櫻色ノ薔薇




 【参、考察】


「申し訳ございません」

朝一番に斉藤一は静かに謝罪を口にした。 彼の隣に立った茶髪の男、沖田総司はさも面倒くさ気に欠伸を漏らす。 扉に掲げられたプレートが“使用中”になった特別会議室の中には、 彼ら以外に数人の生徒と教諭が集まっていた。二人は会議室内のほぼ中央に立っていて、 周りを囲う様に並べられた机に他の人間が座っているという状況だ。 外の麗らかな陽光とは対照的に会議室内の雰囲気は静かで重い。 カーテンの隙間から漏れる光が部屋に幾つもの筋を浮かび上がらせていた。

「昨日“奴ら”の始末に向かったがお前らが駆け付けた時には既に灰になった後だった。 で、肝心の誰だかわからない“始末人”は取り逃がしちまったってわけか」

赤毛の男が一つ一つ確認するように口を開いた。 大人びた黒いブラウス姿の男は学生ではなくこの薄桜学園の教師だ。

「あーあ。左之さんもちゃんと見張っといてくださいよ。 もしかしたら僕たちのせいじゃないかも知れないじゃないですか」

相変わらず気だるそうな沖田は赤毛の男を見ながら腕を組む。 少しばかりの嫌味を含んだ物言いに、男は眉を顰めながら小さく息を吐き出す。彼こそが昨日“左之さん”と呼ばれていた赤毛の男、原田左之助である。

「ったく、俺のせいじゃないだろ。それに見張るなら見張るって言っといてもらわないとな」
「取り逃がしてしまったのは仕方がありません。 今更どうこう言っても解決にはつながりませんからね。 しかし、確かなのはあの日あの場所に“羅刹”を始末出来るほどの相当の手練れがいたということです。 話を続けて下さい」

丸眼鏡を掛け直しながら軽く斉藤に目配せする男。 丁寧な物言いであるが眼差しは真剣そのものだった。 白衣を纏うこの男は養護教諭の山南敬助だ。 彼らの視線を一身に浴びて斉藤は続ける。



「昨日、彼ら…“羅刹”の気配を感じ特別教室棟三階にある視聴覚室に向かいました。 途中誰とも遭遇していません。視聴覚室は本来鍵が掛けられていますが 昨日は開けられた状態でした。中に入ると“羅刹”の残骸を発見。 俺と総司で手分けして特別教室棟を探しましたが“始末人”を発見できず。 他の特別教室は全て施錠された状態でした」
「僕は視聴覚室の前側から下の階を捜しましたよ。 前側の扉は施錠はされてなかった。 島田さんに聞いたら、あそこの扉は元々鍵が壊れていて施錠されてない状態だったらしいよ。 反対側に、非常階段の扉があったけどそっちは施錠されていた」


そこに居た面々は、それぞれ二人の報告から昨日の出来事の全貌を探る。

「つまりあれか!?オバ…」
「新八」

永倉新八が言おうとした言葉がわかってしまったのか、 素早く原田の制止が入った。 彼は勿論わざと言ったわけではなかったのだが。

「確かに二人が特別教室棟に入った時、棟内に“始末人”は居たのでしょう。 しかし、誰にも会わずに消えることなど不可能。 視聴覚室だけ鍵が破られていたのも気になりますね」

山南は手を顎に添えながら考え込んだ。 その様子に残りの面々も頭を抱えるのだ。



「窓」


会議室に斉藤の呟きが響く。

「窓?」
「一君?」

彼の言葉に皆の視線が集まる。

「あの後もう一度視聴覚室に戻りました。 “始末人”に関するものは何も残ってはいなかった。 しかし、あの部屋の前方にある窓が一か所だけ、開錠された状態だった」
「ふーん。僕そんなの聞いてないけど」

窓…逃走経路に使うにしては十分にあり得る。 三階の窓から飛び降りることは出来ないにしても、縄などを張って下に降りることは可能だ。 随分と用意周到な“始末人”ということだろうか。肝心の縄は発見には至っていない。

「兎に角、この学園に羅刹を始末できるほどの人間が居ることは事実です。 敵なのか味方なのかわかりませんが。 羅刹が現れ続ける限りその“始末人”に出会う可能性も0とは言えません。 警戒するに越したことは無いでしょう。この話は近藤さんや土方君には伝えましたか?」
「いえ」

いつにも増して山南の目は真剣だった。


「では私から伝えましょう。羅刹関係の話ならば彼らの耳にも入れておかなければなりません。 残りの方への伝令は斉藤君にお願いしましょう。 皆さんも警戒を怠らないようにして下さい」
「取り合えず、見つけたら斬っちゃえば良いってことですよね」


特別会議室に集まっていたのは山南・原田・斉藤・沖田・永倉の五人だった。 彼らはもちろん“羅刹”の存在を知っているし、どうすれば死ぬのかも理解している。 そして他の人間に害が出ない様に奴らを始末しているのも事実だった。

「ところで平助はどうした?まさか寝坊か?」
「やだなー新八さん。勿論、噂の“あの子”と一緒にのんびり登校しているんじゃないですか?」
「ハァア!!?あいつまだまだガキんちょのくせに何時女なんか作ったんだ」
「雪村…か」

斎藤は脳裏にその存在が浮かぶと彼女の名前をポツリと漏らした。 藤堂と呼ばれた青年はおそらく学園唯一の女子生徒といるだろう。 その女子生徒は入学したてではあるが元々二人は幼馴染だと聞いている。 斉藤自身もまだ2回ほどしか会ったことがなかった。
4月の二週目になる今日。新入生はまだまだ始まったばかりの高校生活に慣れていないように感じる。 今年度より男女共学校となったこの薄桜学園には、冗談に思えてしまうが女子生徒は たった一人しか入学しなかったのだ。

1年1組、雪村千鶴。

彼女の名前は瞬く間に学園中に広まった。物珍しい出来事だから無理もない。 もちろん教師陣を始め2年の沖田や斉藤の耳にも入っていた。 沖田と斉藤に至っては、彼女の幼馴染であるという同級生の藤堂平助経由で伝わっていたのだ。 何故この学校に入学しようと思ったのか。 そしてたった一人の女子生徒だと知った時、ここで学生生活を送ろうと決めた理由は何だったのか。 この話題については沖田が一番関心があるらしい。 何かと彼女にちょっかいをかけにいくのだ。新学年の生活が始まって早々、彼女と接触し携帯のアドレスを奪った… いや聞き出したのは皆の記憶に新しい。


「ったく、こっちはこんなに忙しいってのによ。これだからお子ちゃまは…」
「斉藤。悪いがこの話、平助へも伝えてくれ」
「承知しました」


時計を見ればもうすぐ始業時間になろうとしていた。 何もない日常が、学園生活が今日も始まろうとしている。 彼らはそれぞれ教師と生徒に戻るのだ。


******


「はぁー!??!私そんな話聞いてないんだけど」
「言ってないもの」


欧州女学院、屋上。ただ今お昼休みまっただ中だ。 昨日の薄桜との挨拶と書類を渡した件を教頭に報告した後、を生徒会室に呼んだ。誰にも邪魔されない場所…という意味では、 教室よりかは都合がいい。 小さな応接セットに向かい合った時、執行部のメンバーが顔を出した。 たちよりも年上で第三学年の彼女は渉外活動委員長だった。 その少女は彼女たちを見ると「取り込み中すみません」と謝罪した。 聞けば、これから始まる薄桜や島原女子との会議に向けて書類を作成したいとのことらしい。 渉外活動委員会と言えば、他校・外部団体との交渉や連絡を担当している部署。 昨日は学校同士の初回の挨拶ともあって、生徒会長のと副会長のが出向いた。 しかし次からは薄桜と島原女子(こちらは既に面識有り)との、 共同企画と運営の主力メンバーは彼女たち渉外活動委員だろう。 残念なことに昨日、薄桜の生徒会メンバーとの挨拶は叶わなかったのだが。

「構いませんわ。どうぞお使いになって。私たちは少し席を外しますけど」
「どうぞお使い下さいませー」

自分たちは仕事の邪魔をしないように席を外す旨を伝え、二人して生徒会室を出た。 行先はもちろん決まっている。二人だけの場所だ。 この屋上は普段施錠されているので一般生徒は入ってこない。 鍵破りでも入ることができるが、ここ(屋上)は以前こっそり合鍵を作っていたのだ。 本当ならば勝手に合鍵を作る行為は、やってはいけない事なので誰もマネしないでもらいたい。 屋上に足を踏み入れた時には隣のに「昨日、“彼ら”を知っているであろう生徒と遭遇したわ」と漏らした。 そして話は冒頭のの絶叫に戻る。


「で、昨日のこと。詳しく話して頂戴な」
「あの後、気配を辿って一番奥の校舎に行ったの。 確か“特別教室棟”って書いてあったわ。たどり着いたのは最上階の視聴覚室。 とても広い教室で動きやすかった。後は“彼ら”が出現して、私はいつも通り始末した。 話はここからね…」


は続けた。

気配を殺した足音に気付いたこと。
顔は見ていないが、恐らく薄桜の生徒二名が視聴覚室に入ってきたこと。
一人は“総司”もう一人は“一”と呼ばれていた。
そして棟の出入り口にはもう一人“左之”という生徒がいたこと。
機転が利いて賢く、そして気配からも彼らが“普通の生徒では無い”ことはひしひしと伝わってきた。
逃げ場が無くなって、ロッククライミングで抜け出したこと。


…」


不意に、彼女の声が耳に届いた。 何事だろうかと顔を向ける。

「だから私も行くって言ったじゃない!“彼ら”の話は置いといて、 そいつらが男子校由来の野蛮な男だったらどうするのよ。 女に飢えているのよ!密室で私のの貞節が!敵か味方かわからないけど…いやそんな男、敵よ敵。 まったく油断しないでよ。暫く薄桜に関わるのはやめましょう。 何だか嫌な予感がする。もー、ついでに明日のランチも奢りなさい!」
「いったいどうしてそうなるの」

まったく、彼女の妄想と虚言と暴走にはほとほと呆れるばかりだ。 時々手を付けられないときがある。というか今ものすごく恥ずかしいこと言ったような…。 そして何故か明日のランチまで要求されてしまった。さっきカフェテリアで、 Aランチと食後のコーヒーとデザートを奢ったばかりだと言うのに。の視線に気付いたのか、もこちらを向いた。

「私…本気で言ってるよ」
「まあまあそう殺気立たないで。あんな緊迫した空間で迫ってくる男なんてそれこそ駄目ね。 3秒あれば伸しちゃうわ」

屋上に張られたフェンスから校庭を望む。 今日は風が気持ちいい。時折、彼女たちの長い髪が靡いた。

「薄桜学園。羅刹が出現した以上は無関係とは言えないわ。 一般の生徒が襲われる可能性があるのよ。今の所、彼らが出現しない限りは適度に距離は保ちましょう。 私とても興味があるわ。その子たちのこと」
「だーかーらっ!」

“総司” に “一” に “左之” の三人。しかし彼ら側もこちらの正体 には気付いてはいないものの、 “羅刹を始末した人間” には気付いているはずだ。 彼らは機転が利き賢い。その“得体の知れない人間”について調査に入っている可能性も0ではない。 いや、彼らも一般生徒で無いならば調べに入っているだろう。

「羅刹を排除する。そのことの利害は一致する。 でもその子たちが何者なのかがわからない以上、信頼は出来ない。 まずは相手を知ることね。と言っても解っているのは名前だけ…か。 こっちの仕事中にいきなり攻撃されてきても困るし。。薄桜側も私達の事を警戒するわ。 正体は見破られてないけど、お互いこれまで以上に気を付けましょう」
「もちろんよ」

校庭の周りに桜が咲いていた。満開は既に過ぎてはらはらと花弁が散るばかりだった。 学校中に予鈴が響く。午後の授業開始はもうすぐ。元来た道を戻ると、その姿は校舎内に入って見えなくなってしまった。


*****


その数時間後、薄桜学園に6限目が終わるチャイムが響いた。全生徒が待ち望む瞬間だ。 あとはHR(ホームルーム)を終わらせればいい。大体の生徒は帰宅するか部活に励むかのどちらかだった。

「よーし、HRを始めるぞ。まずはプリントを配布する。 一部づつとって後ろへ回してくれ。 適当に回すから足りない分は後ろで調整しろよ」

原田は自分のクラスに入ると、最前席の生徒にプリントの束を渡した。 全員に行き渡ったかどうかを確認する為に、教室中を見回した。窓際の席に視線を向けると、 慌てて受け取ったプリントの束を落とす少女、雪村千鶴がいた。 彼女は原田が担任を務める1年1組の生徒だ。 軽く目で「大丈夫か?」と訴えかけると、更に慌てた様子でプリントを広い集めていた。 雪村を動物に例えるなら間違いなく、ハムスターかリスかウサギあたりの小動物だろう。

「今日の配布物は1枚だけだ。あとは薄桜だけじゃないが、 最近不審者だとか色々と物騒になってきている。 用のない生徒は速やかに帰宅するんだぜ。HRは終了だ」

その言葉を合図に日直が「起立」の号令をかける。 規則正しく礼をすると、生徒は皆思い思いに教室を出て行った。

「随分慌ててどうしたんだ?」

雪村の席に近づきながら原田は彼女に話しかける。 男だらけの学園生活に、彼女が未だ慣れていないことを知っていた。 悩みがあるなら何でも相談しろよとも常日頃言っている。 入学したはいいものの彼女は学園唯一の女子生徒。 学園生活に対する不自由もいくらかあるだろう。 それらが円滑に進むようにフォローするように土方教頭から直々頼まれているのだ。

「いえ、ボーっとしてたら急にプリントが回って来たので。慌ててしまって」

恥ずかしがりながら言葉を紡ぐ姿は、まだまだ新入生といっていいだろう。 少し幼い見た目とは裏腹に芯の通った少々融通の利かない一面は本人もまだまだ気付いていないようだ。 そこがまた可愛らしい、彼女の魅力と言っていいだろう。 いち早くそれに気づいた原田左之助という男も、なかなか女慣れしていると言えようか。 彼の脳内では最近よく彼女とセットで話題に上がる藤堂平助に対する、 初々しい青春への期待と少しばかりの羨望の感情が入りまじっている。 それらは、腐れ縁ともいうべき藤堂の男としての幸せを応援するものだろう。


「さっきの話聞いてたか?最近、近隣の学校で不審者騒ぎが広まっている。 今みたいにボーっとされたらこっちは心配だ。 用事かないなら明るいうちに帰れよ」
「原田先生、大丈夫ですよ。護身術なら少し習っていましたから。 それにこれから平助君と美味しいもの食べに行くんです」
「平助…ってことは藤堂か?」


昼間に回ってきた“緊急招集”の言葉が頭を過った。 今朝の“始末人”について、土方さんや近藤さんに話が回ったらしい。 放課後に全員集めると言っていた。 勿論“奴ら”のことは目の前の少女には一切関係のないことだが。平助も招集されるだろう。 目を輝かせている雪村には悪いが、今日は藤堂もみっちり缶詰状態になることは明らかだ。

「なあ雪村。悪いが、藤堂のやつ放課後に担任の土方さんに呼ばれててよ。 今日はちょっと動けそうにないんだ」
「え?そうなんですか。土方先生の呼び出しって…平助君大丈夫かな」
「大したことじゃないさ。なーに、ちゃんと今度詫びにどこか連れて行くように 俺から頼んでやるからよ」

鞄から携帯電話を取り出した雪村はカチカチとボタンを操作した。

「あー本当だ。平助君からメールが入ってます」
“千鶴!ごめん!土方先生に呼び出されて今日は行けそうにないんだ。 今度埋め合わせするから!!”

両手を合わせてごめんのポーズをとる平助君が頭に浮かぶ。 どうやら二人とも同じようなことを考えてたみたいで、顔を見合すと途端に笑ってしまった。