レプリカ虚像乙女
【第五章四十二話閑話、奪い取る手に】
高杉晋助、河上万斉、
の三人が去った屋上で、情報屋は紅い楯の刺客に取り囲まれていた。屋上に取り残された高杉晋助を空まで運び、後の二人が彼をサルベージ。その姿はあっという間に見えなくなった。紅い楯にとって、計画を阻止する邪魔者がいたことや空への逃亡は想定外だったのだろうか。今の所追う様子もない。このまま研究所をトンズラしても良かったのだが、立つ鳥跡を濁さず…の言葉通りに後始末は綺麗な方がいいのでとりあえず残ることにした。囲まれるは殺気ムンムンなお兄さん方(と言っても顔は隠されている)。どうせならかわい子ちゃんとキャッキャしている方が千倍楽しいのに。例えば
ちゃんとか
ちゃんとか
ちゃんとか。あれ、これって運命的な出会い?
「貴様情報屋か。あらゆる組織に介入せず中立、かと思えば各所で媚び諂う道化。…我らに楯突くならば貴様とて容赦はせんぞ」
「あららー随分な評価だ。紅い楯にはご贔屓してもらってるのに顧客を失うのは俺にとっても損失なんだけどな」
「目的は何だ。さっきの男は攘夷組織鬼兵隊の高杉と見受ける。奴と組んで何をしようとしている」
武器の矛先が一斉にこちらを向いた。話し終わる前に殺されそうだ、それはそれで困っちゃうのだが。コホンと咳払いを一つ…向こうに聞こえるように。
「彼とはさっき会ったばっかなんだけどね。俺がここにきた目的は知ってるんでしょ?君らが裏で流した毒リンゴの回収だよ。表が動けないからって尻拭いはいつも俺。ほんと嫌になっちゃうや。そして色々手間かけさせてくれてアリガトウ。ついでで教えてあげるけど…君たち危ないよ。もうすぐ“彼女”が来ちゃうから」
言った瞬間、空気を切り裂くような銃声が響き渡った。それも一発なんかではない。十数発くらいだろうか。連続して撃ち込まれる銃弾に人影は血を放ち崩れていく。扉越しに撃ったのだろう、分厚い金属の扉は蜂の巣状態。弱まった金具でどうにか壁に綴じられている扉が外側に向けて倒れる。現れたのは少し乱暴な足。高すぎず低すぎずなヒールのついた編み上げブーツ。先端はポインテッドトゥー。扉を踏み破っただろう足が再び、床の上の扉を踏みつける。現れたのは魔女…それもご機嫌斜めらしい。彼女の正装はメイド服。
「やあ“戦慄の魔女”じゃないか。暗殺稼業は閉店してなかったっけ?まだやってんの?」
「その名で呼ぶな。騒がしいと思ったら渡り鴉(ワタリガラス)じゃない。今回の騒ぎはアンタの仕業?」
「半分アタリで半分ハズレ♪」
魔女は手にした長銃を肩に担ぐと周囲を見渡す。刺客は皆瞬殺されていて血の海だ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる…なんて言うが、彼女は最小限の銃弾で全員殺している。魔女の名は伊達じゃない。流石だ。
「こんなとこで会うなんて奇遇ね。ちょうどいいわ情報が欲しいの。 “高杉晋助”って言う攘夷浪士とその周辺の」
「有名人っちゃ有名人だね。ある意味…。何、彼なんかしたの?暗殺対象?」
「互いに詮索は無しの約束よ。代はいつも通り小切手で払うわ」
「ふーん。どうして君が此処にいるのさ?」
「だから詮索は無しって…」
ジッと真面目に彼女を見つめていると真意は伝わったらしい。これは冗談じゃない、と。ここは大江戸総合科学研究所。その存在は一般人には開示されていない。つまりお散歩ついでにやってこれる場所ではないはずだ。それも武器を持ってまでして(と言っても彼女の場合は武器もメイド服も通常装備の範囲だと考えているが)。押し黙った魔女は静かに口を開いた。「ちょっと探し物」ここに?何を?追って尋ねてもその点は触れられたくないらしい。仕方がないここは譲歩しよう。
「君も毒リンゴ目当て?」
「確か貴方の実家、製薬系だったわね」
「“表の”ね。まあ違うならいいよ」
こっちに踏み込まれすぎても困るから。この話題はここで終了。彼女の要求の通り、高杉晋助の知り得る情報を伝える。合わせて鬼兵隊の事も少し。何でも少し前に江戸湾沖でドンパチやらかしたらしい。真選組も色々嗅ぎ回っているが成果がなかったとのこと。
「表の筋と変わり映えなし…か」
「ほんと顔広いよね君。俺の代わりに情報屋にでもなったら」
「嫌よ。つまんない」
「あっそ」
魔女が肩を竦める。確かにこんな恐ろしい情報屋は嫌だ。最後は情報の押し売りでもしてそうだ。それか情報提供と称して命と言う対価を奪ってそう…って今と何も変わらない!「何か楽しそうね」表情だけで勘ぐられた。「いや別に何でも」とりあえず笑って取り繕う。
「例えば、高杉晋助周辺の女とかは?」
思わず吹き出した。まさか彼女から色恋沙汰の内容が来ると思っていなかったから。しかし彼女自体の、ではなさそうだ。三角関係の縺れか、別れた彼女からの依頼か聞いてみたけどどちらもアッサリ違うと言われた。高杉晋助の女関係。色男なのは見ての通り。料亭で芸妓やらを呼んで遊ぶこともあるらしいが、最近は遊郭で女を買うほどの話はない。後は鬼兵隊に、彼を崇拝する女幹部がいるとかはいないとか。自分が知っているのはそれくらいだ。(そもそもオールマイティーを目指す情報屋だけど、悪党誑かして恨まれてるとか利用する価値がある人物リスト等以外の女事情とか殆ど管轄外だ!俺悪くない!)
「最近女を無理矢理誘拐したとか?唆してそばに置いているとか?」
「うーん?ん?…まさか高杉関係でここに?」
「答えになってないじゃない。って、奴がここに関係しているの?」
「さっき会ったけどもう居なくなった」
思いっきりメンチ切られた。怖っ!早く言え、って更に怖っ!
そして高杉晋助と女事情。…なるほど。彼女は鬼兵隊幹部として知られた来島また子には興味を示さなかった。高杉晋助はついさっきまでここ大江戸総合科学研究所にいた。それも…“
”という女を連れて。魔女の言いたい“女”と言うのは彼女を指しているのだろう。あの魔女が関心を示す存在…俺の目に狂いはなかった!ついでに
ちゃんについて益々興味深い!!
「残念だけどここにいた目的は聞いてないや。俺は自分のお仕事に夢中だったからね。攘夷組織に関わっちゃうと面倒だし。そう言えば誰か連れているようだったけど顔は見てないね。男か女かも…ね」
もちろん存在も名前も知っている。何ならスリーサイズさえも。しかし情報屋は情報を流すだけが仕事ではない。情報を秘匿し或いは操作さえすることも仕事だ。もちろん見合った対価に対する労働だけど。彼女の存在は“まだ”魔女に教えるべきではないだろう。それが彼女のスリーサイズに対する俺なりのお礼(他にも色々しているけど全部サービス!)
「じゃあ探って」
そう。情報屋は依頼を受けて特定の情報を得ることもお仕事の一つ。ただまあ探して殺して…なんてまで一歩先の暗殺業はやってない。魔女じゃあるまいし。そそくさと小切手を取り出す女を制止した。
「対価は金じゃなくていいよ。今回は。君がここに来た目的、探し物、サラッとでいいから教えてくれたらいいよ」
「どう言う意味?」
「興味深いから」
絶え間ない知識欲こそ正義だ。それを満たした時の恍惚は何事にも変えられない。鬼兵隊の高杉晋助がここにいた理由、彼の傍らにいた
と言う女、女を追う戦慄の魔女・
。其々のパートが脳内にぐるぐる点在している。もうすぐ一筋に繋がりそう。
「大切な友達を探してる」魔女は簡潔に語る。何でも最近、彼女の表の仕事先に高杉晋助が乗り込んで来たらしいのだ。理由は一切不明。同時刻、不審者が屋敷に侵入。厳重な警備を諸共せず“ある部屋”に入った形跡はあるものの、何かを盗んだ訳でもないらしい。その後、高杉は魔女を気絶させ行方を眩ませた。侵入者も捕らえることは出来なかったらしい。
「ごめん、今の説明でどう“ここ”と繋がるわけ?」
「不審者が侵入したのがここの関係者の部屋だった。僅かに写真立てを動かした形跡が残っていたのよ。指紋は無かったけど。どうにか繋がらないかって事で私なりに探ってたら今回の騒動。先の一件で、私の親友とその男が行動を共にしているのではという仮説が出来たから。とりあえず高杉が関係してるのが解って一先ずよかったわ」
は
賢人の娘。つまり魔女の言う、不審者が侵入した部屋は“
賢人の部屋”で間違いないだろう。そして
賢人はここの研究員だった。例の事故に巻き込まれるまでは…。もちろん侵入者は
本人。さっきの一件で、彼女は特殊危険物を回収に来ていたのは解っている。つまりここに関する何かを得たのがその侵入だったと言うわけだ。なるほど、繋がった!
火災警報と屋上での爆発。度重なる緊急事態に警察が動き出したみたいだ。所員も外の広場に避難しているのが見える。そろそろトンズラしないと面倒なことになりそう。俺も魔女も。
「で、全てを知って君はどうすんの?」
「もちろん殺す。高杉晋助を」
彼女の瞳は俺の知る魔女そのものだった。傍観者としては最高の見世物だ。その時、彼女のポケットから機械音が響いた。女が携帯電話を取り出す。仕事中はマナーモードにするのがお約束なのに。しかし彼女の場合は関係ないのだろう。その場にいる対象は必ず死ぬのだから。
「はい私よ。あ、とっつぁん?え?何、バナナ?」
“………”
「それがどうしたのよ。知らないわよそんなもん」
“………”
「バナナなんてどこ産でも変わらないでしょ。ゴリラの見合いの次はバナナってふざけてんじゃないわよ」
“………”
「はぁ?ゴリラの結婚!?んなもんバナナ突っ込んどけばいいでしょ!」
“………!”
感情のまま通話終了ボタンを押す魔女捉えて反射的に肩が揺れる。ご機嫌は最悪らしい。巻き込み事故はご勘弁。帰ろう。柵越しに下を見てみると警察が非常線を張っている。建屋の中には防護服を着た消防隊員やらが続々と入り込んでいるのがわかる。そして後ろからは文句の嵐。「早く行かないと面倒ごとに巻き込まれちゃうよ」そこはかとなく言ってあげる。「もう巻き込まれたわよ」魔女が指の関節を鳴らす。
「何?手伝ってあげるけど」
「必要ない。ゴリラの結婚式に大量のバナナが必要だけど船便だと間に合わないから何とかしろって。何がバナナの工面よ!ふざけんな!」
「バナナ?何それ」
「招待客は天人だからって地球産の高級バナナをご所望だってさ。巻時歌流(まじかる)星のバナナが一番だって言ってんのに!」
それから彼女はどこかに連絡をかけている。警察が建屋内をシラミ潰しに探しているのが見て取れる…そろそろ本気でヤバくない?通話が終わったと思いきや、魔女は柵の上に飛び乗った。「先の依頼どうぞよろしく」それだけを言い残すと体を翻して消える。って、散々人を待たせといて(勝手に待ってたのは俺だけど!)自分だけ颯爽と居なくなるって酷くない!? 柵から下を覗いて見てもその姿を捉えることは叶わない。
階段を上がってくる足音を感じて情報屋も柵を飛び越えた。
三十七話閑話「すり抜けた手を」と、ある意味対なる話です。執事の手はただ“すり抜けてしまった”けれど、メイドの方はすり抜けた手を“奪い取る”ほどの衝動・感情を持っている。
20170826*星宮はちこ 裏語