レプリカ虚像乙女
 【第一章、飛翔 二話、暗躍するモノたち】


銀時たちが黒塗りの高級車に乗ったのは二度目だった。辿り着いたのは勿論あの依頼者の家。異国風の絢爛な建屋を見るたびに鼻をほじっていた指も動かなくなる。こんな家あっていいわけないだろーとか、嫉妬混じりに呟く。何が高級なのかわからないホスト執事の後ろを歩きながら、廊下の左右に飾られた意味不明な絵画を眺める。きっと家賃の比ではないぐらいの値なのだろうが、価値が理解できない銀時にとっては漫画雑誌のジャンプ以下だった。廊下の突き当たりにある両開きの扉を開くと、金のネックレスに高級腕時計、見るからにゴチャゴチャしている出で立ちの髭面のオッサンが満面の笑みで迎えてくれた。

「やあ!君が娘が言っていたボディーガードだねぇ!宜しく頼むよ」

三人を見るや否や両手を広げハグして来ようとするので、丁重にお断りをする。神楽も新八も反応は同じだった。神楽に至っては腹に足蹴りが入ってた。それから娘自慢が始まり更にはお家自慢が始まる。面倒なので全員今のところ上の空。


「いやァー。天人と繋がりを持つようになって我々の地位も急上昇してきたんだよ。おかげである星の天人とも良い関係を築けそうで。式典の日はねぇ、その星の大使さんと娘の婚約発表の場なんだ。嫁の貰い手が見つかって一安心さ。それなのに、攘夷派だか何だかわからん輩に犯行予告をされちゃあ堪ったもんじゃないよ」
「あの子結婚するアルか?」
「はっはっは!娘の花嫁姿はさぞ美しいだろうね。是非お嬢ちゃんにも見てもらいたいものだ。そうそう、見てもらいたいと言えばね…家が誇る至宝の数々を見学して貰いたいんだがね。私が直々に案内しようじゃないか。さぁ来たまえ!!!」


意気揚々と屋敷を進んでいく男は“賢者の間”という意味不明な名前が付けられた部屋へと入っていった。着いて来た蔵人に促され銀時たちが部屋へと入ると、高い天井にまるで博物館のようなガラス張りの展示台が向こう側まで並べられているではないか。ざっと見るに宝石やら金やら…泥棒からすれば宝の山だ。


「これは…」
「おやおやおや志村君だったかな。中々お目が高い。それはねぇーこの中で最も価値のある伝説の秘宝“賢者の石”だよ」

「“クロガネの錬金術師”に出てくる石アルか?」
「はっはっは!それはフィクションさ。これは紛れもなく本物の賢者の石だ。数多の歴史上の賢者が生みだせなかった神の石を生み出した男が昔いてね…。そのまま飾っているのも美しくないのでネックレスにしちゃったよ」


厳重な防弾ガラスの奥には黒いディスプレイに掛けられた金色のネックレスが飾られている。色取り取りのゴツイ宝石が左右対称に配置されていて、価値こそすごいのだろうが感想は「首凝りそう」しか浮かばなかった。それを自慢しまくる当主の手前一切口にはしなかったが。


「賢者の石ってこんな赤い色してるんですね」
「違うよそれルビーね」

「じゃあこの緑の石アルか?」
「それエメラルド」

「バカヤロー。お前ェら、価値あるモンは一番真ん中で目立つところにあるって決まってんだろ。この垂れてる透明のやつだ」
「それダイヤモンドだから」


じゃあどれだよ…という言葉が喉の奥にまで迫ってきている。もし家に上がる時にスリッパに履き替えていたらきっとそれで頭を叩いていただろう。ちりばめられた宝石は赤に緑に透明…しかない。金色はネックレスの土台だ。銀時と神楽、新八はもう一度マジマジと食い入る様にネックレスを眺める。指紋一つないケースに顔を押しつけながら。



「ダイヤの上に黒い石があるだろう?それだよ」
「あーコレ?これ明らかに輝いてないけど大丈夫?ってか黒い下地と一体化して石の存在見えないんだけど大丈夫?」
「何か晴れの日に数日間放置された犬のウ○コみたいアルな」
「それ言っちゃ駄目だ」


ガラス越しにジッと見つめるもこの石の価値が理解できない。ダイヤにルビー、エメラルドなら一言“高い”に尽きるのだろうが。ポカンと見つめるままの三人を前にして当主は笑いながら言った。

「この石には宝石的価値は無いんだ。この国も、宇宙中の天人もこの石の本当の凄さをいずれ知ることになるだろう…」
「ふーん、スゴイデスネ」

SFに侵された神経を持った家の当主はじっとその石を愛おしそうに見つめた。人の心を狂わせるというのなら、ルビーもエメラルドもダイヤも、賢者の石さえも変わらないのかも知れない。銀時たちは元々石っころになんて興味はない。疾うに関心を失った神楽は次の展示物を眺めて騒いでいた。


「この布きれは何アルか?」
「これはねぇ…我らが開発した新素材“天衣(てんい)”だよ。驚異の軽さ、伸縮性、耐久性を持つ宇宙初の新素材さ。これから売り出そうと思っていてね。急成長している化学メーカー…お父さんが化学で願いを叶えちゃう会社の略の“オカネカ”で製品化を進めてもらっているところさ」

「ふーん。お母さんじゃ駄目アルか」
「バカヤロー。すみませんねさん。お兄ちゃんじゃ駄目なんですか」
「二人とも黙っといて下さいよ」

「むしろオカマが願いを叶えちゃうかも知れないアルな」
「それだよ神楽。お前頭良いな」
「オィイイイイ!!!絶対違いますよォオオ!」


次から次へと宝石やら絵画やら新商品やら…、宝と言いながら商品が組み込まれている事実を受け流しつつ価値あるモノを説明される。最初は頷きながら聞いていたが完全に興味は失せた。三人のまるで魚が死んだ目に気付かない当主は意気揚々と歴史と価値を語っていく。これが偉い人で無かったら本当にスリッパで頭叩いているところだ。すると、──ピピピピと機械音が鳴り響いた。当主が携帯を取り出すと一際小さく話し始める。「人魚のミイラ」と書かれたボロボロの塊と睨めっこしていた三人の中で銀時だけが振り向いた。

「すみませんね。ちょっと式典の件で打ち合わせがあるので私はここで。屋敷の中は自由に行き来してください。入れないところは鍵がかかっているので。蔵人、後は頼んだぞ」
「承知しました」
「あーどうぞお気遣いなく」

そそくさと男は部屋を出て行った。当主が去った“賢者の間”は不気味なほどシンと静まり返り、展示物だけがぎらぎらと異様な存在感を放っている。


「あの子…結婚するのか?」
「と伺っております。まだお嬢様も相手にお会いしたことがありませんので」
「って、それって政略結婚じゃないんですか!?」

「あの方も…全てを受け入れておいでですから。私には何もできません」

「私、顔も知らない男の元に嫁ぐの嫌アルな。受け入れるなんてしないヨ」
「彼女の意思ですから。ところで銀時様…」


一層静かなオーラを纏ったホスト執事は真っ直ぐに銀時を見つめた。そして「どうか“あの方”を守って下さい」と言った。変わらぬポーカーフェイスの中の切実な思いに自然と「当ったりめぇだろ」と口にしていた。並ぶ展示物の間をすり抜け蔵人がたどり着いたのは例の石の前だった。その黒い石をジッと見つめると「これは呪いの石です」と教えてくれた。持つ者に富と権力、人知を超えた力…そして災いをもたらすモノらしい。何とも厨二病拗らせちゃった設定の石だろうか。

「この石を生み出したのは先代の当主でした」
「先代の当主?」
「あの胡散臭いオッサンは違うアルか?」

先代当主は賢人という天才で、名のある科学者だった。各地で攘夷戦争が盛んにおこなわれていた頃、実験のミスによる爆発に巻き込まれ帰らぬ人になったと言う。そしてあの男、怜一郎は数年前にこの家に迎えられた後夫だと伝えてくれた。何でも娘との関係は冷え切っており彼女の前で“あの男”の話をすることは禁忌とされているとか。

「まー人間色々とあるもんだよな」
「身分に関わらず一筋縄でいかないのが人生と言うものですから」
「銀ちゃーん!!これ見てヨ!!純金製ギン肉マンフィギュア限定版アル!!」
「マジィ!??」

この空間にある展示品の中で、今のところ一番惹かれたのは賢者の石でもなくこのアニメのフィギュアだった。興味があれば輝く眼で駆け寄っていくその姿は傍から見れば子供そのものだろうか。そんな反応を見せる万事屋の面々の後姿に執事の溢したため息が届く。後ろを振り返っていられない。銀時たちは今や数百万の限定フィギュアに夢中だった。

─ガチャアアアン!

割れんばかりのガラス音に銀時も、横に居る新八も後ろにいるホスト執事も目を見開く。目の前では神楽がガラスをたたき割って純金製フィギュアを取り出して遊んでいるではないか。銀時はこめかみから冷や汗が伝うのを感じた。あ、これ修理費いくら?家賃何か月分?真っ白に飛びかけた脳内でも金額計算だけは冷静に行えそうだ。桁が合っているのかはわからないが。辺りには粉々になったガラスが飛び散っている。


「って、神楽ちゃぁああん!何してんの!?何それで遊んでんのォ?」
「流石純金ネ。パチモンじゃないアル。ちゃんと重いヨ」

「そんな…防弾…ガラスが。16mm口径の拳銃で近距離で発砲しても傷がつくだけで粉々にはならなかったのに。木端微塵になるなんて。彼女は一体…」

ホスト執事の取り乱した声。今なんて言った?防弾ガラス?え、修理費いくら?
駆け寄ろうとした途端に防犯アラームが部屋中に鳴り響く。劈くような音に皆が耳を塞いだ。脳内に響いてくる不快音に「早く止まれ」と祈るしかない。



「オラァ侵入者共!真選組だ覚悟しやがれ!」
「土方さん、ここでは重火器の使用は認められてるんですかねィ…って旦那?」

「…チンピラ警察がここで何してんの?」


けたたましく防犯アラームが鳴り響く中、現れたのは真選組の鬼の副長こと土方十四郎と一番隊隊長の沖田総悟。それぞれ愛刀とバズーカ砲を持った二人はいつでも臨戦態勢のようだ。賢者の間への入口を蹴破った二人は、侵入者と思われる人物の意外な正体に驚愕の表情を見せていた。

「真選組の皆様、ご安心ください。彼らは個人的に雇ったボディーガードです。先の警報は事故による誤報です。只今解除致します」

冷静なホスト執事は既に無線か何かで連絡をしていた様で、男がそう言った直後に防犯アラームが止まる。互いに顔見知りでありながら“何故ここにいるのか”という疑問が表情に出ている。そう言えば、あのオッサンが幕府のお偉い方に相談して警察に警備を頼むとか何とか言っていたようなそうでないような。
直ぐにディスプレイガラスの修理がなされ、賢者の間から締め出された銀時たちは、手入れが大変そうな花垣が連なる中庭に辿り着いた。勿論真選組の二人も一緒である。ホスト執事は午後の茶を淹れるだとか何とかで皆にリクエストを聞いたのち建物の方へ消えて行った。散々紅茶が出されたのに、皆の注文は緑茶だとかコーラだとか、コーヒーだとか好き好きなものだ。勿論銀時が頼んだのはイチゴ牛乳だったのだが。


「何でテメェ等がボディーガードなんざやってんだよ」


瞳孔の開いた瞳が鋭さを以って問い詰めてくる。


「まぁ俺らも信頼されてるってーか、普段の行いが功を奏したって言うか?依頼されるこっちだって寝耳に水だ。名刺もばら撒きゃどこでどーなるかなんてわからねーよ。病院で拾われたらしいがな」


かぶき町の飲み屋の用心棒なら受けたことがある。しかしこんな所で、多額の報酬をチラつかされての依頼なんて初めてだった。仕事は単純明快“あの女の身を守る”こと。しかし考えれば考えるほど、胡散臭さと危なさが浮かんでくる。真選組の警備という絶対的な防御があるにも関わらず呼ばれる意味がわからないのが事実だ。



「旦那ァ。家ってのは、昔は幕府の天文方やらに仕えていた知識人の一族でさァ。天文学以外にも物理に化学、数学までありとあらゆる科学的研究を行っていたらしいですぜぃ。しかし今の当主になってからは、天人との不当な関係を築き暴利を貪っているとかで色々と黒い噂が絶えない…」
「何でも先代の血が繋がった一人娘を天人に嫁がせて友好を計るってのは建前。娘を追いだした後は自分が堂々と家を牛耳れるってもんだ。酷ぇ話だぜ」


真選組からもたらされたこの家の情報は思っていたよりも深く黒かった。銀時も神楽も新八も、皆口を閉ざし思い思いに回想する。深く踏み込めば戻れないような気がする。

「顔も見た事無い男の所嫁ぐって言ってた。私そんなの嫌ネ。可哀想アルよ」
「…僕も何だか同情します」
「いいかお前等。俺らはあの女をテロから守れって依頼されてきたわけ。それが、家がどうこうお嫁に行きたくないわどうこうってのはお門違いだ。ったく変な気起こすなよ」

依頼内容は“主の命を守ること”
たったそれだけ。それだけの為に万事屋はここまで来た。高い報酬も胡散臭いとは言え危険度からすれば妥当なのかもしれない。このまま何事も無く終れば御の字だが、何もないとは言い切れない。用心するに越したことは無い。



「皆様…無益な詮索はもうよろしいかと。確かに我が家は怜一郎様が当主になられてから様変わり致しました。しかしお嬢様も婚約の件は受け入れております故。あの方は一度決めたことは覆さない信念を持った方です」


ワゴンに菓子と飲み物を乗せたホスト執事が気配もなく後ろに立っていた。突然の出来事に、銀時と新八は盛大に驚き、神楽は蛇の目傘をくるくる回し、真選組の二人は刀の柄部分に手を添えている。ざわめく彼らを余所に、綺麗にカップを並べる執事は実に冷静だった。準備が終わると菓子の説明が始まる。見た感じどれも美味しそうの一言に尽きるわけで、正直それが何を使った何という名前の菓子なのかなんて興味がない。淡々と説明する執事に対し「仕事中だ。休憩なんてしてられねぇ」と土方は席を立った。菓子に手を伸ばしている沖田の首根っこを掴み引っ張っていく。

「坂田様。式典当日の件ですが…」

注がれるイチゴ牛乳から立ち込める甘い香り。淡いピンク色に視線を奪われながらもホスト執事の声が恍惚の邪魔をする。鬱陶しく感じながらも、執事から発せられた言葉に銀時たちは眉を顰めた。式典当日は正装を纏うことと仮面を付けることを言いつけられたのだ。衣装は向こうで用意してくれるらしいのだが式典参列者でもない彼らにまで正装をする必要があるのだろうか。表情でそう訴えれば、あの真選組ですら仮面の装着が義務付けられているらしい。衣装は隊服が正装であると認められたらしいのだが。皆が正装で参加している中、彼らだけが私服だと間違いなく浮く…と判断されたのだ。後で衣装用の採寸があるのでそれまでは自由にしてくださいと言い残し、ホスト執事は屋敷へと消えて行った。









「マジすんませんでした」

鼻に脱脂綿を突っ込んだまま銀時は謝罪した。ことの発端は、衣装の採寸まで時間が余っていた彼らが、警護をするならまずは屋敷の見回りと家の構造を知ろうとバラバラに分かれて探索を行ったことだった。悪趣味なオッサンも、鍵のかかった所以外は入っていいと言っていたし、ホスト執事も見回りを了承してくれた。

新八は見取り図を手に位置を確認しているようだったが、神楽は早々に見回りを離脱し庭に有った石造で遊び始めていた。害はないだろうと銀時は一人屋敷を進む。長い廊下は50M走をしても問題ない長さだ。屋敷はどこを見ても異国的で天井も高い。飾られた絵は自分でも描けそうな下手さと抽象的過ぎて意味不明なものばかり。途中で厠があったので用を足す。見取り図を見ても曲がりくねった屋敷の構造は難解だ。屋敷の外には黒い隊服を纏った真選組の連中がうろついているのが分かる。外は彼らに任せて屋敷の中が探索の対象だった。
廊下に添って一つ、扉を空けてみると書斎の様で辺り一面書店のような部屋だった。次の部屋には鍵がかかっていて入ることは出来ない。次の部屋からはメイドが出てきたばかりで、ここは「使用人の控室」だと教えられ入れなかった。飾られた調度品もきっと、あの賢者の間のモノに劣らず価値あるモノなのだろうと推測しながら廊下を進む。見取り図にないところに扉があるではないか。
如何にも怪しい…とノブを握って開く。ギィ…と音を立てて開いた先には広い部屋。照明が点けられていないその部屋は窓から差し込む光だけが頼りだった。開いた扉から伸びる光と自身の影。向こう側からの窓の光。その間に動く人影に思わず木刀に手を伸ばした。誰かかいるのだ。


「おい誰だ」
「ッ!?」


逆光の存在に声をかけながらも一歩一歩間合いを詰める。電気も点けない部屋で何をしているのだろうか。謎の人物にあと数メートルほどの位置に近づいた時にスッと人影が動いたのがわかる。

「アンタは…」
「あっ、あの…その…」

窓の明かりがその人物の肩や腕の輪郭を映す。その白さに思わず息を飲みそうだった。不審者だと思ったのは踏み込んだ数秒だけ。その人物の登場に銀時は頭が弾けるように真白くなったような気がした。



「キャァーーーー!!!!」


耳を劈く悲鳴に体が硬直するのと、顎に衝撃がかかったのはほぼ同時だった。そこから何があったのかは特に覚えていない。ただ遠く向こうで、どたどたという足音が向かってくる音と女の謝る声と医者を呼ぶ声がしたようなしなかったような。それから銀時が目覚めたのはベッドの上だった。頭には包帯が巻かれ、鼻には脱脂綿が突っ込まれている。ここはどこだろうか、そう言えば暗い部屋で何かがあったような…とそこまで思い出した所で、覗き込む万事屋の面々や“ある人”と目が合った。全身から血の気が引いて青ざめるのを感じる。


「マジすんませんでした。これはもうどうこう言い訳するつもりはねぇんだが、一つだけ言わせてくれアレは事故ですすんませんすんません。水色の下着なんて見てません」


銀時が見たのはだった。どうして電気を点けていなかったのはわからないが、着替えを行っていたように思える。しかし濃い水色の下着なんて見えていない。俺は見ていない。暗示をかける様に呟く。その言葉を聞いた残りの二人は白い眼で銀時を見つめた。間違いなく彼の事を軽蔑している。


「鍵もかけずに着替えをしていた私が悪いのです。咄嗟に蹴りあげてしまって!お怪我は有りませんか」
「いやもう脳天まで響きましたよ。おかげでお星さまも見えちゃったって言うか。下着も丸見え…ゴホン」

「嫁入り前の娘の着替えを覗くとは最低アルな。一人で勝手に屋敷の中ほっつき歩いているのもそれが目当てだったからアルか?」
「違うって!」
「いつかやるとは思っていたんですけど」
「オイ新八ィ!表出ろォ!!!!」

「皆様お静かに。お嬢様も今回の件は表沙汰になさらないとおっしゃっておりますので。銀時様…この件はくれぐれも御内密に」


有無を言わさぬ口調で、三人に口止めをするととホスト執事は医務室を出て行ってしまった。ベッドの周りはおもちゃになる物も特に無く、神楽も新八も暇を持て余していた。すぐに飽きたのか二人とも「もう一度探索してくる」と言い残して部屋から出ていく。の蹴りは華奢な見た目とは反して強烈だった。女は見た目によらない…と言うのは教訓として覚えておこう。水色の下着姿も覚えておこう…と、また鼻血が垂れる感覚がする。


「こんにちは。これはこれはまた強烈にやられましたね」


部屋に入ってきたのは家の専属医を名乗る医者だった。何度訂正しても「銀色のお侍さん」と呼んでくるじーさんは、ここの人間は皆健康的で中々医者にかかることがなく毎日暇だと教えてくれた。久々の客人(ただし患者という意味で)に、あれやこれやと話しかけてくる。大半は家の家業やら娘の話で他人に聞かされた話と大差ないものばかり。最初は適当に相槌を打っていたがそろそろ飽きた。

「そう言えば、“万事屋”の名刺拾ったのってじーさん?」

身内の者が病院で拾ったと言っていたはずだ。このじーさんが、もしかすればとんでもない面倒事を呼び込んだ本人かもしれない。確認するつもりで尋ねたのだがじーさんは「いや。違うねえ」と名刺を見ながら言った。大体この屋敷の関係者なら、外で急病にならない限り、余所の病院なんざ行かずにここに来るよと付け加えた。外に行っても必ず報告が入るらしいのだが、最近は無いとも教えてくれた。

「(じゃあ誰が拾ったんだよ…)」

得体の知れぬ因果に身震いを一つ。しばらく医務室で大人しくしていたら、再び現れたじーさんに「惜しいけどもう健康体だよ。行っていいよ」と言われた。鼻から脱脂綿を取り出すとゴミ箱に投げ捨てる。
お仕事再開と言わんばかりに首を鳴らすと神楽と新八の所へと向かった。



*****



江戸の海岸沿いには工業地帯が連なる一角がありその端には倉庫が並んだ小さな港があった。そこに一隻の飛行船がたどり着いたのはつい最近のことだ。日中は荷物の運搬が忙しなく行われているその船は外見こそ一般的で何処かの貨物船かと思われるものだろう。その船の“主”は京から江戸まで、所有する船には乗らずにわざわざ陸路でやって来たという。船が江戸に着いてから一回も顔を見せていない船の持ち主ではあったが、少し前に入ってきた開国二十周年の記念式典で起こったカラクリの暴走事故と将軍暗殺未遂のニュースは、その男の存在を船員に周知させるには十分だった。
この船は数ある攘夷組織の中でも特別危険視されている過激派、高杉晋助率いる「鬼兵隊」所有のものである。高杉不在の今、船内では鬼兵隊幹部の来島また子と武市変平太が組織の統率を行っている。

「その例の“賢者の石”ってどー見てもそこらの石と変わらないじゃないスか?」
「おやおや。かの伝説の秘宝も漬物石も同じとは、流石…猪女には学が足りないと見受けます…ブッ」

猪女と呼ばれたまた子は怒りのまま、目の前に転がっていた漬物石(小)を武市へ向けて放り投げた。運悪く額に当たった男は額から血を垂らしながら元凶を見つめる。その表情は何を考えているのかわからないと評判ではあるが、今はどうやらイラついているらしい。彼の視線を気にもせず、また子は配下の間者から寄せられた報告書をチラリと読み進める。


「で、明日開かれるこの…天人との友好式典をぶっ潰せばいいんッスね?先の開国二十周年記念式典で将軍の首を取り損ねたのは平賀源外が情に絆されたせい。晋助様のフォローはこの来島また子が完遂してやるッス」
「しかし将軍暗殺が“未遂”に終わったことにより、将軍はこの式典への参加を見合わせたそうです」

「ハァア!!?マジっすか武市変態!?」
「“先輩”と何度申し上げたら理解できるのでしょうか」


先の式典での暗殺未遂があってから将軍は外へ出る機会を減らしたと言う情報が入ってきている。この友好式典に参加していれば将軍とそれに近い幕吏の暗殺が一気に行えるチャンスだったのだ。肝心の将軍は参加しない。ならばそれをぶっ潰して何になるのだろうか。

「しかしこの星の天人は不当な方法で江戸での地位を確立させようとしています。その間に入るのが…怜一郎という男。何でも娘を政略結婚させるとか」
「先輩の“変態”っぷりに“外道”までミックスさせちゃった鬼畜野郎ッスね」
「だから変態じゃねーって言ってんだろ」

その式典を無い物にしてしまえば、鬼兵隊の“倒幕”に対する確固不抜の姿勢を、天人側にも幕府上層部にも見せつけることが出来ると武市は語った。愛用のリボルバー式拳銃を二丁取り出すと「腕が鳴る」と笑う。高杉晋助はもうすぐ船に戻ってくる。彼への土産にしては十分だろう。


「ウチ等はその式典に乗り込んで適当に暴れまわればいい。簡単簡単♪」
「ではアナタにはこれを…」

「何なんッスかこれ?仮面…うわ気持ち悪ッ!」


武市から手渡されたのは、怨念がこもっているような不気味な仮面だった。その目は武市と同じく虚ろで“気持ちの悪い”の一言に尽きる。というか、可愛いキャラクターがありふれたご時世にこんなモノ作った人間の気が知れない代物だ。

「失礼な。これは私の手製の一品ですよ」
「不気味なところも瓜二つッスね」
「何か言いましたか?これは仮面舞踏会用の特注仮面です。記念式典ではこの仮面を付けて互いが顔を隠し踊り合う…とのこと。途中で参加するならばこれくらいの仮装はマナーというもの」

また子は手渡された不気味な仮面を汚物を見る様に眺めている。こんなモノで顔を隠して踊り合う…とは、イかれた儀式という言葉しか浮かばなかった。


「武市先輩。こんな気持ち悪い仮面つけてたら誰が誰かわからなくなって、間違って撃っちゃうかもしれないけどそこは許して下さいね」
「お前わざと撃つ気だろ。オイ!聞いてんの!?」


鬼兵隊は来島また子率いる少数部隊で乗り込み幕吏始め天人を襲撃する。乗り込んでから撤退までの時間は分刻み。迎えは小型船を駆使し武市とその部下数人で行うとのこと。合流場所は北側に聳える鐘のある塔の最上部にて。会場からの最短ルートは記憶済みだ。しかし念の為と与えられた見取り図を広げた。水面下で思惑が蠢いていた。


万事屋側と攘夷側。暗躍するモノ(者・物)たち。そしてエセSF要素きましたァ。
20160605*星宮はちこ   裏語