櫻色ノ薔薇




 【伍、再来】


それから数日の間、丹念に薄桜学園の新入生を探ってみても“始末人”に 繋がる情報は得られなかった。 皆が皆、普通の生徒だ。彼らが良く知る雪村千鶴は観察5分で対象外になったと言う。 ちなみに最短記録らしい。その間に羅刹が二体出現、彼らはもちろん始末した。 その際には始末人には遭遇しなかった。
薄桜学園生徒会長と日々謎の攻防を続ける土方にも我慢の限界が訪れようとしていた。 謎の攻防というのは、突然生徒会長の風間が “欧州の生徒会長を呼べ” 、 呼ばないのなら “無理難題を科す” というものだ。 教師としてもそんなくだらないことで、他校の生徒を呼び出せるわけがないしむしろ呼び出したくもない。 一体あの野郎の頭はどうしちまったものかと、煙草に添えた指先に力が入る。 学園長の意向としても、薄桜・欧州・島原女子での弁論大会を何としてでも成功させる必要があった。 もちろんそれはこの薄桜学園のためでもある。
欧州女学院には生徒会組織の中で、多くの専門委員会が存在すると聞いた。 歴史がある分、組織としてもしっかりしている。この前挨拶に来たのは生徒会執行部の役員だったが、 これからの諸々の活動は渉外活動委員会というところが担当するらしい。 そしてその事が、どこをどうして聞きつけたのかはわからないが風間の耳に入ったようだった。
職員室の土方教頭直通の電話が鳴ったのはつい先ほど。 受話器を取れば、憎らしいほどに上から目線…ならぬ上から口調な奴の声が聞こえた。 そもそも教頭に喧嘩腰で電話してくる奴なんてこの学園には一人しかいない。 耳障りな声。今すぐ受話器を降ろしたかった。


“おい。貴様、今度のくだらぬ催しの為に、欧州の余所の人間が来ると聞いたが。 この俺があれだけ例の女に会わせろと言っているのがまだわからぬのか。 これだからお前は使えんのだ。良いか。俺はあの女にしか会う気はない。 そのくだらぬ催しを成功させたかったら、余所の女ではなくあの女を呼べ。 呼ばぬのならば催しに係わる交渉は進めぬ。どちらが賢明か考えるがいい”

こいつの挑発に乗ってしまえば終いだ。乗るわけがねぇ…

「っふざけんな!!女ぐれぇテメェで呼びやがれ!!!!!」


土方教頭の怒涛の叫びが部屋中に響いた。乱暴に受話器を投げ捨てる。 何事かと、職員室すべての視線が彼に集まった。


「あー、…トシ。取り込み中悪いんだが…」
「…」
「あはは。いやーその…」


ギロリと視線だけを移動させる。 決して近藤を睨みつけているわけではないのだが、心情が顔に出てしまっているらしい。

「今回の風間君の話を聞いてだな…、もう一度だけなら彼女を薄桜に呼ぼうと思うんだ。 いやー、トシもまだ会ってなかっただろ?それに風間君が会ってくれたら弁論大会成功に向けての第一歩に…」
「…」

その後、一際大きな声が響くことになる。 土方はブツブツと小言を漏らしてはいたが、翌日近藤学園長名義で欧州女学院に一報が入ったのだった。



翌日、欧州女学院にて。

、重大ニュースよ」
「何?何?」

教室窓側の最後尾に二人の席は縦に並んで配列されていた。 後ろを振り返りながら、嬉々と笑顔を向けてくる。 彼女はきっと…もっと楽しい話題を想像しているのかも知れない。 途端に、声を細める。

「薄桜の “総司”くんについて、ちょっと解ったことがあったわ」
「あー、例の三人組の一人でしょ」
「ええ。欧州の剣道部の子がね、その “総司” って名前を知ってたのよ。 彼、薄桜の剣道部所属らしいわ。名前は沖田総司くん。 何でも大会で何度か優勝したことがあるくらいの実力者らしいの」
「へぇー、そうなんだ。てっきり、深窓に佇む華奢で幸薄な美少年を想像してたんだけど」
「何よそれ」

というか、華奢な美少年が彼らを倒せるのだろうか。疑問が浮かぶ。 残りの“一”と“左之”については今の所情報はないままだ。 この件についてははあまり興味が無いらしく…大体の応答が棒読みだったのだ。

「こっそり覗きに行ってみる?偵察ですとか言ってみて」
「やだ。私達が行ったら隠密感が無いし。 きっと前みたいに “お前誰だよ” ってオーラ出されるに決まってるじゃん。 それに薄桜に行かなくなって私…いえ特にの周りは平和だわ。あれから“彼ら”も現れてないし」
「平和?」
「うん、平和」



─ピンポンパンポン♪
“─2年A組さん、至急校長室までお越しください”

呼び出しのメロディーの後に突然自分の名前が出てきたことに驚く。 何かと呼び出しを受けることは少なくはないが、至急とは何事だろうか。 今回は教頭室ではなく校長室だ。

「ねぇー。私何だか嫌な予感がする」
「うーん。残念、私も」

そして彼女たちの第六感は見事に当たることになる。


は再び薄桜学園の地を訪れていた。その隣に黒髪の少女の姿はない。
いつも通りHRが終わり教室を出ると、颯爽と職員室の前を通り過ぎた。 丁度、奥の部屋から校長先生が出てきたところで、二人で挨拶すると校長先生からは「先方に失礼のないようにね」とだけ言われる。 これは任務だ。生徒会執行部として…というのはもちろん、“彼ら”を退治する三人組の誰かを一目見てみたかった。 彼らに会ってどうこうしようというものでもない。 仲間になるとか仲間にするとかでもない。最初は警戒してはいたものの、今は純粋に会いたい…いや見てみたい。 それを正直に話せば、のお怒りか嫉妬を買うだろう絶対に言わない。 彼女らが職員室を通り過ぎようとした時だった。ガラリと大きな音を立て扉が開かれる。 何事かと振り向けば、金髪碧眼な女性英語教師Blendaがこれでもかと言わんばかりの笑顔を向けていた。

「ハーイ。チャーン!今日のReport、最後の4pageだけ全部日本語だったヨ」

明るく流暢、時々片言、そして英語部分の発音は完璧というBlenda先生は人気もある評判の先生だ。 彼女の言葉を聞いて隣のの顔色が曇った。正に「やってしまった」の顔だ。

「それの提出日って…」
「今日よ今日!今ならまだ間に合うヨー。私はチャンに満点ツケテアゲターイ♪」
「ああああ!、先に薄桜行ってて!大丈夫すぐに終わらせるから!そ れまで向こうで何もしないでー!!!」
「…」

Blendaに引き込まれるようにも職員室に入ってしまった。これから英語との格闘か。 いや彼女のことだそれでもすぐに終わらせるだろう。気軽に行こう。 薄桜学園は逃げも隠れもしない。


そして今に至る。たどり着いた薄桜学園で目についたのはやはり浅黄色の制服。 それも学年の99.9%を占めるであろう男子生徒。 彼らの波の中を通り過ぎれば、自然と視線を集めるのも無理はない。 少しだけ居心地が悪い。その視線から逃げるように 胸元からスマートフォンを取り出すと、から「今から追いかける!」と連絡が入っていた。
前回と同じように玄関に着くと今回はまた新しい先生が出迎えてくれた。 ジャージ姿が特徴的だった元気一杯の永倉先生とは違う、大人の雰囲気…彼が土方教頭だろうか?  赤い髪に薄茶の瞳、グレーのシャツに黒いスラックス。 何故だろう色気しか感じさせない。 真正面からまじまじと見ると何だか恥ずかしくなってしまう。 彼が欧州女学院にいたら…想像するだけで恐ろしい。 その土方先生と思しき先生は私を見ると優しく微笑んだ。 赤毛の貴公子と呼ぼうか、あるいは色男先生か悩むところだ。

「よう。初めましてお嬢様。話は新八から聞いてるぜ。確かお嬢様二号の …ちゃんだっけな。俺は体育教師をしている原田だ。よろしくな」

二号…というのは何のことだろうか。しかし今は置いておこう。 新八と言うのは前回出迎えてくれた永倉先生の事だ。

…?」

そう。問題はそこ。 私の名前ははもう一人の方だ。


「あれ?違うか。確かに新八のやつが言ってたんだが」
「欧州女学院2年A組のと申します。どうぞお手柔らかに」


嫌味でも何でもなく、改めて自己紹介をする。 初見ならば間違われても仕方がない。 途端に自分の髪の毛をグシャリと掻きながら頭を抱える原田先生。 その仕草すらカッコイイの一言に尽きる。イケメンって凄い。 何でも絵になるからすごい。そしてこの赤毛の貴公子が欧州にいなくて本当に良かった。 居たら台風の目どころじゃないのだ。

「あーったく、新八の野郎。出鱈目教えやがって。…悪いな」
「構いませんわ初見ですもの。これでもう原田先生も覚えて下さるでしょう?」

思ったままに伝えると少し驚いたような表情を向けられる。 聞こえるか聞こえないかの小さな声で「そうか」とだけの呟きが聞こえた。 まったく彼の余裕と色気はどこから生まれるのだろうか。

「今日は俺が案内させてもらうぜ。っても今から生徒会長のとこ連れてって、土方さんに会わせるだけだがな。 すぐっちゃすぐだが、聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「宜しくお願い致します。原田先生」
「ああ」

彼に連れられて校舎内を歩く。 玄関からその生徒会室にたどり着くまで、原田先生と私は楽しく談笑していた。

「ところでその…ちゃんってのは、もう一人の方か?」
「ええ、。とても綺麗な黒髪ですよ。生徒会の副会長です」
「おう。それは新八が言ってたぜ。今日はあの子どうしたんだ」
「少し遅れるそうですが、もうすぐ来ますわ。学校は出たらしいので」

「ところで原田先生。少し質問してもよろしいですか?」
「ああ何でも聞いてくれて構わないぜ」

二人、廊下を並んで歩く。 出来るだけ自然に、さり気なく尋ねる。怪しまれてはいけないのだ。

「あの、剣道部の沖田総司君ってどんな方なのでしょう?」
「ほう…総司に気でもあんのか?」
「ち、違います!ただ、有名人らしくて。 欧州の剣道部の子たちが知っていたんです」

私の反応を面白おかしそうに横目で見ながら原田先生は笑った。 意地悪だけど優しい笑み。だからイケメンは(以下略)

「そうか。総司が有名人かー。いやー、欧州のお嬢様方に噂にされて 彼奴も偉くなったもんだ。総司はな…強い。そして一筋縄ではいかねぇ。 俺的にはちゃんにはおススメできないな」
「おススメいただかなくても結構です」

さらっと私のことを名前で呼ぶ。の事も初めて会って(中身は私だけど) “ちゃん” って呼ぶくらいだから相当手慣れてるのか。 あるいは天然なのか。いやこの赤毛の貴公子の場合は天然ではないだろう。 気さくな人柄のせいか名前で呼ばれても嫌じゃない。 これは…彼の人を惹きつけるテクニックなのかも知れない。 人…いや間違いなく女子を惹きつける。 どこからかフェロモンでも放出しているのではないかとさえ思う。 下手に深入りしては後に戻れない気がした。
隣の原田先生に気を取られていると後ろ側から話し声が聞こえてくる。 ただ、少し離れていたためか何を言っているのかはわからない。

「あれ?原田先生…」
「よし千鶴!今日こそは前回のリベンジ、美味しいもん食いに行こうぜ…ってか女の子?」
「本当だ。誰だろう、見たことない制服」
「はっはーん。この俺が左之先生のスクープをゲットしてやるぜ」
「平助君ったら…また怒られちゃうよ。 それに私、少し用事があるから30分後に校門で待ち合わせね」
「おう」

振り返ると小柄な少年がどこかに向かって手を振っていた。
ふと視線を隣に移すと、原田先生がことのほかジッとこちらを見つめていた。 何だろうか? 私の視線に気付いたのか柔らかに目を細め、ニコッと笑う。 この人の色気は底なしだ。ってか、目からフェロモン(以下略) 少しだけ心が弾んだ自分が恥ずかしかった。顔には出さないように必死だ。
案内されるまま、「は階段を上がる。生徒会室ってこんな上の階にあるものだろうか。 ちなみに欧州は4階建て校舎の2階だったりする。 最上階まで上がり廊下を進むと“生徒会室”と書かれた部屋が見えた。 原田先生がノックすると、中から「開いてるぜー」と軽い声がした。 さて、薄桜学園の生徒会長とご挨拶しようではないか。どんな人だろう。 期待だけが膨らむ。