レプリカ虚像乙女
【第三章二十二話~二十四話閑話、光と闇と】


早朝より降り続く大雨の音も、船の深部にある医務室には届かない。
昨夜、右手を斬り落とされて出血多量の状態で緊急手術を行った鬼兵隊幹部である岡田は医務室のベッドで目を覚ました。と言っても、彼の視界は既に闇の中。全身の感覚を研ぎ澄ますと、ピッピッピッと言う電子音が響いてくる。補助のためか口元には呼吸用の酸素マスクが着いていた。
白夜叉の血を求めて彼を襲撃したのは覚えていた。そこにいた坊やに右手を斬り落とされたことも。しかしその場を離れてからの記憶は曖昧だった。恐る恐る左手で右手に触れる、二の腕から先は無い。包帯のようなものが先端を覆っていた。あれは…夢ではないのだ。言うことを聞かない体を無理やり起こすと、酸素マスクの管が外れたのか、警告音が鳴った。カーテンの向こうで動いていた気配が寄ってくる。これはあの娘のものではない。


「岡田殿、目覚めましたか」
「ここは…鬼兵隊の船さね」


どうやら無事に戻ってきたようだ。船医である男が手当ての状況と経過について細かく説明した。彼が医務室に運び込まれた時には出血多量で意識が朦朧としていた。手術内容は二の腕の縫合並びに大量の輸血処置。この男久坂とあの娘、の両名による数時間にも渡る大手術だったらしい。
。その名を聞くと、彼女の魂の燐光とそれに伴う温もりが脳裏に浮かんだ。途端に傷が疼く。「うぐぅううう!」左手で患部に爪を立てながら発作的な衝動をやり過ごす。

「岡田殿!大丈夫ですか!痛み止めを!」
「いらないさね。心配には…及ばないよ」

しばらく押さえていると、衝動は治り患部が脈打っているのを感じた。額には脂汗が滲んていた。


「武市殿が貴方の意識が戻り次第、上の広間に来るようにおっしゃっていたのですが。気分が優れるまではお休みになっていた方がよろしいかと」
「いや、行こうかねェ。それであの嬢ちゃんは?」


あのぼんやりとした光がスッと浮かんでは消えていく。何度も何度も。あの娘の光が離れない。違う。俺が求めるのはもっと凶暴的で不安定な、あの人の光だ。頭を振って燐光を払う。

「彼女は休んでいますよ。何しろ深夜の大手術でしたからね」
「そうかい。それはそれは迷惑かけちまったねェ。船医さん、一つお願いしてもいいかィ。今は傷が疼くんだ…あの娘を俺に近づけないでくれ」
君をですか?」
「ああ。あの嬢ちゃんの為だよろしく頼むよ」

そう言ってベッドから降りる。感覚を頼りに手を伸ばせば枕元にはあの刀、妖刀紅桜があった。刀を掴み取る。「上着を」と羽織を肩に掛けてもらうと、ふらついた足取りで、男は医務室を出て行った。


*****


早朝から降り続く雨音は、上階にある広間の天井や壁からザアザアと響いてくる。昨夜、この鬼兵隊の船の甲板に侵入者が潜り込み、総督である高杉晋助の命を狙った。たまたま、甲板にいるはずの彼を呼ぶ為に足を運んだ来島と侵入者との戦闘に至った事は、まるでさっきの出来事のようにも思える。鬼兵隊隊士も加わり、一対複数の戦闘となったが止めの一発を食らわそうとした来島の攻撃を制止したのは参謀の武市だった。侵入者は気絶させて地下の物置に収監している。後ほど取り調べが行われる予定だ。
それよりも前に深夜に負傷しながらも帰還した幹部の岡田を、この広間に呼び出してあった。船医の久坂との両名による手術は数時間にも及んだという。そして彼が勝手に持ち出した紅桜も、無事に戻って来たと久坂から報告を受けていた。腹が立つ。彼が無断で、かつ無謀な行動を起こしたことも来島にとっては許せなかった。部屋に岡田が入ってくる。その右手は二の腕から先は無く、先端には綺麗に包帯が巻かれていた。武市が彼に腹を切る覚悟はあるかと問いただす。


「アンタの最近の身勝手ぶりは目に余るものがあるッス。幕府の犬に紅桜の存在を知られたらどうするつもりッスか。アンタ晋助様の邪魔なんスよ」


不満を挙げればきりが無い。事実、来島は岡田に対する不満が募っていた。紅桜は実戦のパターンを学習する。相手が強いほど学習は有効となるが先の相手は攘夷浪士の桂、そして此度は坂田銀時と、高杉と関係のあった人物ばかりを狙っていたのだ。目的が何かはわからない。

「アンタ、自分が強くなったとでも思ってんスか。勘違いすんなよ。それもこれも紅桜の…!?」

刹那、岡田の右腕と紅桜から管が伸びて来たのだ。まるで生き物のように。管は来島の首元を包むとキリキリと締め上げていく。


「ぐぅ!!??」


息が出来ない!突然の出来事に体は反応せず、抵抗する事もままならない。「俺じゃないよ。紅桜のしわざさね」最近、肉体への侵食が進み、彼の身体を自分のモノのように扱っているらしい。締め上がる首が苦しい。息が!意識が朦朧としかけた時に管が離れる。体勢を保てずに体は板張りの床に倒れこむ。肺が息を求めて大きく呼吸を繰り返している。喉に詰まった苦しみを咳き込んで取り払う。「岡田さん。あなた…」奴らは過去の遺物。古い伝説には消えてもらうと言い残し、彼は部屋を出て行ってしまった。「また子さん、大丈夫ですか?」武市の声に頷きながら、咳を繰り返しつつも来島は上半身を起こした。


「やばいッスよ!何なんスかアレ!?」
「晋助殿の望みのまま…捨てるつもりですね」


何を?と来島が聞いても武市は答えなかった。「苦しいなら医務室にお行きなさい。昨夜の大手術でさんも参っていることでしょう、少しくらい顔を見せてあげなさい」彼の進言に、大人しく頷いておくことにした。彼はこれから侵入者の取り調べに入るらしい。
医務室を訪ねても彼女の姿はなかった。久坂に聞いてみると一度目覚めたらしいのだが顔色が優れずに休んでいるように命じたとのこと。再び目覚めた彼女は、外の空気を吸いたいと隊士に連れられて船内へと出て行ってしまったらしい。会えなかった事実に少し肩を落とした。しかし彼女は体調不良から動けるまでには回復したらしい。
後で美味しいものを差し入れしよう。そのまま久坂に喉の様子を診てもらっても特に問題はないと言われたので、来島は医務室を出た。締められた喉に痰が絡まっているのか、不快感は拭えないままだ。「う゛ぉえ゛」と嘔吐けば、廊下をすれ違う隊士が何事かと視線を寄越すが気にしてはいられない。


「(あの剣…ホントに大丈夫なんだろうか)」


やがて、深部の廊下を歩いていると開いた扉から隊士が勢い良く転がり出て来たでは無いか。場所を確認すれば、侵入者の取り調べが行われているはずの物置だった。中からは「ズラァアアア!!」と小娘の叫びが聞こえてくる。ロリコン先輩が甘っちょろく取り調べをしているらしい。ため息が溢れる。ここは自分の出番か、と呼吸を整えて来島は徐にその部屋に入った。

「ハァー。もうボロボロなんスけど」

小娘は両手を壁に拘束されながらも、取り押さえようとする隊士を蹴飛ばし「ボコボコにされてもしらないかんな!!」と叫んでいた。少し離れた位置には武市先輩が座っているでは無いか。とっとと始末する事を進言しても、情報がまだだと突っぱねられる。それはいい。それはそうだとも思える。しかし…


「それにね、この年頃の娘はあと2、3年したら一番輝く「ロリコンも大概にして下さいよ先輩」


余りにも酷いので思わず声を遮ってしまったでは無いか。どう考えてもロリコンなのに、彼はそれを認めようとはせずにフェミニストだと言い張る。もう世界中のフェミニストに謝れコノヤロー。
小娘の特徴から、この侵入者が“夜兎”という戦闘部族である事が推測された。夜兎の殺し屋。雇い主を追求しても「ズラ」としか言わないらしい。変態先輩に代わって、小娘の尋問を行おうとするが痰を掛けられて、思わず銃を向けた。後ろから変態先輩が押さえてくるけれど、「止めないで下さい武市変態!!」思わず叫んでしまうほどに頭に血が上っていた。岡田の件もあって丁度痰が絡んでいたところだ。武市先輩が間にいるけれど、来島も侵入者も互いの喉を鳴らして痰をかけようとしている。「くらえ!!!」まさに痰を吐き出そうとした時に、桂一派の飛行船からの銃弾が鬼兵隊の船を大きく揺らした。


*****


空から狙われれば一たまりもない。鬼兵隊の飛行船も緊急事態に急いで空に飛んだ。船中の固定されていない備品類が船尾側に転がっている。甲板にてエリザベスに化けていた桂並びに神楽と新八、そして高杉ら幹部が対峙していた。桂の一撃により高杉は腹部を負傷し横たわっていたのだが、互いの命を守った教本の存在を手にゆっくりとその場に起き上がる。刹那。甲板横の紅桜工場が爆音と共に吹き飛んだ。船内にまで響いた振動と設備が燃える焦げ臭い匂いが船内に広がっていく。


「貴様の野望、悪いが海に消えてもらおう」


突然の爆発に鬼兵隊の隊士は何が起こったのか状況を理解できていない様子だ。「桂ァア!!」殺気が桂を包む。やがて鬼兵隊の飛行船の側面に、エリザベスを始めとする桂一派が乗った小型船が衝突した。混乱に乗じて攘夷浪士が乗り込んできたのだ。鬼兵隊の隊士と桂一派の浪士が抜き身の刃を構えながら対峙している。その合間に高杉晋助は、武市と来島の先導で船内に進んでいく。桂と神楽に新八が船内に消えていった幹部を追う。だが、待ち構えていた武市と来島を相手にするために、神楽と新八がその場に留まった。

高杉がたどり着いた船尾は反対側と比べても恐ろしいほどの静けさを放っていた。上では何やら別の戦闘が行われているようだ。船尾を取り囲む手すりに座り込んで見上げれば見慣れた銀髪。間髪入れずに船尾に男がたどり着く。進路を妨げる鬼兵隊の隊士はあっという間に斬られて動かなくなった。

「ヅラあれ見ろ。銀時が来てる」
「もはや人間の動きではない。身体が悲鳴を上げているではないか。あの男…死ぬぞ」

戦艦と同等の戦闘力を有する紅桜相手に敵うはずがないのは明らかだ。相変わらずの馬鹿とも言うべきか。紅桜の侵食が進んだ岡田を見て桂は、彼の体がついていけていないことを見破るも、もはや後の祭りだろう。それに、あれは奴が望んだ結果だ。あれで死んでも本望だろう。床に降りると自らの腰に下げた刃を抜き、自身の前に翳す。


「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は…なんだろな」


鈍く輝く刃には自らの姿が映り込む。「まァ何にせよ、一つの目的の為に存在するモノは、強くしなやかで美しいんだそうだ。剣のように」手にした刀を傾ければキラリと光が反射した。俺の前には一本の道しかない。その道から誰がいなくなっても構いやしないのだ。

「いつから違った。俺達の道は」
「何言ってやがる」

始めも終わりも、あの頃から変わらずバラバラだった。あの頃から俺は何も変わっていないのだ。「この世界は俺達からあの人を奪った」だったら…この世界に喧嘩を売るしかない。あの人を奪った世界をブッ潰すしかない。この世界を受け入れない。受け入れたくはない。受け入れてなるものか。桂は銀時の存在を挙げて屁理屈を述べているけれど、そんなものは心には響かない。「他に方法があるはずだ」と、男のその言葉も届かない。そこに万斉に任せていた春雨の一勢が姿を見せた。


「天人!?」
「お前達の首、手土産にぴったりだろ?」
「高杉ィイイ!!!」
「言ったはずだ…俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」


屋根から甲板に天人が降り立つ。同時に鬼兵隊と春雨の飛行船の間に、音を立てて二本のスロープが繋がった。前側からは続々と天人が乗り込んでくるのが見える。桂が天人と対峙している間に、高杉は後ろ側に伸びるスロープに続く廊下へと足を進める。しかしそのまま歩き去るわけでもなく、男はその場に止まった。

「ヅラァ!!そういや言い忘れてたなァ。俺ァ少し前に面白い拾い物しちまってなァ。自分の目ェ疑っちまったぜ。お前にも見せてやりてーくらいだ」
「オイ!高杉!!待て、何のことだ!?」
「クックック…言ったまんまだよ。何がどうなってんのかは知りはしねぇ。どう関わりがあるのかあるいは無関係なのかもな。だが手元にきた以上、俺はアレを手放しはしねーよ」

それだけを言い残し高杉は船尾から姿を消した。そこに残ったのは殺気を放つ天人が二人と彼らと対峙する桂だけだった。


紅桜篇の裏側。台詞は原作に基づいていたりいなかったりします。
20170416*星宮はちこ   裏語