レプリカ虚像乙女
 【第八章七十七話閑話、おもてなし】


我々は主人がいなくなってもなお、定期的に訪れる訪問者をもてなしていた。
家現当主、。彼女は先の事故で入院している…ことになっている。本来なら彼女はあの一件で表舞台から姿を消していた。失踪、行方不明、蒸発、逃亡。そのどれでもあってどれでもない結末を迎えていた、はずだった。この家を離れて彼女は彼女の夢に向かって生きていると思っていたのに。

現実は違った。

消息を追えないことなんてない。ふとした時に我々にしかわからない形で連絡をくれるだろうと思っていたのに。実際にやって来た便りは脅迫文。勿論、我々は武装メイドと同執事の名の通り使命を全うした。それから彼女に関する情報は一切上がらず、また消息も掴めていない。
ただ一つ、攘夷組織が彼女を唆し攘夷活動に協力させているのではないか…と言う可能性だけ。

「機械家政婦ですか」

手元の冊子を読みながら、淡々と目の前の男は述べた。
家には、定期的に大江戸百貨店の外商係が訪れる。この関係は付き合いであり、持ちつ持たれつの部分が大きい。だから先代の賢人様の時代も、お亡くなりになられた後は夫人の時代も、あれこれと紹介される品物を買い、またこちらの必要なものは伝えて持ってきてもらっていた。現当主が事故に巻き込まれたと報じられた際には、外商係が花を持って挨拶に来たほどだ。我々も代々続く関係を無碍にしたくはないと、必要最低限の物は大江戸百貨店を経由して購入している。
そして今回外商が紹介しに来たのは、機械家政婦(カラクリメイド)なる品物。何でも、炊事洗濯や事務作業をこなす夢の機械人形で、能力も高く、これからは人に代わる労働力になると言う。見た目の改造受注も可能で、企業でも引っ張りだこの存在になっているとか。一体数百万。一般家庭に普及する金額でも代物でもないが、機能を制限した低価格帯の機械人形は中小企業や一部の一般人にも流通し始めたらしい。ちなみに大江戸百貨店でも、受付嬢やエレベーター係に導入済み。企業向け一般向けの機械家政婦を一定数確保した百貨店は今、力を入れて売り込んでいる。は座り込んだ蔵人の背後で、渡された冊子を捲った。

「…」

妹バージョン、姑バージョン、ツンデレバージョン。とか、ぶっちゃけ家政婦業には関係ない要素まで改造できるらしい。そして相手もそれを売り出している。冊子には見た目、衣装、機能の改造例が詳細に説明されていた。興味あるかと言われれば、ない。そもそも家政婦は私。この機械がどれだけ有能だろうと、きっと仕事ができるのは私の方だと言う自信がある。


「企業も話題になると導入頂いています。家は新技術にも寛容ですので、是非一体!!」
「既に人の手は足りています。代々の雇用を守る。人の手だろうと機械の手だろうと過剰は無用ですが。貴女はどう思いますか」
「うーんいらない。私の仕事は機械に出来ない。それに、機械家政婦なんて入れられたら、私クビかしら??」


どう思う? そう言う意味合いを込めては蔵人を見下ろした。これで「そうですね」とか言ったら私も怒るけど。そこは即座に否定…するわけでもなくコホンと咳払いで誤魔化したではないか。おい、否定しろ。の中のが叫ぶ。このまま血みどろ修羅場が来なかったのは、外商係の悲壮感漂う声がしたからだろうか。

「そこを何とか!人に出来ない危険作業もこなせますよ」
「何それ?爆弾処理とか?特攻とか?テロとか?」
「こら。慎みなさい」
「強度を改造すれば可能です。一般向けに諸々の制限がかけられていますが、それを外せば犯罪行為だって。いや違法ですけどね。絶対にしないで下さい。捕まってしまいますから」
「ふーん」

安全のため、一般に売られる機械家政婦は機能と行動に制限がかかっている。それを取り外した状態で売られることはない。だが機械技師など詳しい人間と設備などがあれば安全装置を外すこともできるだろう。人間に出来ないことだって出来る機械人形。の脳内で可能性が広がっていく。


「しかし先にも申し上げた通り、の労働力は既に足りております。今回はお引き取り…」
「いいんじゃない?機械家政婦。話聞いてたら興味湧いてきたわ。それ買う。試しに十体ほど」
「寝言は寝て申しなさい。数百万の機械十体。貴女の裁量を遥かに超えている案件ですよ」
「えーお願い。良い子にするからぁ〜。ね?」
「却下。棒読みしない」
「石頭」


は石頭、蔵人は却下を繰り返し言い合う。事態は平行線だ。
このまま断られると思っていたのだろうが、これは商機とばかりに、外商係の販促も重なった。「購入前に、一定期間貸し出しも行うので是非ご検討下さい」と。外商との付き合いも長い。これからの関係も考慮しなければならない。わかりました、今回は石頭の方が折れた。

試用期間としてひと月、販売促進のためこの期間の費用不要、お好みの外見改造込み、気に入ればそのまま購入も可

その場で契約書が出された。が口にした購入希望は十体であったが、蔵人が書き込んだ数量は二十体。それに気づいた女は怪訝そうな顔で男を見つめるが、男の方は表情一つ崩さない。とりあえず二十体分の外見を指定する必要がある。お任せもできるらしいが、には思惑があった。

「髪は長めで薄い色、瞳は…」

声に出しながら用紙に書き込んだ。頭の中には像はとっくに出来上がっている。家政婦姿だが見た目は彼女そのもの。ああ良いかも。一体は絶対それがいい。服は可愛い系に変更しよう。後の家政婦はどうしようか。自分と同じポニーテール軍団。手足が増えると思えば悪くない。なら黒髪か。


「全て却下」
「はぁ?良いって言ったのに?」
「まずこちらの一体。論外です。貴女何を考えているのですか」
「色々するのよ。互いに悪い話じゃないでしょ」
「恥を知りなさい。残りの家政婦の見た目もあり得ません。暴れ馬は既存の一体で十分」
「誰が暴れ馬だって?」


の抗議を聞き流して所定用紙を外商に差し出した。外見はお任せします。ただしこの改造以外で、と付け加えながら。用紙を受け取った訪問者は深々と礼をして屋敷を去った。


「で、何で注文書に二十体なんて書いたの?お気に入りの子でもいた?個人的に使いたいのかしら」
「私情は不要です。この機械家政婦の製造元、“林研究所”の林流山氏は先代賢人様のご友人と伺っておりますので」
「あの一件の関係者。なるほど」
「先代の交友関係とあらば無碍には出来ません」
「ふーん」


それから数週間後に届いたのはトラック一台分の荷物だ。精密機械なのだろう、段ボールの中に厳重に梱包されたそれ。荷解きにも時間がかかる。
緩衝材を取り除き現れたのはミルク色の肌。触れてみると人間の皮膚のように滑らかで柔らかい。はその部位を取り出した。左手だ。ぱっと見はマネキンだが、まるで今捥いだかのように現実的(リアル)。血の通っていない分、体温は感じられない。

「想像以上にすごいわ。関節に継ぎ目すらない」

頭部を取り付け完成した素体は耳に見える機械以外は人間そのものだ。このまま人混みに紛れ込ませたら探し出せないだろう。きっと。荷解きは家の使用人総出と、納入側の技術者数人で行っても一時間ほどかかっている。ある程度荷解きが終わったところで、技術者は初期設定に取り掛かっていた。
後ろから設定の様子をマジマジと見つめる。一方の蔵人は分厚い取り扱い説明書を端から端まで読み込んでいる。


「これにて機械家政婦の設定は終了です。今はお二人を主人として認識しております。清掃、調理、接客機能はあらかじめ搭載されておりますが、細かい調整は実務の中で指導して下さい」
「ふーん」
“初めましてご主人様。私は汎用型機械家政婦。まずは名前をつけて下さい”
「私はご主人様じゃないわよ。全く。機械技師、我々の認識を変えて」


の指示で、二人に対する認識は“従うべき絶対事項”でありながら、呼び名は“主人”ではなく“様付け”にしてもらった。我々は機械家政婦を指揮する立場にある。でも主人ではない。我々の主人は、ただ一人。
機械技師が去った後、残った機械は一糸乱れず立ち並んでいた。命令を待っているのだろう。

「私はでこっちは蔵人。これから貴方達の指導係よ。よろしくね。言っておくけど我々の命令は絶対。反抗することは許されない。名前を付けろってことだから、一人ずつ与えるわ」

と蔵人。二人が各々の機械家政婦の前に立ち名前を告げた。呼びやすさからしたら一番とか二番とかの番号呼びが良いのかもしれないけれど、それではあんまりだ。彼女達はこれから同じ志を持って働く存在。番号呼びではなく、より親しみやすく花の名前を付けることにした。これは機械家政婦注文後に、使用人で話し合って決めた。先の注文通り、彼女達の見た目はそれぞれ違う。慣れるまでは皆にも見分けがつくように名札を与えた。







家政婦業は多岐にわたっている。清掃に始まり、給仕、接客とありとあらゆる仕事をこなす。想定通りにいかないことも多々。我々はそれらに臨機応変に対応しなければならない。機械家政婦全二十体は基本能力が高い。お茶の淹れ方だとか掃除の仕方だとかは教えずとも設定されているから。


「梅、待って」
“何でしょうか。様”
「この花は、何を以て飾ったのかしら」
“はい。こちらは季節の花ですので”
「悪くない判断だけど満点じゃないわ。夕方には花粉が落ちて汚れるから応接室には不向きよ。今日の訪問者の好みはあっちの赤い豪華な花」
“承知しました”


機械家政婦は優秀だ。一度言えば覚えてくれる。だが先の通り、臨機応変さは人間に劣る。
例えば、訪問者の好みは事前に覚え込ませている。彼女達はそれに沿って忠実に仕事をこなしてくれる。だがそれ止まり。土産に客人の好物を用意するのは当たり前だが、我々なら訪問者の子供が成人したという直前に仕入れた情報に習って、土産を変えるだろう。彼女達にはそれができない。まあ一度指導すればデータには付け加えられるけれど。それに叱っても気落ちしないのが機械の長所だろうか。

様。今日も沢山指導頂きありがとうございました”
「ご苦労様。オイル補給して交代して頂戴」
“我々もいつか様のように完璧に働けますでしょうか”
「私だって完璧じゃないわ。失敗もするもの。それをできるだけ早くリカバリーするのが能力かしらね」

機械家政婦が去った部屋に、蔵人がやってきたのはすぐ後だ。


「さて。そろそろ機械家政婦を導入した目的を話しなさい」
「はぁ?もう知ってるんでしょ」
「粗方推測はしております。人目を避けて夜な夜な違法改造を繰り返していることも」
「流石ね。導入した機械家政婦は半分を残して、我々の手足になってもらう」


違法改造を施した機械家政婦は兵器になる。我々はの捜索に際して表立って動けない。だから彼女達には裏社会で情報を得る手駒になってもらう。本来は設定された行動しかできず、人間に危害を加えられらないようになっている。だが設定を弄れさえすればどうにでもなる。犯罪組織に踏み込み、必要な情報を手に入れることも可能だろう。
ただそれだけ。そのために必要な改造や武器と情報提供ならなんだってやる。我ながらいい案だと思っていたけれど、聞こえてきたのは賞賛ではなくため息だった。


「機械家政婦の製造番号は製造元に控えられています。問題が発生した場合は我々の関与が露見する可能性がある」
「大丈夫。情報操作するから。それに、この機械家政婦には安全装置もついているけれど、それを外し改造できる余白が設けられている」
「どういう意味ですか」
「これ製造元が予めそれを想定して造ってるの。一般人には何のことやらな話だけどね。改造次第では簡単に殺人兵器に変わる」
「それが目的だと?」
「さあ。製造者の意図なんて知らないから」


私はそれを使わせてもらうだけだ。既に機械家政婦の違法改造はほぼ終了している。後はいつだって動かせる。


*****


そんな我々の耳に届いたのは、製造元で殺人事件が起こり、その犯人が機械家政婦の初期モデルという話だった。芙蓉零號機。生みの親の林流山を殺害し、逃亡しているらしい。今や報道はその話で持ちきりだ。
機械家政婦が殺人を起こしたという話は、使用人の間でも大きな動揺を生んだ。機械ながらよく仕事をこなすと評判が良かったから。機械には人間の心がわからないのではないかとか、反抗して向かってくるのではないかとか、少し怯えているようにも見えた。

「皆、大丈夫よ。我々が指導しているから。それにもしものことがあっても私が対処する」
「情報は随時共有しましょう。さあ持ち場にお戻りなさい」

最後に映った林流山の顔写真に手を合わせる者も何人かいた。彼らはや蔵人よりもずっと年上で、先々代からに仕えている者だ。先代の交流関係も知っているのだろう。本当に試作機が殺人を起こしたのだろうか。技術的には可能だ。プログラムに沿って行動するだけ。だがその行動を起こしたのが、殺人をするよう仕組まれたものなのか、己の意思で(例えば自我が芽生え行動原則を放棄して)行ったのか、或いは全くの別人による犯行だったのかは定かではない。


「どう思いますか?」
「機械家政婦は行動原則のまま動くだけ。例えその試作機の犯行だったなら、裏で操作している人間がいる。もし機械家政婦が単独で暴走したというなら、とんでもない不良品ね」
「いずれにせよ、機械家政婦はリコールされるでしょう」
「じゃあ改造戻さなきゃ。あー、せっかくいい感じに仕上がってたのに」


裏社会でも十分太刀打ちできるだろう違法改造は、その日のうちに痕跡を残さずに戻された。そして殺人事件が報道された夕方には、流通している機械家政婦の全ての回収と廃棄処分が発表、実施される。家にも回収の業者が訪れた。

その夜。突如、停電が起こった。
この家には重要な機器や精密機械の類が多く設けられている。非常用電源として蓄電池や発電システムが完備され、停電と同時に切り替わる仕組みだ。ちなみに本当に重要な機器は、このような停電の影響を受けないように最初から特別な電源複数に繋がっていたりする。今回も、外部から供給される電気が絶たれると同時に内部の電源に切り替わり、すぐに電気は点いたので被害はなかったが。

「総員。警戒レベルを上げ、設備を点検して下さい」

蔵人の指示が飛ぶ。各所からは“異常なし”の報告が上がってくる。嵐でもないのに停電とは一体どうしたものか。何だか嫌な胸騒ぎがする。


「……?」


自動復旧しただろう画面に、男の映像が映し出されていた。見知らぬはずなのに、どこをどー見ても、目の前の石頭に雰囲気が似ているのである。


「え?蔵人?」
「別人です。そもそもどう見れば私がああなるのですか」
「ああ…分身?」
「お黙りなさい」
「はいはい。へぇ〜機械に投降しろって言ってるけど」


男型の機械の言うところには、機械の支配下におりろ、とのこと。いずれ機械は神になる。しかし有能な人間には褒美を与えるから安心して投降しろと。なんて生意気な機械だろうか。見れば見るほど、同僚の石頭にしか見えなくなる。要はちょっとイライラするのである。


「待って!今一瞬映ったの…見覚えあるわ」
「確かお嬢様の一件で世話になった万事屋の少年でしたね」
「イカれた記憶力ね。やっぱ機械なんじゃないの?」
「……」


蔵人は無視を続けた。相手にするだけ無駄だと判断したらしい。やっぱこの石頭、人間ぽく見えるけど機械に違いない。は一人で納得する。

ードォォン

その時、外から爆発音がした。地面が揺れる感覚もする。つい今し方停電もあったばかり。何事だろう。おそらく良くないことが起こった。と蔵人は窓際に寄って外を伺う。


「何?」
「機械家政婦の一群ですね。それも…とんだ暴れ馬仕様の」
「あーん?昼前までお利口にしてたのに、とんだしっぺ返しじゃないの」
「総員。警戒レベル最大。非戦闘要員は地下に避難を」
「私が行く。最近ストレス溜まってたから、遊んであげるわ」


立派な門は破壊され、所々煙が上がっている。に堂々と喧嘩を売りにきたのだ。これは応じてあげるのが礼儀だろう。特別仕様の長銃を手には笑った。機械家政婦は皆、モップのような武器を持っている。おそらく本来の目的通り違法改造がなされ、兵器と化している。ああワクワクする。
「待ちなさい」男の静止を待たずに、女は窓から飛び降りた。「これだから機械ってのは礼儀がなってないのよ」数十の機械兵器に対峙し、は笑顔で迎える。



「見せてあげる。ホンモノの武装メイドの、お・も・て・な・し!」



瞳孔の開いた眼差しには狂気が宿っている。


場所がぶっ飛んで同一時間軸で起こった別の話。冥土と家政婦ときたらやっぱりこれ!
20210403*星宮はちこ   裏語