レプリカ虚像乙女
【第二章、混濁 十話、閉ざされた場所】
久々に、まるで泥のように眠ったという言葉が相応しいほど眠った。昨日がきっと色々あり過ぎたから…そういうことにしておこう。遠くで聞こえる物音に意識の小波が立てども、向こうの世界は私を放してはくれない。
はもう一度深く寝入ろうとした…時だった。
「いつまで寝てるんスか!」
あ、煩い。中々動かない重い体をどうにか起こして声の原因を寝ぼけ眼で見つめた。目の前で仁王立ちをしているのは来島さんだ。ここの朝は早いのか、私が寝坊しただけなのか。どっちもあるかもしれないけれど。
昨日、月明かりに照らされた甲板から薄暗い船内に戻った後、私は医務室と書かれた部屋に連れて行かれた。電気が点けられると部屋の全貌が姿を現す。もっとこじんまりとしたイメージであったが医務室は思ったよりも広かった。ベッドも幾つかある。それらに目もくれずズンズンと進む来島は机や本棚が置かれた一角の、更に奥の扉を開いた。畳が敷いてあるそこは物で埋められていた。どうやらココを間借り出来るらしい。荷物は明日整理するからとりあえず今日は場所を見つけて寝ろとのこと。厠は医務室出て右側で、医務室内の洗面台は使ってもいいと許しを貰ってとりあえず濃い目のメイクを落とし、服を脱ぎ捨てて畳に崩れ落ちた。借りた毛布に包まれてからの記憶はない。
「まっ昨日のことを考えたら無理もないッスね。気分はどう?」
「変な感じです。今は眠いですけど」
辺りを見渡せば段ボールやら布に包まれた荷物が積み上げられている。ここ倉庫だった。
「とりあえずこれ、朝飯ッスよ。用意が無かったからおにぎりだけど。鮭と昆布」
「鮭…大好物なんです。ありがとうございます」
「それ食べたら船を案内するから。その間にここは片付けさせる。後はアンタが会っておいたらいい人のとこ行くよ」
「わかりました。とりあえず顔洗います」
差し出された包みを受け取ると医務室の洗面台に行くために毛布から抜け出る。スリッパも何も持っていないので裸足だ。固く冷たい床地を歩くとペタペタと音がする。
「ってェ!何て恰好してんスか!?」
「え?寝間着その1ですけど」
足を止め振り返りながら自分の格好を確認するとそう言った。本当は寝る時は下着以外は何も着けたくなかったのだが、今は下着の上に大き目ロンT一枚。面倒だからと言うのは建前であまりに眠すぎて動けずズボンは履いていなかった。つまり下着丸見え。残業して疲れ果てた時によくやるやつだ。ちなみにその2は所謂スウェット。今持ってきては無いけど。もしかすると彼女にはそのような経験がないのかもしれない。
「そっ…そんな恰好で晋助様の前に出たら蜂の巣にしてやるから!!いやマジで!」
「こんなだらけた恰好見られたら切腹もんですね。ここまで来てまだ死にたくないので遠慮しときます。安心して下さい」
後半は棒読みだ。二人は恋仲だもんね。そんなアピールする元気すらない。こっちは今日明日を生き延びるのに必死だ。彼女の言う晋助様…つまり昨日のあの人、高杉さんに見られたらそもそも「見苦しい」とか言われて斬り殺されそうなのだが。…。
「(あの時…間違いなく刀を抜こうとしていた)」
私を見た時の表情。それに彼が発していた言葉。全てが脳裏に焼き付いたままだ。一体何だったのだろうか。風に煽られ私が海に落ちそうになったのを助けた後は…まるで何事も無かったように落ち着いていた。
再び
は洗面台へ歩き出す。蛇口を捻って出てきた水を一掬いすると顔を濡らした。屈んだ体勢から腰を上げれば鏡が自分の姿を映し出している。薄い色の瞳、ベージュ色の腰下まで伸びた長髪…今は前髪が寝癖で跳ねているけれど。私を見た時に高杉さんが何を思ったのか…今は深入りしない方が賢明だろう。でも得体の知れぬ胸騒ぎは拭えないまま。
「いただきます!」
やはり朝ご飯は一日の始まりを彩るにふさわしい。世間では朝食を抜く人もいるのだが、私は勿論キチンと食べる派だ。差し入れてくれた来島さんにはもう頭が上がらない。彼女は朝食を取り次第船を案内するつもりらしく私が食べ終わるのを待っているようだった。何だか申し訳ない。良く噛みつつも急いでおにぎりを平らげると「そんな美味そうに食うなんて腹減ってたんスか」と笑われた。そう言えば昨日は満足にご飯を食べていなかったから無理もない。
「着替え持ってんの?」
「何着かは」
「じゃ、廊下で待ってるからとっとと着替えて行くッスよ」
普段着に仕事着と寝間着と下着数枚。普段着も寝間着も一セットなのに仕事着だけ数着持ってきていた。あの服は慣れたら思ったより動きやすいのだ。ほんと最低限だけど荷物は増やしたくなかったから仕方ない。三つ持ってきたトランクは一つが身のまわり品で一つが仕事道具、もう一つは逃亡用小道具でぎっしり。必要になれば後で買い足せばいいかとそのときはぼんやりと考えていた。
「マジでそれ着て行くんスか?ウケ狙いとかじゃないよね?晋助様に色目使ってるとかじゃないよね?一体何がどーなったらこうなるんスか?」
半ば混乱しかけている来島さんを余所に、私は慣れた仕事着(私の中では戦闘服と呼んでいる。実際仕事は戦闘だった)を着ていた。所謂ナース服。キチンと膝丈のもの。大江戸病院ではだんだん皆の丈が短くなっていって一時期問題になったな…なんてふと思い出してしまった。大体医者もナースも、男性用と女性用の違いはあるものの着ているものは特に差はない。動きやすさと丈夫さに洗いやすさがあればいいのだ。昨日着ていたドレスは夜に脱ぎ捨ててから物置の隅に脱ぎ捨ててからそのままにしていた。動きにくいことこの上ない代物。あとで処分しよう。あの服に比べたらこの服の方がどれだけ機能的で合理的か。
「これ…私の戦闘服ですから」
「いや意味不明だから」
来島さんは頑なに受け入れてくれない。そもそも彼女のヘソ出しミニ丈の着物に比べたら真面だと思うのだが…気のせいだろうか?確かにアレはアレで動きやすそうではあるが。お腹は冷えそうだ。
服についてそれぞれの持論を語りながら廊下を進む。昨夜、外から見たよりも随分広い船内はまるで迷路の様だった。そのまま彼女は船内にある主な施設を案内してくれた。外の建物二階部分は幹部を始め鬼兵隊の一部の人しか入れないエリアらしい。甲板のある一階は主に倉庫があり、船の内部…所謂地下には倉庫に機関室に居住区域。基本的に入室禁止場所には鍵がかかっているとのこと。
「鬼兵隊の船に居る許可は貰った…でもアンタは鬼兵隊じゃない。ただ自分の仕事をこなせばいいだけ。ウチ等の秘密を知り過ぎたらどうなるかは分かる?有り余る好奇心は身を滅ぼすこと覚えとくんスよ」
その言葉が突き刺さる。そう、私は関係者ではない。彼女の言いたいことはよくわかる。一般人である私は此処では異端の存在なのだ。此処で見るもの聞いたことは口外できない。違う。此処で彼らの情報や秘密について何も見ず聞かずただ己の仕事を全うせよと言いたいのだ。同じ船内にいるのだから見てしまう聞いてしまうリスクは大いにある。下手に出歩かない方が良いのだろう。下手に詮索しない方がいいのだろう。命が欲しければ、だ。早くなった鼓動をどうにか抑えようと頭を振りながら地下の廊下を進んでいた時だった。
「おやおや…今日はまた変わった匂いがするねェ」
後ろから声がした。武市さんとはまた違う特徴的な喋り方に声のした方を振り返ると、長い廊下に寄り掛かった男性の姿があった。その人を見た途端に変な違和感に包まれた。それが何なのかはわからない。
「似蔵。何の用ッスか?」
「つれないねェ。どうも可笑しな気配がしたから様子を見に来たってのに。で、そこの女は誰なんだィ」
来島さんが一瞬チラッと視線を寄越した。私の存在を知る人間は昨日会った幹部と会場にいた攘夷浪士数人に限られる。加えてこの船に滞在する事を知っているのは幹部だけだろう。存在が定着するまで誰かと一緒に行動しないと侵入者扱いで斬り捨てられるかもしれない。覚えておこう。
「今日からこの船で雑用係兼医者見習いとして奉仕する女。それ以上それ以下の何者でもない。言っておくが鬼兵隊所属ではないから無用な情報を与えるのは晋助様の意思に反する行為ッス」
「雑用兼医者見習い…怪しいねェ。可笑しいねェ。ここに居るのは血生臭い連中ばっかだってのに、違う匂いの女が紛れ込むとは。あの人に仇なした時は斬り捨てても構わないってことかィ?お嬢ちゃん、俺には気を付けなよ」
変な人…第一印象はそれだった。どこか不気味さも感じさせるのは話し方もあるのだろうか。幹部である来島さんに見せるこの余裕を考えればこの人は一般隊士ではなく幹部なのだろうか。とりあえず今言えるのは、私が間違いなくどこかのスパイに思われているということだ。まあ確かに、逆の立場なら私もそう疑うはずだ。しかし私はスパイではない。そんな気も起きはしない。ただ医者の仕事が出来ればそれでいいのだ。疑いを晴らすにはどうすればいいか。それは正々堂々真正面から向き合って身の潔白を証明するしかない。意を決して私はその人の前に進み出た。
「初めまして。今日からここで働かせて頂きます
と申します。来島さんの言った通り私は鬼兵隊ではなく一般人としてここで奉仕します。ちなみに貴方がたが何を企んでいるのかには一切合切興味がありませんのでご安心ください」
単に握手をするつもりで手を差し出した。
しかしそれを気にもせず、男は襟元から何か小さな容器を取り出すと鼻に押し入れプシュプシュと吸いこんでいた。「お鼻スッキリ」と書かれた容器は鼻の洗浄剤だろう。花粉症なのか。薬を使ったら鼻の通りが良くなったらしく一段と小刻みに息を吸いこんでいる。
「俺は岡田似蔵さね。巷じゃ人斬りの似蔵と恐れられているよ。うっかり斬られない様に気を付けることさ。そうだねェ…お嬢ちゃんの匂いは覚えておくよ」
それだけを言い残してその人…岡田さんは去ってしまった。宙に浮いたままの手を静かに下ろした。それにしても岡田さんはずっと目を瞑ったままだった。この違和感前に何処かで経験したような気がする。廊下の真ん中で止まったままの私の隣に来島さんが並んだ。両手を組み仁王立ちする姿は圧巻だ。ふと彼女が呟く。
「似蔵は鬼兵隊の中でも戦闘力なら一目置かれている居合の名手。一応幹部の端くれではあるが、最近は鬼兵隊の外でも色々やっているらしい。あの男に近づきすぎない方が良いのはアドバイスしておく。まあ、ウチの拳銃捌きにかかればあの男なんてちょろいもんよ」
「岡田さん…変わった方ですね。ずっと目を閉じたままだったし」
「あーアレ。何でも昔に目を患って今じゃ両目とも見えてないんスよ。代わりに耳と鼻が利くから不便じゃないらしいけど。ったく、似蔵め!好き放題して腹立つ…とっとと行くッスよ!」
纏う雰囲気も何もかも変な人だと思った。岡田さんに対峙したときの違和感の正体は視線が合わなかったことなのだ。今はもうその理由も判明した。私があの人に対して出来ることが何かあるはずだ。そう心に誓いズンズンと先に廊下を進む来島に続いた。後は食堂やら共用浴場やら生活を行う最小限の施設を案内された。すれ違う鬼兵隊の方には「宜しくお願いします」と挨拶をして回る。今日は浪士の数が少ないらしい。港がある小さな町には浪士が見廻りの為にうろついていると言う。「逃げても無駄だよ」と釘を刺された。逃げる気は無い。逃げたら間違いなく殺されるしかない。
再び医務室の前に戻ると明りが灯っていた。誰か居るのだろうか?
の疑問をお構いなしに来島は勢いよくその扉を開いた。部屋の中にはまた違う男の人がいた。深い紺色の着物を纏ったそう若くはないその人は扉の方をゆっくりと振り返ると「来島殿」と声を上げた。あ、一応ずっと年下であろう彼女でも一応鬼兵隊幹部だから敬語なのか。なるほど。その人は来島さんを見た後私の方をジッと見つめてきた。明らかにコイツ誰だって表情をしている。
「噂には聞いていましたが鬼兵隊の紅一点が遂に紅二点になりますな」
「久坂さん!冗談は止めてくださいよ。これまでもこれからも鬼兵隊の紅一点はアタシ一人ッス」
二人は意外と仲がよさそうな印象を受ける。先ほどそう若くも無いと言ったがそんなに年上でもないようだ。少なくても私よりも、高杉さんよりも上だろうが。如何すれば良いのかわからずその場で立ち尽くしていると人の良い笑顔で話しかけられた。
「鬼兵隊で医者をしている久坂(くさか)と申します。昨日、高杉さんから話は聞いています。しばらくは私の助手ということで共に働きましょう。わからないことがあれば私が力になるから安心して下さい」
そこで何度目かの自己紹介をした。正直言って大江戸病院で初めて看護婦業に従事する以前は、小さな病院で医者として働いていた。実務ばかりであったが経験としてはそう多くはないのも事実だ。医者として頼れる存在が居る事は私にとっても大きな励みになる。此処で経験することも学ぶことも沢山あるのだから。医者はどれだけ知識を持っていてもそれだけでは役に立たない。経験を積み、数をこなして得られるものも必要なのだ。
「あの倉庫…いや今は君の部屋だったかな。荷物を出してもてんで狭くて申し訳ないが我慢してくれ。こんな野郎ばっかの空間じゃ物騒だろう。外からも中からも閉めれるように鍵を取り付けておいたから。これが鍵ね」
「ありがとうございます」
気遣いできる人とはこの久坂さんのことを言うのだろう。何だか涙が出てきそうだ。受け取った鍵はポケットに入れておいた。船内の案内が済んだので、ここで来島さんは別件の仕事に戻ることを告げられた。これからは久坂さんの助手として働くのみだ。
「にしても何でナース服?」
「これ私の戦闘服ですから」
「はは、違いない!」
そう言って久坂さんは笑っていた。やっぱ同業者とは気が合いそうだ。
先ずは医務室内の備品の位置を教わり、取り揃えられた医学書の説明やら最近の皆の医務室利用の状況に加え治療記録…一般的に言われるカルテの説明を受ける。最近はそう大きな負傷をする人は少ないらしい。腹を下したとか足を捻ったとか。しかし一たび戦闘が始まればそうも言っていられないとも教えてくれた。攘夷組織の戦闘はもはや戦争なのだろう。怪我で済めばいいが命を落とすものも多いはずだ。「期待してるよ」と声をかけられて「力になるよう頑張ります」としか言えなかった。
話が丁寧かつ面白く優しい久坂さんは鬼兵隊について色々と教えてくれた。もちろん機密事項ではない。彼と鬼兵隊のトップ高杉さんとの関係やら、主なメンバーの名前に性格。その他守るべきルールまで。説明を受けているとあっという間に日が暮れたらしい。地下にあるここには窓は無い。今が朝なのか夜なのかもわからない。掛けられた時計だけが時間を知っていた。地下に長居すると体内時計が狂いそうだ。いつ何時、急患が運ばれてくるかもわからない医務室で自身の休憩の時以外はここに付きっきりの生活とのことだ。まだまだ新人だし半人前の私ではあるが、彼が休憩のときは私がここで働くのでとも伝えておいた。人が増えれば交代制でも問題ないだろう。
「よォ。これはこれは随分仲良くやってんじゃねーか」
声がした。この声は高杉さんだ。開いた扉の所で気怠そうに壁に寄りかかり、煙管を吹かせている姿はいつ見ても“様”になっている。しかしここに用があるとは怪我でもしたのだろうか。
の中で一片の不安がチラつくも、高杉は構わず落ち着いた様子で煙を吐き出した。
「総督が直々に様子を見に来るとは。相当気にかけているとお見受けしますな」
「おい久坂…冗談はやめろ。そんな小娘どーなろうと知ったこっちゃねェ。ただ俺らの足枷になってねーか覗きにきただけだ」
「安心して下さい。今のところは順調ですから」
チラリと視線を向けられた。高杉さんの瞳は一言でいえば何を考えているか捉えにくい。視線が合った途端にまるで蛇に睨まれた蛙のように肩を震わせ体が動かなくなってしまった。硬直状態だ。しばらく見つめ合っていると、「フン」と鼻で笑われヒラリと体を返し医務室からいなくなってしまった。
「気にしないで下さい。アレいつものことですから。と言うより、今日は随分機嫌がよろしい」
「はぁ…そうなんですか」
「ええ。しかしあまり近づきすぎない方が良い。貴女が鬼兵隊ではなく一般人としてここに居るならまだ戻れる可能性はあるのかも知れませんから」
「戻らないですよ。外にはもう」
そう言うと久坂さんは酷く驚いていた。私はもう決めたはずだ。その覚悟はそう簡単には揺るぎはしない。揺るいではいけないのだ。医療の現場もきっと同じだ。医者は私。私が助けずして誰が助けるのか。それくらいの気持ちがないと誰も救えない。現場は常に戦場と化す。昨日の夜、私は全てを顧みずに捨ててきた。あの世界も外の世界も何もかも。あの男も手にかけた。私にあるのはこの身一つだけ。これからは私自身が生きる為に、誰かを救うために我武者羅に進み続けるしかない。
「我々は互いに過去を詮索しないのが暗黙の了解だ。でも、もし君が話してくれるなら聞かせてくれないか?君は何故…蛇の道を進む?」
彼らの決意も彼らの望みも何も知らない。私は余りにも鬼兵隊や攘夷浪士について無知だった。理解し肯定できるかはわからない。でももし“知ろう”とした時にはまた違う一歩を踏み出せるということだと思う。順番が可笑しいかもしれないが私も彼らについて知りたくなった。そして私の過去を知ろうとしてもらえるなら包み隠さず話すつもりだ。そう秘密は持っていない。
私は久坂さんに全部話した。幼いころは病弱だったこと。妹達の死から医者を目指す様になったこと。父の経歴と死。母の再婚とあの男の存在。そして念願の医者の道を歩み始めた事。母の死から全て狂っていった世界。天人との政略結婚と記念式典をぶち壊しにしたこと。あの男を手にかけ全て捨て逃げ出したことを。
「人はそれぞれ抱えるものが違うもんさ。生まれも育ちも異なる我々も、一人の男の存在に惹かれた烏合の衆に過ぎない。彼の背を追って皆が集まりいつの間にか一人…また一人と消えていく。私も仲間が欠けぬよう与えられた仕事を全うするだけさ。共に頑張ろうじゃないか」
「私も、宜しくお願いします」
それから医学書を読みながら久坂さんと最新の薬や病気について話し合った。船内の衛生状況を共有し意見を出し合う。この鬼兵隊と言う組織に少しでも貢献できるように、精一杯頑張ろうと思う。夕食を頂けるとのことなので、ピークが去り殆ど人がいなくなった食堂へ急ぐ。メニューも久坂さんが栄養バランスを考えて組み立てているらしい。医学に栄養学まで…本当に万能すぎる。さて問題はお風呂だったりする。この船には共用のお風呂しかない。つまり夜は大抵の時間帯で男性の浪士の方が利用しているわけで、空く時間がないのだ。来島さんはいつ入っているのだろうか。今日は良いにしても数日続くと流石に辛い。せめてシャワーだけでも浴びたいものだ。
久坂さんの個室は医務室のすぐ近くで、急患が居ればすぐに対応できるようになっている。なので大体は夜の21時~23時の間には部屋に引き上げるらしいのだ。片付けを済ませて「また明日」と言い残し久坂さんは部屋に戻ってしまった。私は一人残った医務室で机を拭きながらこれからの生活について考えていた。やはり問題は風呂と洗濯だ。最悪の場合洗濯くらいは自分の手で出来るが、風呂はどうにもいかない。下手に医務室外をうろつくなと言われているので幹部が訪れるのを待つばかりだ。高杉さん…には言いにくいので、来島さんか武市さんだろう。ぶっちゃけ武市さんにも言いにくいけど。洗い終わった台拭きを広げて干しておく。ようやく部屋に籠る時間だ。片付けられた元倉庫は、皆が狭いと言う割に広く感じた。三畳くらいだろうか。布団を広げれば殆ど埋まってしまう。あ、布団も用意してもらった。ふかふかの布団と枕で眠れるのはありがたいものだ。戦闘服を脱ぎ皺にならない様に掛けておいた。今日はちゃんと寝間着を着ようと薄い色のそれを取り出すと、体に巻きつけ腰布で緩く縛っておく。布団に倒れ込み電気を消せばあっという間に意識は途絶えてしまった。
TKとはしばらくこんな感じです。微妙な距離感。
20160810*星宮はちこ 裏語