Révolution de l'amour 〜愛の革命〜
0,Prologue[序章]
“周! 合宿頑張ってる? 貴方はきっと代表に選ばれるわ。私もずっと応援してるから”
メールの送信ボタンを押して私は満足気に“送信完了”の画面を見つめていた。送信相手は同じ年で昔馴染みの友人である。
彼の名前は不二周助。東京の私立校青春学園中等部(通称、青学)の三年生。強豪の男子テニス部に所属していてレギュラー選手だ。そのテニス部は今年なんと全国大会で優勝している。昔馴染みと言ったが私達の間柄を一言で表すなら“悪友”或いは“理解者”とでも言うべきか。
ピコン、と着信音が聞こえたと同時に視線は画面上の文字を追う。彼はテニスの練習中で返信は遅くなると思っていたから、この早さで返事が来ることは驚きだった。合宿のスケジュールはわからない。けれど、もしかして今は休憩中なのだろうか。
“応援ありがとう。大変だけど毎日練習頑張っているよ。裕太も毎日連絡くれるんだ。そういえば持ってきたサボテンの調子が良くてさ。夜に写真送るね。同室の選手は植物好きだからたくさん写真を送れそう。実は今、講義を受けている最中でこっそり連絡してるから後でね”
そういうことだろうと思った。講義中にこっそり連絡しているだなんて見つかったら大変だろう。手短に“了解”と送信しておいた。それからしばらく、私の携帯から音が鳴ることはない。
周は……彼の所属している青学のテニス部は、U17選手選抜の合宿に参加している最中である。本来ならば高校生で編成されるはずのU17選手に、今年は異例中の異例で中学生も招集されているらしい。青学は全国大会優勝の件もあり、周を含めたレギュラー選手全員が対象となっている。その他の中学は全員ではなく一部選手が対象となっているみたいだけど。
合宿の件を聞いた時には、私も喜んだ。彼はきっと大活躍するだろう。中学卒業や進学についてほぼ方向性が定まったこの時期に、遊んだり会えなくなるのは少し寂しい気もするが。周がテニスをしているのを見るのは好きだった。試合を応援するのも、ハラハラした試合展開をまるで自分のことのように感じて楽しかった。出発の日、青学の集合場所の近くでこっそり待ち合わせて会っていたのは秘密である。今日みたいに少し話をして「頑張って」と送り出した。合宿が終わり選抜選手になった後は、各国の選手とU-17世界大会を行うらしい。詳細が決まったらどの国だろうと、私ももちろん応援に行くつもりだ。
私の名前は。都内の某私立女子中学に通う三年生だ。
幼少期に出会った後、理由があってしばらく……約八年ほど私達は顔を会わせることがなかった。全く関係のない他校でありながら、周と出会いと別れ(付き合っているとかではなく)を繰り返している要因には私の出生がある。
所謂、私はハーフと呼ばれる混血の身なのである。母親がフランス人で父親が日本人、私自身はフランス生まれで国籍も同じく。幼少の頃は向こう(フランス)にいたけれど、長期の休みやその他の理由で定期的に日本に来ていた。日本での滞在期間は様々。その中で一年ほど日本に住んでいた間に、最初に書いた通り不二周助に出会った。やがて小学校に入学するタイミングで家族でフランスに……それが彼と会えなくなった理由。
初等教育の数年の間をフランスで過ごした。特に所属していた私立女学校は全寮制で慣れない環境に感じ窮屈さを感じてしまった。だが小学校を卒業する頃に、再び私は日本に戻れることになる。それもこれも両親の都合だけれど。中学は日本にある姉妹協力校に編入。だが、中学入学時点では私は周に会っていない。出会った時期が幼過ぎて彼の連絡先も住所も何もかもわからなかったから。周と出会うきっかけになった場所である“公園”は今も存在している。子供向けの小さなもので、何度か訪れてみたけれど幼稚園児や小学生ぐらいの子ばかりで同い年の彼の姿は見つけられなかった。よくよく考えれば当たり前だろう。中学生が子供向けの公園に顔を出す理由はない。彼に出会ったのは小学生以前の頃。彼は近所の中学に進学しているのか、あるいはどこかに引っ越してしまったのだろうか。何もわからない。
日本の私立中学への編入という大仕事や、ハーフの私に向けられる好奇の目をかいくぐる日常に力を割いていたら、自然と古い馴染の探索は遠のいた。かくいう私も、幼稚舎時代の女友達と再会したり新しい友人が出来たりと、昔馴染みとの再会という目標以外は順調に事が進んでいた。最初に向けられていた好奇の目も、共に勉学に励む中で薄れていったように思う。日本での生活は自由で心地よかった。フランスでの生活は日本と比べて色々と制約が多かったから。
転機が訪れたのは中学三年になって少し経った頃。私は生徒会の用事で都内を移動していた。いつもは通りせず迂回する大きな公園を思い切って通り抜けたことにある。
“中学生男子テニス団体 東京都 都大会 会場”
そう掲げられた看板を見つけて「ふーん、テニスか」なんて能天気に考えていた。東京都大会ともなれば多くの出場校が集まるのだろう。公園には様々な制服の生徒やユニフォームを着た選手(と思われる男の子)が行き交っていた。制服を見ただけではどの学校かなんてよくわからない。その点、ユニフォームには所属校が表記されていて認識するのに助かった。ちなみに私が所属する某私立女子校の制服は目立つらしく、すれ違い様に「あの制服はどこ中だ」なんて囁かれるのも慣れっこ。ユニフォームを着た派手な髪の人(つまりテニス選手だろう)に声をかけられたのは何となく覚えているけれど。
時間も時間であったからか、肝心の都大会の試合は進んでいるらしくコートの方向からは歓声が響いてきていた。何だか盛り上がっているな、というのが感想だった。そして通り過ぎるだけだったはずの公園の中で私はすれ違った。
不二周助……周と。
彼は制服ではなくユニフォームを着ていた。身長は昔と比べて大きくなっていたけれど顔立ちは何も変わらない。目蓋の裏に残っていた彼と瓜二つ。まあ大人っぽくはなっていたけれど。私が彼を見間違うわけがない。
「周!?」
と叫ぶように大きな声をあげてしまったのは言うまでもなかった。彼の隣を一緒に歩いていた男の子がギョッとした表情で驚いたのは仕方のないことだろう。私に気づいただろう周も目蓋を見開いて驚きながら名前を呼んでくれた。忘れているわけでもなく正確に。
その時は何を話したのか詳細を覚えてはいない。それほどまでに興奮していた。私も生徒会の用事で某中学に顔を出さないといけなかったから、その時は大袈裟な動きで連絡先を記した紙を彼の手に押しつけただけだった。テニスの試合でしばらくこの会場にいることを聞き、私は急いで用事を済ませてこの公園にとんぼ返りしたのも覚えている。これが二度目の出会いとなった。
彼は由美子さん(とても綺麗なお姉さん。幼い私の憧れだった)の影響でテニスを始めていたらしい。都大会の試合後はテニス部で打ち上げがあるからと話す時間はなかったけれど、連絡先を交換できたことは大きいだろう。メールや電話でのやりとりを繰り返し、練習で忙しい合間に喫茶店で会う機会を設けてもらい私たちは久しぶりに話をした。
以降、我々は積極的に友情を深めることになる。元々考え方が似ていて気が合う同士だったからというのもあるだろう。ちなみに互いに下に弟や妹がいることも共通点として挙げておこう。互いに、下の子の話をしているときは頬が緩むものだ。彼の学校は私立ながら警備体制もそう厳しくないので、制服のままテニス部の練習を見にいったこともある。強豪テニス校だから偵察と称して、他校の生徒が多く出入りしているようだ。テニス雑誌の取材関係の人もいたくらいだった。そんな中で私の学校の制服が目立つのも言わずもがな、である。私の学校は所謂お嬢様学校と言われていて、生徒数も限られているし校則も厳しい。トラブルに会わないよう寄り道は一応禁止であるけれど。
そんな目立つ制服の女が現れたとなれば存在が認知されるのにそう時間はかからなかった。練習の邪魔にならないようにと、コソコソ木陰から覗いてみたりしたけれど結局バレる。最後には男子テニス部の部員にも認知される存在になっていた。テニス部とは関係のない生徒に絡まれたのも一度や二度ではなかったけれども。周とお洒落なカフェで待ち合わせた際に、彼が少し遅れてくることがあったが、それはテニス部関係者の尾行をまいていたらしい。ちゃんと追手から逃れることができるあたり、周らしくて笑ってしまった。
「あの。アンタ、不二先輩の彼女っスか」
更にテニス部との関係が進展したのは、帽子を被り手にジュースの缶を持った男の子に話しかけられてからだ。気配で既にわかっているけれど木陰にはコソコソとコチラを盗み見ている人影が二、三人。いやもっと隠れているだろうか。おそらく彼は斥候として派遣されたらしい。
友人だと答えた途端に、陰に隠れていた数人が勢いよく出てきた。まるでテレビドラマのように名前やその他あれこれを聞かれて、答えられる範囲で答えたはず。彼らはテニス部のメンバー。要は周のチームメートである。それも試合に出られるレギュラーらしい。同時期に、私も彼らのことを知った。周と同じクラスの菊丸くんと元気いっぱい二年の桃城くん、帽子を被った少しクールな一年生越前くん……は少し面倒臭そうな様子だったと記憶している。一歩後ろで興味深々とノートにメモをとっている三年乾くん。通りすがりの二年生海堂くん(後に彼は桃城くんと言い合いになっていた)。
私はテニス部の部長と周の二人が現れるまで色々と質問を受けていた。そして彼らは部長の喝で蜘蛛の子が散るようにいなくなった。後に手塚くんには「風紀が乱れるので来校を控えることはできないか」と相談されたけれど。別の校友が街でトラブルに巻き込まれたとの報告を受け、下校時のルールが厳しくなったのもその頃だった。その一件もあり放課後の他校への訪問はしなくなったな。
その代わり、どこかの公共施設で行われている試合の応援に積極的に参加した。青学の練習や試合でよく顔を合わせた竜崎さんや小坂田さんと知り合いになったのも必然だろうか。
都大会、関東大会、全国大会へとテニスを通じて成長する彼らの姿は私を興奮させた。周を取り囲む環境。私には入り込むことのできない、男の子同士のなんとも言えない関係性やテニスを楽しむ姿が少しだけ羨ましかった。応援することしかできないけれど、それでも私は周とまた出会えてよかったと心から思う。似た者同士の理解者であり良きお友達として私は周が好きだ。周も同じだと思う。
…
‥
―♪
その時、少し離れた位置にある通信端末から音が鳴った。遠のいていた意識が戻って来るような感覚がする。使い慣れた携帯電話ではなく特定の理由でしか使わないもの。だからだろうかその音を聞くと、体がビクンと驚き反応してしまう。だが電話を放置もしていられない。
ソファーに預けていた体を起こして私は端末に手を伸ばした。手繰り寄せて掴むと同時にボタンを押す。見た目こそシンプルで薄く普通の携帯に見えなくもない……特殊な衛星電話。
「はい」
耳に当てて声を出した。だが相手はすぐに出ると思っていたのだろうか。「遅い」と小言から始まる。拗れても面倒なので今回は大人しく謝罪したけれど、いつ掛かってくるのかもわからない電話を1コールで取れるほど暇ではない。今どきコールセンターでも1コールなんてあり得ないのに。
お決まりのご機嫌伺いの挨拶を済ませて相手は本題に入った。
“以前話していた件、数週間ほどお出かけするから”
「はい」
“勿論、貴女も来て頂戴。その間の予定は開けておいて。詳細は追って連絡するわ”
「はい」
事務的に話は進んでいく。私は言われたことに了承の返事をするだけ。
そろそろ合宿も終盤になっているだろう。周の件で海外旅行を検討していたのに、予定は突然変わるし入るし面倒くさい。おまけに会話は一方通行。与えられる情報が簡潔すぎてよくわからない。でも私は相も変わらず返事をし続ける。
“ちょっと聞いてるのぉ? 大切な話だからしっかりしなさいよ”
私の空返事に痺れを切らしたのか、向こうが変化球を寄越してきた。ここで返事の選択肢を誤るとお説教が始まってしまうだろうか。まあ私も何が正解なのかわからないのだけれど。
「わかってる」
“どーかしら。……まあ今日はいいわ。それじゃあまたね可愛い天使ちゃん。愛しているわ”
「私もよ。ママン」
電話が切れると再び私はソファーに沈み込む。面倒ごとはいつも突然訪れる。しかも今回は何だか拗れそうな予感がしなくも無い。数分前よりも体がずっと重いのは気のせいだろうか。
これは私の或る一冬の……いや違う。南半球で起こった、或る一夏の話である。