸に移り、蝦夷にまで北上。戊辰戦争と呼ばれた太平の世の終わりに鬼も人に力を貸したと聞いている。その際、京に多くの鬼が入ったらしい。先日会った西の鬼の頭領も然り。
「まさかあの頭領か?」
「冗談じゃないわ。だーれがあんな男!」
「外れか」
にしても姫の態度はいつにも増して感情的だ。二人の間に何か有ったのだろうか。
「君菊ももうすぐ嫁ぐではないか。いい機会だ。慶事が続くとは縁起がいい。で、相手は?」
「……今度、直接会わせてあげる」
「それまで秘密か……良いだろう。楽しみだ。存分に賭けておこう。粋な優男に一夜の呑み代でどうだ?」
「ふふ、乗ったわ」
茶器を置き、支払いを済ませると並んで歩き出す。姫が見初める相手だから悪い男ではないだろう。会うのが楽しみだ。
「もう少し
と話したいわ。出来れば秘密の話」
「少し歩こう。川辺なら話が出来る」
歩いてきたのは鴨川の畔。人通りもまったくない。
「風間も一筋縄ではいかないわ。無理難題押し付けられたらどうするの?」
「あの男が賢明な判断をすることを祈ろう」
「それに……やっぱり貴女達の存在は“我々”にとって危険すぎる。今はまだ真偽不明で通るけど…その為にも早く身を固めるべきよ。私みたいに」
「まさかその為に姫は」
「違う」
否定。少し安心した。純血の女鬼の存在はこれからきっと鬼同士の争いを生む。京の姫が一体どこに嫁ぐのか…他の鬼もきっと気になるはずだ。今まで西にも東にも属していなかった孤高の存在。 取り込まれるわけではないが、これから西の鬼と共存することになるのだから。 そして私達、
の鬼は世間的に認知はされていないが純血の女鬼だ。 一応古い鬼の一族で起こりは鈴鹿御前の頃と重なる。 大酒呑みで気性も激しいと伝わるかの鬼、酒呑童子。彼こそが
家の先祖。 酒呑童子は京で首を取られたが、彼の最後の子を孕んだ女鬼は北に逃れ、他所の鬼から隠れ住んできた。 いつの間にか胎に宿した、多くの鬼子を孕める力を以ってして一族は純血を守り生き延びてきたのだ。この事実が知られればマズい。
の女鬼は皆、子を産む為だけに望まない婚姻を結ぶことになる可能性が高いのだから。
「何れにしろ、皆婿取りか嫁入りの時は来る。 願わくば幸せに巣立っていってもらいたいものだ」
「
…。私は家の格なんて気にせずに相手を選んだわ。今とっても幸せよ。君菊だってきっと同じ考えだわ。血に縛られないで互いの想いだけで結ばれることがこんな感情を生むなんて……」
「千。其方こそ我が理想だ。ありがとう。妹たちに是非知らせよう。私も何時になるかはわからんが参考にするとしようか」
夕焼けに照らされた姫の瞳が私を映している。綺麗に輝くこの宝石を手に入れたのはどこの男鬼だろう。幸せ者め。私が男鬼だったらきっと名乗りを上げていただろうに。
「
が理想の男に出会ったらちゃんと報告してよ。恋路の相談も受け付けるんだから」
「はっはっは!そうだな。出来るだけ早く報告できるように努力しよう」
日が暮れかけている。もうそろそろ角屋に戻らないといけないなあと考えていたら、姫も同じことを思っていたらしい。
「急ぐか?」
「そうね」
顔を見合わせると、風のような速さで屋根を駆けた。
里から届いた手紙に目を通す。この字は自身が不在の間、里の事を任せた
のもの。手紙には、里の状態や妹弟達の様子、先に送った手紙の返事が所狭しと書かれている。
頭領不在の中でも統制は上手くいっているようだ。目立った問題も起こっていないらしい。良きこと。加えて里内で、長く思い合っていた娘と男の祝言が挙げられることになったらしい。両者と、両者の家が話し合って納得の行く形で決まったと言う。姫と菊月のこともあったし、いやまったくめでたい。そして妹たちは相変わらず私や千姫に会いたいと駄々をこねていると言う。 特に末の妹たちではなく、年齢が千姫に近いすぐ下の妹たちが。 全く困ったものだ。そして二人いる弟たちは姉妹に揉まれつつも、算盤を習うことに精を出しているらしい。昔は散々女物の着物を着せられ、私を含む上の姉たちから遊ばれて泣いてばかりいたが、今では立派に成長した。
風間の里への受け入れの件は、全ての者に伝えられたらしい。新しい土地と制約に不安を感じる者も少なくは無いらしい。出来るだけ我らに有利になる様に交渉は進めると書いておいて良かった。次の手紙ではもっと良い報告が出来る様にしたかったが、あれから風間側から何も連絡は無い。どう書くべきか悩みながらも返事を認めた。
千姫に呼ばれたのはそれから数日後。いつもとは別の部屋。姫は私が座るのを確認してから、ニコニコしながら出て行った。
「(何だろうか……)」
その気配に気づいたのは直ぐ後。新しい鬼の気配。 近付く足音も大きくなってきた。探れば千姫ともう一人鬼が並んで歩いている。ああ、思い出した。先の約束を。襖が大きく音を立てて開かれた。視線が釘付けになる。
「しかし、此処に来んのも久々だぜ。って、おぅ?」
若い男鬼と目が合った。日焼けしたような色黒の肌を存分に晒した腹掛け姿。腕には派手な刺青。長髪を高く括っている。各々が目を見開き驚きの表情を見せた。
「お前……誰だ?」
「其方が姫の?」
互いに瞬きを繰り返す。言葉はまだ出てこない。止まっていた時を動かしたのは、男鬼の後ろからひょっこりと顔を出した姫だった。
「ってどうしちゃったのよ。二人とも」
「「……」」
しかし私達はまだ動かないまま。
「
、覚えてる?紹介するわ。私の……二世の契りを交わした相手。まあ要は婚約者ってことね」
「西の鬼、不知火匡だ。話はコイツからちょーっと聞いてるぜ」
「誰がコイツですって?」
「いやっ、その……悪かった。そう怒るなって」
姫と不知火と名乗った鬼、息が合っている。まるで夫婦(めおと)という言葉がピッタリだ。祝言を挙げる前から尻に敷かれ始めているのは、見なかったことにしておこう。
「ふふふ……あっはっは!」
気付けば私は声を上げてこれでもかと言うくらい笑っていた。先ほど初めて男を見た時、正直驚いた。想像していた鬼より幾分か侠気ある風体だったからだ。しかし互いに惹かれあい、姫が共に生きることを選んだ相手。二人は良い夫婦になるだろう。
「流石だな。あの時の賭けは其方の勝ちだ。今宵の呑み代は私が持とう」
「今日は止めといたほうがいいわよ。不知火はこう見えてお酒強いから」
「おいおいおい。俺を使って何賭けてやがったんだよ!」
そうしてまた夫婦漫才を見せつけられる。いや実に愉快。一通り彼らの日常を垣間見た後に、改めて向かい合う。私の前には不知火という鬼と姫が並んで座っていた。
「匡、紹介しとくね。北の里の頭領、
よ。北の鬼も風間の里に入ることになったわ」
「此度は姫とのご婚姻、真に……」
「だから
ったら!いいわよ。そんなに畏まらなくて」
「そうだな。俺だって堅苦しいのは苦手だからよ。まぁ気楽にいこうや。俺と話すときは素でいいって」
二人してそう言われたら仕方がない。袂を正すと不知火と言う鬼を見つめ、改めて挨拶した。
「
家当主の
と申す。千姫とは古くから懇意にしていただいている。……以後お見知りおきを」
頭を上げればギリギリ見えるか見えないかの位置で、姫が不知火の胡坐を掻いた足を抓っていた。一方の鬼は表情には出していないが、抓られた足を動かし、まるで「やめろ」と言わんばかりの抵抗を見せている。この鬼たちは、どこまでも仲睦まじいらしい。
起承転結の起。ぬい様と千姫は我ながら良い夫婦になると思います。はい。
20150520*星宮はちこ 裏語