レプリカ虚像乙女
 【第一章、飛翔 五話、私とワルツを~仮面舞踏会アナザーサイド~】


の見た世界》

ついにこの日がやって来てしまった。が決めた“彼女”を消す日。
式典まであと数時間あるが着替えに化粧、ヘアセットまで準備は分刻みで埋まっている状況だ。の好みを熟知しているはテキパキと時間通りに髪の毛を整えた。昼は式典のリハーサル兼最終確認で忙しなく動いていた彼女は、まだ昼ご飯を口にしていない。髪型を整える傍ら蔵人に予め用意しておいた差し入れを持ってきてもらうように頼む。食べやすいように小さく作ったサンドウィッチと彼女の好きな鮭のおにぎり。綺麗に並んだそれらを見た途端、は「わぁ」と声を上げ一つずつ頬張っていた。
家を離れ仕事の為に各地を転々とするのは心配であったが、彼女が自らの夢を叶え、何事にも縛られず自由に生きることはにとっても幸せであった。時々送られてくる手紙が恋しかった。この家ではは彼女らしく生きられない。そういう環境になってしまったのは恐らく彼女の母親が亡くなり、あの男が当主として傍若無人に振る舞い始めてからだろう。

少し前の話だ。ある日彼女は家を出ると言った。ここでは私のしたいことはできないから…と。あの男は彼女が家を離れることに反対しなかった。むしろ好都合だったのだろう。「後悔はない?」と聞いたに、あの子は「清々する。別に勘当されてもいいんだけどね」と笑ったのだ。それでも最後に「貴方達と離れるのは寂しいわ」と告げられ、は部屋で一人泣いたことを覚えている。それでも、彼女が望んだことなら受け入れようと使用人たちで話し合った。決めたのは自身。それならば帰ってきたときには変わらずの居場所を保ち続けようと、古株の者は誰も屋敷を去らずに留まり続けた。
怜一郎が狂ったようにの居場所を尋ねてきたのは最近の話だ。居場所は勿論知っているが教える気はさらさらなかった。何事かと尋ねると「今度取引をする天人のお偉いさんが、写真を一目見て気に入ったらしく嫁にもらいたいと言ってきた。今後の便宜を図る上でも互いに損はない」と言い放った。まるで悪魔だ。金に糸目を付けずを探し出した怜一郎は、家に戻るように告げた。がそんな政略結婚を受け入れるはずがないと思っていた。しかし彼女はそれを了承した。何故?どうして? これにはも理解しかねた。しかしその本当の意味を知ってからは、自らの存在を消すという事実と彼女の決意の重さに心を砕くしかなかった。



「ねぇ。私がいなくなっても…友達でいてね」



当たり前だ。の言葉にそう言って私達は熱い抱擁を交わした。この計画は正確に時間を把握し管理することが重要だ。いつの間にか時計を追うようになったは、控え室へ待機する時間があっという間に迫ってきていることを知った。


「ご武運を」


まるで武将の様な物々しい挨拶を贈る。下手をすればきっと、彼女に送る最後の言葉になるかも知れないのだ。計画通りに進めば入れ替わる部屋で会うのが最後だが、言葉を交わすほどの余裕はないかもしれない。部屋を去るの姿を眺めながら、どうか彼女が自由になれる様にと神様に祈った。
待ち合わせの小部屋は会場から遠くもなく、かといってそう近くもないところにある。式典開始前は警備の目が主に会場周辺に注がれる。この周辺には監視カメラは設置されていない。人の行き来は確認したし、誰にも会わないよう細心の注意を払いは小部屋に辿り着いた。分厚いカーテンに覆われた暗い部屋にはアンティーク仕様の電気ランプの明りが灯り、正確に時間を刻む振り子時計の音が響いているだけだ。あらかじめ準備しておいた彼女の荷物がトランク2つ分。それを持って移動するとなると、逃亡にしては大荷物で効率が悪いかも知れないが、これらは特別な荷物だ。備えあれば憂いなし…と言うわけで逃走用便利道具+αが入っている。ちなみに身の回り品は予め北の塔に準備し隠してあった。向こうまで行けばあとは車が運んでくれよう。


の耳に会場からだろう盛大なファンファーレの一節が微かに届いた。形式だけの式典は開始された。後は彼女がここに来るのを待つだけ。振り子時計のカチコチという規則正しい音がやけに大きく響いてくる。それがまるで心音のように思えてくる。約束の時間まであと少しだ。
──パタン と、扉が閉まった音がした。慌てて振り向くと、慣れた様子で軽やかに歩くが居た。式典は無事に終わったようだ。視線が合えばは順調だと言い笑った。入れ替わりがばれない様に情報の共有を行う。外で待っているのは護衛の山﨑さん。会場前に居るのは沖田さん。彼の方は要注意らしい。復唱し終ると、隅に置かれた荷物を指差す。予定ではこれよりと入れ替わり会場に戻る。形だけの仮面舞踏会と適当にやり過ごしつつ、XX分後に機械室を爆破。外で花火を上げ、暗転した会場と警備の混乱に乗じて変装を解き、使用人のに戻り他の使用人と合流する。あとはが無事に屋敷から逃走するのを祈るだけだ。手元の時計を確認する。

、時間よ。外の山崎さんと会場へ」

は信念を曲げない。昔からずっとそう。言ったことはやり切る強い子だ。心配からか、上擦りながら彼女の名が口から零れる。が、肝心の本人からの答えはない。その代わり信念を宿した強い瞳で応じてくれた。なら大丈夫。は一人頷くと外へと続く扉のノブへと手を掛けた。小部屋の外に出たを出迎えたのは小柄な青年だった。黒い隊服は真選組のもの。名前は確か…


「山崎さんお待たせしました。戻りましょう」


そう…山崎さん。引きずるトレーンを思わず踏みそうになりながらも、平然を装い歩き始める。不審には思われていないだろうか。護衛の顔を伺ってみるけれど彼の表情には変化が無かった。ただ少し…ジッと見られているような気がするようなしないような。ここで墓穴を掘らない様に姿勢を正して歩き続ける。会場まではもう少し。突き当りを右へ行くだけ。ざっと見積もっても2分で到着する。完璧だ。



「旦那ァ…一歩でも動けば俺ァその首刎ねなきゃなんねーですぜ。そこのカメラで近藤さんも見てるんでさァ。とっとと会場に引っ込んでもらわねーと」
「オイオイオイ。俺はお前等の管轄じゃなくて“お嬢様”直下で動いてんだよ。肝心の依頼主が会場を離れるのを見ちまった以上、俺はあの女の傍で護衛しなくちゃなんねぇ。退け!ってか、刀仕舞え!」

「安心してくだせぇ。10分で戻るよう言いつけた上に山崎を護衛につけたんで」
「それ安心なの?!あんないるかいないかもわかんない様な存在感護衛にして安心なの!?」
「まっ、いないよりはマシだろ」
「そうだけど何か違うくね」


角を右に曲がったところで、会場脇で真選組の男と万事屋の坂田さんが何やら揉めているのが目に入る。真選組の隊服を着た栗色の髪の男…この男が先ほどが言っていた要注意人物なのだろう。周りにいる一般隊士は二人の取っ組み合いを見て、言葉で制止しているものの実際には行動に移せずおろおろと戸惑っている。


「沖田さんに坂田さん、ご心配をおかけしました。私は無事です。山崎さんという立派な護衛がいたので。坂田さん…場内にいる相手方のところまでエスコートしてくださいます?」


が声をかければ二人はパッと離れた。沖田さんに至っては舌打ちが聞こえた。絶対この男腹黒だろう…と脳内で弾きだす。の言った通りあまり深く関わらないのが吉だ。後ろに控えていた山崎さんに、どす黒い表情で「で、何かトラブルは?」と問い詰めている。一方で黒いスーツ姿の坂田さん(普段の気怠い印象とは違い、恰好良く決まっている)は、ポリポリと頬を掻きながら私をじーっと見ている。何だろうか。内心ハラハラしながらも平然を装い、じっと見つめ返す。何これ。もしかしてバレてない?大丈夫? ずっと目が合っているままで瞬きをするのも憚られる。そんな緊張が続いた一瞬、坂田さんの「…お前」という小さな呟きが届いたような気がする。


「いや…お嬢様。エスコート一丁、喜んでェ!」


差し出された右手には純白の絹手袋。執事の正装の一つ。万事屋の面々に初めて会った時は、この人たちに頼んで本当に大丈夫なのだろうかと心配になった。しかし馬子には衣装とはよく言ったものだ。蔵人にも劣らず似合っている。死んだ魚の眼と纏う気だるささえなければこの坂田銀時という男、中々男前なのかもしれない。差し出された手に右手を添える。さあ、(本物)の代わりに会場へと戻ろうか。

「坂田さん、今何時でしょうか?」

気紛れに尋ねれば胸元のポケットから懐中時計を取り出し、時間を教えてくれた。これも蔵人そっくり。あの小姑執事に仕込まれたと見受ける。そして約束の時間まであと15分。開いた扉の向こう、として会場に舞い戻った。



煌びやかな世界。重厚なシャンデリアから零れる光、フルオーケストラの奏でる音楽、一流のシェフが腕を振るった絢爛豪華な料理。そのどれもが皆が望む幸せなのだろうか。それらを不要だと投げ捨てた少女。彼女の気高さにこそは惹かれたのだ。この会場はあと十数分もすれば照明が落ち、参加者はパニックを起こすのだ。せめて将棋倒しなどになって負傷者が出ないよう使用人たちには予め、もしもの時の対応マニュアルを頭に叩き込ませてある。も隙を見て使用人に戻った時には他の者と一緒に避難の誘導を行う。
視界の中の黒い背広が揺れた。黒に映える銀色の髪は緩くパーマがかかっている。彼のエスコートを受けて会場の脇を進む。彼の左手に自らの右手を添えながらゆっくり歩いていると、坂田さんの声がした。


「お嬢様って、こーゆーの慣れてんの?」
「この規模の舞踏会は私も初めてです。しかも仮面舞踏会なんて…緊張してますよ」
「あのさ…アンタ…」
「?」


彼の声色が変わったような気がした。何だろう変な胸騒ぎがする。歩きながらもジッと視線を寄越してくる彼の赤い瞳に、心臓が張り裂けそうに高鳴っていた。それは緊張と焦りと少しの不安からだった。
二人がジッと見つめ合っている時だった。─ドン! と銀時が一組の踊っている男女とぶつかった。

「って、痛ってぇなァ!」
「!?」

邪魔にならないよう中心から逸れて歩いていたのに思いっきりぶつかった。いや、真っ直ぐにこちらに飛んできたような気さえもする。慌ててぶつかった側の人を見れば…見覚えがある。そう言えば、昨日今日と踊りの練習を頑張っていたはずだ。志村さんは神楽さんの勢いについていけてないみたいだけど。


「オー、銀ちゃんじゃないアルか。お嬢様引きつれて何してるネ。婚約者ほっといて逢引きか」
「うぷ…。神楽ちゃんもう僕…目が回り過ぎて気分が…」
「どうした新八?これくれくらいでリタイアしたら眼鏡仮面の名が廃るアルよ」

「お前等、俺らは一応ボディガードで裏方なんだから目立たない様にしとけよ」
「こんな美女引きつれてる天パ仮面の方が目立つアルね。美女と野獣とはこのことネ」
「男はみんな野獣だからいいんだよ」


万事屋の面々が揃うと愉快なものだ。掛け合いがまた面白い。出会ったのがこんな場でなかったら…悔やまれるが致し方ない。


「あっ!その首飾り…見た事あるヨ。確か数日間晒された犬の…「ダァアア!神楽ちゃん違うから!それ言わなくていいから!!」
「確か“賢者の石”だっけ?それすっげーんだってな。あのオッサン言ってたぜ」

私の首元には、首輪のように存在感を示すそれがあった。賢者の石。見た感じただの石ころだがとても価値のあるものらしい。その価値はにはわからなかった。勿論の首元にあると言うことは…の首元にもあるということ。のものは似せて作らせたレプリカ品だった。金のメッキで宝石も人工のもの。見た目のゴツさに似合わず軽く、貴金属的価値もたかが知れているものだ。しかし精巧に似せて作らせたのだから、見ただけではこれがレプリカだとはわからないだろう。


「まあお父様がそう仰っていましたか!皆様にまで自慢されて。これ…家宝なんです」
「ってことは高いアルか。酢昆布御殿何件分ネ?」
「待って酢昆布御殿ってまず幾らなんだよ!神楽ちゃんの価値観何で酢昆布なの!?」
「…」

不自然に思われない様にさも大切そうにネックレスの淵をなぞる。こんなものがあるから…この家も、あの子の環境も壊れたのだ。正しく呪いの石だろう。無言の坂田さんと目が合ったので笑いながら首を傾げておいた。何故だろう…彼、今日はずっと見られているような気がしなくもない。かといってばれている様子もない。今のところは。一体何だろうか。

「おいお前等…仕事中だ。先ずはお嬢様を相手方の天人んとこに連れて行く。テロはいつ起きるかわからねぇ…楽しんでないで警戒しとけよ」
「「ラジャーです/アル」」

突然素面に戻った坂田さんの言葉に、神楽さんも志村さんも敬礼のポーズで応じる。あの脅迫状は本人が送ったもの。よってこの会場にはテロは起らない。もうすぐ照明が落ちるだけだ。



「失礼。さん…お化粧直しにしては随分と楽しそうにしていらっしゃる」



不意にの名を呼ばれたので体が反応した。振り向けば写真で見たことがある、鱗に覆われたトカゲの様なゴツイ天人が立っているではないか。これがの婚約相手であるとは即座に判断した。しかしまあ…写真で見るよりインパクトは絶大だ。


「あら…申し訳ございません。そう言えばお化粧直しで抜けましたのに遅くなりました。ご紹介しておきます…こちらの方は私専属のボディガード。今宵の物騒な脅迫状対策に傍に居て頂こうと思いまして」


おっとうっかり…肝心の天人の存在を忘れかけていたことは内緒にしておこう。作戦からは逸脱していないから問題はない。天人は万事屋の面々をサッと見下ろした後興味なさ気に鼻で笑った。その上「ご安心ください。貴女のことは私がお守りしますよ」と言いながら手を握ってきた。普通に気持ち悪い。照明が消えたら鳩尾に一発食らわせてやろうか。この場での天人との接触は問題ないが、照明が落ちると同時に姿を隠さねばならないので、誰かと手をつないだまま…たとえばダンスを踊っている状況などは出来れば避けたい。周囲のパニックに紛れるという手もあるが、この天人の手を振りほどけるかどうかはわからない。危ない橋は渡らないのが吉だろう。


「おっと…それはもしや賢者の石。宇宙の英知がここに…何と素晴らしい!もちろんお似合いですよさん」
「ドウモアリガトウゴザイマス」

あ、ついうっかり棒読みになってしまった。私の首元に在るのは“呪いの石”だ。なのに天人達はこの石をもてはやす。これにどのような力がありどれほどの価値を持つのか…本当はすごいものなのかも知れないが、には一切わからない。もただの石っころだと言い放っていたのを覚えている。

「しかし実際にお会いしてみるとよくわかる。さん、貴女はとても美しい。今宵どうです…私の部屋に来ませんか?」
「えっとお部屋はちょっと…」

距離が近い。距離感考えろってゆーか滅びろ、と内なるが吐き捨てた。天人の大胆な誘いに「何考えてんだよスケベ野郎」いう言葉が喉の奥にまで出かかっているが、どうにか抑えている。お持ち帰りなんてできると思うな変態。考えられるだけの罵倒が脳内を巡っていた。我慢だ。我慢よ。


「箱入りにされてきたのでしょう。どうか怖がらずに…初めては優しくしますので」
「って、ちょっと!触れないで下さい」
「先ずは互いを知ることから始めましょう。なんて滑らかな肌でしょうか」
「だから触れんなって言ってんでしょ」


あ、やばい。作り込んだはずのお嬢様キャラが壊れかかっているのが手に取るようにわかる。思わず膝蹴りが飛び出そうになってしまった。これだけボディタッチを拒否していても、天人は私の腰に手を回し体を寄せてくる。頭悪いのか。新手の嫌がらせなのだろうか。の苛々ボルテージがMAXを突きぬけようとしていた。あ、ヤバい手が出そう。



「はーいすみませーん。俺らこう見えて“お嬢様をお守りする”のがお仕事なんで」



ばっと二人の間に割って入った坂田さんは天人を一睨みし牽制する。流石ボディガードだ。個人のチップも報酬に付け加えておこうとは誓った。一方の天人は彼の行動・発言・もはや存在が一々気に食わない様子で、鼻息を荒くまくしたてる。


「君!何なんだ一体!僕たちは甘い世界を築いていたんだよ!」
「何が甘ぁ~い世界ネ。私見てた。お嬢様嫌がっていたアル。女の嫌がる事する男は最低ネ」
「ぐっ!!!何でこんな餓鬼がここに!」
「餓鬼だァ!?何処をどー見ても素敵な淑女(レディ)アルヨ!」
「申し訳ありません…この場はお引きください。彼らに手を出すことは私に手を出すことと同じ。しかし…この方々の言動に問題があったのも事実。少しお時間いただけます?」


貼り付けたような営業顔でニコリ笑えば、彼らに対し舌打ちをした天人が「これだから人間は」と暴言を吐いて雑踏に消えていく。人間ってことは私もカウントされているのだろうか。性悪なのはお互い様と言ったところだろう。あの男…次あったらぶっ飛ばす。少なくともヒールで思いっきり踏むことにしよう。


「悪いな…せっかくの婚約者サマとの逢瀬を邪魔しちまったみたいで」
「あら?そんなに仲睦まじく見えました?」
「お嬢サマって意外と…キャラ作ってる?」
「何のことでしょう???」


握りこぶしを掲げて笑えば彼は青白い顔で「ゲッ…」っと応じてくれた。勿論私は本物じゃないからキャラなんだけど。だってこんなにあからさまに“らしさ”を出さない。

「ねえ坂田さん、今何時?」
「あっ?えーっと…」

うっかりしていたら時間を忘れてしまいそうだ。時間管理はこの計画の重要事項。私の言葉に彼が胸元から懐中時計を取り出そうとした時だった。

突如、会場中の明りが消えた。

その瞬間、はニヤリと笑った。予期せぬ事態に周囲の参加者のざわめきが聞こえる。それらを肌で感じながら、は腰元の装飾に隠した簡易型暗視スコープを取り出そうとする。周囲と同様、暗くて殆ど何も見えない状況では自身が動けない。会場内のどこからか、参加者がテーブルにぶつかりガラスの割れる音がする。そして…蔵人たち使用人の「安心して下さい」「冷静に」という、統率する声も。とっととこの服を脱ぎ捨てて下に来たメイド服に戻らねば。装飾に引っかかったスコープがなかなか取れない。いっそ引きちぎるべきか。そう考えた時だった。

「ちょっ…」

─グィ っと、強い力で腕を掴まれて後ろに引かれた。可愛い悲鳴など出て来もしない。体勢を崩しかけたの背後に居たのは…


「オイ!大丈夫か。攘夷浪士が潜んでるかもしれねェ。俺から離れるなよ」


男前な台詞と共にボディーガード業を完璧にこなす万事屋だった。どうしてこんな時に限って。彼に掴まれている限り次の行動に移れない。このままお嬢様役を続けるわけにはいかないのだ。とりあえずこの手を放して貰えば後はどうにでもなろう。鳩尾に一発…少しの間眠っててもらうとか。その作戦…決行しよう。

「万事屋さん大丈夫ですよ。テロなんて起きや…しない!っ!?」

そう言いながら、くるりと反転すると勘を頼りに後ろにいる彼の鳩尾に勢いよく踵を押し込んだ…はずだった。確かに男の腹に当たっている。しかし、くぐもった苦い声も聞こえないし体勢が崩れる様子もない。暗い中で目を凝らしてみれば、押し込んだはずの足が彼の腹の上、掌で抑えられているではないか。押し込むと抑える銀時。攻防はそう長くは続かない。彼がパッと手を放した途端に次はの体勢が崩れよろける。


「ったく痛ぇな。そろそろ本性出てきたかお嬢様ァ」
「コメントは控えさせていただきますわ。万事屋さん」

「テロだ何だは知らねえが…さっき式典に出てたのは誰だ。間違いなくともお前じゃねーな」
「うふふ。突然何を申されますのやら」

「控室で会ったお嬢様は…瞳の色が違った」
「っ!?」


しまった。コンタクトの装着を忘れていたようだ。は薄い色では濃い色。坂田からは前に会った時は気にもしていなかったが、今日は印象的な色に一瞬目を奪われたのだと言った。計画の失敗は許されない。今頃本人は北の塔へと向かっている頃だろう。彼女がこの家を出るまでは。そして偽物としてここに居続けるわけにもいかない。は戻らなくてはいけないのだ。お嬢様から使用人に。


「手を放して下さい。これには諸事情ありまして。大丈夫、貴方は中々の手練れ…もう襲いはしない」
「そんなの信用できるかよ。大体、躊躇無しに男の腹に蹴りいれる奴なんか危険人物だろ」
「どうです。もう一発いきます?」
「いらねーよ」


薄暗い空間で二人は硬直状態だった。どちらかが動けば隙を見て仕掛けるだろう。このまま動けないのもマズイ。二人の間を裂いたのは耳を劈く強烈な破壊音。ガラスの割れる音と差し込む月明かりの眩しさ。他の参加者はそれを聞いてついにパニックを起こしかけている。


「「!?」」


反射的に見上げた先には月明かりを背にして立つ人影があった。一人は髪の長い人物…恐らく女。顔を覆うのは仮面か。逆光で見にくいが目元を囲う様にデザインされた虚ろな目があり…不気味の一言である。他には和装で刀を持った男が複数人周囲を囲っている。

「何でこんなに真っ暗なんスか。まっやり易いからいいけど…」

声からしてやっぱり女だ。


「残念ッスけど今日の式典と舞踏会はぶっ潰させてもらう!」


間髪を入れずに女は拳銃をぶっ放した。轟く銃声に参加者の悲鳴が続く。手持ちの非常灯を持った関係者が、参加者の非難の為に外へと続く非常口を解放した。人波がそこへと集中する。外を警備していた新選組が何人か会場に入ろうとしているが我先にと逃げ惑う参加者に押されて足止めを食らっている状況だ。向かって行く警備員が浪士に斬られて倒れ込んでいる。計画外の出来事…恐らく本物のテロだろう。


「銀ちゃん周りの客が邪魔で派手に動けないヨ」
「そうですよ銀さん。向こうは銃でこっちは刀。飛び道具を出されたら、距離的に無理ですって!」
「上にあがらねぇと…ってお嬢様ァ!?」


彼の手が離れた隙には思いっきり自分の服を破り捨てた。暗闇でも脱ぎやすいように要所要所をマジックテープで留めるタイプにしたもの。上半身が着物のようになっていた衣装は長い袖がとてつもなく動きにくくて邪魔だった。今はスッキリ着慣れたメイド服でスカートは短め。託し上がった腿周辺には、睡眠ガスやら閃光弾やらが装備されている。“もしも”の時用に隠し持っていた細身の旧式ライフル銃は、携帯したままだと随分歩きにくかった。歩行の不自然さは慣れないヒールとトレーンのせいもあったのだが。腰の装備から銃弾を素早く装填すると、二階のバルコニーに向かって照準を定める。重要なのは素早く精確な照準捕捉だ。引き金に指をかける。捉えた!
──ダンッ! 高い銃声と共に撃ち放たれたライフル弾が、首謀者と思われる女の額に命中しその場に倒れた。脳天を打ち抜かれれば即死するはずだ。だが確かに額に当たったはずなのに、撃たれた眉間ではなく後頭部を擦りながら女はゆっくりと上半身を起こす。何故だ。…化け物か? しかしその理由は直ぐに判明した。女の被っていた気味の悪い仮面が粉々に砕けていて、破片が女の胸元や足元に落ちていった。距離はそこそこ。しかしライフル銃の直撃を受け、以降の衝撃を吸収し崩壊する仮面とは一体何物だろうか。相当の硬さ・重さであろう。


「痛ったぁー!誰ッスか!?この来島また子に向かって喧嘩売る奴はァ?絶対後悔させてやる!」


一階、狙撃元の大体の位置に向かって拳銃を乱射する女。を始め万事屋三人は倒したテーブルの影に隠れて弾を防いでいる。

「ねぇ何でそんな物騒なモン持ってんの!?しかも何で扱いに慣れてんの!?」
「違うヨ銀ちゃん。女は皆…恋の狙撃手(スナイパー)ネ」
「だぁああああ!話ややこしくすんなよ。何でわざわざ狙撃手って書いてスナイパーって読ませるんだよ。端っから“スナイパー”でいいだろ!!」
「そこ突っ込むところじゃないですって。って言うか今戦闘の真っ最中ですよぅ!!」

あの女の銃はリボルバー式拳銃。弾切れのタイミングしか隙は無さそうだ。一丁あたり6発…二丁で12発。さっき9発は打ったから…残りは3発。は隣で騒ぎ立てる連中を無視し、状況を分析していた。と言うよりも目の前の獲物に集中しすぎて周りの雑音が気にならないのだ。相手が隙を見せたら撃ちこむ。相手に隙を見せたら撃たれるのだから。



「って俺の話聞いてんの!?お嬢様ァ!!」
「えっあ、はい。何ですか」
「聞いてねぇな。間違いなく聞いてねぇな…アンタ何者なんだよ!!」
。お嬢様ではなく家専属武装メイドです。まぁ…掃除屋さんだと思ってください」


銃弾を装填しながらそう答えた。話がややこしくなるのでこれ以上の嘘はもう止めよう。私はボディーガードを兼任する武装メイド。の障害は私が排除する。ただそれだけだ。テロリストの女が銃弾を補充するのを見計らってもう二発撃ちこむ。が、避けられた。代わりに4発撃ちこまれる。相手は中々豪快な戦い方だと思う。最低限の行動で最大の効果を得る…そんな私とは違う戦い方だ。

「お嬢様じゃないってどういう事アルか?本物のお嬢様は何処ヨ」
「今はちょっと散歩中です」
「何かわいいプードルみたいに言ってるんですかァ!」
「オイ新八落ち着けェェ!頼むから!マジ頼むから!落ち着いてくれ」
「銀ちゃんが一番落ち着くアルよ」

仕方がない。これ以上戦闘の邪魔になるのは勘弁してもらいたい…と、は計画の一部を彼らに伝えた。この政略結婚の意味。本物の彼女…の望みを。それを手助けするためにこの舞踏会が開かれたことを。



「ってことはー、本物のお嬢様の“自由になりたい”って言う我儘に付き合わされた挙句こんな所でテロに巻き込まれたってわけか…」
「言い方が悪いですがそういうことになりますねアハハ」
「アハハじゃありませんってば!!」


攻撃の手が止んだところで相手に一発…照準を合わせた先には、既に照準を合わせた金髪の女と目が合った。その女は私の目を見た途端にニヤリと笑ったのだ。

─バンッ! と銃声が響いた。

しまった。咄嗟に体が反応したが銃弾を回避するには間に合わなかった。右足に痛みが走る。体勢が崩れてその場に倒れた。血が滲む足。傷跡はどうやら深くはないようだが痛みで立ち上がることが出来ない。

「残念。アタシの勝ちッス」

女が再び銃口を向けた…時だった。扉が破られる大きな音が聞こえる。女が音のした方をザッと振り返った。打ち抜かれた通路からは真選組の連中が流れ込んできたのだ。彼らは抜身の刀を手に要領良く会場中に広がっていく。応援部隊が来たとでも言うべきか。動けないままのを神楽と新八がテーブルの影に運び込んでくれた。


「チッ!仕留め損ねたか。まあしゃーない。全員、北の塔へ退避するッス!!」


女の合図でテロリストたちが攻撃を止め、会場から屋敷の方へと風の様な速さで消えて行った。今あの首謀者は何と言っただろうか。確かに北の塔と言っていた気がする。そこはの目的地でもあった。時間からして彼女はもうたどり着けただろうか。あるいはもう敷地外に抜けただろうか。は戦闘の訓練を受けているが、はただの一般人だ。テロリストと遭遇して戦闘を回避…生き残れる可能性は低い。何としてでも彼女の身を守らねば。テロリストからも、あの男の手からも。動かない足が憎い。立ち上がれない自分が情けない。彼女の力になれない自分が悔しい。の視界が涙で滲んだ。


「おい偽メイドさんよォ」
「武装メイド…です。メイドは本物なんですが」
「まっ何でもいいけど。俺らの依頼内容…確か“主”を守れって言ってたよな」
「…」
「俺の守るべき“主”ってのはお前か?お前の守りたい主ってのは“誰”なんだよ」

気怠そうな目蓋はそのままだが彼の紅の瞳は信念を持っていた。まるで彼女のように。はその言葉で真意を悟った。



「私がお仕えするのはただ一人。たとえ家があの男に乗っ取られても私の主はあの子だけです!」


ただ、自由に生きて欲しかった。ただ幸せになって欲しかった。ただ笑っていてほしかった。この家に居る限り彼女は何も得られない。だから今日…はいなくなるのだ。それは彼女の望みでありの望みだ。


「そうかい。おーい神楽、新八。そこの物騒なメイドさん頼むわ。俺は今からやっと…ホンモノのお嬢様のエスコート開始すっからよ」


ヒラヒラと手を振りながら離れていく背中が途端に、大きく逞しく見えた。


反対側のお話。これで、あの夜にどこで誰に何が起こりったのか、繋がったと思います。たぶん。
20160626*星宮はちこ   裏語