そして鬼はいなくなった
【参、少し……昔の話をしましょうか】
挨拶もそこそこに、話は二人の“馴れ初め”に移る。少々下世話な内容ではあるが、この場を姫は女同士の立場のままで過ごしたいようだ。実際、私も気になって仕方がなかったのだ。不知火と千姫。果たしてどう出会い、惹かれ合い、共に生きようと思ったのか。興味ある。
「先の戦か……。京も随分、戦火にさらされたと聞いている」
その最中、西の鬼と京の鬼は出会ったらしい。西の鬼は倒幕派に力を貸した。この不知火という鬼は、薩摩ではなく長州藩の人間に興味を持ち、行動を共にしていたと言う。しかし興味を持ったのはその中の一人の人間だけだったから、特別、長州藩に肩入れしていたわけではないらしい。時に鬼同士で協力し合い、人間側の行動を牽制していたこともあったとか。
長きに亘った新政府軍と旧幕府軍の戦闘はこの地から始まった。戦乱に陥った京で、千姫は自身と菊月に限らず、出来るだけ多くの人間を安全な場所に避難させようとした。その多くは花街の芸子や舞妓、禿の少女だ。逃げ慣れぬ彼女たちの避難には多くの困難が存在した。千姫の護衛をしていた菊月が、その任を一時的に解かれ……これも無理矢理の事らしいが、避難の先導を命じられた。そして花街の関係者に限らず京の民の避難を誘導していた姫が直面した危機、そこは濁されてしまったが、その危機から姫を救い、安全な場所まで護衛したのが不知火だった。侠気とはまさにこのこと。女が惚れるには、下手な口説きよりも黙って背中を見せるに限る……か。にしても彼の協力していた長州藩は新政府軍として戦闘の真っ只中だったらしいが。
鳥羽・伏見から始まったこの戦で鬼は前線から身を引いた。以降の新政府と旧幕府軍の戦は東へ、北へと戦線を移していったのである。不知火殿はしばらくは新政府軍に身を寄せ情報を探り、頃合いを見計らって京へと戻ったらしい。その後は、時が来るまで自由に過ごしているようだ。
「にしても、不知火殿は姫のどのような所に惹かれたのか」
「んなこと忘れちまった」
「ふーん。いい度胸してるじゃない」
姫の言葉に肩を揺らす男鬼。これ以上は可哀想か。
「姫は強く凛々しく……芯が通っているからな。私が男でも惹かれていただろう」
「あら嬉しい」
「私が男でなくて残念だ。いや……二人が結ばれて幸せだ」
「何よそれ」
「いや……何でもない」
拗ねる様な仕種をされればまだまだあどけない一面が伺える。何て可愛らしいのだろう。さり気なく不知火は姫の頭に手を乗せた。瞳を閉じる女鬼。丸く収まったのだろうか。まあいいかと、
は二人の戯れを見なかったことにした。
互いの話を聞いていたら陽は疾うに暮れたようだ。薄暗くなった部屋に明りを灯す。部屋に料理が運ばれて宴の準備が整えられる。其々の杯を酒で満たせば、姫はあまり飲まないからと少な目でいいらしい。一方の不知火は、姫の言った通り酒は強いようだ。次々と酒を腹に流し込んでいく。
「そう言えば、菊月の相手はどのような男なのだ?」
姫の相手はこの不知火殿。
一方で、嫁ぐと聞いていた菊月の相手にはまだ会っていない。一目会って挨拶でもしてみたいものだ。島原で芸妓として名を馳せたのだから、彼女の相手も相当の目利きだろう。まったく幸せ者の鬼が多い。その幸せに一度肖ってみたい……とは思いつつ、姫に聞かれると縁談でも持ちかけられそうなので黙っておいた。
「おっ、天霧の旦那か!」
「名は天霧殿と言うのか」
どうやら不知火も相手を知っているらしい。西の鬼にはあまり詳しくないのでその名には覚えが無かった。が相当有名な家の者かもしれない。
「俺が言うのもあれだが天霧の旦那はイイ男だ。 まあー今は、いや今も昔も風間の件で頭を抱えているだろうけどよ!」
「風間……」
先日会った西の鬼の頭領の事だろうか。その名には覚えがある。天霧と風間の間には一体何があるのだろうか。まさか菊月を巡って……なんて、くだらぬ展開は酒と共に腹に流し込んだ。
「まったくあの男……いい加減にしてもらいたいわ。 早く二人の祝言の段取りを進めたいのに」
「まあ、あいつの事が片付くまではな……って何時になるやら解ったもんじゃねーな」
「その……両家はどのような関係なのだ?」
くだらぬ展開が現実にならないことを望もう。若干、酔いが引いてしまった。胡坐を掻いた足をポンと一叩きし、饒舌に不知火が風間との関係を語り始めてくれた。
「風間は……もちろん西の鬼の頭領なんだけどよ、天霧の旦那は風間家に仕える鬼だ。で、昔っから風間の暴走を止めたり、頭領とは何たるかを諭したり……と色々苦労が絶えない。んでもって、先の戦で彼らは薩摩に手を貸していた」
「ほう……」
そう言えば、部屋に入ってきた風間殿と姫の会話の中で「天霧」と言う名が出てきたような気がする。 詳しくは考えずに聞き流していたが。
「鬼として三人で行動する事も時々……あってな。まあ腐れ縁みたいなもんか」
「では其方も、風間殿と天霧殿に面識はあるのか」
「そりゃな。んで、今も昔も天霧は、西の鬼の頭領サマサマの嫁さがしに気苦労が絶えないってこと。挙句の果てには、風間より先に相手決めちまうんだもの。決めたはいいものの、主人の見込みが付くまで自身の祝言は待ちぼうけってとこか」
このご時世、血脈の良い鬼は……特に女鬼は多くない。
彼のお眼鏡に適った鬼は……いなかったのだろうか。いや違う。彼も風間家を率いる存在。想いを寄せる相手が居たところで、血だ家だと、多くの問題を抱えていたのだろう。しかし今も昔も状況は変わらない。むしろ女鬼の数は減少の一途。 これからどう足掻いたところで女鬼が増えるわけでもあるまい。今居る女鬼から、彼も望まない婚姻を結ばなければならないのだろう。血脈の良い女鬼か。東の鬼が生きていたら……状況は些か異なった。本当に悔やまれる。
「風間殿もきっと血と家の間で足掻いているのだろう」
「ってもよ、
ここからが面白れぇの!」
あ、今……名前で呼ばれた。酔った勢いだろうか。姫も何とも思っていないのだろうか……彼女が良いなら何でもいいが。
「昔、天霧の旦那がわざわざ千の所まで訪ねて縁談の話を持ち帰ったわけ。んで肝心の風間に伝えたら、“人生を達観した女など興醒めだ”なんて言ったらしいぜ」
「まったくあんな男! こっちから願い下げだわ!!」
何でも、その話は事実ごと無かったことになったらしい。 あの時の言葉は……恐らくこのことだったのだろう。風間千景。先日会った時から薄々感じていたが、姫に対してそのような暴言を漏らすとは相当肝の据わった男だ。もちろんあまりいい意味ではないが。
「あの男が相手なんてこれぽっちも考えたことないわ。血筋が良いってだけで千鶴ちゃんを、追いかけてたなんて」
「その千鶴……とは?」
頭領のお眼鏡に適った女鬼だろうか。
「確か雪村綱道の娘だったか」
「……雪……村」
その名は知っている。忘れるはずもない東の鬼の名門、雪村家。有能な鬼が多くいたと聞いている。
は秘かに東の雪村家とは連絡を取り合っていたと言われている。残念ながら
自身がその大役を仰せつかう前に、雪村家を始め東の鬼は滅んでしまったのだが。
「少し……昔の話をしましょうか。
も知っているでしょ? 雪村の名を。彼女は雪村本家の生き残りで純血の女鬼。でも彼女は自身が鬼であることを知らなかった」
「彼女は今どこに!?」
食いつく様に姫に尋ねる。雪村の名を聞いてから私は興奮していた。東の鬼は全て滅んだと思っていた。僅かならば生き残りがいてもおかしくは無い。しかも彼女は「雪村」の鬼。先祖から代々世話になったと聞いている。せめて一目会って礼が言いたかったのだ。
「ここにはいないわ。今は江戸にいる。人として……生きることを望んだから」
長い睫毛を附せた表情には陰が差す。それから姫は、雪村千鶴について彼女が知っている限りで教えてくれた。鬼狩りから生き残った経緯。蘭学医、雪村綱道との生活。京へ足を運んだ理由。新選組と呼ばれた人達との関係。鬼としての風間千景との関わりも。鳥羽・伏見での戦の中、彼女を待ち受けていたもの。以降は、新選組を追って彼らの足取りを辿ったこと。父との別れ。 最後には人として生きるため、江戸へ留まったらしい。鬼であることを知らずに生きてきた彼女は、人として生きることを望んだ。人里に残した旧知の鬼の顔が浮かんでは消えた。彼らの意思を尊重したことに後悔はない。その彼女も……自身の決めたことに悔いはないのだろう。
「雪村の鬼が生きているという事実だけでも十分だ」
杯を掲げ、心の中で感謝の言葉を綴る。一気に酒を飲み干すと、姫が銚子から酒を注いでくれた。そして、自身とその少女との関係を語ってくれた。年も近く良い関係だったらしい。姫は姫である前に一人の女鬼。嬉々と語る千の姿に頬が緩む。
宴会は遅くまで続いた。少しずつ酒を勧めていたら千姫も相当飲んだらしく、今は目蓋を閉じ、可愛い寝息を立てている。なんて無防備な姿だろうか。今は自分が男鬼でなくてよかったと真に思う。そんな姫の姿に気付いたのか、不知火は頭を掻いて、「悪りぃ」と立ち上がった。彼の行動を読み、宴会はお開きで……と静かに告げる。
頷いた男鬼は逞しい両腕で優しく娘を抱き上げ、横抱きのまま戸口へ歩み寄ると片足で器用に襖を開いた。長い髪の後姿が閉じた襖の向こうへと消える。二つ気配も遠ざかる。彼の……彼女を見る時に含む温もりを暫くは忘れはしないだろう。
一人残った部屋。障子を開けば一面の星月夜。夜風が吹き込み火照った頬を撫でていく。私にもいつか互いに思い合える男が現れることを祈ろうか。妹達も、
も、村の娘たちも皆、暖かい眼差しで見つめ合い、心満たされ、幸せになる日がいつかくればいい。出来れば早いうちに……。
鬼が歩んできた道のりは決して平穏なものではなかった。 人から離れ、人の争いに巻き込まれなくなった先には……何が待っているのか。これから私が見届けるもの。視線を下げれば京の街並みが広がっている。
「人も鬼も……儚く美しいな」
私は京に出てきてから、どちらももっと好きになった。
風間から便りが来たのは次の日であった。
内容はもちろん「北の鬼の処遇」についての会合日程。 両手に緊張が伝わるのか微かに震えている。 我らの処遇について、粗方方向性は決まったのであろう。直ぐに千に取り次ぎ、日程について確認を取ってもらう。ちなみに千姫は中立の立場で、会合の見届け人である。提示された日程の内、こちらの都合も勘定したうえで返事の手紙を書き起こす。書き終わった手紙は、同じ京にいるであろう風間千景の元へと即日で届けられた。まだ日程を決めただけ。ちなみに明後日。なのに緊張は既に解けないまま。平常心だ。平常心が大切だ。心を落ち着かせる為に温くなった茶を飲み干せば、部屋に新たな手紙が届けられた。
それは風間側からの返答……なんてものではなく里からの手紙。次の手紙を出す頃にはすべてが決まっているだろう。紙を広げればやはり所狭しと字が書かれている。中からはらりと紙が落ちた。 何だろうと拾い上げれば、「千姫様」なんて大きく書かれている。 元の手紙を読み進めれば、
が彼女への手紙を書いたが渡す術がないので同封すること、手紙を「千姫」に渡してほしい事が二回ほど書かれていた。 仕方がないか……。後で千姫に渡そうと文机にそれを置き、残りの内容を読み進めた。
時には昔の話を。(某映画が浮かびますね)
20150524*星宮はちこ 裏語