レプリカ虚像乙女
 【第一章、飛翔 一話、お嬢様候】


江戸の中心には堂々とターミナルが聳え立ち、それを囲うように各星の大使館が連なっている。大手企業のビルも点々と立ち並ぶ中心街は人の行き交いが絶えない。その陰にひっそりと佇む江戸城には将軍が、それに仕える幕臣の一部も代々受け継いできた土地を追われ、中心街から離れた場所にある広大な屋敷に住んでいる。閑静な住宅街にある異国式の“ある屋敷”へは戻っていた。住み慣れたと言うならば、幼少より過ごし…良くも悪くも思い出の詰まった“ここ”なのか、つい先日引き渡したアパートの一室なのかは判断が付かない。懐かしさを感じつつもただの“籠” ─或いは“檻”─ でしかない絢爛な屋敷に、未練も思い出も何も要らなかった。長い廊下を進めば忙しなく動く使用人の一人とすれ違う。半ば強引に家を出て…もう何年経っただろう。自由生活はそう長くはなかったが充実していた。それが呼び出しを食らい強制的にこの家に戻ってきたのはつい最近の話だ。
そして知らされたのは衝撃的な事実だった。正直いつか何かあるだろうと勘ぐってはいたのだが、まさか今、それも相当話の進んでいる段階だとは私自身も思わなかったのだ。もう“期限”は迫っていたのだ。

先代当主…私の父、賢人は科学者として名を馳せその頭脳を幕府と江戸の市民の為に貢献していた。彼の娘…それがこの私、の医者ではないもう一つの経歴だ。そして彼の血を引く最後の“生き残り”でもあった。妹達は幼い頃に病気で、父は攘夷戦争の最中、実験中の事故で亡くなった。母はその後、研究所の一研究員だった“あの男”と再婚。世間的にも賛否両論あったが私はそのことについては何も言うことは無い。そして最後まで“”と私を支えてきた母も数年前に不慮の交通事故に巻き込まれて亡くなった。遂に私の家族は誰もいなくなったのだ。母と再婚した“あの男”は家族じゃないのかって? それは愚問だ。母が亡くなってからあの男は父の残した実験データやら素材・技術を悪用し、幕府に貢献するのに留まらず地球…強いて言うなら地球人を食い物にする悪しき天人と不当な関係を結んだのだ。正直、天人は嫌いではない。だが、あの男の周辺に居る天人が普通の商売目的じゃないことぐらい私にだって一目瞭然だった。
時に宇宙で暗躍するあの男の目を盗んで私は何も言わずに家を出たのだ。父も母も応援してくれた医者の道へと進むため。途中で看護師にも挑戦してみたけど結局は性に合わなかった。あの男に縛られずに、気のまま生きることは幸せだった。世界は広く、多くの人や天人がいて、皆が自由で生命とは美しいと知ることが出来たから。そのまま医者として生きられるならの名も財産も、“例の石”すらいらなかった。勘当されても受け入れるつもりだった。なのに私を呼びだしたあの男から告げられたのは“異国の天人と婚約を取り付けた。医者の真似事などして放浪せずに謹んで受ける様に…”という死刑宣告の様なもの。一体私が何をしたと言うのだ。

私は再び、全てを呪い、嫌い、壊そうとした。

その決意を思い留まらせたのは世話になっていた使用人たちの存在だ。代々と共に生きてきた彼らはあの男の身勝手な振る舞いにも負けずに私に自由をくれた。口裏を合わせ色々と工作をしてくれたのだ。感謝してもしきれない恩人たちだ。彼らの身を案じて“表面上は”この婚約を受けることにした。断ればきっと何だかんだ理由を付けて彼らに被害が加わるのは目に見えている。はらわたが煮えくり返りそうな夜をどれだけ過ごしただろう。言っておくが婚約を受け入れたのはあくまで表面上の話である。私は、全てをぶち壊すつもりだ。そのためには壮大な“計画”と緻密な“準備”が必要だった。しかし、最初に呼び出された時点での計画は足りない部分が多すぎた。ここ最近の、それもたった数日でそのシナリオを書き換えられたのはある名刺を拾ったからだろうか。成果に見合う報酬は払うつもりだ。この“計画”の一端を万事屋にも手伝ってもらおうと思う。嘘と偽りに彩られた計画を。

取り合えず例の“計画”に則って、これからやって来るであろう万事屋には“私の正体”を偽らなければならなかった。は自分の格好を確認した。衿にレースが付いたメイド和服。これが今のところ私の戦闘服だ。おまけにダサい伊達眼鏡。伊達眼鏡でも探せばもっと洒落たものがあるはずなのに、何故これを用意したァと言うぐらいのものだった。前掛けに似た短めのエプロンには皺も染みもない。看護服と同じ…清純の白はやっぱり好きだ。背筋が伸びる。迷路のように連なる廊下や部屋は、どれだけこの家を離れようと忘れることはない。どこに何があるか…細かい小物の配置は変わっているかも知れないが、設備や部屋の配置は変わらないままだ。応接室と掲げられた部屋に入ると準備は粗方整っている。が、お客様がもうすぐいらっしゃると言うのに飾る花が間に合っていない。担当のメイドに早く準備を済ませる様に指示を出す。
ふわりと香水の香りがしたと思えば、裾を引きずる丈の着物を纏った女が後ろに立っていた。丈の長さに慣れていないのか歩き方がぎこちない。と年頃の近い女の、艶やかな黒髪を高い位置で一括りにした姿は様になっていると言うべきだろう。だが一見してわかる歩行の不自然さに、はコホンと咳払いを一つ。

「お嬢様…いけません。それでは確実にバレますよ」

ニコリと微笑めば、お嬢様と恭しく呼ばれた女性は歩きにくさにうんざりし疲れ果てた様子で頷く。その女の名前はと言いこの屋敷のメイドである。本来ならば服も立場も逆なのだが例の“計画”の為に入れ替わっている状況だ。その“計画”では私が“の人間”であることを万事屋には知られてはいけないのだ。一度ひき逃げ未遂された時に顔を合わせているが、周囲は暗かったし私も名乗っていないので問題ないという試算だった。そしてとは歳が近く背格好も似ているので入れ替わりには最適な人材だ。ちなみに彼女は古い友人の一人で、裏ではもっとフランクに振る舞っているのだが、今は建前上畏まった関係を通さねばならない。ふとした瞬間にいつもの調子で呼びそうになるのはお互い様だ。うっかり口にしてしまわないように気を付けよう。
そして、執事を束ねる存在に高級執事(バトラー)と言うものがある。日本の昔ながらの制度とは少し異なるが、家では使用人にこの制度を利用していた。そして家高級執事を担っているのは蔵人(くろうど)と言う名の若いイケメン堅物男である。本当に石頭とも言えるくらい融通の利かない堅物なのだが、勿論仕事の方はバリバリこなす有能な存在だ。先日名刺を拾ってから先ず連絡を取ったのは彼。彼には万事屋に嘘の…いや“仮の仕事”の依頼をしに行ってもらった。取っ付き難さと融通の利かなさは使用人一と名高い男だが無事に仕事は請け負ってもらえたらしい。どんな手を使ったのか…ちょっと気になる。
時計を見れば13時50分丁度。そろそろお客様が到着される頃だろうか。と、考えていると呼び鈴が鳴り響いた。さあ引き逃げ未遂男…じゃない、万事屋と再びの対面といこうか。


客人一行がその執事に連れられて応接室にやって来た。 入室を伺うとはやっぱり緊張した様子で「どうぞ」とだけ答える。 まだまだ不自然な彼女に後で計画を詰め直すことを誓った。 扉が開くと見覚えのある男が入室してくる。気怠そうな目をしている。 あの時はヘルメットで見えなかったのだが、その男は目を惹く銀髪で木刀を提げているではないか。 廃刀令の敷かれたこのご時世…木刀でも警察に没収されたりしないのだろうか。 そもそも、木刀で真剣や拳銃に敵うのかはわからない。 斬ることが出来ないのなら木刀で戦う手段なんて叩くしかなさそうだ。 正直、この男に仕事を任せても大丈夫なのか…少し不安になるがまだ判断はできない。
調度品が飾られた部屋の様子をキョロキョロと伺いながらも、男の後ろには15歳前後くらいの少年と少女が続く。 少年は袴を、少女は中華服を纏っている。兄妹か?例の坂田と言う男はざっと見積もっても二十代そこそこだろう。 彼の子供とは考えにくい。預っている子たち?それとも万事屋の構成員か?謎は深まるばかりだ。
促されるまま5人掛けのソファーに座った万事屋は目の前に座った(仮のお嬢様)を観察するように眺めている。も緊張したまま口を開かない。無言だ。彼女の後ろには私と堅物執事が控えていた。私はどうなることかと内心ハラハラしていたが表情には出せない。そこで棒立ちになっているわけにもいかずメイドとして本来の仕事、お客様に御持て成しを…とアンティークものの茶器に紅茶を注ぐと三人の前に並べた。勿論、お嬢様(仮)にも。

「で、後ろのホスト…いや執事サン使って俺らに依頼した主人ってアンタ?」
「坂田様…お嬢様に失礼です」

流石堅物、すかさず訂正が入る。そしてその言葉さえも堅く感じる。にしても彼のことをホストと呼ぶとはまた実に良いネーミングセンスだろう。まあ実際のホストはもっとフランクで気さくで取っ付きやすいだろうが。後で私もそう呼ぼう…口にしたら間違いなく叱ってくるのだけれど。


「私はと申します。万事屋さん…私に力を貸して下さいますか?」


今回、身分は偽るが名前はそのままにしておいた。家の人はお嬢様→、使用人→の認識だが、万事屋にはその逆、お嬢様→で使用人→になっているはずだ。後々面倒にならない様に万事屋にはの事を呼ぶときは名前ではなく“お嬢様”と呼んでもらう様にしてもらう。お嬢様(仮)の言葉を聞きつつも私はメイド業務真っ最中だ。茶菓子を机に並べる…と中華服の女の子が凄い勢いで食べた。食べた?食べ終わった??? 1ピース、顔の大きさ程あるケーキが一瞬で無くなった。ていうか消えるようになくなった。えっ、さっきまであったのに。

「銀ちゃん!!!これ凄く美味いアルヨ!!!」
「マジッ!??ってかこれ高級品だよね?俺の体の八割は糖分で出来てる…ってウマァァァァァ!!」
「僕…こんな美味しいケーキ初めて食べました。あっ、姉上にも持って帰ろ」

「そこの姉ちゃん、これおかわりヨ」

何なんだこの人たちは…と言うのが正直な感想だった。蔵人の顔を伺えば「勝手にしろ」と言わんばかりだったので、残りのケーキを取り分ける。眼鏡の少年には持ち帰りたいので包んでくれと頼まれた。一心不乱にお菓子を食べる三人組。私達は視線だけを合図に「どうする?」と会話するほかなかった。


「俺は万事屋オーナーの坂田銀時だ。まァ、堅苦しいのも面倒だし好きに呼んでもらって構わねぇぜ」
「万事屋きっての美女兼紅一点、神楽とは私のことアル。そしてこいつは“ダメガネ”ネ」
「何で僕だけ紹介適当なんですか。あっ、僕は志村新八と言います」


一通り菓子を食べ終わった客人は自己紹介をしてくれた。テキトー男…じゃない坂田さん、神楽さん、志村さん。三人の顔と名前は覚えた。かなり個性的だと思う。この少年たちは万事屋の従業員で問題ないのだろう。依頼内容からすると、子供を“物騒な面倒事”に巻き込みたくはないのだが。相手方の自己紹介が終わったところで次は我々使用人側の紹介だ。蔵人が息継ぎさえも完璧に、まるで隙のない堅い自己紹介を淡々を終わらせる。うん。まるでサイボーグ。皆が呆気にとられていた。そして蔵人に、印象に残らない様にさっと自己紹介しろと視線で脅された。あの視線にはそう言う意味が込められているのだ。一瞬で読み取れる私…凄い。ちなみに使用人と言うのは私の今の“役割”にしか過ぎない。自然な動作で眼鏡のフレームの位置を調節しながら「メイドのです。宜しくお願いします」とサラッと流しておいた。三人の視線に耐えかねてお嬢様に依頼内容を伝えてもらうよう促す。すると、物悲しげな表情で俯いたままのは膝の上で組んだ掌を見つめた。雰囲気は満点。

「どうか私の命を救ってください」

お嬢様(仮)は静かにそう切り出した。タイミングを見計らって後ろに控えている蔵人が封筒を取り出し机の上に置くと、坂田さんが中に入った二つ折りの紙を広げて読み始める。



家当主へ次ぐ
人としての誇りを忘れ天人と不当な取引で暴利を貪る様、許すべからじ。
我らが天誅を下さん。命が惜しければ今度の天人との友好記念式典の開催を中止しろ。
中止しなければ、家に伝わる家宝と貴様の娘の命頂戴に参上する”



「えーっと。これ絶対俺らより警察案件だよね?」
「安心して下さい。警察には相談しました」

「相談したんだよね?じゃあもう俺らいらなくねェ!?なぁ新八!お前もそう思うだろ?」
「警察…はもちろんですが、貴女のお父さんはこれを見て何と?」


お嬢様(仮)は続けた。家現当主である怜一郎(れんいちろう)は、脅迫文を読んでからも「天人との取引の重要さ」を主張し続け、友好記念式典の開催の中止を一切断ったという。しかし念の為、幕府のお偉い方に相談したらしく、一部の攘夷浪士のテロの可能性があるため、式典には対テロ用武装組織の警備が認められたという。

「だーかーらー、それって俺らの出番なくね?」
「式典自体の警備はその方々が担当されますが、私個人の護衛は貴方に頼みたいのです!どうか!」

切実な声。深々と頭を下げる真摯な姿を見て断れる人なんていないだろう。主人(仮)が頭を下げているのだ。私も蔵人も「宜しくお願いします」と頭を下げる。三人の懇願に万事屋の坂田さんも渋々ながら「わーったよ!その依頼乗ってやる!」と了承した。記念式典の開催は五日後だ。三日前より準備の為業者が出入りするので、同じく屋敷に詰めて警護をしてもらうように伝えた。

は、騒々しいお客様が帰った後に空になったカップと皿を台車に乗せて片付ける。菓子類は見事に無くなっていた。片付けはそう得意ではないので陶器特有のカチャカチャという音が響いている。すると絹地の白手袋を填めた手が伸びて来た。そのまま無言で片付けを遮られる。流石バトラー。ここだけは褒めておくことにしよう。することが無くなったは自身の手袋を脱ぎ、窓際に身を寄せた。

、ここを去るのは辛いと思いませんか?」
「この場所は“この場所”でしかない。世界は…宇宙はもっとずっと広いのです。ね、“お嬢様”?」

の問いに私はそう答えた。この家にはたしかに思い出がたくさん詰まっている。そしてたくさんの辛い思い出も。家族を失った今…もうここに縛られる理由はない。外に出たことで江戸に限らず宇宙の広さと多様性を知ってしまった。その中で自分が存在する意味や意義は、医者として必要とされる人の為に働くことだと見出してしまった。だからもう戻れない。ここに私は留まることが出来ない。
私が彼女を“お嬢様”と呼んだことに彼女は「止めてください」と答えた。引きずる裾が気に入らないのか何時の間にやら腿の位置で適当に紐で縛って歩きやすくしているではないか。それを見た蔵人がに注意している。私達は窓の外の陽が傾きかけた空を見つめた。飛行船が数隻飛んでいく。

「全く…。貴女はすべて要らないとおっしゃるのですね」

私は自分の足で此処を出ていくことを決めた。自由のためなら名前も財産も何もいらない。淡々と「あの男から“”を救うわ」と言ってのけた。はここにはいれない。彼女はあの男から解き放たれるべきなのだ。これから本番まで、予定通りそれぞれの“役割”を担うことを確認し合う。そして今から一仕事。空から帰ってきたあの男に会うことだ。医者を辞めるように言われても何だかんだ理由を付けて家に戻らなかった私に、からの“あの男が地球に戻ってくる”というメールが送られてきたのは記憶に新しい。たしか大江戸病院最終勤務日だった気がする。ああ面倒くさい。蔵人から差し出された分厚いA4サイズの台紙を開けば、鱗に包まれたまるで竜のような厳つい姿をした天人の写真。男から送り付けられた写真も何枚目だろうか。くだらない見合い写真に、はライターで火をつけた。


「あー、内野さん元気でやってるかな」


見上げた空は病院の屋上で見たものと同じだ。


大体こんな感じ。いつもの感じ。女の束縛・圧政と、それらへの闘争、それからの脱却(あるいは逃亡)が理想像(あるいは永遠のテーマ)なのかも。
20160522*星宮はちこ   裏語