レプリカ虚像乙女
【第四章三十四話閑話、その先へ】
甘味処「餡泥女堕」での短期バイト最終日。
もうすぐ勤務時間も終わるという時に、突然高杉さんがやってきた。その背中は全てを語っていた。主人に事情を汲んで頂き早めに上がらせてもらった無言の帰り道。いつも通り公園を通り、明るく照らされたトンネルを抜けた先で事件は起きた。色々と。そしてそこで発覚した事実が一つ…私にストーカーがいたらしい。初めて知ったのだけれど。高杉さんはその人に軽く一撃を食らわせて気絶させてしまった。加えてトドメをさそうとする彼をを必死に止めて「帰りましょう…晋助さん」と私は帰宅を促した。
「帰るぞ」
静かに歩き出し再び眩いトンネルの光に照らされた高杉さんの言葉に応じて小走りで追う。彼の隣に立つと二人、ゆっくりと足を進めた。トンネルの明かりが届かなくなると再び薄暗い世界。以前、万斉さんと同じ道を通った時に…川沿いの小径を指差して遠回りを促されたのを覚えている。普段中々お話出来ない彼と少しでも同じ時間を共有することができて嬉しかったのだ。今、隣にいるのは万斉さんではなく…高杉さん。同じ旅籠に身を寄せていたのに、会合や調整や何だで途中から合流した万斉さん以上に時間を共有することがなかったようにも思える。このまま、まっすぐ行けばあっという間に旅籠にたどり着くだろう。
「高杉さん、少し…遠回りをしませんか?」
「…?」
何だ、とでも言うべき顔に迎えられてたじろぐ。でもここで断るわけでもなさそうだ。万斉さんとも散歩と称してあちこち回った旨を伝えれば、思想顔の彼が「仕方ねー」と折れたご様子。私の指が指し示すまま二人の方向が逸れる。舗装された用水路沿いの道はいつもと変わらず人通りが皆無。枝葉の木々と街灯が並ぶ下を進むも互いに言葉は交わさない。「今日、お戻りに?」無言は良くないと話題を振る。「ああ」と短い返事がして会話は終了。会合の内容は機密情報だろう聞くことは叶わない。これって、とっとと帰った方が良かったパターンだろうか…誘ったのはこっちだけど。用水路はずっと続いている。
「こっち来い」
突然立ち止まった立ち止まった高杉さんに促されて用水路さえも逸れる。住宅街も抜けて繁華街の裏通りを進む。時折顔を覗かせる表通りでは人の往来が激しく、ワイワイガヤガヤと騒音が響く。どこかのオフィスだろうかあるいは雑居ビルだろうか。裏口には鍵が掛かっておらず、侵入は容易だった。おまけに非常用階段に人影もない。エレベーターを使いたいところだがそっちは間違いなく人がいるのだろう。足を使って上に登りきると、屋上に続く扉が現れた。扉を開けると、周囲と比べて少し高いのだろうビルの屋上が広がっている。薄汚い床だが荷物はない。周囲を取り囲む柵の辺りまで進む…と「見ろ」彼が見下ろした。後を続いて下に視線を向ける。
「凄い、イルミネーション」
表通りの木々は色彩豊かなイルミネーションで覆われていた。イルミネーションにしては時期が違うとも思うが、今や年がら年中装いを変えて目玉にしているようなものだ。人が行き交い、立ち並んだ店からは活気が垣間見える。今の私にとっては、遠い存在だ。
「降りるか」
「いえ。人通りが多すぎます。高杉さんも…お尋ね者なのですから」
「んなもんゴロツキなんざそこら中ウロウロしてやがる。堂々としてりゃぁどうってことあるめぇよ。まあ、今日ばかりはそうも言ってられねーようだな」
見下ろす先に真選組だろうか、見回りのパトカーが止まり喧嘩を仲裁している。黒い制服は街頭で照らされた明るい世界では目に留まりやすいものだ。それらを見下ろしながら彼が目を細めた。「フフ。上にも素敵な景色がありますよ」指をさしながら笑う。欠けた月と星が散る夜空。上を見ながら、私は柵から離れて歩き出す。
「昔から空ばかり見てましたから。良ければ星の名前もお教えしますよ」
「上を見るのも結構だが、ちったぁ足元見ろ」
「うわっ…痛ったぁ!!」
排気用だろうか床に固定された管に躓いた。呆れた顔が視界に入る。「お前…馬鹿だろ」違いますと否定しつつも埃を払って起き上がった。
「あっ!?さっき高杉さんを襲った人!どこかで見たことあると思ったら、以前私に連絡先を寄越した男性だ!」
「…おい、んなもん聞いてねぇぞ」
「えっ!?万斉さんがご報告されてない?」
「初耳だ」
こめかみに青筋が立った高杉さんに事の起こりを必死に説明した。どうにか納得してもらいギリギリ(と言っても、納得しているかはわからないけれど)…事なきを得た。万斉さーん。お願いだから重要なところ省略しないでください。サラッと流して報告して下さい。お願いだから!私の神経が少しばかりすり減った頃にビルを降りた私たちは旅籠に帰るために裏路地を進む。
「…面倒だな。来い」
何かを呟いた高杉さんの空いた左腕が私の腕を掴んだ。そして引っ張られるがまま突如体をズズッと彼に寄せる姿勢になる。まるで恋人同士…みたいな形だ。一方の右腕は袖を通さずに帯元に預けられているまま。見上げた私に小言を言わさせず細い裏路地を一つ抜けると、煌びやかなネオン…それもピンク色の毒々しいやつが迎えてくれるではないか。
“ファッションホテル ”、 “ブティック”、“出会茶屋”
連なる通りはお子様厳禁。要はラブホ街。思わずギョッとして体を寄せる高杉さんを見上げる。それに気づいたのか「さっきから尾けられてらァ。撒くから合わせろ」顔を耳元に寄せて小声で告げられた。耳が熱いのは気のせいだ。なるほど。笠を被った男女がコソコソしていても“ここ”なら怪しまれるものでもなかろう。むしろワケありの方々の方が多いはずだ。すれ違う男女共々皆顔を隠しているのだから。それならば…と、さっきすれ違ったカップル(?)を習って、高杉さんの左腕に大胆に抱きつく。頭も寄せていわゆるベッタリ状態。歩きにくさ、あるいはもしもの時の逃走の可能性も考慮して歩行に支障がない程度に。私のような人たちが数組通りを歩いているのだが、おずおずと建屋の入り口に消えていく。
そういうお店なのは知っているのだが、まさか自分がここを歩こうとは…正直思わなかった。通り過ぎざまに入り口に視線を送る。中は覗かれないような工夫がなされているのだが、人の気配は感じられた。ネオンで飾られた異国式の館やらを通り過ぎる。
「えっ…と」
引っ張られるまま曲がった先には一軒のお店の入り口があった。派手なネオンやらライトアップはないものの、もちろん出会茶屋の一軒で暖簾と提灯が見える。「高杉さん!?」思わず声が出てしまった。彼は有無を言わさずに私を引っ張る。門口から入り込むと飛び石を伝って入り口へ。大きな暖簾が遮る先には開きっぱなしの玄関口があるではないか。人と顔を合わさずに入室できるお店が主流と聞いたことがあるが、ここはそうではないらしい。「らっしゃい。ここは一見さんお断りでね…おや、旦那ですか」と、どうやら顔見知りのような会話。
「(って!出会茶屋で馴染みって!?ここが常宿!?)」
思わず表情に出てしまった。今、身を寄せているような旅籠なら馴染みと言うのも分からなくもない。しかしここは出会茶屋…つまり女性とそう言うことやらああ言うことをする為の場所なのである。高杉さんは成人男性だし加えて色男だし、色恋沙汰には尽きぬだろう。街を出歩きそう言う遊びをしていてもおかしくはないのだが…その…彼のそういった一面を垣間見たくなかったとでも言うべきか。そしてそんな場所に連れ込まれようとしてる私。
「(違う!違うんだから!!これは正式な逃亡行為であって!!客室の利用が目的ではないはずだ!!)」
一人で百面相してると茶屋の主人が声を上げた。
「これはこれは。旦那も中々寄ってくれませんで心配申し上げていたんでさぁ。今日はまた可愛らしいお嬢さんで」
「煩ぇ黙ってろ。今日は部屋に用はねぇ。裏を使うぞ」
懐から代金が入った包みを取り出すと主人に放り投げる(お金なのに!)。難なくキャッチした主人は重みを確認して「毎度!こちらでさァ」と手を広げて案内する。「行くぞ」引っ張られるままにご主人の後を追う。長い廊下が連なり左右には襖が広がっている。部屋は少なからず防音設備がなされているのだろう。無音だ…多分。そこを通り過ぎ、従業員用の道を抜けると静かな裏庭に出てきたではないか。生垣に裏門が見える。
「上手くやれ」
「ご心配には及びませんで」
頭を下げると主人は建屋に戻って行く。
「あの…ここは?」
「抜け道だ。お前ぇが気にすんな」
いやとても気になるんですが。さっきのご主人の発言も含めて。しかし私がこれ以上詮索することは気に入らないようで抱きついた手ごと体を引かれた。追手は撒けたのだろうか、人気のない静かな通りを進む。彼に抱きついたまま旅籠にたどり着いた私達を迎えてくれたのは、心底楽しそうな表情の万斉さんだ。これ絶対勘違いしているやつだな。そろそろ私も学んだ。
「いやはや…晋助が迎えに行ったと思えば夜遊びとは」
「違います。これは逃亡の代償ですから」
否定するも「万斉…からかうのはそれくらいにしとけ」と追うように高杉さんから静止がかかった。玩具を取られた子供のように拗ねる素振りを見せた彼が捨て台詞のように口を開く。「
、いつまで抱きついているでござるか」と、言われて気がついた。未だ某ラブホ街を通っているかのまま高杉さんの腕に抱きついたままなのだ。
「ごめんなさい!!」
思わずバッと体を離した。その最中、高杉さんが万斉を睨みつけて、万斉さんが心底愉快げな表情をしたことを私は知らない。
三十四話の続き。山もオチも意味もない感じの。
20170527*星宮はちこ 裏語