レプリカ虚像乙女
【序章閑話、万事屋に珍獣現る】
夜ともなればネオンの灯りが煌めき、酒と金と性の欲が入り混じる少し危険な町“かぶき町”も、昼の今は皆その息を潜め、或る意味閑散とした印象を感じさせる。
某日。その中心街から少し離れた位置にあるスナックお登勢の二階にある“万事屋 銀ちゃん”には、似つかわしくない客人が訪れていた。高級そうな細身の黒スーツには皺ひとつなく、金縁の飾りに独特の模様があしらわれたボタンがついている。何よりその“着る人を選びそうな服”を見事に着こなした若い男は、応接間のソファーの上に姿勢正しく座ってピクリとも動かない。その男の手には真っ白な手袋が填められたままだ。新八は男の様子を窺いながら「粗茶ですが…」と、蓋付きの湯呑みに入った茶を差し出す。男の前には万事屋オーナーである銀時と酢昆布を齧ったままの神楽が、珍種の動物を眺める様に男を観察していた。正直、如何すれば良いのか解らないと言うのが感想だ。銀時の額からは冷や汗が零れる。
「あのォーお店間違えてません?ウチ、ホストクラブにツケなんて無ェよ」
「万事屋銀ちゃんのオーナーは貴方で間違いありませんか?」
色白で細身。どこかの雑誌のモデルかのような容姿。見た目だけなら非の打ちどころもない所謂イケメンな男は、目の前に座った銀時を見据えて表情を崩さずにそう問うだけだった。此処までやって来て応対して、俺がオーナーで無かったらどうするつもりだったのであろうか。
「まあそうだけど。俺オーナーだけど。言っとくがウチ、ホストクラブに興味なんて無いからね!」
「貴方に仕事を依頼したい」
「?」
男は淡々とそう切り出した。何でも身内の者が病院で“万事屋 銀ちゃん”の名刺を拾ったらしいのだ。名のある繁華街かぶき町で店を出せる程の銀時の能力を信じて仕事を依頼しに来たとのだとも伝えられる。男は徐に衿元から電卓を取り出すとポチポチと数字を打ち始める。何回か軽快なリズムで叩いた所で、座り込む銀時に差し出した。
「勿論、報酬の方は弾ませて頂こう」
「えーっと何々、一、十、百、千、万、十万、百…ハァ!?」
「銀ちゃん騙されないネ。これきっと単位が違うアルよ。絶対円じゃないヨ」
「ご安心ください。全て日本円でお支払します。キャッシュその他現物での支給にも対応します」
「うぉおおおおお!!これって酢昆布何個分アルか!!?」
「バカヤローお前ェ。酢昆布でお家作れちゃうくらい買えちゃうよ!酢昆布御殿出来ちゃうから!それ以前に家賃なんて目くそ鼻くそレベルの金額じゃねーか」
興奮して銀時と神楽が前のめりに電卓に食らいついている。怪しい依頼者はそれでも冷静でポーカーフェイスを崩さなかった。彼らは目先の報酬にしか気が向いていないのだ。このままでは危ない仕事に巻き込まれかねない。と万事屋側で一番冷静だった新八が斬り込む。
「いや…銀さん。そもそもどんな仕事かも聞いてないじゃないですか!!これ絶対ヤバいやつだから!!ハイリスクハイリターンって言葉知っていますか!?」
「何?そのノーメガネノーライフみたいな例え。全然意味わかんないんですけどォ」
「所詮世の中金アルよ。ノー眼鏡ノー新八。お前眼鏡無かったらただのモブキャラ以下ネ」
ボケとツッコミの入り混じる会話を前にしても依頼者は表情一つ変えない。神楽と新八が眼鏡論議で騒がしくなるばかりだ。左右の騒音から脱した銀時は長い脚を組み、ソファーの背もたれに片腕を預けると気怠い視線を寄越しながら男に尋ねる。
「で、こんな金額引っさげて俺らに何してもらいたいワケ?」
「我が“主”を守って頂きたい。所謂ボディーガードです」
一瞬、キラリと男の視線が揺らいだが感情までは読み取れなかった。正しくロボットかサイボーグのように完璧で、人間らしくない人間だ。そこで依頼者は自らの名刺を差し出した。ご丁寧に人数分。それぞれの前に差し出された紙には「
家 高級執事」という肩書が書かれていた。
「名前はそうですね…蔵人(くろうど)とお呼び下さい。ここへは主の代理で参りました。依頼を受けて頂けるならこの場で手付金として半額をお支払致します。どうぞお受け取りください」
差し出されたのは領収書の様な細長い紙切れだった。金額は提示された額の丁度半分。それは小切手と言う紙で銀行へ行けば金を受け取れる。現金を持ち歩くリスクが減り書いた金額だけの価値を持たすことが出来る優れものだが一般人が持ち歩くことはほとんど無いに等しい。ドラマや映画ではよく見ることがあるが、銀時も実物を見たのは初めてだった。受け取ってしまえば依頼が成立してしまう。目先の報酬と漠然とした依頼内容の間に起こる葛藤で、なかなかそれを受け取れないでいた。
「ハァアア何ネこの紙?私達がこんな子供騙しに引っかかると思ってるアルか?」
「って神楽ちゃん何してんのォオオオ!!」
「えぇええええ!!ちょっとどーするんですかァ!?」
掻っ攫った小切手をまるで要らないダイレクトメールのように破り捨てた神楽に、銀時も新八も目を見開いて大声を上げるしかなかった。破かれた小切手はもう換金はできない。只の紙屑と同じだ。その絶望感はどう表現すればいいのだろうか。それを見ていた依頼人は、「おやおや…」とでも言いたげに眉を動かすと、束になった新しい小切手の一枚に先ほどと同じ金額を書き込み、差し出した。
「依頼を受けて頂けるならお取りください」と、一言添えて。スッと目の前に差し出されたそれを銀時は自然と受け取ってしまっていた。別に報酬に目が眩んだわけでもなく、差し出されたモノを受け取ると言う動作。ここで否定しておけばよかったのだろうか。受け取ってしまった本人が、その行為の意味に気付いて「うっ…」っと、力むように声を漏らす。
「契約成立ですね…宜しくお願い致します。坂田銀時様」
男はようやく感情を見せた。それも笑顔である。イケメンの眩い笑顔に本来なら腹立たしさやら嫉妬やらが渦巻いたであろうが、今は自らが依頼内容を聞きもせず受けてしまったことに驚きを隠せず男の表情に反応できなかった。何を依頼されるのであろうか。依頼内容を聞かせてもらえるのだろうかとも思ったが、詳しくはまた後日追って話をさせて頂きたいと言われてしまった。とりあえず屋敷に来てほしいとも。迎えの日程と時間は新八にカレンダーに書いておいてもらおう。男が去った後に残ったのは胸の違和感と高額の小切手だけだった。
序章の後のやつです。主人公側と万事屋の接触。アレ?主人公出てきてない。
20160612*星宮はちこ 裏語