レプリカ虚像乙女
【第四章三十五話閑話、華より団子か女神様】


が短期バイトを終えて数週間後のある日のことだった。甘味処「餡泥女堕」は一人の看板娘の消失により男性客の恋心に大打撃を与えたものの、宇宙中の甘味を味わえるという評判のためか客足はそう変わらずに済んだ。


「相変わらずシケた店だな。オヤジ」


餡泥女堕の目と鼻の先にある、四百年続く老舗団子屋「魂平糖」の軒先で銀時は団子を頬張っていた。変わらぬ味を提唱するこの店は、団子屋らしく商品も団子一筋。味もそう代わり映えなく、みたらしのタレがついたものと醤油で焼いたもの、きな粉がかかったものの三種類しか置いていない。「相変わらずシケたツラしてるね旦那。ヘッヘッ」ここのオヤジは言ったことには必ず言い返す。薄気味悪い笑い方で下手に出ながらも筋は通す隠れ頑固体質。昨今のスイーツ事情を解けば、腰の木刀に食いかかる。どちらともなくため息をついた。

「アナログ派にはキツい時代だな」

そう言って通りの向こう側を見れば行列が見えるではないか。時々ここに足を伸ばすものの、以前来た時には無かった店だ。オヤジはその店について笑いながら教えてくれる。甘味処「餡泥女堕」ではあらゆる星の甘味を味わえるらしい。へぇーと応じつつも興味はある。この店の団子だって美味しいから食べに来たのだが、時には別の甘味も食べたいと思うのが人間の性。実際昨日はファミレスでイチゴパフェを食べた。その人気の甘味処には軒先に卓がいくつも並んでいて若い女子がキャイキャイ言いながら甘味を食べているではないか。給仕をする女の子が忙しなく動いている。目を惹くメイド服を着ながら。

「やっぱ看板娘とかいねーとダメなんじゃねーのか?」

と、女の子の一人を目で追っていると、足を上げた瞬間短い裾から色が見える。「あ、パンツ見えた」思わず声が出た。看板娘ならウチにもいると言い切ったオヤジ「あ、パンツ見えた」どうやら同じ子を追っているらしい。あ、パンツ見えた。オヤジの言う“看板娘”が何者なのかがわかるので思わず「岩盤娘だ」とツッコむ。当人は鼻歌を奏でながら台拭きで卓を吹いている。選曲は中森秋菜…寺門通が流行る江戸で幾世代かの壁を感じる。「旦那、女は見た目じゃないよ」何故が尻について語り出し、ついでにパンツの話。

「見たくねーんだよんなモン」

そこは素で突っ込んだ。岩盤娘のサービスを断り席を立つ。と、シケた店には珍しく客がやって来た。派手な柄の着物ながらぶっちゃけると髪型の方に目が行く。オヤジが「あの店の旦那だよ」とこっそり耳打ちした。
散々自店の甘味を自慢し、古き良き伝統を踏み躙る例の店主。しかし暴力を振るわれそうにならない限り銀時も喧嘩は吹っ掛けない。手を出したらこちらが負けだ。大人しく事態を見守ることにする。



「どう?一つ私と勝負しない?」



勝てば評判が戻り、負けたら店を頂くと…物騒な話だ。席を立った甘味処主人はそっと背を向ける、と丁度そのタイミングで注文した団子が運ばれてきた。「いらない」と言い切った男はその場から消えてしまった。今の話を掻い摘んで言うと、店をかけて団子で勝負するらしいのだ。諦めの言葉を言う背中はオヤジにしてはらしくない。しかし銀時には気になることがあった。


「それってタダで団子食べ放題ってこと?」


タダより怖いものはないけれど、タダで団子食べ放題ってそれはそれですごいことなのである。食費が浮くと言う事とニアリーイコールなのである。振り返ったオヤジと娘の表情はやっぱりらしくないものだった。


「ああ…んなモンだ。しかしやるからには負けちゃいられねぇな。何たってウチの団子は女神様のお墨付きだからね。ヘッヘッ」
「何だよ女神様って。もしかしてコレか」


バレないように岩盤娘に視線を送る…と「違ぇよ」間髪入れずの否定だった。だったら誰なんだよ。さっきの天人に提供されるはずだった団子をサービスで貰って、もう一度軒先の椅子に座り込んだ。

「あの店に一際別嬪な看板娘がいたんだよ。そりゃー可愛かったぜ。ヘッヘッ」

あの店…とはさっきの喧嘩を吹っかけてきた「餡泥女堕」のことで間違いないらしい。ってか普通、ライバル店の従業員神格化するか?そもそもこんな娘もいるオヤジが、娘かそれ前後の年齢だろう女にお熱…である。一体どんな子だったんだよ、と興味をそそられて尋ねてみる。オヤジの視線は例の店に向けられたままだ。後を追うように銀時も店を眺める。繁盛している分何人も従業員がいるらしい。今の時間帯は4人。どの子もタイプは違うが可愛い顔をしている。



「名前は知らねえんですぜ。その子は働き者でね、ちょっと前からあの店に来だして大体二~三週間ぐらい、昼間っから夕方まで働き詰めよ」
「へぇー」
「短い丈が気になってしかたねぇのか手で押さえたりなんかもしてよ。見てるこっちまでハラハラしちまうもんで。ヘッヘッ」
「それオヤジ、完璧パンツ見にいってね?むしろ見たいがために目で追ってね?」



薄気味悪く笑いながらバンバンと背中を叩かれて思わず団子が喉に詰まりそうになる。慌てて茶で団子を流し込んだ。

「時々こっちの店にも顔出してくれたもんで。ウチの団子を美味いと言ってくれた、何とも気立ての良い子だったよ」
「で、その子どこ?あれ…違うか。じゃああっち?あ、パンツ見えた」
「それが少し前に店辞めちまったんだよ。てっきり見ねぇと思ったら最後に挨拶に来てな。余りモンの団子持たせたら目ぇ丸めて驚いてよ…あ、パンツ見えた」

二人の視線は餡泥女堕のウエイトレスを追っている。
その子は動く度に鮮やかな色の下着が見えた。当の本人は気にもしていないようだが、周囲の男性客は皆釘付けだ。もちろんこちらの中年と糖尿病予備軍も言わずもがな、である。



「おい明らか下着見に行ってんだろこのエロジジィ」
「旦那こそここで鼻の下伸ばすより跡取りとして自覚持ったらどうだ」
「誰が跡取りだ」



ウエイトレスが店内に入り込んだのでここは一時休戦だ。軒先に座り込んだまま、どちらともなくため息が溢れた。「おいオヤジ。さっきの賭け…勝算あんのか?」あの餡泥女堕の主人は団子の味だけでなく、魂平糖の店自体も煽って勝負に来るように挑発していた。恐らく、その甘味の催しで完膚なきまでに叩きのめし、土地を巻き上げようと言う魂胆なのは見え見えだ。パンツ以上に見える。いや、パンツも見える。


「こんな団子屋の団子でも美味いって言ってくれる人がいるんじゃ、簡単には店畳めねぇな。少なくともおいそれと尻尾巻いて逃げれなんてしねぇよ」
「ここはシケた店だが…団子は美味いぜ」
「へへっよく言うよ。しかしまあこんなジジイにも女神様が“好き”って告白してくれたもんだ。チャラついた天人なんかにゃ負けねぇよ」
「いやそれ団子が好きって話だから。エロオヤジの話じゃないからね」


次はどちらともなく笑った。それは乾いていたけれど…気持ちの良いものだった。「旦那」オヤジが俺を呼ぶ。

「俺の瞼の裏に刻まれた女神様の笑顔を、旦那にも分けてやりてぇね」
「悪ぃな。俺の瞼には先客の女神様がいるんだよ」

以前、万事屋で請け負った可笑しな依頼の依頼主。結局、最後までその女の掌で踊らされただけだったが、後に彼女の使用人達から追加の依頼を受けたのは記憶に新しい。この世界のどこかで生きているのだろう。そして次に会ったら彼女の名を呼んで説教すると決めている。彼女の笑顔が今でも浮かぶ。


「最近の流行りっては黒やらピンクやら派手なもんで。その点、俺の女神様のセンスったら抜群だったよ」
「いきなり何の話してんだよ」
「やっぱ何もかもシンプルな王道ってことよ。派手やらスケスケやらフリフリは邪道だね。彼女は俺の好みドンピシャ。やっぱ下着は…」

「「白!」」


少し寂れた団子屋の軒先で、スケべ談義に華を咲かせる男二人。世では“華より団子”と申すれど、団子を頬張る彼らの脳内はまだ女神の存在の方が大きいのである。


三十五話のその後くらい。原作と接点。
20170620*星宮はちこ   裏語