そして鬼はいなくなった
 【仇、心さえも望むのか】


はん。また荷が届きはったさかい、ここ置かせてもらいますね」
「ああ、そうしてくれ」

振り向かぬまま答えること早数回目。
私は相変わらず部屋に籠りっきりで読み物に勤しむ。 文机は入口側には向いておらず、振り向かなければ誰が何を届けたのかもわからない。 ただ、鬼ならば気配くらいで大体は察知できるが。 今日は朝から物が届くなぁと、他人事のように考えていた。 実際京に来てから物を贈ってくれるような知り合いが増えたかというとそうでもない。 里からだろうと深くは考えないでいた。それに、今読んでいる書物が盛り上がりを見せているのだ。 気が散る、と外界を遮断していた。
時は昼過ぎ。私の引きこもりを心配して、時折千姫が顔を見せてくれるようになった。 今日も鬼の気配が近づいてくる。


「元気してるかしらって、何よこれ?」
「朝から何やら色々と届いている」
「色々って規模じゃないわよ。誰から?」
「ん?」


そこで初めて振り向いた。千姫の前には、腰ほどに積まれた箱の数々。 どれも綺麗な漆塗りの箱や綺麗な布地で包まれており、これまた綺麗で鮮やかな紐で結われているものもある。 豪華絢爛な品に、眉を顰めた。

「里から…ではないな。何だこれは」
「それはこっちの台詞よ」

二人して頭を傾げる。このような品を届けられる覚えもない。 手前にあった適当な包みを引き寄せると丁寧に包みを解いてゆく。 座り込んだ千姫と「玉手箱」やら「雀の葛篭」やら言い合っていると、中から螺鈿細工の入れ物が出てきた。

「(螺鈿とはまた高級な)…行くぞ」
「一思いにね」

開けば、異国から持ち込まれたのだろう透明なガラス細工が出てきたではないか。 光りを通すその姿はまるで水を固めたような、水晶のような。 しかし色も鮮やかでそれらとは異なる。漆器とも磁器とも違う趣を見せている。美しい。 次は、見た目と手触りからして予想出来る。 風呂敷包みを開けば綺麗な畳紙。中に在るのはもちろん着物。 しかも一つや二つではない。両手で足らぬほどの数。 紐を解いて中を覗き見れば、鮮やかな色から上品な色まで。 相当な上級品であることが窺える。 後は身のまわりの小物が幾つも揃えられていた。眩暈がするほどの良い品だ。 贈られてきた全てを確認したわけではない。途中で血の気が引いてきたので、包みを開くのはそこまでにしておいたのだ。

「…」

何だ。誰だ。と目蓋を閉じたまま唸ることしかできない。 向かい合う姫も口元に手を添え真剣に考えているようだった。 二人して答えが出ないまま、また荷物が届く。 店の者から詳細を聞き出そうと何やら思想顔のまま姫が退室してしまった。 積み上がる品物がまるで城壁のように聳える。物は朽ちるまで存在し続けるが、口があるわけでもない。無言のまま。読書の邪魔にはならないだろうと、はもう一度背を向けた。

翌日になっても謎の贈り物に手を付けないまま。 畳んだ布団を片付けると、里への手紙を書く準備を整える。 近状を事細かに書き連ね、への言葉も忘れないでおいた。書き終わったのは昼前になるだろうか 外から声を掛けられ振り向きながら応答すれば、店の者が手慣れた様子で荷物を運び入れてくれた。 今日は初だが、通して考えれば幾度目になろうか。 私一人で生活するには十分だった部屋も、予期せぬ贈り物のせいで少々手狭になってしまったことは言うまでもない。

「しかしよくもまあ…」

これだけの物を贈りつけてくるなど暇人もいたものだ。と、ため息をつく。 荷物の代わりに折り終わった手紙を店の者に託す。 店の者が言うには、毎回異なる商店の使いが直接角屋まで荷を届けにくるらしい。 そして、「」宛てである旨を伝えると言う。 包みから見ても上等品ばかりで、舞妓や芸妓なら飛んで喜ぶ品ばかりだろうと言ってくれた。 それはそうだ、彼女たちは夜になれば客から贈られた着物や簪で自らを飾り立てる。 贈った客あるいは余所の客、そして他の芸妓に舞妓たちにここぞとばかりに見せつけるのだ。 店の者が去った部屋には、私と品物しかいない。 障子を開いて敷居に腰かけながら変わらない外を眺めつづけた。


「邪魔するぞ」
「!?」


静寂を声が遮る。驚きながら振り向けば、あの夜以来会っていなかった男鬼が立っているではないか。 気配を感じたのは正に今になってから。私の表情は何と間抜けに見えているのであろうか、知る由もない。

「随分届いたな」
「これは…其方か」
「気に入ったろう」

の前で、包みを一つ手に取ると中身を取り出す。 中から出てきた品物は立派な一枚ものの鼈甲の櫛だ。 座ったままの私に近づくと、前髪を留めていた櫛を取り払い、代わりに一刺しして頬を撫でる。

「手に余るものばかりだ。簪も櫛も、着物も。この身一つ飾り立てるのにはな」
「幾らあっても足りぬ」
「いきなり贈り物に目覚めるとは…頭でも打ったか?」

かなり失礼なことを言っているのは理解している。
しかしあれほど強引な手を使ってきた男が、女に対し物を贈る…と言った行為に原点回帰するなど何事であろうかと思ってしまったではないか。 私の隣、物見場に腰かけた男は途端に体を寄せた。 そのまま肩に手を添えると強く抱きしめられる。


「お前の“心”が欲しい」


耳元で告げられた。


「身も血も捧げると誓ったのに、心さえも望むのか」

それは率直な思いだ。私は私の意思を塗り替え、或いは覆い隠して、自ら風間に嫁ぐことを決めた。そ れは自分自身のすべて捧げるということ。 祝言を挙げ風間という家に入るまでは北の里の長としての私を捨てずに保とうと誓ったのは記憶に新しい。 が、男は物理的な肉体だけでなく、目に見えぬ私の“心”までも欲していた。 私は心すらも捧げなければならないだろうか。全てを犠牲にしなければならないのだろうか。 手が、微かに震えているような気がする。

「何れお前の心を奪ってやろう」
「何度も言っているだろう。私の心は…私のものだ」

身構えていると案の定強引に口付けをされる。 私は従順な女と偽り、男を受け入れた。
男が去り陽も僅かに傾き始めた頃、手紙を託した店の者が部屋を訪ねてきた。 また物が届いたのだろうか。あれこれ考えを巡らせていると、運び込まれたのは、お茶と小さな菓子が三つ四つ。 季節に合わせた見た目も楽しい菓子。贈り主は姫だったかと考えてみた。 彼女は町を娘姿で散策した後は必ずといって良いほど、甘味などの土産を持って帰って来てくれる。 が今日はちと数が多い。 ジッとそれらを見つめていると、運んできた店の者がそっと耳打ちしてくれた。

「例の風間さんから」

途端に眩暈がしたような気がする。 物も持ち腐れるが食べ物はただ勿体無いだけだから是非頂くよう頼まれた。 確かに勿体無いが一人で食べるには多すぎる気もしなくはない。 仕方ないとあきらめ、一口頂いた。

「(美味しい)」

目を見開く滑らかな口触り。瞬きを繰り返す。上品な甘さに頬が緩んだ。 しかし物で懐柔されるわけにはいかない。私の心もそう安く簡単なものではないのだ。 次に会ったら礼を言うと同時に、このような贈り物は無意味である旨、伝えなければいけない。 全く持って無駄である。既にこの部屋を占領しつつある物品はどうするべきかと、二つ目の菓子を口にしながら思考を巡らせた。



翌日。襖が開いた音がする。気配からそれが誰なのかはわかっている。 久々の真面な訪問者に広げていた読み本を閉じた。

「よっ!久々だな」
「待って!こう言う時はちゃんと声を掛けてから開けるのが礼儀であって作法よ!」
「まぁそう言うなって。誰が来るかなんてお見通しだろうよ」

二人揃っているのを見るのはいつ振りだろうか。

「相変わらず仲睦まじい限りだな。お二人は」

千は前に見せてくれた、かの不知火から贈られた衣を纏っていた。 部屋を見渡した男は一言「何だァ。商売でも始める気か?」なんて呟いている。 それもこれも一級品だ。売れば良い値が付こう。 が受け取ると宣言してない物を勝手に売るつもりはない。 だが受け取らずに全て返すのも無礼である。 扱いに困った物たちは正に私の部屋で持ち腐れ状態だった。


「これの贈り主、風間みたいね」
「ああ。しかし私には手に余る品ばかり。そっくりそのまま返すのも相手の顔が立たん。どうすればいいのか困っている。知恵を借りたい」
「要らねぇなら突っぱねるのが一番だろ?無駄に気ぃ使うから風間もその気になって贈ってくるんだろう。 大体アイツ、空気なんて読めねぇからな」
「それが出来たら苦労せんな」

「まったく!物で釣ろうなんて浅知恵甚だしい。を安く見たものね」


菊月が運んでくれた茶からは青く華やかな香りが漂ってくる。美味しい。

「そう言えば…婿殿は茶菓子も贈ってきたな」

昨日の今頃…多すぎる甘味と苦戦していた。 二つ目までは濃く淹れられた茶と美味しく頂けたのだが、三つ目になると甘さが際立ってきた。 そして茶も飲み干した後。追加を頼めば良かったのだが、夜に向けて仕込みが始まっている厨房の忙しさを考慮して頼まなかった。 回想から意識を戻すと二人の驚いた顔が此方を見つめているではないか。


「いやっ…アイツもそんなことまでするようになったのか?明日は雪でも降るんじゃねぇの」
「しかも一つ二つではないぞ。食べきるのに苦戦したな」


そこで真剣な表情の姫が口を開く。

「あれから風間との接触は?」
「ああ…昨日来たな。剰え、私の心を欲していった」

いきなりどうして心など求めたのか、私には理解できない。 何かに目覚めたのだろうか…本当に頭を打ったのか。捉えきれない。

「こころ…?」

消え入りそうな千姫の呟き。何かを思い出したように目を僅かに見開かせた。 いつもの驚きとはまた違った表情。 僅かな変化だが、それが気になって仕方がなかった。


「どうかされたか?」
「いえ、何でもないわ」


またいつも通りの姫が姿を現す。その後、不知火によって新たな話題が上った。 三人で笑い合いながらも、私は先ほどの千姫の表情が忘れられなくなっていた。


物では心は釣れぬぞよ。
20150927*星宮はちこ   裏語