レプリカ虚像乙女
【第二章、混濁 十三話、庇護と猜疑】
医師という職業が不要になることはきっとないだろう。だが負傷者や罹患者が発生しないという意味で仕事がないということは、良いことなのではないかと思う。勿論、平和という意味で。鳥羽さんの経過を記録しながら私はそんな能天気なことを考えていた。久坂さんと鳥羽さんが話し込んでいる間に、医務室にあるベッドの使用済みリネン類を洗濯するためひとまとめにする。久坂さんに一声かけて
は洗濯室へと急いだ。「おい」と、丁度スタートボタンを押したあたりで、この部屋には似つかわしくない人の声が聞こえる。振り返ってみてもそこには、たぶんここには居てはいけない人がいるではないか。
はパチパチと瞬きを繰り返した。
「着物…あの岡田から貰ったらしいじゃねーか。どういう風の吹き回しだァ。土産だ何だ言って、お前ェは男たらし込むのが得意なのか?或いは密偵としての戦略か?」
確かに着物は頂いた。数人ではあるが土産もお渡しした。もちろん目の前に居る高杉さんも含めて。だがそこには下心も卑しさも何もなかった。ただまあ、岡田さんの件は後先考えずに物を受け取ったことは些か軽率な行為だったとは思う。疑われても仕方がないのもわかる。だがどれだけ疑われようと身の潔白は事実で、後ろめたいことは何もないのだ。
「違います。そんなのじゃありません!お渡しした物はただの…感謝の気持ちです。岡田さんから着物を頂いたのは事実ですが、何でも贔屓にして頂いている方から頂戴したと伺いました。女物は持っていても意味がないからと。それもそのような下心は一切ありませんのでご安心ください」
「どーだかなァ。てめーに無くても向こうにはあるかも知らねえ。男が女に物贈るときには裏には一つや二つ意味が隠れてるもんだ」
否定すればするほど疑われるのだろうか。口でどれだけ潔白を主張しようにもそれを証明する物はない。私はどうすれば良いのだろうか。考えていると一歩一歩と高杉さんが近づいてきた。無言のままだが、瞳だけは強い怒りを秘めているのだ。彼の瞳に恐怖を感じ僅かに手元が震えている。その間にも私達の距離が少しずつ近づいてくる。本能的な何かだろうか…一歩彼が進めば一歩私が下がる。体が勝手に動いていたのだ。だがそれも長くは続かない。次の半歩で私の背は壁に当たった。もう逃げられない。
「大体、奴には女物の着物なんざもらう必要がねぇじゃねーか」
「止めて…」
─ダンッ と強い打撃音と同時に体がびくりと収縮した。体を反らせて追いつめられた体勢から抜け出そうとした瞬間だった。右肩の横あたりに高杉さんの手が伸ばされ逃げ道を絶たれたのだ。足は動かない。正面にある彼の視線を見つめる勇気はない。ただ目蓋を閉じ、耳から聞こえる全てに怯えていた。
「クックック…おい、俺を見ろよ」
ゆっくりと目蓋を開く。でも、まだ前を…高杉さんを見る勇気はなかった。じっと下を見るのが限界だ。それが面白くないのか、遂には空いている彼の左手が下から私の首元を掴み…そして上に移動すると顎を掴まれ強引に視線を上げさせられた。この状態では嫌でも視線は交差した。私が上を向くと後頭部が壁を擦って、後ろで緩く髪を留めていたクリップが転がり落ちた。カランカランと音だけが聞こえる。留め具を失った長い髪は重力に従いバサリと広がった。殺されるのではないか、恐怖に苛まれながらもその判断だけは実に早かった。
「お願いです…止めて…ッ?」
「…」
止めて下さいと
は言おうとした。だが高杉の表情に心臓を掴まれたような感覚を覚え、遂には言葉を失ったのだ。彼のその表情は見覚えがあった。初めてこの船に来た夜の、舳先での出来事。
が振り返ったその瞬間のものと同じ、目を見開いた…何とも言えない動揺の顔だ。私が高杉さんの動揺を認識してすぐに、顎に添えられた手も壁を突いていた手も、寄せられた体も全て離れて行った。
「フン…これに懲りてちったァ学習しろ。野郎なんざそう簡単に信用してんじゃねぇ」
それ以上は何も言わずに高杉さんは部屋を出て行った。壁に背を預けたまま、私は足の力が抜けていくのを感じた。するするとその場にへたり込む。私の胸には高杉さんに感じた恐怖と、あの動揺に対する疑念がどんよりと深く影を落としていた。彼の心情は計れない。今までより少し親密に接してくれる隊士たちといつまでたっても消えることがない猜疑の念。つまり信用されているのかどうなのかということ。人によってもそうだが、相反する対応の間で精神だけがすり減っていく。
「いったいどうしろって言うのよ…」
これ以上は如何しようもない。何も変わらないし変えられない。私はただ医者として働くのみだ。そう復唱すると、感覚が戻った足に力を込めて立ち上がる。医務室にある自室へと小走りで戻った。その一件があってから鬼兵隊の方々と会うのが少しだけ怖くなった。怖い…というよりも、どのように立ち振る舞ったらいいのかわからなくて、少しだけ距離を置くようになったと言った方がいいのかもしれない。それでも中には親切に接してくれる方もいたのだが。
…
‥
「おいお主…噂に聞く久坂殿の助手とやらか?」
ある日遅い昼ご飯を頂いて食堂から医務室へ戻ろうとしていたところ、後ろから突然男の人に話しかけられた。振り返った先には初見の隊士がいた。髷を結い口髭を蓄える勇ましい印象の人だ。その人の瞳は一切笑っておらず神妙な雰囲気を前面に押し出している。一見すれば私に対する不信感を晒されているようなもので、胸の何処か奥底に突っかかりを覚えた。しかし人は見かけによらないもの。第一印象は大切だが、決めつけるのも良くないととりあえずその人の話を聞くことにした。何でも、ある隊士が体調不良を訴えているらしく、動くのも億劫なので様子を見に来てもらいたいとのこと。医務室には馴染みの久坂さんが居るはずなのだが、如何してわざわざ私を呼んだのだろうか。それも少し気になった。しかしまあ、状況が状況だ。急患ならばたまたま目についた私を頼ったのだろう。
「それで、その方はどのような症状を訴えていらっしゃるのですか?」
「いや…その…腹だ!腹!とりあえず来て診てもらうのが一番だ」
頭が痛い、腹が痛い、胸やけがする、眩暈がする…それぞれで対応が変わってくる。私は本人ではないので例えばどこがどう痛いのか、いつから、どんな時にと主張してもらわないと解らない。もっとサラッと状況を教えてもらえると思ったのだが、どうもその人の言葉は歯切れが悪い。倒れている所にでも遭遇したのか、或いはあまりにも混乱し状況など見てられなかったのか…ならばその体調不良の隊士は結構重症な気もする。連れて行かれたのは倉庫の様な場所だった。船内と言っても隊士の往来の多い区域よりも下の階層で初めて訪れた。一応棚もあるのだが、目一杯何かが並べられ、床にも荷物が置かれている。倉庫と思しきその部屋は真っ暗で、入口から廊下の明りが差し込み私自身の影が伸びていた。見るからに人の気配はない。そしてデジャヴとも言うべきか、昔似たような状況に合ったことがあるのを思い出した。大江戸病院勤務二週間目、俗に言う先輩方に…備品庫までお呼び出しを食らったことを。高らかな金属音が聞こえて振り向くと、抜身の刀を構えた先ほどの隊士とそのお仲間数人が入口を固めているではないか。命の危険が迫っているのだろうが心の中では、あ…ヤバいかも、程度で取り乱すことは無かった。
「小娘、お前には幕府の犬の疑いがかかっておる。差し詰め真選組あたりの間者であろう。我らが総督…高杉殿を誘惑し久坂殿を始め数人に取り入ったようだが我らは騙されんぞ!!ここで化けの皮を剥いでやる薄汚い女狐め!」
「ち…違います!確かにいきなり現れた私の存在は怪しいかも知れませんがただの一般人です!!刀を収めて下さい!!」
「煩い!ここで成敗してくれよう!!」
男の声と同時に何振りもの鈍い輝きが一斉に私に向かって振り下ろされようとしていた。嫌だ、死にたくない。強く目蓋を閉じ手を握りながらも「助けて」と無意識に声が零れた。ブンと言う風を切るような音と男の低い悲鳴が何度か聞こえたかと思うと、ドタドタと地面に何かが転がりそれから何も聞こえなくなった。薄ら目蓋を上げると、倒れ込んだ隊士が床に転がり戸口には想像もしなかった人がいた。
「あ…の…岡田さん…?」
「何だィこの匂いは嬢ちゃんかィ?船内で珍しく殺気がしたと思ったら、なるほどこういうわけだったかね」
「御免なさい。助けて頂いてありがとうございました」
「悪いが俺にはそんな気はなかったよ。俺はただ血の気配を追ってきただけだ」
職業病だろうか、すぐに床に倒れ込んだ隊士の負傷状況を確認した。皆出血はしておらず気を失っているようだっだ。医務室に運ばなくてはと思ったが一人ではどうしようもない。先ずは誰か人を呼ぼうと思い立ち上がる。私の焦りを感じ取ったのか、岡田さんはいつもの調子で言った。
「安心してくれ…峰打ちだよ。ついでに起きるまでここに転がしておけばいいさね」
「私は倒れた方を放っておけるほど能天気じゃありません。そのための医者ですから!」
「面白い子だねェ。だが生死を奪い合う世界ではその気持ちがどこまで保つやら。相手のことなんざ考えていたら直ぐにその命持ってかれちまうよ。俺らの世界は殺るか殺られるかだ。あの人もまたそんな世界に身を置き…ここの奴らも弱いやつから死んでいく。まあ精々足掻くことさ」
「殺るか殺られるか?」
その言葉が気にかかり岡田さんを見上げる。横から廊下の明りを浴びる岡田さんは考える素振りをしながら口を開いた。
「嬢ちゃんは本物の戦を…本当の世界をしっているかィ?」
それは簡単なモノだと岡田さんは言った。命の殺り合い。強いやつが生き残り弱いやつが死んでいくこと。世界は弱肉強食。それでいてどう足掻こうが理不尽。相手よりも早く剣を振い斬れば終わり。そこには優しさも畏怖も畏敬も何もないという。戦いの最中弱いやつは勿論迷った奴から死んでいくとも。
「俺らが身を置くのは嬢ちゃん達がいたよりもずっと野蛮な世界なのさ。そうだねェ…ちと昔話でもしようかねェ。聞き流してくれてもかまわないよ」
静かに岡田さんは語り始めた。若いころに病を患い視力を失った事。視力を失っても、嗅覚や聴覚など他の感覚が発達すること。そのせいで日常生活には困らないこと。そして遂には目に見えないようなものまで捉えてしまったこと。つまり…人が死ぬ時に放つ命の瞬きだと言う。
「それは魂?」
「どうだかねェ。それを追っているうちに俺は人斬りと呼ばれるようになっちまったよ。でも稀にその光を生きながらに放つ奴がいる」
岡田さんがそう言った途端に脳裏には高杉さんの背中が浮かんだ。闇の世界で輝く孤高の存在が。岡田さんの言うその存在と私の想像が一致しているかはわからない。それでも私は彼以外には考えられなかった。
「奴の光は酷く不安定で攻撃的だった。それを知ってか知らずか奴の周りには光に集って蛾のように連中が集まるじゃないか。可笑しなことった。そして俺も…同じもんさ」
「それって…高杉さん?」
「ああ」
「じゃあ私も同じ蛾なのかもしれませんね。ああー蛾か!」
せめて蝶とか綺麗なモノが良かったとか言ってられない。昔、庭のランプに蛾がわんさか集っていたのを見てからどうも苦手だった。毒があるから触るなと言われていたし。でも生物の授業で蛾の習性を習ったことは覚えていた。正の走光性。光に向かう性質。
「“飛んで火に入る夏の虫”という諺は、蛾のような光に向かって行く性質を持つ虫のことを指しているんです。と言っても、本来の性質は月明かりの下で真っ直ぐ飛べるように備わっているもの。もし篝火のような光源が存在したら…その蛾は火に向かって飛び、やがて衝突する。先人は諺の中に上手く例えたものですね」
「あの光には向かわずにはいられないのさ。たとえ燃え朽ちようとも」
一つだけ岡田さんに聞きたい事があった。来島さんや武市さん…久坂さんにも聞きづらい内容だ。鬼兵隊に所属しながらも中々この船に居るところを見ない彼になら教えてもらえるかもしれない。
は口を開いた。鬼兵隊の起こりと武装組織としての活動内容と最終目的。ついでに高杉さんの過去…勿論探っているわけではなく純粋に知りたくなっただけだ。今までに二度見せた動揺の理由も彼の過去に潜んでいるかもしれなかったから。本人に聞く勇気はない。土足で踏み込み過ぎたら殺されかねない。
「あの人はこの世界を壊したい…ただそれだけさ。攘夷組織の考えることなんざそう変わらない。鬼兵隊は…かつて攘夷戦争があったのは知っているかねェ。それに参加していた高杉晋助がかつて率いていた組織のことをそう呼んだんだよ。それも戦争終結と同時に粛清されちまったらしいがねェ。それを再び結成させたのがこの攘夷組織“鬼兵隊”さ」
「攘夷戦争に高杉さんが?」
「だがそれはもう過去の遺物。俺たちは今、新たな伝説を作ろうとしているんだ!世界を壊すという偉業を!!」
「…」
かつて天人が宇宙より襲来し江戸を開国させた。侍は夷敵を振り払わんと天人と戦った…それが攘夷戦争の始まりだ。長期化と同時に幕府と天人の対立だった戦争も、天人と友好的な幕府と攘夷組織の戦争に変わっていった。
の父も科学者として幕府側につき戦争に協力していた。戦争は
が生まれて直ぐに始まった。戦争後期であったか、
も医者の勉強をしていた頃に戦地近くの医療所で活動をしたことがある。今の世を変えたいと望む高杉さんならかつての戦争に参加していてもおかしくはない。
「ちと喋り過ぎたねェ。このことはあの人には内緒にしといてくれよォ。嬢ちゃんに服をやったってことでこの前は随分どやされちまったからねェ」
「あ、その節は申し訳ございません。私も随分高杉さんに言われました。私もこの一件については他言する気はありませんのでご安心ください。口止め兼お礼兼お土産としてこれ…良かったら受け取ってください」
「?」
そこでようやくポケットの中に仕舞いっぱなしだった「鼻の洗浄剤」を取り出した。岡田さんがいつも使っているものと同じものだ。ドラッグストアで見つけてお土産にしたのだ。変な物を贈るより随分…いやかなり実用的だと思う。岡田さんの手元に近づけると手触りからそれが何であるのか悟ったらしい。
「本当に可笑しな子だよ。他人から物を貰うなんて久々だ。人斬りと聞いても俺が怖くないのかィ」
「前、贔屓にして頂いている方から服を頂いてたじゃないですか」
「そうだったかねェ。忘れてたよ」
「それに私の手も…血で染まってますから。今の私は誰かの死の上に成り立っている。私の背中には今まで私の代わりに死んでいった方の業が乗っかっているんです」
妹達も父も母も医学校の先生たちも先輩たちも、私を利用していたあの男すら…皆死んだ。その代わりに私が生きているのだ。
「最後に一つ、嬢ちゃんはどうしてここへ来たんだ?」
「全部から逃げ出して途方に暮れていたところ拾われました。と言っても半ば強引に働かせていただいてるんです。医者として…少しでも役に立ちたいんです」
「…この温もりはアンタのモノか」
「?」
「やっとわかった」と岡田さんは呟いた。そして私には僅かな“光”が見えると言った。意識しないと気付かないような柔らかく優しい燐光。瞬くような眩さや激しさこそ感じられないがそこには熱が、温もりがあるという。温もりとはまたよく解らない感覚だ。ただの体温のこととも違うらしいし。彼にはそれを見たり感じたりすることが出来るのだろう。
「どうしてだろうかねェ。意識し出したらずっと気になっちまう」
「私の“光”が、ですか?」
「久々に面白いモンを見せてもらった。これは貰っておくよ」
そう言って洗浄剤を手に掲げると岡田さんは倉庫を出て行ってしまった。魂の光の話は随分興味深いものだ。星の瞬きの様な生命の灯火。高杉さんは魂の輝きを生きながらに纏っているなんて…解らなくもない気がする。勿論私には光なんて見えないけど。鬼兵隊の中でも浮いた存在だと聞いていた岡田さんも話してみれば、興味深く面白い人だと
は思った。人は見かけにはよらないものだ。またの機会があれば自分から話しかけてみよう。それからすぐに医務室に戻り、久坂さんに倒れている隊士が居ると伝えに行った。もちろん呼び出されて粛清されそうになったことは言ってない。今回の一件が一部の暴走なのか…鬼兵隊としての粛清だったのかはわからない。だが、私は攘夷組織の中に居て…いつ殺されてもおかしくない状況だと言うことは肝に免じておこうと思った。私に襲いかかった隊士たちは医務室に運んで暫くして目が覚めたらしいのだが、そのまま会う機会は無かった。
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それから、相手の視線やら気配やらに気を配りながらの生活が続いた。例えば廊下を歩いていても無意識に探ってしまうのだ。今は医務室に尋ねてくる人も疎らで、人との接触が少ないのは幸いだった。後ろからバッサリと斬り殺されるかもしれないとか、実際にそのシーンの夢を見てしまったくらいだ。今では物音にすら怯えていた。
「
さん!お疲れ様ッス!今ちょっと良いスか?」
洗い終わったタオルを畳んでいるとまた子さんの元気な声が響いた。久坂さんは「足音で誰だか分かるけどね」と笑っていた。それを聞いたまた子さんが反論するのもお決まりだ。それらを上手に受けかわし、外の建屋(郵便やら宅配便の受け取り用の拠点)に荷物を取りに行ってくると言い残して久坂さんは医務室を出て行ってしまった。作業の手を止め、診察用の丸椅子に座る彼女の横に急いだ。
「ふーん。アンタ、最近元気ないって噂になってるんスよ?何か悩み事でもあんの?」
「え?」
私が隣に座って早々彼女はそう言った。誰がどこで噂しているのだろうか。そもそもあんまり外(医務室の)出てないんですが。
「いや、あれよアレ。鳥羽が食堂で言ってて他の隊士が俺も見ただの、すれ違い様に俯いてただの話題になってんの!ったく、鬼兵隊たる男がそんなちょっとやそっとで動揺してたまるかってーの!」
「あははー。何気に私の心読まないで下さい」
「顔にそう書いてあるよ」
鳥羽さんなら頻度は減ったがまだちょくちょく医務室に顔を出している。しばらく会っていたからか些細な変化はバレたらしい。ニコニコと笑ってごまかしていると、また子さんはジッと私の目を見てきた…と言うよりほぼメンチ切られているような睨みに感じるのだが。10秒ほど見つめ合っている(睨まれている)と、突然ため息を漏らされる。
「アンタも嘘が下手だね。この来島また子が悩みでもなんでも聞いてやるんスよ。とっとと吐いちまった方が楽だよ」
言うべきか秘めておくべきか少し迷った後に、呼び出しを受けて粛清されかけたことを伝えた。私の言葉を遮って彼女の怒号が飛び交う。それも結構汚い言葉だ。幹部であるまた子さんがいる手前いい辛かったが、それが彼ら個人の行動なのか…それとも組織としてのモノなのか解らずに戸惑っていることも。普段から時おり感じる殺気やら視線やらも。また子さんは神妙な面持ちで私の言葉を聞いてくれた。
「無いッスよ。粛清なんて」と、突然また子さんが口を開いた。俯きかけていた顔を上げるとフッと笑われた。
「もし…本当に粛清されるならきっともう死んでる。大体アンタ嘘は下手だし、ウチ等鬼兵隊に“働かせてください”なんて乗り込んでくる馬鹿だし間者にしては使えなさすぎっしょ。それでももしアンタが粛清を受けるなら…アタシが殺ってやるッス。苦しまずに楽にしてあげる」
そう言って愛用銃の一つの銃口が向けられる。黒く鈍い輝きを放つそれも、実際に撃った瞬間はそうお目にかかっていない。それはあの塔の上だけだった。いつの間にか引き金に手が添えられている。彼女が今ここで撃てば私は死ぬ。なのに何故だろう、初めてまた子さんと出会った屋敷の廊下で銃口向けられたときよりも、あの男に銃口を向けられたときよりも、隊士に囲まれて白刃を突き付けられたときよりも、ずっと命の危険を感じないのだ。それはまた子さんの瞳の奥底に本気が無いからなのか。あるいは…
「また子さん。それ安全装置、付いたままですよ」
「えっ…いつの間にそんなに詳しくなってんスか!?」
私が色々と勉強したのも一つあるのかもしれない。私がクスクスと笑っていると銃を下ろしたまた子さんも笑っていた。
「女にこう言うのもアレだけど、アンタ笑ってる方がいいよ。その顔見てるとこっちも何か馬鹿らしくなって笑えてくるから」
「今、変なところ馬鹿にしませんでした?」
「アハハしてないッス!!」
そうして顔を見合って笑っていると、久坂さんが外から荷物を持って戻ってきた。通販で取り寄せた医学書らしい。後で読ませてもらおう。幾つか郵便物を持ち帰ってきたらしく宛名だけを流し読みしているようだ。
「そうだ
さん!!ストレス発散と言えば買い物ッス!また外に行ってパーッと散財して、美味しいモン食べましょうよ!!!」
「え、でも許可が…」
多分下りないだろう。前回外出より、通販で生活必需品を取り寄せてもいいことになったので、物が不足することも無くなったのだ。大体、一部隊士の暴挙とは言えども、まだまだ私の存在に不信感を抱いている人も少なくはないはずだ。遊びで外出したとなれば、それこそ間者や密偵の疑惑が立つのではないだろうか。私が渋っていると「大丈夫ッスよ!晋助様にこのまた子が直々に頼み込んでみるッス!」と握りこぶしに親指を立てられた。それもそれでどうなのだろうか。遊びに行きたいので許可して下さいなんて、私なら許可なんて出さないが。高杉さんとまた子さんが恋人同士だからいいのか…?いや良いわけないよね。仕事にプライベートを持ち込む奴はどうかと思う。私が反応に困っていると、久坂さんにまで「行っておいでよ」と背中を押されてしまった。いや、問題は高杉さんの許可が下りるかどうかだから。私の心配を余所に、また子さんから後日告げられたのは許可が下りたとの知らせだった。
護るものと疑うもの。ふわふわした日常に潜む猜疑の目。
20160820*星宮はちこ 裏語