レプリカ虚像乙女
 【第二章十七話閑話、奉仕人戦記】


今回の失踪(拉致・監禁)騒動の夜、幹部しか立ち入ることが出来ない部屋で高杉晋助は煙草を燻らせていた。返り血が付いた羽織は女に被せたまま手元を離れている。暴行を受け酷い出血が続いていたらしいが、彼女の治療は無事に終わったと少し前だが久坂から連絡を受けた。現在時刻、深夜二時過ぎである。
突然扉が開く音がしたが、特に関心も無いのでそのまま外を眺めていると案の定頭に浮かんだ名前の人物の声が聞こえた。河上万斉だ。


「今回の一件であの娘が監禁されていた倉庫。拙者と晋助が去って直ぐ後に何者かに襲撃を受け爆破されたらしい。今も燃えているらしいでござる。表立っていない辺り真選組か或いは別の何かか…今となっては真実は瓦礫の中」
「フン…ほっとけ。死体処分の手間を省いてくれたんだ。いっそ礼ぐらいしてやらァ」
「いいのでござるか。我らがスマートに仕事を終わらせたと思えば、中々派手な仕事をする連中もいるでござるな」


あの埠頭沿いに並んだ倉庫。その内二つがチンピラ組織の所有であった。彼女が失踪してから万斉が調べ上げたのは、相手組織についてだ。だだのチンピラ以上犯罪組織未満。上層部はかつて宇宙を暗躍した“千鳥”という組織とも関係があるようだが、今回の騒動を起こしたのはその下部組織だ。上層部と関係もないだろう。

「明日が楽しみじゃねーか。騒ぎが揉み消されるのか盛大に報道されるのか」

倉庫で暴れたのが真選組だったのならば事件は盛大に報道されるだろう。だが相手が幕吏関係者ならば、真選組も巻き込んで事件は揉み消されるだけだ。

「この事はあの女に黙っとけ」
「あの娘が一体何者か。益々興味を惹くでござるな」
「フン」

高杉は今一度煙を味わうと月夜の空へ吐き出した。


*****


時刻は午後20時前に遡る。例の取引までまだ時間であるが、基地としてを監禁していた倉庫は既に高杉晋助の襲撃を受けて、賊は血の海の中で転がっている。バイクが遠ざかる音がしてどれほど経っただろうか。二つある倉庫の内の少し離れた位置にある倉庫こそ今回の取引に指定された場所だ。
取引に指定された倉庫も無人と言うわけではなく、浪士が数人取引の準備を行っていた。彼らは隣の倉庫の惨劇を未だ知らない。静まり返った倉庫に近づく人影、異様な殺気を纏ったそれがゆっくりと揺れた。倉庫内では取引の最中の人員の配置、相手が抵抗してきた時の対処法まで事前の準備に追われていた。
─バンッ と物騒な音が響いたかと思うと、窓際にいた浪士が血を流しながらその場に倒れ込んだ。側頭部を打ち抜かれ即死だった。周囲にいた浪士が何事かと近寄り口元を覆う。同時に賊の襲撃という事実にざわめき立つ。


「すみませーん!ここにがいると伺ったんですけどぉー」
「失礼いたします。家に物騒な招待状が届いたもので…使用人ながら招待をお受けすることになりました」


いつの間にか倉庫内の、しかも真後ろに立っていた侵入者に浪士たちが慌てて振り返る。そこにいたのは二人組で男と女。男は黒いスーツに白い手袋、女はメイド服を纏っている。どちらもこの場に不釣り合いな存在だろう。

「貴様等ァ!!何者だァアアア!!!」
「幕府の犬どもか!?」
「侵入者だ始末しろ !!」

次々と、姦しく騒ぎ立てる浪士たちにメイド服の女が眉間に皺を寄せた。裏で作業をしていただろう応援の浪士も加わり、薄暗い庫内には十数人の人影が揺らいでいる。取り囲まれていた。攘夷浪士のどれもが鈍い輝き放つ刀を手にし、隠しきれないほどの殺気を纏っていた。


「で、私達はの身柄を引き取りに来たんですけど…彼女はどこですか?」


笑顔を絶やさないままが浪士に尋ねた。笑顔の裏には底知れぬ殺気、もはや狂気が垣間見える。隣から放たれる殺気を感じて執事は頭を抱えた。

…使用人たるもの仕事はスマートにこなさねば。“最小限の行動で最大の効果を得る”と言うのが我らのモットーでしたはず」
「確かにそう。でも時には盛大に暴れたいこともあったりなかったり。で、話戻すけどは?」

ケラケラと乾いた女の笑い声が響いた後に、冷たい視線が再び攘夷浪士に向けられる。



「貴様等、あの娘の縁者か!身代金は持ってきたんだろうな!!!」
「受け渡しが上手くいかなかった場合は女の命は無いぞ!!」



ニヤリ。が笑ったのと倉庫に低い銃声が響いたのはほぼ同時だった。真ん中で刀を構えていた浪士が腹を抱えながら蹲る。獣のような悲鳴と苦痛に満ちた表情を彼ら向けながら。周囲はおびただしいほどの量の血が広がっている。彼女は何も言わずに発砲し、銃弾は見事浪士に命中したのだった。


「この女ァアアア!!生きて返さぬぞ!!」

「身代金…耳揃えて払ってやるから、その腹で受け取りなァ」
「やれやれ困ったものです。…これで後には引けませんよ。まだ何も情報を得ていませんではありませんか」
「どうせ死ぬんだもの…今か後かに過ぎないじゃない」

「殺れぇえええ!!」


雄叫びを浴びながら使用人が笑った。片や細身の長銃を手に、片や銀製のナイフを手に広げながら。その瞳孔が開ききった瞳には躊躇も何もなく、飛び散る血を映し出していた。

仕事は簡潔に終わらせるのが一番だ。倒れた遺体を破損するまで弄ぶ真似はしない。殺したら次。息の根を留めたら次。二人がかりだったので仕事終了まであっという間だった。正直暴れ足りないが致し方ない。重要なのはの消息を知ること。彼女が家を出て新天地で暮らしているものだと思っていた。世間的には重傷で入院中と言うことになっているのだがその事実を知るものはほとんどいない。なのに昨日、家に届いたのは“を誘拐したという事実”と“身代金の要求”を迫る脅迫文だった。ご丁寧に縛られた彼女の写真である。彼女の正体を知らないのか、或いは世間的に発表された事実を知らないのか。ただの脅迫文なら悪戯で流していたものの写真を鑑定したところ、偽造もない本物であることが判明した。事を荒立てるのは良くない。何より彼女は大学病院で入院中なのだから。裏で物事を解決する時に活躍するのが“掃除屋”である武装執事と同メイドの彼らの役目だった。血の海の中に立っていたのはと蔵人の二人だけだ。その頬には返り血が付着し、の白いエプロンにも蔵人の絹の手袋にも血飛沫が際立って存在感を示している。

「終ったわ。とっととを見つけなきゃ」
「調べた所、ここと隣の倉庫の二棟の所有者が同じです」
「あーつまり向こうでも暴れられるってことね」
「先ずはこちらの捜索が第一ですが」

ここは大きな空間に棚が並べられた簡単な作りの倉庫だった。廊下を挟んで小さな部屋が三つほどあったが、先ほど合流した浪士が居たのだろう人影は勿論見当たらない。チンピラ攘夷組織には興味がないが、手がかりになりそうな資料は拝借しておくことにする。ざっと見廻ってみても特に何もなかったので向こうの一棟の捜索を重点的に行うことにした。


「「…」」


そこで二人を出迎えてくれたのは想像以上に凄惨な光景だった。構造こそ異なり入り組んだ建屋内で、その一角だけが生々しく血で彩られていた。転がったままの数体の遺体を見れば皆一撃で絶命している。チンピラとは言え、刀を差した攘夷浪士が一撃で、である。この浪士を殺したのは相当の手練れだろう。血の海を見渡すと、転がったパイプ椅子が目に入った。何かを縛っていたのであろう縄が緩くまかれたままだ。纏わりつく縄は鋭利な刃物で切られた形跡がある。が、肝心の縛られていただろう人物は見当たらないのだ。


「彼女は恐らくここにいた。間違いない」
「縄を切って解いているってことは、私達が来る前に誰かが助けに来たってところかしら」
「随分と乱雑な仕事をされる方ですね」
「って、私達も似たモンだと思うけど」


周囲を探ってみてもこれ以上の手がかりは残っていない。

「とりあえず、命は無事という事でしょうか」
「肝心の手がかりがなければそれ以上は何とも言えないわね。どうする?」
「我らは我らなりの情報網で調べるしかないでしょう」

目蓋の裏にはとびきりの笑顔が浮かんだ。医者として…彼女は彼女の道を歩んでいるのだろう。そのための障害は、私達が排除する。ただそれだけ。


「この遺体の始末は…如何しましょうか」
「うーん。どうせだから派手に燃やしましょ。爆薬ならたくさん持ってきたから」
「貴女と言う人は!もう少しスマートな解決法はないのですか。マスコミも警察も黙っていませんよ」
「相変わらずの小姑ね。全部吹き飛ばして…黙らしとけばいいのよ。どっちにも伝手がいるから任せて。真選組の親分とは昔から顔見知りなの。あとマスコミも、ね」
「はぁ…」


執事のため息も気にかけずには爆薬を広げた。此方の倉庫も向こうの倉庫にも有りっ丈の爆弾をセットする。建屋の図を眺めながら効率良く崩れる位置を割り出しながら。離れた位置から起爆装置のボタンを押すと劈く爆音と同時に倉庫が崩れる。モクモクと黒い煙が空に上がり、燃え盛るオレンジ色の炎が周囲を明るく照らし出している。その輝きを背に血塗れの二人は倉庫街を後にした。彼らが去って十数分後…けたたましいサイレンと共に真選組の乗ったパトカーが到着する。翌日のニュース番組には、海岸地帯の出来事は一切挙がらなかった。


奉公人の裏事情。倉庫襲撃のアナザーサイドとも言う。
20170108*星宮はちこ   裏語