レプリカ虚像乙女
【八章七十五話閑話、故障なんかじゃない】
陽が傾きかけた頃、機械家政婦の追っ手から逃れる為に身を隠していた銀時と神楽(と定春)は平賀源外が営む“からくり堂”を訪れていた。ここには既に新八と
が身を隠しているものだと思っていた。しかし、いくら尋ねてみても話が噛み合わない。
「だからじーさん!新八に
がここにいんだろ。とぼけたって無駄だぜ」
「いや、だから知らんと言ってるだろ。今日は新八にあの娘どころか客一人来とらんわ」
開いた戸口に向かい合うように設置されたテレビをバンバンと叩きながら源外は言った。テレビの調子が悪いらしい。「だめだこりゃ」諦めたような呟きが聞こえる。ついでに朝に持って来た例の機械の首が殺人鬼のものだったということも告げられた。その話題で持ちきりらしい。
「とっ捕まったってよォ」
「そんな!銀ちゃん、新八に
は!?」
「何だ?あいつらどーかしたのか」
そこでようやく源外が振り返った。
テレビでは林研究所での会見の様子が映し出されている。発表では、零號機は研究所の関係者が捕まえたらしい。開発した機械家政婦そのものを全回収し処分する方針になったとのこと。最後に源外はキナ臭いと付け加えた。会見場所は研究所の会議室だろうか。関係者が一列に並び誰かが言葉を発する度にフラッシュが焚かれる。数あるマイクが一斉に向けられているのは髷を結った恰幅のいい男。我々はプロジェクトに深く関わらず全て博士の独断で動いていた、と主張している。そこでこのプロジェクトの終了が発表された。重なるフラッシュが画面を白く染める。
「あの機械。まるで人みてーに泣いてやがった」
機械が泣くなんて聞いたこともない。そしてその涙が、何の意味を持つのかなんてわかりはしない。「野郎」そうとだけ言うと、源外が周囲に積み上がった金属片を漁っている。やがて取り出したのは細い持ち手のある葉っぱのような、果物のような形の金属の塊だった。テレビの側面から中に挿入する。と、何やら起動し始めた。
平賀源外は懐かしむ素振りも見せずに語った。林博士こと林流山と自身は“機械の未来を担う双璧”と呼ばれていたこと。しかし彼らが作る機械は全く趣が異なっていたこと。源外の機械は“無骨で野暮ったいもの”だというが、流山のそれはまるで生きた女のように美しく華奢で繊細だった。機能にこだわらず、いかに“人”に近づけるかに重点を置いたもの。
「機械に心を宿す。奴ァ人間を作りたかったんだ」
機械は人に使われる道具でしかない、そしてその枠を出てはいけないとも語る。だが林流山は自らの一人娘が死んだ時から変わってしまった。そこまでならよくある話だろうとも銀時は思った。林流山は人間の人格をデータ化するという無謀な実験を繰り返していた。そしてその実験体として選ばれた存在こそ彼の娘。病弱で、とても実験に耐えられるはずもない存在。その名前は、林“芙蓉”。
「わかるか。“芙蓉”プロジェクトの真の目的…それは死んだ芙蓉を蘇らせることにあったってわけだ」
「それってつまり……どーいうことネ」
「機械の体に人間の魂を持つ。永遠の命ってこったな」
「鉄(クロガネ)の錬金術師の、弟の“鉄の塊”みたいな感じアルか?」
「んなとこだ。ってか、ジャンプの話題をしなさいジャンプの!」
芙蓉-零號機試作型。銀時たちが拾ってきたその機械には“種子”と呼ばれる特別なデータが積み込まれている。芙蓉を花開かせるための種子、“芙蓉の人格データ”そのものが。
源外がテレビに繋がったキーボードを操作し始める。すると画面に何やら映像が映し出されたではないか。男の後ろ姿。その手には短刀が握られており、向こう側に倒れる人影。映像は荒いが、おそらく倒れているのは林流山と思われる。その前に立っているのは髷を結った恰幅の良い男。
「林流山を殺した犯人は零號機ではない。芙蓉プロジェクト副主任“目黒博士”」
「こいつが流山を殺した奴だって?」
「この男、間違いないアルヨ!万事屋に乗り込んで来た奴ネ!!」
映像の中の後ろ姿が振り返る。男が慌てふためきながらこちらに向かって叫んでいる。と、状況からしてこの映像は零號機視点のものだろうか。男が人を呼ぶために、声を上げながら早足で映像の中から消えた。画面の中には倒れた流山の遺体が転がったままだ。
「!?」
しかし次の瞬間、銀時は目を見開いた。死んだはずの流山の体が動いたからだ。倒れているものの息はあったのだろうか。ゆっくりと流山の体が起き上がる。ゆらゆらと不安定なまま立ち上がった男は肩を押さえながら娘の名を呼んだ。倒れた時に打ち付けたのか襲われた時に抵抗したのか、男の顔は血塗れだった。“逃げろ”と男が言う。“必ず迎えに行く”そう言葉を発した男の皮膚が音を立てて割れ、剥がれていった。人間技ではないことは一目瞭然。皮膚が剥がれ落ちると同時に再生していき、現れた顔は若い男のもの。
“だから今は逃げろ”
映像の中で男が言うと視界は廊下側を向き動き出す。画面が上下に揺れ、後ろからは他の機械家政婦が続々と追ってきている。これが事件の真相というわけだ。
順を追って説明しよう。芙蓉プロジェクトの目的は機械家政婦の開発ではなく、死んだ娘を蘇らせる為、彼女の魂を持った機械を生み出すというもの。その企みに気づいた副主任の目黒博士は、全てを独占する為に林流山を殺害した。現場を零號機に見られたものの、彼女に罪をなすりつける事で危機を回避したのだった。
しかし二つの誤算が生まれた。一つは芙蓉プロジェクトの要“種子”が零號機の中にあったこと。二つめは林流山が死んでいなかったこと。姿を機械に変え、伍丸弐號機としてこの世に存在していることだ。テレビの画面が揺れる。次に映り込んだのは銀時が拾って来た“零號機”の半身。
「たま!?」
「恐らくあいつらが機転を働かせたんだろうよ。俺の店の前に中枢電脳幹が転がってた。しかし、肝心の彼奴らはいねー。とっ捕まる前に放り投げでもしたんだろ」
「そんな……」
“あのお二人のおかげで私のデータは護られました。そして源外様のおかげで、失われていた記憶も回復することができました”
映像の中のたまが冷静に言った。殺されたはずの林流山は死んでいなかった。少なくともあの映像を見れば……であるが。そしてあれは人間のなし得る技でもないことは一目瞭然。
“厳密に言えば博士は既に死んでいます。博士は娘芙蓉様と同じく、自らを実験体として使用していましたので”
博士の人格データを組み込んだ機械こそ、最も人間に近い機械“戸-伍丸弐號機”であると画面のたまは語る。話を聞く限りでは、芙蓉プロジェクトの目的は“戸-伍丸弐號機”によって達成していると言えるが。しかしそれは否定された。林博士の人格データと伍丸弐號機は、初期段階では同調していたものの次第に拒絶反応を起こし始めた。そして人格は徐々に崩壊し、別のモノに成り果ててしまったと言う。
“伍丸弐號機は、自らの死の偽装し今まで目黒博士を泳がせていた。しかし実のところ裏で機械を思うまま動かしていたとも言えます。時は来ました。今や処分の目的で林研究所に全ての機械家政婦が集まっている。恐らく目黒博士を始めとした他の研究者は今宵、消されます”
機械家政婦を集めて何をするかと思えば、メイド喫茶なんて生易しいお茶会ではなさそうだ。物騒そのもの……あれ、別の何かが浮かぶ。紅茶は字の通り真っ赤で鉄臭く、オムライスの上に滴るのはきっとケチャップなんて甘いものではない。恐らく。いやそもそもアレが人間ではなく機械家政婦だったとしたら……妙に辻褄が合う。くわばらくわばら。と、画面の中のたまが口を開く。
“戸-伍丸弐號機にとって、あのお二人は生かす理由もなければ殺す理由もありません。ただ
様と伍丸弐號機。いえ林博士か芙蓉様は何らかの関係があります”
「はっ?」
“私の記憶が途切れる寸前、伍丸弐號機は
様のフルネームを口にしていました。お二人の関係は私の中に情報がありませんので、これ以上は何とも申し上げられませんが”
「
が林流山と。いや、なら林流山が殺された時に何かしらの反応があったはずだろ」
“心拍数の乱れと体の震えは関知していました。動揺していたと見て間違いありません”
たま曰く伍丸弐號機は
を一撃で気絶させた。そこで新八が中枢電脳幹を引き抜いたのだろう、記憶が途切れているらしいのだが。
博士の助手として働く以前、たま(零號機)は機械家政婦として林芙蓉の身の回りの世話をしていた。その際に芙蓉の口から“
”という名前を聞いた記録が残っているとのこと。画像記録の精度が今より低いが、恐らく
本人の幼少期の横顔と思われるモノもあるという。これは一体どうしたものか。謎の依頼人だった
と林流山、その娘芙蓉。そこにどんな繋がりがあるのか。銀時は考えるが埒があかない。
“博士が人間のような機械を作り始めたのは、幼い頃に母を失くし孤独だった芙蓉様のためでした”
たまが静かに語り始める。博士は部屋に籠りがちな彼女に寂しい思いをさせたくないと機械人形を作った。始まりは、ただのおもちゃに過ぎない。しかし娘が長くないと察した時に機械製作は様変わりした。たまの中に残っている記録の中で繰り返し流れる映像があるという。
芙蓉が亡くなった日、その亡骸の傍らに座る林流山の背中。「芙蓉、私も機械になりたいよ。そうすればこんな苦しみや悲しみから解放されるのに。君もこんな気持ちだったのかね賢人。どうして私は大切なものばかり失うんだ。ああ、私は機械になりたいよ」博士はそう呟くのだ。ずっと。
流山の言葉にある“賢人”という名前に引っ掛かりを覚える。娘でもなければ助手の男の名前でもなさそうだ。一体賢人とは誰だろうか。聞き覚えがあるような無いような。だが本筋の、娘の為に父親があれこれ手を焼くのはよくある話だ。方向性は違うけれど大層な親父だと銀時は言い切った。
「賢人。賢人…。
、賢人」
「どーしたんだよじーさん」
たまの言葉から単語を拾い呼び続ける源外。「いやあ何でもねぇよ」そう言いつつ彼は思い出すかのように言葉が溢れた。昔、頭のきれる科学者がいたらしい。機械とは違う分野で活躍していた男。幕府に召し上げられて最先端の研究をしていた、とも。関わりも無かったが名前だけは噂で聞いたことがある。銀時も、その名前に聞き覚えはあるものの何かまでは思い出せない。
“賢人様は博士の古い友人の名前です。私も直接お会いしたことはありませんが、博士がよくその名を口にしていました”
「ふーん。その賢人って野郎はどこにいるんだ。もしかしたら流山を説得できるかもしれねーからな」
“既にお亡くなりになっております。それも芙蓉様がお亡くなりになる随分昔に。駆け出しの頃に二人で夢を語り合った、と伺ったことがあります”
どうやら故人らしい。ならば今回の騒動にも関係がないし、流山の説得にもならなさそうだ。これ以上の詮索は無意味。亡くなった娘を想い故人の親友と語る男…全てを吹っ切れとは言わないが、過去に囚われすぎているとも取れる。
“私の役目は博士と芙蓉様のお役に立つことです”
しかし彼女の中にある“種子”は何も反応がない。博士が愛娘を失った時に何の力にもなれず、ただ博士の望み通りに機械化の実験を進めただけ。その結果がコレなのだ。それによって生み出されたあの博士は私の知る博士ではない、と、たまは口にした。自分のしたことは間違っていたのか、博士が何故あのような事を言ったのか、そして自分は今何をすべきなのかも…わからない。機械仕掛け。いや違う、寂しげな声が届いた。
“博士も芙蓉様もいなくなってしまった今はもう”
「いるだろ」
その言葉を否定、いや被せるように銀時はそう言った。大切な人なら自分の中にいる、しかしその表現は通じないのか“種子ですか?”との真面目な返答が返ってくる。それには間髪入れずに否定しておいた。
「本当に大事な記憶ってものはなァ、何回電源切ろうがブレーカーが落ちようが飛びやしねーよ。あ、これ後で
にも言ってやろ」
そう銀時が言った瞬間、部屋が暗転した。姿は見えないが混乱する声だけが響く。源外曰く、ブレーカーが落ちたらしい。目を凝らしてみると画面からもくもくと煙のようなものが立ち上がっているのが見えた。
あり合わせの機械装置では容量が足りなかったらしい。ブレーカーが落ちて電気が途絶えたことにより、たまの記憶が振り出しに戻ってしまう事が心配だ。「なんか代わりになるのはねーか」真っ暗闇に話しかけると、周囲が見えないとの言葉が返ってくる。見えない周囲を見渡しながら、適当に穴を探せと銀時が呟くとお尻に衝撃を受けて地に沈む。
「わん」
入り口から定春の鳴き声が聞こえる。“おそうじですの〜”どこかで聞き覚えがある声も。銀時は体をゆっくり起こした。定春が例の機械家政婦の体を持ってきたらしい。
「でかしたぞポチ!!」
「ポチじゃないネ!定春アル!!」
と、建屋内よりも外の方が明るいのだ。月明かりが届くからか、いや違う。ここは江戸屈指の繁華街かぶき町界隈であり明かりには事欠かない。企業の高層ビルからも明かりが届くはずなのだ。なのに…
「月明かりしかねぇ?」
「町中真っ暗アル」
見上げた先にはシンと静まり返った暗闇が聳えている。
突如、後ろから煌々とした明かりが届く。銀時と神楽が後ろを振り向くと、ブレーカーが落ちたはずのテレビだけが映っている。そこには戸-伍丸弐號機の姿。後ろには行方知れずだった新八も映っている。彼の後ろには機械家政婦。恐らく拘束されて身動きが取れないのであろう。しかし、同じく捕まったはずの
の姿はない。
“江戸のエネルギー供給源はおさえた。もうじきこの街は機械に制圧される。命が惜しいものは大人しく機械の支配下に降りるべし”
野郎の手には奪われたたまの首が収められている。言葉こそ堅苦しく当たり障りのない犯行声明であったが、彼女の中枢電脳幹が戻らなければ新八の命はない、と……つまりそう言っているのである。名指しで喧嘩を売られた。
「万事屋直々のデリバリーに、新八と
の指名料は高く付くって思い知らせてやらァ」
「上等アル。ミタマだかキンタマだか知らないけど届けに行ってやるネ」
“ミタマでもキンタマでもありません。たまです”
源外の手によって組み上げられた機械家政婦の姿をした彼女がそう言った。手には例のモップを握り、首元には傷を隠す包帯が巻かれている。“ありましたよ”と続く声に三人の視線が交わる。たまは見つけた、いや思い出したのだ。決して消えない大切な記憶を。
はるか昔、たまが目覚めた時の記憶。博士が彼女に言った最初の言葉「娘に笑顔を」と、優しい父の顔をした林流山の姿を。今の博士を見て芙蓉は笑うだろうか。これが彼女の望んでいたものだろうか。どれだけ姿を変えても、機能が拡張されても変わらないもの。それこそが導き出した答えなのである。
「行くか」
銀時がそう言うと、二人と一匹が静かに頷いた。
エネルギー供給源の占拠と機械によるクーデターにより、街は混乱状態に陥っている。ラジオからは切羽詰まったアナウンサーの声がする。仕組まれた暴走により無数の機械家政婦が江戸を闊歩しているらしい。
「ここからが腕の見せ所ってもんよォ。銀の字!神楽!こっち来い」
「おい、じーさん!いきなりシャッター閉めてどーしよってんだよ」
「勝負所で閉店ガラガラアル」
「いーから聞け!」
源外曰く、機械の集団がこちらの位置を把握し攻め込んでくるのも時間の問題とのこと。源外の機械もあるが数では圧倒的にこちらが不利。ついでに新八に
の居場所も不明のままだ。使うべきものは使うべき所で、という事でここは白刃戦ではなく本当の喧嘩を見せてやると豪語する。
「乗れ」言われた先には暗くて見えにくいが、何やら大きなものがあるのがわかる。乗り物だろうか。手探りに源外の後を続く。目が利くたまの手助けも得て何かに座り込む。“源外様。そろそろ限界です。周囲を機械に囲まれています”たまがそう言った時、外から機械じみた声が聞こえてくる。どうやら例の機械家政婦のお出ましのようだ。銀時たちの投降を呼びかけているらしいが、その声を遮るようにエンジン音が響いた。
「いっちょ見せてやらァ!!ポチ!ついて来なァ!!」
同時に地面が大きく揺らぐ。前進している!?
ードォォォン! 破壊音と共に体を突き破る衝撃。真っ暗闇から月明かりが照らす世界へ。機械家政婦が蹴散らされ残骸が転がっていた。
「ぶわっはっはっは!!見たか流山!お前んとこの華奢な機械なんぞ一撃粉砕!!鎧・大砲・キャタピラ!これこそ男の機械じゃァァァ!!」
「おいコラジジィぃぃぃ!!もっとデリケートに運転しやがれェェ!!」
「落ちるアルゥゥゥ!!!」
猛スピードで動く装甲車に体がついていかない。銀時の後ろに神楽が必死にしがみついている。「機械の扱いは喧嘩と同じ」らしい。地面を踏みしだくキャタピラが轟音を上げ視界が後方へ流れていく。そうこうしている間に、続々と機械家政婦が姿を現して装甲車の前方を塞いだ。源外がボタンを押すと同時に大砲が火を噴く。砲弾が機械家政婦に直撃し鉄の体がバラバラに吹き飛び、爆風で周囲の家政婦も一掃された。「後ろからも来たアル!」取りこぼした機械家政婦がモップを手に後方からも迫って来ている。
「神楽ァ!傘の柄を引けェェ!」
「!」
一瞬で理解した神楽が後方に向けて傘の先端を翳し、柄を引く。傘の先端にバチバチと稲妻のような光が見える。と、弾丸よりも鋭い雷と火が一筋の線となり放たれた。地面ごと機械家政婦が吹き飛び、あるいは焼かれてモクモクと黒い煙が立ち込める。「おぉー」あまりの衝撃と破壊力の高さに神楽から感嘆の声が上がった
「勝手にいじらせてもらったぞ。豆鉄砲なんざ今時古いわ!!」
「ジジイでかしたアル。これなら一網打尽ネ!!!」
二波目の為に傘を構えた神楽が柄を引く。だがしかし、傘の先端から出たのは何かの汁だろうか。黒い液体が勢い良く噴出する。源外曰く、さっきのは一回毎に充電が必要な代物らしい。充電が済むまでは代わりに醤油が出る……って、いらなくね?
直接的な攻撃には向かないだろうが目潰し位には使えるか。機械家政婦にかかっても攻撃を止めないのを見るあたり、醤油は無意味だった。次は屋根の上から二体の機械が飛び込んでくる。舌打ちをして銀時が木刀を構えた。
「銀の字!木刀の柄を押せェェ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!!待ってましたァァァ!!!」
次は自分の番だと意気揚々と木刀の柄を押した彼を待ち受けていたのは先端から吹き出す黒い液体。というか醤油。たぶん醤油。恐らく醤油だ。「ジジイィィィィ!!」思わず銀時が叫んだ。
「どうだ!醤油が出るだろ」
「だから何で醤油!?これただの醤油が出る棒だろ!!」
「時間がなかったからな」
「んな改造いるかァァァ!!」
振り切った木刀で機械家政婦を蹴散らす。道沿いに進んでいた装甲車が酷い音を立てて何かに当たり乗り上げる衝撃。次にはバシャアンという水飛沫も感じた。周囲を見渡すと装甲車が人工の用水路に降りているではないか。「こいつは鬼ヶ島に繋がる道よォ」と言いながら源外が推測するには、林流山(伍丸弐號)は江戸の中心に聳えるターミナルの地下、それも相当深い中枢の位置にいるとのこと。
今回起こった江戸中の停電は、エネルギーの総元を流山が制圧したことに起因する。ターミナルを中心として方々に供給されるエネルギーの支流を利用すれば、流山がいる中枢に近づくことができるのだと言う。表は機械がウヨウヨとうろついていてターミナルに近づくにも一苦労だが、警備が手薄なここを通れば近道になる。
「おうおうおう!やるじゃねーかよジーさん!」
「見直したネ」
大きく太いパイプの上を装甲車で進みながら、ひと時の安息を感じる。がしかし、見上げた先に現れた巨体に目を見開いたのはすぐ後だった。
…何だあれは。
自分の目がおかしくなったのか、あるいは“それ”が見たまま大きいのか。
「ギャァァァ!!!何アレ!!?ここのどこが近道ィィィ!?」
“あれは参丸七號、通称うどちゃん。見た目通りのスケールで高い建造物の清掃を得意としていますが、大仏の首を折ってリコールされた破壊神です”
「「ギャァァァァァ!!!」」
悲鳴が重なる。装甲車ほどの大きさのモップを動かしながら後ろを追ってくる。装甲車が全速力で前進している為か、どうにか攻撃が届いていないが追いつかれるのも時間の問題。源外がたまの名を叫ぶと、応じた彼女は丸いCDのようなディスクを半ばえづきながら口に含んだ。一体今から何が起ころうとしているのか。
たまの瞳がキラリと光った。流れてきたのはロッキーのテーマ曲。曲調はもれなく彼女の声で再現されている。そして歌詞部分はただ彼女が歌っているだけ。うろ覚えな点に気を取られている間に、参丸七號がモップを振り翳していた。
ードォオオン!
モップは走行する装甲車には当たらず、参丸七號がいる目の前に落とされた。長いパイプは無数の短いパイプが連なった構造である。その継ぎ目の一つに当たったのだろう。亀裂が生じて装甲車のすぐ後方の継ぎ目が外れたのだ。支えが無くなったそれは広大な空間で重力に従い垂れていく。と、重量に耐えかねたパイプが二区画……外れた。
「アァァァァァ!!!!」
見る見るうちに進むべきはずだった道が遠ざかる。源外が叫ぶと定春が吠えた。
「おい定春!?」
装甲車上にいたたまの頭を咥え、神楽を頭の上に乗せた定春の尻尾が銀時の目の前に揺らぐ。掴め、という意図だろうか。手を伸ばしてフサフサの尻尾に抱き付く。その瞬間に定春は勢い良く装甲車上を駆け出し、パイプの先端から飛んだ。後ろには鉄の塊と共に落下する源外の姿。
「じ、じーさん!?」
「銀の字。機械どもと流山を救ってくれや。奴ら、泣いてらァ」
そう言うと最後の手向けと大砲を一発放つ。砲弾は定春の先にあるパイプに当たり斜めに垂れ下がってくるではないか。そのままでは届かないであろう距離であったが、前足をどうにか引っ掛けることができた。「ジジイィィィ!!」振り返ってみるも、見えるのは落下し小さくなった姿だけ。そのまま慌てて定春を降りるが、源外の姿はもう見えなくなっていた。「くそ…」それしか言葉にならなかった。今はただ前に進むしかない、そう自分に言い聞かせてパイプ内を進むことにする。
前後から砂埃が落ちてきた。突然の衝撃に平衡が崩れる。まるで昆虫のように例の機械にパイプごと捕まったのか。勘の良い神楽が傘を壁に突き立てる。間髪入れずに銃声が響いた。
「来るネ定春ゥ!!」
神楽? 銀時が体勢を立て直す間にも、彼女は定春に跨りパイプを突き破ったのだ。その隙に緩んだ手の隙間からパイプ内を抜け出す。慌てて振り返ると、定春に乗った神楽が参丸七號の首を落とし…そのまま底も見えない闇へと落下していくではないか。
「神楽ァァァ!!!定春!!!」
「銀ちゃああん!後で行くから!先行って待ってるヨロシ!!!」
「何言ってんだ!……!?」
今まさに神楽を助けに行くため、飛び出そうとしていた銀時の肩を誰かが掴む。人間離れした力、たまだ。
“危険です。この高さです。助けに行っても無駄。生存確率は…”
「黙れ。離せ!お前のくだらねー計算に付き合うつもりはねぇ」
“無駄だと言っているんです”
「んだと!?」
“……生きているから。計算上、この高さから落ちた時の生存確率は0.1%以下です。でも、あの方達ならば生きていると、生きていて…欲しいと……”
そこまで言ってたまは口を閉ざす。ごめんなさい、少しして彼女はそう謝った。自らの発言をバグだと説明するが、きっとそれはバグなんかじゃない。そう否定して銀時は長く続く道のりを進みだした。どれほど時間が経っただろうか。“銀時様”たまが彼を呼び止めた。
“少し、お尋ねしてもよろしいですか。私の記憶に微かに残る存在。
様とは一体何者なのでしょうか”
「どーしたんだよ急に」
“確かな記録は残っていません。しかし、私の中にその名前が存在しているのも事実です”
「
はよォ…」
出会ったのはそう遠くない昔。神楽や新八と比べてしまえば時間にしてもそう長くはないはずなのに、短い間にいろいろあったなぁと思える。
始まりは仕事の依頼だった。それも正体を偽装されて、だったのだが。幕府に仕える由緒正しきお家柄のいわゆるお嬢様。彼女の家族は皆他界していた。変な石っころを巡る思惑に物騒な使用人が二人。義理の父親に無理矢理、知りもしない天人と政略結婚されそうになっている所を、万事屋を利用して家出しようとしていたとんでもねー女。再会した時には説教をしてやろうと誓ったのもその時だ。そして、
は自らの死を偽り
家を抜け出した……はずだった。
次に出会ったのは真選組の屯所だった。偶然、銀時が運転免許を再取得する時だ。奉行所に行って手続きするはずが都合が付かずに、偶々よく知る真選組の屯所へ……そして再会した。髪を短くした彼女は印象が随分と変わっていた。自らの目を疑ったくらいに近くにいて驚いた。そしてその存在が真選組によって隠されていることも知った。幾度と屯所に通い、門前払いを繰り返され遂には留置された。本人の口から語られた「記憶喪失」という事実に驚いたのは言うまでもない。
再び事件に巻き込まれた彼女を万事屋で預かることが決まった時、妙な安心感を覚えたのはここだけの話。真選組からは色々と注意事項を教えられた。その中でも…
がとある攘夷組織(名前は教えられなかった)に命を狙われているという事実に驚いた。何でも変な組織に首を突っ込んじまったらしい。真選組の奴らからは、俺らがいない時には彼女を守れと告げられ、言われなくても守ると言い切ったのは記憶に新しい。万事屋が彼女を引き取って以来、
はもう万事屋の一員だ。誰が何と言おうと。
“賢者の石”
「ん?」
“銀時様のおっしゃる変な石っころとは、賢者の石でしょうか”
「あー、んな名前だったっけ?覚えてねーや」
の一件は今も覚えているが、詳細な所はうやむやになっていたりする。確か変な石を見た記憶があるが名前までは覚えていない。
“博士は生前、賢人様の名前と〝賢者の石〟を口にされていました”
「なら何だ。
とその賢人様ってのは関係者ってーのか」
“推測ですが恐らく。博士の言葉では賢人様も〝大切な人〟を失っているように考えられます。それが
様の肉親だったのなら…”
「まあ、色々と辻褄があうわけね。それじゃあ、とっとと機械親父更生して、
救い出して本人に聞いてやろうじゃねーか。新八もそこにいるはずだしな」
そう言って見据えた先には、長いパイプの果てに大きな光の柱が見えた。あれがターミナルの地下深く。江戸中のエネルギー供給の中枢であり、今回の事件の首謀者と人質がいる場所だ。
反対側のはなし。ほぼ文字起こしなので反省。
20210418*星宮はちこ 裏語