櫻色ノ薔薇
【鉢、思惑】
それから私と雪村千鶴ちゃんの交流は続いていた。 主にメールでのやり取りではあったが、女同士他愛のないやり取りが続く。 話題は流行りのスイーツとか、ファッションとか、映画とか。 彼女との関係で進展したこともあった。 呼び方が「さん」から「さん」に変わったことだ。第二関門突破といったところか。 それでも大きな一歩。 先の出来事でが彼女のことを気に入ったこともあり、名前で呼んでほしいとお願いしたのだ。 その方が親密さが増す気がするし。最初は雪村も謙遜していたものの、彼女の事も「千鶴ちゃん」と呼ぶことで了承してくれた。
先日の“あのようなこと”があっても、彼女は、千鶴ちゃんはこれからの学生生活を怖れることはなかった。 メールにはに自分でも出来る護身術を教えて欲しいと書かれていたくらいだ。 彼女自身、護身術は教わったことがあるらしいが、先ののそれ(荒技だったけど)を見て感心したと言う。 むしろ千鶴ちゃんにはあのような行為はしてはもらいたくない。 正統な護身術ならば今度教える約束をした。 雪村千鶴の存在はにも伝えていた。もちろん出会いの部分は少々改変してある。 あの出来事をそのまま伝えれば薄桜に単独乗り込むことは目に見えているからだ。
二日三日の間に、は千鶴のメールから薄桜学園の些細な出来事を知った。
一つ目は教師からの全体連絡で、最近薄桜学園で不審者の話題が出るようになったということ。 それに伴って遅くまでの部活動が制限されているらしい。
そして二つ目も教師からの全体連絡だが特別教室の鍵の閉め忘れや勝手に鍵が開けられていることが続いたという。 時に、室内の窓まで開いたままだったとのこと。鍵が持ち出された形跡もなく、学園側も調査しているらしい。
三つ目は、生徒の間で広まっているもので、 誰がどこから持ってきたのか最近教室に砂か灰が撒かれていることがあったという。 戸締りの際には見受けられなかったのに翌日には出現する砂に生徒は、揃って「薄桜七不思議の一つ」として噂した。
高校生にもなって誰がそのような悪戯をするのだろうか。幽霊なんて存在しないのだからこれは人間の仕業だろうか。 ここまで知ると、の脳内にはあることが引っかかってくる。 最初の不審者については、本物の不審者かあるいは偶然目撃された“彼ら”なのか…まあいい。 問題はそこからだ。後の二つはにも覚えがある。特別教室の鍵が開けられていた、砂が撒かれていた。 三つ目なんて物的証拠が残ってしまっている。今はまだ生徒の間の噂話だが、下手に調査などされてしまえば面倒だ。
「ねえ、どう思う?」
ここまで話してに意見を求める。腕を組み足を組み、普段よりもずっと険しい表情のまま彼女が口を開いた。
「変」
ただ一言。そう、変なのだ。もし薄桜側に“羅刹”を始末する者がいるとするならば、 こんな状況は絶対にはあり得ないはず。特に三番目。薄桜の例の三人が羅刹に係わるものを残したままにするはずがないだろう。 これが一般生徒、あるいは学校側に知られてしまったなら彼ら自身が動きにくくなるか羅刹の存在が知られることに繋がる。 彼ら以外に羅刹に係わる人間がいると言うのか。わからない。
「あの三人組が掃除を忘れて…ってこと、あるわけないか?の話だとそんなにもお馬鹿さんじゃないみたいだし…ね」
「…」
頭の中をぐるぐると単語が巡る。不審者に、特別教室に、窓。 三つの話題が意味するのは羅刹と、そして…あの日の出来事だ。 難しい顔で考え込むの顔を見やりながら、はため息を一つ漏らした。
「はぁ…。まったく面倒くさいったらありゃしないわ薄桜学園。 一体どうなってんのよ」
「、覚えてる?薄桜で羅刹を始末した日のこと」
「まあ私は戦線離脱してたけど」
「そうじゃなくて。不審者、特別教室、鍵、窓。そして灰。 どれもあの日の出来事に関係しているわ」
「確かにまあ…そうかもしれないけど。でもそれがいったいどうしたって言うの。 単なる偶然かも知れないじゃん」
「そう!そこが問題なのよ。これが何を意味しているのかがわからない。 そこから先が無いのよ!」
「うーん、。よくわからないよ」
二人して考えてみても平行線のままだった。 少しだけ休憩しましょうかと、二人してカフェテリアに向かう。 手渡されたカップからはゆるりと湯気が上がる。 ボーっとそれを眺めながら、中身を口に含めば華やかな紅茶の味がした。
「はぁ…」
人がまばらのカフェテリアの隅の席。 夕暮れの窓からはカラスが飛んでいくのが見えた。 今日も、薄桜では彼らが現れているのだろうか。あるいは昨日、もしくは明日。 暫く欧州では羅刹とは遭遇していない。
「。あのさ…」
静かに彼女が口を開く。ポツリポツリと漏らされる単語に私は耳を傾けた。
………
…
その夜また新たな情報が雪村から伝えられた。 彼女にあれこれ詳細を聞いているわけではなかったが、千鶴からのメールには学校での出来事が事細かに書かれていることが多かった。 此方としては向こうの情報を知ることが出来るのでありがたい。 送られてきた内容はこうだ。
“今週の金曜日、全校生徒は部活動並びに委員会活動を行わず速やかに帰ること”
彼女のクラスは担任からこう告げられたらしい。 生徒が何故かと尋ねれば、翌日に行う大掛かりな工事の準備とのこと。 生徒だけではなく教師も残業をせずに18時には帰宅することが命じられたらしい。 一切の残業、居残り厳禁。校門も施錠するとのことらしい。 千鶴からのメールでは「週末に学校で工事があるんです。みんな帰れってすごいですよね」とその出来事を軽く流しているようだった。
大掛かりな工事。準備なんて夕方から夜にかけて行うようなものだろうか。 生徒を帰らせるのはわかるが教師まで全員帰らせることなのだろうか。 普通、立会いとかあるんじゃ…。居残り厳禁? 何だ。何かが引っかかる。
疑問はいろいろあったが、携帯のメール画面をスクロールさせるとメールの最後にはこう書かれていた。
“この前一緒にいた平助君の同級生で、彼と同じ剣道部に沖田先輩って方がいらっしゃるんですが、 何でもその日に楽しいことがあるらしいんです。とても機嫌が良くて。 ちょっとだけ教えてくれたんですけど、あの『薄桜七不思議』の一つ、教室に撒かれた灰の謎が如何とか。 聞いたらはぐらかされちゃったんですけどね。”
可愛らしい絵文字で締め括られた文章に散らばる、単語。そのどれもをは知っていた。
“剣道部の沖田” “謎の灰” そしてその日に“楽しいことがある”
一体何があると言うのだろうか。沖田総司君。謎の灰…羅刹。貴方は何をする気なの? 確か、あの視聴覚室でも飄々と楽しげに話していた。そんな声だった。 彼の考えは読めないままだ。 ふと、カフェテリアでのの言葉が浮かんだ。
“。あのさ、もう… ”
わかってる。ここまでの薄桜側の不穏な動き。 その金曜日に薄桜学園で何かがある。 羅刹に関係する何かが。
“。あのさ、もう…まどろっこしいことは止めにしよう”
「私達なら大丈夫…か」
******
翌日の放課後、薄桜学園特別会議室は重苦しい雰囲気の中で、 いつのもメンバーが顔を合わせていた。 前のホワイトボードには何やら校舎の図や名前が書きこまれている。
「ここんところの始末人には動きはねぇ。 とりあえず、お前ら気ぃ引き締めて覚悟しておけ」
皆が神妙な面持ちで頷くのを確認する。 今週の金曜日に始末人についてケリをつけることになったのだ。 長い会議の末に決定したこと。そいつは…来るのだろうか。いや必ず来る。 大掛かりな作業に胸が躍る。土方は口元をニヤリと緩めた。
「楽しみだなぁ。やっとその始末人と斬り合えるなんて」
「ったく、総司は口を開けばいっつも“斬る”ばっかじゃんかよ」
「そうだよ。文句ある?」
「学園内で物騒なことは止めておけよ」
「そうですよ、沖田君。始末人の捕縛こそが目的です」
上座の三人から当日の予定が告げられる。 近藤を始め山南、原田、永倉が本部である特別会議室待機。 土方、沖田、斎藤、藤堂の四人が校舎内巡回(兼捕縛)担当で山崎がトラップ工作担当、 島田と井上が校舎外の巡回担当となった。
目標は始末人の捕縛とすること
始末人とは一対一とならないこと
学園の被害は最小限に抑えること
全ての確認が済むと時計の針は19時を回っていた。 部活動を行っている生徒もほとんど残っていないだろうか。 腕時計を確認した永倉が口を開く。
「もうこんな時間かよ。左之!せっかくだからどっか飲みに行こうぜ」
「19時か。そうだな久々に出るか」
「おっ!その誘い俺も乗った!」
「「おいこら未成年!」」
生徒と教師の間柄ながら、 試衛館と呼ばれた剣道道場に通っていた馴染みとして分け隔てのない藤堂、原田、永倉の三人組は今も変わらず仲が良かった。 時々昔みたいに馴れ馴れしく呼び合う時があるらしい。 試衛館とは今はこの学園の隅に閉鎖されている。 この薄桜学園の創立の礎となった道場だ。 その試衛館を開いた学園長の近藤に始まり、土方に原田と永倉、山南、井上、原田、生徒の沖田・斎藤・藤堂は皆、試衛館のメンバーである。 残りの山崎は試衛館にこそ所属はしていなかったが、予てより土方を尊敬し師と仰いでいた。
「珍しいなー。左之先生と新八先生が奢ってくれるなんて」
「待て。やめてくれ総司!俺は今金欠なんだ」
「お、そうだ総司」
「何?左之さん」
手を合わせて懇願する永倉の横で原田がふと思い出したように口を開いた。
「お前、いつの間にか有名人だったぞ。 欧州の中で剣道部の沖田の名が知れ渡っているって、今日来たお嬢様が言ってたぜ」
「へえ光栄だな。ちなみにそれってチャンでしょ」
どうして知ってると小さく聞けば部屋のど真ん中で彼は爆弾を落としていった。 それはもうTNT火薬1t分くらいの。
「あー見たかったな。あの風間にキスされて怒って思いっきりビンタ食らわしちゃう瞬間。 その女の子に噂されてるってとっても光栄だと思いません?土方さん」
爆心は土方歳三。
命中率100%
二次災害まで0.01秒。
土方の手に持った書類がギリギリと握りつぶされる。
「おい総司!テメェその話どこから聞きやがった!!!」
「え?秘密ですよ。土方さんこそいきなりどうしたんですか?」
部屋中に響く怒鳴り声に皆が耳を覆った。 普段は大人しい斎藤や山南までも顔を顰めるほどだ。 上席の近藤は皆に聞こえるようにコホンと咳をすると口を開く。
「今の事は全て忘れてくれ。言っておくが他言無用だ。この件はトシに任せている。 総司…まったくやめないか!」
「はーい。ほら土方さんも木刀降ろさないと」
「てめぇ…」
あの事件の後原田から報告を受けた土方の頭から血の気が引いたのは言うまでもない。 学園の生徒とはいえ成人している男(設定がかみ合わないがこれが現実だ)が女子校の未成年生徒に無理やりキスをしたと言うのはとんでもない不祥事だ。 しかも場所は学校内の生徒会室。 意を決して欧州に謝罪の電話をかければ、生徒から報告を受けただろう学院長が訪問のお礼を口にした。 いきなり怒鳴られることは無いにしろ、お礼を言われるとは思ってもいなかった。 一体どうしたというのだ。 当たり障りのない会話が続き「これからもよろしくお願いします」と電話は切られた。 どうやら該当生徒のは、その出来事をなかったことにしたらしい。
彼女は何を考えている?
触れられたくはない事件かもしれないが、此方としては落し前はつけなければならない。
「……か」
始末人を捕らえるという重大な任務の手前、このような問題に手を取られるのは避けたかった。 風間は何故いきなり彼女にキスしたのか。 何故あれほど彼女に執着を見せたのか。わからない。 手帳に書き込んだ名前は黒々と存在を示している。 に会って謝罪がしたい。 すぐにでも行動するべきだが始末人のことが片付かない限りは自由に動けなさそうだ。 今は、週末に向けて準備を進めなければ。