レプリカ虚像乙女
【番外編小話、八月十一日】


「高杉さん!あの…」船の中を探し回っていたら見慣れた後ろ姿に出会って、私は声を上げた。彼がゆっくりと振り向く。そのまま駆け寄れば、気だるげな瞳に自らの姿が映っているのが見える。
私達がいるこの船は今、宇宙空間を進んでいた。外の世界には朝も昼もない。強いて言うなら…吸い込まれそうな闇夜があるだけ。しかし艦内(居住区)には、地球時間換算の一日が再現されている。朝から昼は照明が煌々と照らされ、夕方から夜にはただ薄暗い。今は間違いなく深夜。通路に設置された時計の針は天から右に傾いている。

「んな時間に何だ」

不機嫌な声。手に持った煙管を握りながら、男は自分より少し低い位置の私を見下ろしている。眠いわけではないだろう。もしそうならば自室にいらっしゃるはずだ。私が彼の部屋をこっそり訪ねてみてもうんともすんとも返事がなかったことから、彼はずっと在室していなかったと思われる。

「いや、その…」

あれだけ覚悟を決めていたのに、本人を目の前にしたら言いにくい。何なら万斉さんにだって頑張れとエールを送られたのに…。歯切れの悪い私に、彼の機嫌がさらに悪くなった。「言いてぇ事があるならハッキリ言え」高杉さんの声が届く。言わなきゃいけないのに…。この日、今日という日にお伝えしないといけないのに。緊張から自らの鼓動が頭にさえ響いてくる。私は緊張しているのだ。意を決して私は視線を上げた。するとバッチリと交わるではないか。ええい!女は度胸だ!!


「高杉さんお誕生日おめでとうございます!!これ良かったら飲んで下さい!!」


まるで学生の告白さながら、後ろ手に隠していた品物を差し出す。片手に十分収まるサイズのそれ。彼の大好物(と伺った)ヤクルコの小容器。前回の補給地で手に入れれたのは恐らく奇跡だろう。この日のために自室に隠しておいた。もちろん冷蔵保存で、だ。彼はヤクルコと私の顔を交互に見ている。

「俺ァんな日なんざどーでもいいっと思ってらァ。だが一つだけ言っといてやる。その誕生日ってのは昨日、八月十日だ」
「え!?えええ!!??そんな…万斉さん嘘ついたの!!?」

確か万斉さんは八月十一日と、そう教えてくれたはずだ。おまけに高杉さんの好物はヤクルコで、長旅で物資も限られる中そう大層なものは渡せないけれど、ヤクルコならいいんじゃないかとアドバイスまでしてくれたのに。まさか嘘だった?いや本当に彼も一日間違って認識していたのだろうか。と、あれこれ考えを張り巡らせているとガシッと音がするくらい手首を掴まれた。それもちょーっと力込められているような…。


「野郎の入れ知恵か。それも何だ。テメェはまた言う事ホイホイ聞いて、言われるがまましやがって!今度と言う今度は説教が必要なようだな」
「いやーそのォ…すみませんでした!!」
「良い訳はいらねェ。来い」


そう言うと高杉さんは私の手首ごと引っ張った。なすがまま。その言葉の通り高杉さんの後を続く。「大体テメェは危機感がねぇ。んな時間にほっつき歩いているのも気にくわねぇ」なんて、道中からお説教が始まっている。半分くらい聞いているけれど、もう半分は右から左に抜けていく。いつもと内容が一緒と言えば一緒なのだから仕方がない。このまま引っ張られてどこにたどり着くのだろう。わからないけれど。「フン。これがてめーのしたかったことか…万斉の野郎」いつの間にかお説教からブツブツと独り言に変わっていた。
引っ張られながらも、周囲を見渡して気づいたのはとある部屋に続く見慣れた廊下だった。


小話。もはや主人公の名前出てこないやつ。
20170811*星宮はちこ   裏語