櫻色ノ薔薇
【肆、招集】
朝と同じく、“使用中”の特別会議室の中には真剣な顔をした薄桜学園の面々が座っていた。 遮光素材のカーテンがピッタリと閉められ、外からは中の状況を知ることは不可能だ。 正面の上位の席には近藤学園長、その両脇には山南とこれでもかと言わんばかりに眉間に皺を寄せた男。 ぐるりと部屋を囲むように配置された会議机には原田に永倉といった教師陣から沖田に斉藤といった生徒の姿が並ぶ。加えて割烹着姿のままの年配の男性や作業着姿の男、少し目つきの鋭い学生が座っている。
「で、全員揃ったところで一度状況を整理しとく」
黒いスーツ姿が似合う男、この薄桜学園の教頭の土方歳三がまずは口を開いた。 皆に朝語られた羅刹の“始末人”について改めて状況が説明された。
「今のところ“奴ら”の存在が一般人に知られるのは非常にまずい。 最近、奴らが現れる頻度は高くなっている。それにその始末した野郎ってのが、ただの一般人だとは思えねえ」
「だがトシ。その“始末人”に繋がる情報は一切ないと聞く。こちらとしても動くに動けん」
「我々とその“始末人”を結ぶ手がかりは、唯一“羅刹”ということになります」
「山南さん。こんなところで奴らの名前を出すのはやめてくれ」
上座の席で三人の会話が進む。残りの者も彼らの会話に耳を傾ける。
「だから斬っちゃえばいいんですよ。疑わしきは罰せよ…でしょ?土方さん」
「総司、いい加減にしやがれ!」
「やだなあ、そんなに怒っていると石にでもなっちゃいますよ。はは!」
「こら総司」
「近藤さんまで。…冗談ですよ」
咎めるような視線を送る近藤に気付いたのか、途端に沖田は大人しくなった。
「今まで幾度となく奴らは薄桜学園に現れ、俺らが始末してきた。 それが揺らごうとしている。たかだかここ数日で現れた野郎のおかげでだ。 それがいい結果をもたらすとは到底思えねぇ」
「そもそも、その “始末人” っていうのは、昨日初めて現れたんだろう」
「ああそうだ」
割烹着姿の年輩の男、この学園で調理師をしている井上源三郎が口を開いた。 年上らしく落ち着いた口調だった。彼の言葉に全員がその“始末人”について考え込む。 ここ数日…、あるいはここ最近変化があったこと…。
「新入生…」
「?」
それは誰かの呟きだった。 消え入りそうな小さな呟きだったが、 その言葉に反応して土方の眼光が向けられる。 そう、ここ最近変わった出来事。 滅多に大きな変化などない学校生活の中で四月だけは大きな変化が起こる。 三月に最高学年が卒業し四月には新入生が入学する。それは学校という世界では当たり前のこと。 大きく環境が変わり人が流れるのだ。 例えばその“始末人”が新入生の中に居たとすると、昨日初めて現れたという事実も頷ける。 四月以降に羅刹が現れたのは昨日が初めてだった。
「そうか!そいつは新入生の中にいるってことだな!」
次は藤堂平助が声を上げた。 眩い表情が彼のトレードマークと言えよう。 彼の言葉に確信を得た様にその場の空気が変わった。
「大方、その“始末人”ってのは新入生に紛れてる線で間違いねえだろう。 これからは全員で1年の監視にあたる。少しでも怪しいと思ったやつは報告しろ。 特に原田。お前は担任も持っているからな。あとは…山崎」
先ほどから静かに座ったままであった目つきの鋭い青年が、彼を呼ぶ言葉に反応して視線を土方に向ける。 薄桜学園2年2組の山崎烝だ。
「頼めるか」
「御意」
もちろん即答する。土方が言いたいことを山崎はすぐに理解したのだ。 山崎は対羅刹の戦闘の能力も備わっているが、どちらかと言えば情報収集などの裏方の仕事をこなす方が得意だった。 そんな彼に声をかけたということは、新入生について徹底的に調べ怪しい生徒を炙り出せということだ。 土方先生直々に頼まれたのだ、腕が鳴る。
「とりあえず俺らの今の目的は“始末人”を探す。 そいつが味方なのか敵なのかはわからねえ。油断はするな。いいな」
教頭がその場にいる全員に目配せすると皆が頷いた。 その時は、簡単までとはいかないがそれでもすぐに見つかるだろうと思っていた。
「うむ。これで解散といこう。しかし相手の力量もわからんのだ、皆も気を付けてくれ」
近藤の声がこの会の解散を告げた途端に、藤堂と永倉が長い溜息を洩らす。 夜まで神経を使うのは真っ平御免ということだろう。 羅刹の出現にも気を払い、他の教諭を始め生徒にも被害が出ないように務めてきた。 なのに第三者勢力の出現とは全く寝耳に水だった。 その正体や目的すらわからない。もちろん味方か敵かもだ。
「にしても土方さん、随分疲れてるな」
そう言いながら、いつの間にか原田は淹れたてのコーヒーを差し入れた。 「悪いな」と短く土方の声が聞こえた。頭を掻く土方の表情からは誰が見ても 疲労の色が表れているのだ。 彼が学校業務に加え羅刹駆逐の件でも最も働いていると言っても過言ではないポジションだ。
「そうだぞトシ。大丈夫か?」
隣に座っている近藤までもが土方の顔を覗き込む。 原田はいくつか用意してあったコーヒーを土方の隣の近藤と山南の前にも差し入れた。 「ありがとう」と優しい声がかかる。
「どうやら顔色が優れませんね。どうです?良い栄養剤を調合しましたが」
「いや、遠慮しとく」
何やら裏がありそうな山南の提案を受け流すと、土方は目の前に置かれたコーヒーをジッと覗き見る。 そこには変りもなく、ただ自分の顔が映っている。疲れている…のだろうか。 昨日から何かと忙しいのも事実だ。特に生徒会の三人の件でだ。
「まったく」
「おやおや。鬼の教頭ともあろう土方君がため息なんて、珍しい」
「山南さん、からかうのはやめてくれ」
「で、何があったんだ?いつもの三人組関連だろ?」
土方の隣に腰を下ろした原田が、椅子の背もたれを抱えながら問うた。 そう、最近土方が頭を抱える存在は羅刹でもなくとある三人組についてなのだ。
「まったくあの野郎。確か昨日、欧州の生徒が来てただろ? 向こうも学校背負って来てんだ。こっちも生徒会長直々に挨拶しろって言っても聞かねえ。 挙句の果てには逃亡。そっから鬼ごっこだ」
「ああ、あの時トシからかかってきた電話か」
「そうだ。残念だが生徒会室から逃げられちまったとこだった」
勢いのいい言葉に、何事かと皆の視線が土方に向けられる。 今はそんなことも気にしていられない。
「で、話はここからだ。あいつら…特に風間だ。 何があったかは知らねえ…それこそ天変地異もんだ。 昨日はあれだけ気にもしてなかったのに今日になった途端に、“欧州の女に会わせろ”って聞きやしねえ。 ご丁寧に、栗色の髪の長い女だの何だの言ってきやがった」
静かにコーヒーを口にすると苦味が体に染み渡る。 煙草を吸いたかったがこの会議室は禁煙だった。 後で少し離れた場所にある喫煙所に行って吸うしかない。 いや職員室のデスクの方が近いだろうか。
「それって、あの風間が運命の “結婚相手” としてその欧州の子を認めたってことですよね。 その子…気になるな。どんな子なんだろう。あーでも、やだやだ。 喋ったこともない相手に見初められるって寒気がする。その子やっぱり可哀想。 まあ、僕は千鶴ちゃんが解放されると思うと歓迎しますよ。一君もそう思わない?」
「総司、俺に振るな」
鞄を肩に掛けた沖田はもう退室しようとしていた。 隣に並ぶ斉藤も鞄に手を伸ばす。 もう授業が終わってから軽く一時間半は経とうとしている。
「ったく、そんなくだらねえ理由でわざわざ欧州の生徒を呼び出せるわけがねえ。 なのに朝から“呼べ”の一点張りだ。 呼ばないと薄桜中の全生徒に“無理難題”を科すだと。 あいつら本当に何考えてやがんだ」
「欧州のってことはあのお嬢様達か!?」
突然声を荒げ会話に入ってきた永倉に、何事かと藤堂が肩をビクリと震わした。 何やら目をキラキラと輝かせている。
「そういえばトシはまだ会ってなかったな」
「近藤さん、俺はお嬢様に会いましたよ!いやーあれは別嬪だった」
「ったく…新八っつぁん脅かすなよ」
「オラァ!!!俺の事は永倉先生と呼べ。って、話が進まねぇじゃねーか」
「で、新八さんが見た子ってどんな子だったの?」
会議室の前方で会話が盛り上がりを見せている中、後方の扉の前で止まった沖田が顔を上げ尋ねた。 どうやら少しは興味があるらしい。
「それがよ…。お嬢様一号は長い黒髪をポニーテールにしてて雰囲気はまさに大和撫子って感じだな。しかも足がスラーッとしててよ、ニーハイとスカートの間から見える生足がたまんねぇってもんだ。そしてお嬢様二号は風間の言っている娘だ。栗色の長髪。薄い色の瞳。長い睫毛。日本人ってかハーフだな。身体のバランスは黄金比。ちょっと気の強そうな眼差しも澄ました態度も所謂、高嶺の花ってやつか?一号が生徒会長で…、二号が副会長だったか」
「ふーん」
視界の中にピクピクと震える土方がいた。 眉間に皺を寄せものすごい形相でこちらを見ている。 いや睨みつけている。なんか拙いことでも言っただろうか。 永倉の頭上に“?”マークが浮かび上がる。
「っお、おい。土方さん…そんな顔で…どっ、どうした?」
「おい新八…てめぇ。女と言えども薄桜の客、相手は学生だぞ。 何か間違いでも起こしてみろ!どうなるかわかってんだろーな!? だいたいさっきの話聞いてたか?今は“始末人”が現れて忙しいって時だ。 気を引き締めていけ」
「お…おぅ」
「で、その子達の名前は?」
どうやら、沖田(と後ろの斉藤)は大人しく会議室を出ていく様子は無いようだ。 欧州の生徒に少しは興味を持ったらしい。
「おい総司。テメェ今の聞いてただろ!?」
「まあまあトシ。いいじゃないか名前くらい。他校の生徒だ、総司たちが興味を持っても仕方がないさ。 生徒会長が天宮真琳さんで、副会長が惚神静海さんだ」
「はぁ…近藤さんまで」
「ふぅん…。それじゃあ、僕らはもう帰りますよ」
名前だけを聞いて沖田は扉に手をかけた。それ以上は何も聞かず、振り返りもせずにただ扉の開く音がした。 追う斉藤が礼儀正しいお辞儀をして出ていく。「待てって総司に一君!」と声を上げて藤堂が続いた。 始末人関係で何が起こるのかはわからない。だがこれから、少し忙しくなりそうなのは確かだった。