レプリカ虚像乙女
 【第一章五話閑話、御手を拝借】


「特訓です」

その言葉から地獄は始まった。
蔵人の指示で舞踏会当日の配置が決められ、それが彼らに伝えられたのは昨日だった。坂田さんは勿論蔵人の手伝い。そして彼が最も頭を悩ませたのは、志村さんと神楽さんの配置らしいのだ。彼らは未だ十五そこそこの少年少女…。用心棒として会場を動き回ってもらっても目立つし、かといって使用人のように扱っていても目立つ。彼らをどうすればいいか。導き出されたのは、参加者として完璧に周囲に溶け込みつつ、警護に当たるというものだった。言葉だけならその人員配置は完璧だろう。踊る警護対象者の近くに居ることが出来て、何かあっても直ぐに対処できる。しかし問題があった。舞踏会の参加者は皆、経験者で場で踊り慣れているという。そんな中に初心者が居れば、浮く。溶け込むどころか間違いなく目立ってしまうのだ。蔵人は化粧に衣装を工夫し、彼らを子供…ではなく余所の参加者と変わらぬ大人として参加させたいと言った。その言葉を聞いて新八の眼鏡が曇ったのは見間違いではない。一方の神楽は、淑女扱いに嬉々として声を上げていた。彼らを他の参加者に紛れ込ますようにするにはこれからどうすれば良いのか。
冒頭の言葉を、淡々と執事は言い放った。「残りの二日で完璧に仕上がってもらいますので」その瞳には余裕も感情も何もない。メインで踊る三曲を完璧に踊れるようにする。これが万事屋の二人に課せられた課題。勿論銀時にも仕込むべき約束やらマナーやら、課題が山積みだった。彼には先ずはこれを読み、覚えろと分厚い本が渡される。蔵人が二人にダンスを仕込んでいる合間に叩き込めとの事らしい。銀時は一ページ開いてみるが、びっしりと何かが書かれていて思わず閉じていた。「坂田さん、覚えて下さい」と、追い打ちをかける声に泣く泣く表紙を開いていた。


「1、2、3─違います。3の時には時計回りで元の姿勢に戻って下さい」


だだっ広い遊技場の一角で、淡々とした厳しい声が発せられた。「ハイ!」と最初は元気に応じていたものの、まるで小姑のような厳しい指導に答える声のトーンは低くなっていく。中で何が行われているかのか、私は勿論知っている。でも部屋に入ることは許されていないので部屋の外、ドアの脇に背を預けて、聞き耳を立てていた。新八さんと神楽さんはダンス実技の練習中だ。鏡張りの壁で全身を確認しながら、姿勢とステップを体に覚え込ませている。練習用の曲がもう一度頭から再生される。一歩目は新八が神楽側に踏み込み、二歩目は踏み込まれる神楽を受け止める。三歩目には時計回りで半回転して元の姿勢。これが基本のステップなのだが、二人が踊り始めるとリズムとステップが滅茶苦茶なのだ。間違うと途端に音楽が止まり、的確な指示が浴びせられる。そして音楽の再開…その繰り返しだ。


「新八ィ!そんなんじゃ駄目アルよ!少しはか弱いレディの気持ちになって踊るヨロシ」
「いや無理ですって!!神楽ちゃんの回転受け止める度に僕のLPが300ずつ減っていってるんですが!さっき足踏まれたときだってそうですよ!!ダンスって何!?これってプロレスの間違いじゃないんですかァー!!?」


─パンパンッ と手を叩く音がした方を見れば執事が咳払いを一つ。このままでは時間の無駄だと言い放った執事は、個人レッスンでそれぞれの問題を克服することを提案してきた。仕方がないとその話に乗ったものの、部屋の隅には神楽と蔵人のペア…そして新八と銀時のペア。


「って、こっち何で男同士!?せめてお嬢様か適当な女くらいデリバリーしろよォ!」
「んなもんあるかァアア!!ちなみに…銀さんは神楽ちゃんの役で宜しくお願いします」
「俺がスカートとか履かされて野郎とキャイキャイ踊るかよ」
「坂田さん…執事たる者、困っている人を見過ごすほど野暮なことはありません。弱者には手を差し伸べる。それこそ今の貴方に求められるもの」
「…よ、喜んでェ」


もう一度音楽が鳴り始める。最初はステップを間違えていた神楽も、蔵人のエスコートとフォローによりリズムに乗って全身を動かすことを体が覚えてきたらしい。新八と踊っていた時とは違って姿勢正しく踊る様は、さながらどこぞやの子女…。一方の新八と銀時のペアはステップも姿勢もリズムも出鱈目で、目にも当てられない。言ってしまえば新八は神楽とのペアの方が、“ちゃんと神楽をエスコートしなければ”という思いの分様にはなっていたのだが。互いに探り探りのペアでは、ステップもリズム感もあったもんではないのだ。今一度、音楽に合わせてくるりと回った途端に、二人、備え付けられた棚に激突する。拍子に落ちてきた何かの置物が銀時の頭上に命中。流れる血が輝く髪を汚した。

「新八ィー。今のおめーのエスコート…最悪だな」
「いやいや今のは銀さんの間違ったステップをフォローしただけですよ。大体それエスコートじゃないですリードです」

動きが身体に染み付いていない状態では、互いの体力だけが削れていく。ふと神楽を見れば、ホスト執事にリードされワルツのリズムに乗って楽しそうに…踊っているではないか。キラキラとしたエフェクトがかかっているように見えるのはきっと気のせいではない。神楽が…あのお転婆娘の神楽が…、良家の子女のように顔つきすら変わっているように見えているのだ。あれ誰?と、銀時も新八も彼女の変わりっぷりに頭を傾げた。一曲を踊りきると、神楽の前でホスト執事が拍手を贈る。


「神楽お嬢様の方はコツを掴んだようですね。この調子です」
「おーっほっほっほ!これが正真正銘のレディたるものアルですわ」
「オイ新八。神楽のやろー言葉まで変わってねぇか?」
「おまけに小指まで立っちゃってますよ」


負けてられないと銀時と新八の練習にも熱が入る。が、破壊とダメージの勢いが増しただけで、練習すればするほど互いに体力が削られていくだけだ。見かねた蔵人から休憩の声がかかった。

「志村さん。体が随分硬くなっております。ダンスは柔軟性と笑顔が必要不可欠。外の空気でも吸って気分転換されてはいかがでしょうか?」
「はい…お言葉に甘えて」

ぶつかった勢いで鼻血を出したままの新八が一目散に部屋から飛び出ていく。そのまま廊下を真っ直ぐ走り去る少年の背中をの目が追っていた。志村新八と名乗った少年は十五~六の少年だった。素人が二日三日で社交ダンスを踊れるようになれるくらいなら苦労はしない。せめて形だけでも、会場に居ても怪しまれない程度までに完成させておく必要があるのだ。そのためわざわざ蔵人に彼らの事は任せた。小姑のレッスンを受け、神楽さんはそれなりにコツをつかんだようだが。

「(彼は…少し硬いようね)」

何もかも。ダンスを踊る時に大切なのは…きっと何事も為すべき時に大切なことはきっと変わらない。彼、志村さんは少しだけ見失っているようだが。私は寄り掛かっていた壁から起き上がると、横に伸びる廊下を進んだ。



*****



建屋に囲まれた中庭でその姿を見つけた。高い木々や花垣が覆うそこはきっと外からではきっと見えない位置。今一度自分の格好を確認してから私は、彼に声を掛けた。

「志村さん?」

ピクリと驚いたような視線が向けられる。しかし私は彼の想像していた人ではなかったらしい。途端に安堵したような表情に変わったのが手に取るようにわかる。


「貴女は…さん?」
「覚えていて下さいましたか」


サラッと印象に残らない様に自己紹介をしたつもりが、名前ぐらいは憶えてもらったようだ。あの時と同じ、私はメイド服に眼鏡姿。普段なら人も通らないココにいた彼に、さも今出会ったかのように「どうかなさいましたか?こんな所で」と話を切り出した。蔵人の言葉…「外で空気でも吸ってきなさい」=「休憩しなさい」という意味からしても、そろそろ戻らないと怒られそうな時間が経とうとしている。しかし私は彼を無理にあの遊技場に連れ戻す気はさらさらない。私の言葉を聞いて、志村さんの表情に影が差した。


「実は今…舞踏会に参加するためのダンスの特訓中で。でも何度やっても上手くならなくて。でもよくよく考えたら無理なんですよ。たった二日で、やったことも無いダンスを習得して舞踏会なんて。今まで剣術一筋で稽古ばっかりだったんで。人に見てもらう踊りなんて」


その言葉で、彼は純粋で真面目で素直な少年なのだと悟った。
剣術一筋だった少年が立った二日で周囲に劣らぬダンスを披露…文字にすれば何とも難儀なのだろう。しかし、蔵人も言っていた。ダンスには柔軟性と笑顔が必要不可欠と。そして何より大切なものをは知っている。

「志村さん。難しく考えないで下さい」

ジッと彼の瞳を見ながら私は諭した。舞踏会はただ楽しく踊る場なのだと。あの場になじむためにはダンスの上手さ下手さではないこと。何より楽しく、場の雰囲気に合わせて居れば問題ないこと。「何より、皆さん自分たちのことに夢中で他人のダンスなんて見てないですよ」と言って笑えば。釣られて彼も笑った。私は自分の手を彼の前に差し出す。何事だろうかと少年の表情が変わった。


「私と踊りの練習して下さい。安心して。使用人なんて…ダンス踊ったことなんてないですから。その代り、ちゃんとリードお願いします。でも上手く踊ろうとしないで…体が硬くなるだけ。今はただ体を動かすことを楽しんで」


彼は赤い頬を隠す様に俯きながら、差し出した私の手を掴んだ。
ゆっくり、ゆっくりと数字を刻みながらステップを踏んでいくと、私の足に続く様に志村さんの足並みが揃っていく。体が慣れたら少しづつペースを上げてみたり。足を踏まれたって気にしない。事あるごとに「すみません」やら「ごめんなさい」という声がかけられるが、私は笑顔で「その調子です」と応じる。一曲踊り終わると忘れないうちにもう一度。クルリクルリと体を回転させ、自由に踊ってみせる。

「どうです?」
「僕も少しは覚えてきたみたいです。にしてもさんも、のみ込みが早くてお上手ですね」
「志村さんのリードの賜物ですよ」

失敗を恐れていては体が硬くなって自由には動かない。まずはダンスを楽しんでもらうことが大切。それに…彼らの目的は舞踏会でダンスをすることではないはずだ。それでも少しの間、会場で雰囲気ぐらいは楽しんでもらえたら、それでよかった。

「私も何だか楽しくなってきちゃいました。志村さん。もう一曲…踊ってくださいます?」

そう尋ねると笑顔が向けられた。



「喜んで」


ワルツのステップを踏んでいると、建屋の二階にいた男と目が合った。蔵人だ。彼が戻らないことを少しは心配していたらしい。私はニヤリと笑うと彼との暫しの練習を再開した。


舞踏会前の特訓を見守りつつ、少しの力添えをする主人公。
20160710*星宮はちこ   裏語