レプリカ虚像乙女
 【第一章、飛翔 三話、仮面の下】


友好記念式典当日。天井は遥か高く釣り下がるシャンデリアが眩しい会場は、真選組による鼠一匹通さない厳重な警備によって守られていた。与えられた無線機で、状況は逐一、警備本部の近藤と土方の元に届けられる。メイン通路と会場を繋ぐ扉脇には一番隊隊長の沖田が配置されている。残りの部隊も隊長クラスが扉や窓の脇を固めていた。何故か焼きそばパンと牛乳の買い出しを言い渡された山崎は両手にスーパーの袋を抱えて通路を走っている。警備担当の彼らであるが、式典の伝統と雰囲気を重視する怜一郎の命で仮面を付けさせられていた。それも会場で主賓らが付けるものと同じようなデザインの凝ったものである。黒い隊服に仮面姿はさながら何かの物語に出てきそうであった。

「ったく趣味悪ィな。近藤さん…どうして俺らまで…」
「どうだトシ?俺に似合うって当主自ら選んでくれたんだが似合ってるか?」

彼らの付けている仮面は繊細なデザインが主流の中、局長である近藤の仮面だけはどう見てもゴリラなのである。繊細さ優美さ可憐さを一切無視したゴリラ面(ヅラ)の仮面は付けるものを選びかねないのだが…それは普段以上に近藤の顔にフィットして違和感が仕事をしていないのである。


「近藤さん、それ…仮面つけてるか?」
「何ィ!?俺の顔には合わんのか?折角、当主自ら選んでくださったと言うのに…これでは挨拶に行けないではないか」
「安心しろ…普段以上に近藤さんだ」


会場での喫煙は許可されていないが、真選組待機本部では特別に認められている。そのお言葉に甘えて土方がマヨ型ライターで火をつけると途端に煙が肺を満たした。吐き出せばどっと心が落ち着いた。そのタイミングで山崎が焼きそばパンを届けに来る。近藤を見た途端「あれ?局長仮面付けてないんですか?」なんて言っていたのはきっとワザとなんかではない。山崎が空気となるように近藤さんの顔面でも仮面が空気と化しているのだ。いや近藤さんの面(ツラ)以上に、仮面が近藤さんと化しているのと言った方が良いのかもしれない。


「今回の脅迫状については何ら情報が上がっていねぇ。奴ら独特の攘夷党派を名乗るわけでも思想を連ねるわけでもねぇ…奇妙な脅迫状だ。小耳に挟んだんだが、高杉の一派が最近コソコソしてるって話もある」
「それは本当か!高杉…先の開国記念式典では派手にやられた。次はこの友好式典と言うわけかァ!」
「可能性はゼロじゃねぇ…。確かなのは“何かが起こる”ってことだけだ」


吐き出した煙が空気と混じり合い消えていく。彼らの前に連なるモニターには、会場内や通路の様々な角度、方向からの監視カメラの映像が映し出されている。不審な動きをするものがいればすぐに無線で指示を出して排除することが出来る。金のかかった設備は全て怜一郎による指示で用意されたものだ。
映像には同じ仮面を付けている真選組隊士があちらこちらに映っている。何だか気味の悪いものだ。と、土方はあるモニターの映像から目が離せなかった。一人…仮面を外し見たことのあるアイマスクを付けて堂々と居眠りをしているのである。しかもメイン通路脇で。苛立ちに任せ感情的に、その男に通じる無線に怒鳴りつけてやった。


「ゴルァアアア!!!総悟テメェ!何てとこで寝てやんだァア!!」
「あーうるせー。こっちは朝早くから仕事してんですぜー」
「皆同じだバカヤロー。周りの隊士に示しがつかねーだろ。客人の前でアイマスクなんか付けてみろ…職務放棄で切腹だ」
「これは最新のオシャレ仮面なんですぜェ」
「どこがオシャレなんだァ!大体前なんて見えてねェだろ!!!」


アイマスクをクイッと上げた沖田が監視カメラに視線を向けてニヤリと笑った。


「前どころか夢の国が丸見えなんでさァ」
「てめーコノヤローふざけんな!」


モニターとマイクを通じて言い合いながらも土方の視線にはある男が入ってきた。山崎だ。警備で配置されている隊士に焼きそばパンと牛乳を配りまわっているようで、沖田の所に来たらしい。じっと山崎を見ているとある違和感に気が付いた。

「あれ…近藤さん。さっき山崎のやつ仮面付けてなかったか?」
「んー俺には分からん。付けていたような…付けていなかったような…」

画面の向こうの山崎は素顔のままだった。さっきは付けていたはずだ…いや特に覚えていない。付けていたようないなかったような。しかし素顔のまま会場を回られても問題だ。


「オイ山崎!てめー仮面どこやったァア!!」


この日何度目かの土方の怒涛が全隊士の耳元に響いた。



******



絹織の和洋折衷な着物ドレスに身を包んだは“計画”の最終確認を行っていた。
その隣には同じ格好をしたの姿。仮面も勿論同じで、顔を隠したままの印象は瓜二つ。髪の色の差はあれどそこは私がと同じ黒色のカツラを被って誤魔化すようにした。私の今日の役割はメイドではなく本物の“お嬢様”役だ。真実を知るものは一握りの人間だけ。途中でのお嬢様(仮)と入れ替わることになっている。入れ替わるタイミングは式典が終わってからの一瞬しかない。勿論、ボディーガードを頼んでいる万事屋には秘密。彼らは仮面舞踏会の最中も身近で警護出来るように、神楽さんと新八さんにはペアで舞踏会に参加してもらうことになっていた。昨日一日血のにじむ様な特訓を行ってもらったのは記憶に新しい。主に神楽の無謀なステップに巻き込まれた新八のダメージの蓄積だったのだが。銀時に任せられたのは高級執事、蔵人の手伝いである。彼はこの式典で進行補佐を行うほどの大役を任されているのだ。補佐の補佐。蔵人の小姑ぶりは有名だ。彼の心が折れないことを祈るばかりだ。

「準備完了。しかし…のこの姿も最初で最後。見治めかと思うと…涙が…」
「こんな時に冗談は止してよ。私が好きな色は“白”一択。こんな派手な色嫌いだから」

笑い合う私達はただの友達同士たっだ。二人でいられる時間も今日で最後。この家を離れる時がもうそこに迫ってきているのだ。


「ねぇ。私がいなくなっても…友達でいてね」
「当ったり前!友達止めたなんて言うなら許さないんだから」


向かい合う私達は熱く抱擁を交わした。やって来た蔵人にも最後の挨拶を交わす。今日の友好記念式典は、この婚約をぶち壊し、もう一人の私“”を救うための茶番劇に過ぎない。全てのシナリオは完璧だ。この式典では世間から消える。その為にわざわざあんな脅迫状まで送り、更には万事屋まで呼んだ。彼らには“お嬢様”という存在が、行方不明になるまで確かに“そこに居た”という証人になってもらうために。だから、万事屋の三人には最初からわざとを“お嬢様”であると紹介し信じ込ませた。二人で一役を演じているとはまさか思ってもいないだろう。
後は仮面舞踏会最中にトラブルを発生させ、その混乱に乗じてこの屋敷から逃亡。は元あった様に使用人に戻り…会場から離れる。そしてほとぼりが冷めるまで使用人として生活し、適当な所でお暇を貰って自由に生きてもらう。他の使用人たちも同じだ。万事屋にはこの計画完遂後、追加で報酬を支払うことを決めている。更に、私に何があっても一切の責任を問わせない様に書類も書いた。あの男の魔の手が伸びない様にするために。完璧だ。我ながら完璧な計画だ。


。時間よ…控室に参りましょう」
「ここでお別れね。見つからない様に気を付けて」

「ご武運を」

式典参加者の控室の個室に入るとあの男が目についた。途端に胡散臭い笑顔を向けられる。本心が分からない分とても気持ち悪い。私を見た瞬間に「黒髪にしたのかい?似合っているよ」なんて言っていたけどこれは擬装用のカツラだ。異国の星の方には日本人らしく黒髪にした方が受けが良いかと思ったと言えば満足そうに頷かれた。日本人は黒髪が似合う。の髪色ももちろん好きだけど、私の髪色は両親のどちらの要素も受け継いで薄い色だった。私はその色が気に入っている。手前だけの嘘八百に騙されるなんて馬鹿な男。式典開始まであと1時間。入場は15分前だ。


「失礼致します!!警備を担当する真選組局長の近藤です。式典前の挨拶に伺いました!」


入室してきたのはゴリラ面の…違うゴリラの仮面を被っているような見た目の男だった。その後ろには細身の男が控えている。後ろの男は仮面の下に見える瞳が鋭い印象を受けた。ここ数日、屋敷内に真選組が巡察していたことは知っている。認識はしていないが何人かすれ違ったはずだ。しかし隊士の方と直接挨拶をしたのはこれが初めてだった。式典の近々になってからとは…まあ計画に支障はないならいいけど。


「それ私が選んだ仮面かい?いやぁー似合っているよ!ね、?」
「えっと…初めまして近藤様。娘のです。仮面とても良くお似合いですよ」
「おお!これは挨拶が遅れました。どちらの美女かと思えば…今宵の主役ではございませんか。いやー、怜一郎さんが娘自慢をなさるのにあれやこれやと理由を付けて箱入りになさるもので。お褒め頂きありがとうございます。本日は私達が居るので心配ご無用ですぞ!」


一瞬…仮面をかぶっているのかどうか解らなかったというのは黙っておこう。見れば見るほど違和感が無くなっていく。そもそもこんなデザインの仮面があることに驚いた。オーダーメイドなのだろうか。随分な力の入れようだ。あの男と近藤さんは入場後の立ち位置の再確認を行っている。一人暇を持て余していると、近藤さんの後ろに控えていた男がいつの間にか真横にいた。気配も何もない。驚きの声を上げると向こうもそれは想定の内だったようで「悪ィな」とぶっきらぼうに謝罪する。見れば仮面姿も中々似合っている。


「お初にお目にかかる…俺は真選組副長土方十四郎だ。今日の式典と舞踏会だか何だかは俺ら真選組が総力を結して警備する。勿論宝も、お前の命も守ってやる。安心しな」
「ありがとうございます」


中々男前な事を言うものだ。
ちょっと揺さぶられた。素面(シラフ)なら惚れていたかもしれないが残念。既に今夜の式典…いやその次の舞踏会は私自らぶっ壊す計画なのだ。それにあの脅迫状の送り主は今目の前にいる私だったりする。無駄な仕事を増やさせて申し訳ないと思いつつも平然を装った。何か言いたげな瞳を向けてくる土方さんに何だろうか首を傾げればプイとそっぽを向かれてしまった。何だ。ツンデレか。ツンデレなのか。土方さんはそれ以上は何も言わずに頭をボリボリと掻きながら控室を出て行ってしまった。


様ァ…もうすぐ式典が開始しちゃうんで、とっとと広間にご入場くださいませー」


入場を促す緩ーい声がかかる。と言うより緩すぎる。蔵人は会場で入場者をエスコートしているはず。銀色の髪とそれに映える装飾の仮面、黒い執事姿の男は間違いなく坂田さんだ。雑用をこなしつつ私の護衛を行える…何とも完璧な配置。勿論蔵人の指示だろう。

扉を抑える彼の横を通り過ぎる時…紅色の綺麗な瞳と目が合った。

その気怠そうな目蓋が僅かに見開かれたような気がする。そして私も今になって彼の瞳の美しい色を知って心が動揺した。通り過ぎ様の刹那の出来事なのに、まるでスローモーションのように長く感じられた。このまま動揺を悟られてはいけないと、視線を前に向け通り過ぎる。大きくなった心音が脳内に響いてくる。彼の瞳があまりにも印象的だったから。それが動揺の理由。


仮面の下にあるものは? とりあえず銀さんの瞳の色は美しいと思う。
20160611*星宮はちこ   裏語