レプリカ虚像乙女
 【第二章、混濁 十四話、それでも私は前を向く】


“拝啓 お父様お母様
そちらの世界ではお元気でしょうか。一つご報告があります。この度、私は遂に思い出の家を離れました。私を狭い世界に閉じ込めようとしていたあの男とも決別したのです。しかし同時に咎を背負いました。この手を汚してしまったことは一生かかっても償いきれることではありません。ごめんなさい。たとえこの身が汚れてしまっても私の魂は決して穢れることはありません。私は魂は潔く死を選ぶよりも泥臭い“生”を望みました。咎を背負い、私を生かす為に亡くなった皆の分まで精一杯足掻いて生きようと思います。今までありがとうございました。どうか遠いところから見ていて下さい。あの子達にも、「お姉ちゃんはギリギリ頑張ってるからね」と伝えてあげて下さい。それでは私がいつかそちらに行くときまで。

追伸、鬼兵隊という攘夷組織に拾われ…また医者として働かせていただけることになりました。もう一度夢に向かって頑張ります! 貴方の娘 より”



仕事の合間に見つけた時間で久々に手紙を認めた。今回は父母に宛てたものだ。もっと伝えたいことはたくさんあるのに、中々まとめられなかった。とりあえず今日はこれだけ。手紙と言っても相手は故人だし最早手紙の型をした日記になりつつある。分厚い手帳を閉じると鍵を掛けた。他人になんてとても見せられない代物だ。

「で、いつまでそれやってんスか。ってかそれ何?密書?今ウチの中で間者疑惑再燃してんスけど」

声がした。ふと、何気なく私は振り返る。


「ってぇえええ!!?また子さん!いつの間にここに…もしかして見ちゃいました?」
「ニヤニヤしながら何か書いてるのは見たッス」


今この私を取り巻く状況を整理しよう。私は入口に背を向け文机で一心不乱に手紙を書いていた。また子さんはその背後に立っていた。私が必死に書いていたのを見られてしまった…こんなところか。で、こんなある意味での秘密文書見せられるわけがない。プライバシーの侵害だ。私の心境を知ってか知らずが、彼女は静かに手を差し出してきた。何だろうかと私の頭上に“?”が浮かぶ。

「ハイそれ寄越す。中身を見て密書じゃないことを確認させてもらうッス」
「無…無理です。これただの手紙です日記ですプライバシーの侵害です」
「手紙なのか日記なのかハッキリしろォ。中身は幹部のアタシが判断する。寄越せぇえーー!!」

私とまた子さんの間で光速のせめぎ合いが行われる。相手を見ろ。意識を集中させろ。気を抜けばこの戦…負けるのだ。キャイキャイと声を上げて手帳を奪い合っていると、久坂さんが何事かと顔を覗かせた。「はは、仲良いね」なんて笑っているけど、こっちは人生分のこっ恥ずかしい日記兼手紙がかかってるのだ。また子さんには悪いが本気モードでいかせてもらおう。互いが手帳の両端を持ちながら左右に引っ張っている。漫画でよくある引きちぎれるような軟な手帳じゃないことが救いだ。


「よーこーせー!!」
「いーやーでーす!!」


このまま消耗戦かと思われたが私達は既に気付いていたのだ。きっとこの戦いを続けていても意味は無いことを。二人の視線は疾うに交わっている。奇跡的なのかはわからないが左右を引く私とまた子さんは同じタイミングで手帳を床に勢いよく下ろした。だが手は放さない。─バン!と、力強く床を叩く音がする。

「そろそろ諦めたらどうッスか」
「いやいや諦めるのはまた子さんです」

どちらともなくニヤリと笑った。


「いいんスかァ~。何ならこいつの中身を晋助様に直々に確認してもらわなくもないッスよ。間者ならその場で微塵切りッス」
「無理です。何でこんな赤裸々白書見せないと駄目なんですか。むしろ高杉さんもこんなの見たくないわ。見せられたら堪らないわァ。うっかり千切りにしてしまうわァア!!」
「いや微塵切りッス」


硬直状態とは正しくこの状況を差すのだろう。如何すればこの状況を打破できるのか。私はそればかり考えていた。とりあえず見られて堪るものか。高杉さんに見せるなんて論外だ。もれなく千切りだ。
「二人ともいつまでやってるんだ?今日は買い物じゃなかったっけ」久坂さんが再び顔を覗かせた。そうだ今から買い物&美味しい甘味処でお茶のプチ女子会だ。このままでは船から出るのもいつになることやら。私は少しだけ譲歩した。


「見せても良いですけど…二人きりでもいいですか」
「で、これ何なんスか?」
「秘密の手紙兼日記です」
「だから手紙なのか日記なのかどっちかにしろよ」


そのまま手帳をまた子さんの前にズリズリと引きずり渡す。私が手を放した途端に彼女はそれを開こうとしているが無駄だ。この手帳は鍵がなければ中を見ることは出来ない代物だった。一時期有名人が使っていて世間でも流行ったのだが。そんな手帳を知ってか知らずか…おそらく知らないのだろうが、彼女は唸り声を上げながら渾身の力を込めて無理矢理開けようとしている。

「現物は預けておきます。鍵は私が。外で休憩している時にでも鍵をお渡ししますので、中身はその時に確認してください。それでどうですか?」

「上等」と彼女が言ったのでこれにて一時休戦である。結局中身は確認されるので私の負けであるが仕方がない。この際恥は捨てよう。外出の支度は殆ど済んでいた。真新しい着物は岡田さんから頂いたものだ。薄い藤色で、広げた時は似合うのか不安に思ったが合わせてみると意外としっくりきた。長い髪は編み込んで項を出す。鞄は持たずに財布を胸元に仕舞いこむ。久坂さんに挨拶を済ませると二人並んで医務室を出た。何処の店の商品が安いだとか、流行りのモノは何だとか話しながら甲板に出ると、相変わらず隊士が数人待ち構えていた。「早く帰ってこい」だの「政府の犬には着いて行くな」だの言われつつも笑顔で受け流しておく。そろそろ鬱陶しくなったのかまた子さんがメンチを切りながら一蹴すると蜘蛛の子が散るように彼らはいなくなった。恐らく、帰りもわんさか階段周辺に溜まっているいるのだろうが。想像できる。


「随分楽しそうじゃねーか」


その声が聞こえたのと紫煙の香がしたのは同時だった。誰と言わずとも脳裏には顔が浮かぶ。視線を上げれば本人が居た。また子さんは嬉々としながら声を上げる。彼は手すりに背を預け気怠そうに煙管を咥えて、私達が居るこちらには目も向けずにずっと目蓋を閉じているのだ。そこで私の足が止まった。いつの間にか隣にいたはずの少女がその人の元に駆け寄り、嬉しそうな顔で話しかけていた。

二人は恋仲。

攘夷組織の総督と紅一点の幹部。目を惹く艶やかな色男と若く溌剌とした美少女。なんて…お似合いだろうか。私の中で二人の俯瞰図にキラキラとしたエフェクトがかかっている。こちとら初恋とか引きずってるタイプの恋愛偏差値底辺だ。羨ましい。しかし、頬を赤らめて勢いよく話しかける来島さんに対し高杉さんは我関せず…いや聞いているのかも定かではないくらい無関心にボーっとしているではないか。もしかして他人が居る前では亭主関白いやツンデレのツンを発動するタイプなのかも知れない。むしろ今ここに私が居ること自体邪魔な様な気がしなくもない。

「(そういえばお二人でお出かけとかしないのかしら?)」

船内で見かける時には、高杉さんはいつも一人でふらふらしているように思えるし、来島さんに至っては大体武市さんとなにやら言い争っているのだ。つまりあまり二人でいるところを見かけない。ま、私は医務室に籠っている間が大半で船内を用もなくフラフラ歩くこともない。二人の時間は幾らでもあるはずだ。


サーン!!行くッスよー!早くしないと置いてっちゃうから!!!」


一人感傷に浸っていると下から声が聞こえる。ハッと気づいて視線を寄越せば、いつの間にかタラップの中ごろまで降りている来島さんがいた。貴重な逢引きは終わったらしい。ふと高杉さんが居た方向を見ると船内に戻ってはおらず、相変わらず同じ位置と体勢で煙草を燻らせているではないか。ああ何だ、見送りかとは納得した。「待ってください!」と一応声をかけてから、着物のせいでそう足が開かず、走れもしないのでせかせかと早歩きで彼女を追った。タラップの降り口の向こうには高杉さんが居る。素通りなんて失礼なことをできるはずもないので下りる前にペコリと頭を下げた。ゆっくり頭を上げると船に添った形で下に伸びる階段を降りようとした。

「おい…そらァ、岡田の趣味か?」

突然声がかかりは進もうとしていた身体を戻す。岡田さんの名前が挙がったと言うことは…この着物のことを言っているのだろう。勿論今着ている着物は彼に頂いた物の一つだった。一番上品な色と柄で、中々着る機会が無かったので外に出るこの機会にこそ是非と思っていたのだ。

「頂き物です。どうです?似合ってますか」

袖を広げながら尋ねてみた。徐に煙を吐き出した高杉さんはチラリと流し目で私を上から下まで見つめた。全身を吟味されているようで少しだけ背筋が伸びたのは秘密にしておこう。何を言われるのか…ここで蔑まされたらちょっとやそっとじゃ立ち直れないような気がする。私の心音が強く響いてくる。

「どーだか」
「…」

なんて、どっちつかず(でもあまり良くはない)反応に少しだけショックを受けた。せめて“まあまあ”位オブラートに包んでくれてもいいものを。それ以上高杉さんは話題として触れなかった。そもそもこちらを見てもいないではないか。淡々と煙を吸いこんではふわりと吐き出している。こんなことでショックを受けていたら負けだ。きっと負けだ。そう思うとたかが着物のことなんてどうでもよく感じられる。「行きますね」と声をかけてタラップに足を進める。また子さんが下で私の名を呼んでいる。一段、また一段と視界が下りていった。


「おい、使い走りだ。煙草…買ってこい。遂行したら褒美でもくれてやらァ」


階段を何段か降りたところでそう声がかかった。視線を上げれば、体を逸らせた高杉さんと視線が交わる。彼が言っていることは、つまりただのパシリだ。見かけるたびに喫煙している様子からして煙草は彼にとって必需品のようだ。まあいいだろう。「承知しました」と言ってから今度は軽快な速さで下りる。降り立った所でまた子さんには遅いと怒られてしまったが。

「晋助様ァー!!また子は無事に戻ってくるッスよー!!!待っていてくださーい!!」

隣から聞こえる雄叫びに肩を縮めながらももう一度船の方を振り返る。高杉さんは相変わらず同じ位置にいる。此方を見ている様子はなく後姿のままだった。可笑しな人。そう思いながらも私はもう一度前を見据えて町へと足を進めた。








今日は少し足を延ばし若者の街“渋谷”へとやって来た。表通りには流行を取り入れた服屋や雑貨店が並び、一本奥の道へ進むと小洒落たカフェやセレクトショップが点々としている。すれ違う少年少女は皆お洒落で特に女子の間にはミニ丈の着物が流行っているらしい。また子さん前後の歳の子や神楽さんぐらいの子まで様々だ。一通り立ち並んだ店を冷かしてみる。生活に必要なものは不足していないので特に買う予定はない。
小腹がすいたのである一件の奥ばった茶屋に入ると、私とまた子さんはメニューを見て散々悩んだ挙句、結局最初から目を付けていたスイーツプレートを二人同時に注文したのだ。ウエイトレスのお姉さんが忙しそうに給仕するのを横目に、私たちの間には妙に重苦しい雰囲気が漂っている…ような気がする。机の上には水とお手拭と…例の手帳兼日記帳。この中身を他人に読まれる日が来ようとは。また子さんの目が“鍵”と訴えかけてきているようだ。仕方がない。彼女が中身を確認することは一度決めた事。女に二言は無い。は仕舞っていた鍵を机に置くとズリズリと引きずりながら差し出した。緊張からか手が汗ばんでいる。そんな私の心境を知ってか知らずか鍵を取り上げたまた子さんは、ガチャリと音を立てて鍵を開ける。ページを捲る音が妙に大きく聞こえるようだ。

「拝啓…マザー……。…お父様へ。可愛い妹たちへ…。白衣の天使内野さんへ。名も知らぬ貴方へ」

宛先を読む声が耳に届いた。肝心の本文は目で追いながら読んでいるようだ。何だろうこの羞恥は。見られてはいけないメルヘンポエムを消し忘れたままノートを提出してしまい、先生にコメントを書かれたような気分だ。ちなみに私が書いているのは手紙であってポエムではない。ここ重要。ちゃんとした手紙。最初はじっくり目を通していたまた子さんも途中からざっと流し読みしているようにも思える。ページを捲るペースが圧倒的に早まっている。あれだ。古本屋で面白そうな本を探していて、ざっと挿絵だけを流し見して物色している感じと言ったらいいのだろうか。パラパラと規則正しい音が響く。

「…」
「いや何かコメント下さいよ。無視が一番恥ずかしいんですってば」

時にはスルーした方が良い時もある。だが時には突っ込んだ方が良い時もある。今はきっと…いや、絶対といって良いほど反応して貰わないと困る。何だか私がスベったみたいになっている。また子さんに反応を促してみても今のところ無反応。表情すら変わらない。間者だと疑っているのか、決定なのか。「サン一つ言っても良いッスか…」と待ち望んだ応答に私は笑顔で「どうぞ!」と答える。これで私がちゃんとした手紙兼日記を書いていることは理解してもらえただろう。そして間者疑惑も一掃されるはずだ。



「アハハハ!!!何なんスかこのお花畑満開のポエムはァア!もー心配して損したッス!ってか腹痛い。背中も痛いッス!医者やっているって言うからどんな堅物なのかと思ったら、やっぱこんなサンが間者なわけないよね。うん。無いよね。こんなクソ恥ずかしいモンは無かったことにしといてあげるッス。晋助様にも言わないから安心しといて下さいよ」
「だーかーらー!これポエムじゃないです!もー!!日記兼手紙ですってば!」
「ハイハイ。わかったわかった…アハハハッ!」


絶対今馬鹿にされているような気がする…。ウエイトレスさんと周りのお客さんの何だろうかという視線が痛い。お洒落かつ静かなお店の雰囲気をぶち壊しにしてごめんなさい。そして私は顔が熱い。早く治まれと手で顔を仰ぎつつ暫く笑い続ける彼女をジト目で見つめる。二人の間に、注文した“本日のおすすめスイーツプレート”が届くまでもう少しだ。
談笑しながら糖分を補給する。また子さんには何故が生温い目で見られつつも、その一件の後、私たちの間の距離感は何故が縮まった。休憩を終えてから向かったのはゲームセンターの奥にあるプリント倶楽部…通称プリクラのコーナーで女子高生(たぶん)のグループが溢れかえっていた。ここにも人気やら流行の機種があり、評判のプリクラ機には順番待ちの列が出来ている。その内の一つに並ぶと10分ぐらいで私たちの番が回ってきた。人生初プリクラなんてものではないが、ゲーセン等の遊技場は禁止だったので勝手がイマイチわからない。ボックスに入った途端に照明が煌々と照り、まるで白い世界に迷い込んだみたいだ。私が眩しさに目を凝らしている間にもまた子さんはお金を投入し、明るさやら撮影モードを選んでいる。随分手慣れているようだ。“モードを選んでね ─決定♪”なんて音声に案内されながら、ピロンピロンと“決定”の機械音が何度か聞こえる。

「とりあえず撮影しまくって後から選ぶッスよ!」
「わ!背景動いた」
「ってカメラこっちッス!!!」

上下左右流れるカーテンのように切り替わる背景に驚いていると、肩を掴まれてカメラを見る様に言われる。見上げる位置と正面の二台あるカメラは、最初はどちらを見ればいいのかわからなかったが、下にある画面を見て判断するらしい。途端に周囲の明るさが増した。

“撮影を始めるよ!まずは一枚目だよ♪正面を見て! ─3、2、1、パシャ♪”

早い!と思ったら案の定ピースも何もできていなかった。表情も硬いまま。一方のまた子さんはバッチリ決め顔だった。流石慣れているだけある。「どんどん行くッス!恥ずかしがってたら負け!」と、ポーズを崩さないまま言われ、次はバッチリとポージングよう意気込む。

“次は二枚目!上のカメラを見て! 可愛く○○のポーズ! ─3、2、1、パシャ♪”

次はポージングの指定があった。何だ。ピースする気満々だったからイマイチ決まらなかった。一方のまた子さんは言わずもがな…である。自由なスタイルで撮ると思わせといて、変な時に指定が入るとは思ってもいなかった。次はどっちのカメラ?ポーズの指定は? 構える様には前を見据えた。
全部で何枚撮影しただろうか。実際にプリントする分を数枚選択するらしい。最初の方は私の表情やらポーズが何だかおかしいものばかり。後半に行くにしたがって慣れてきたのか、私もバッチリと決まっている…と思いたい。じっくり見て選ぶ前にまた子さんは正しく光の速さで“コレ、コレ、コレ”と選んでしまった。あれ、私の選択権は?撮影ブースの後ろにある、カーテンで仕切られた薄暗い落書きスペースでペンを構えると、スランプやらシールやらで装飾だ。ただここでも不慣れな私は何を書いていいのか悩んでしまった。


「これ!良いじゃないッスかァ!サン名前書いときましょ!ついでにこーしてあーして!」


場馴れしているって凄いことだと思う。ペンを持ったままほぼ棒立ちの私を尻目に、彼女は一心不乱に装飾し続ける。自分がやるよりも誰かがしているのを見る方が楽しいと思ってしまった。プリクラの装飾はかなり自由だ。名前を書いたり、どこどこで誰と何をしたとか目的を書いたり、擬音語擬態語を書き込んだり、帽子やら眼鏡やらリボンをつけたり…。一枚目が終われば次の画像を選択して装飾。学生時代にこんな楽しいモノがあったなら…多分ハマっていただろう。次に表示された画像を見ては噴出した。

「って、これ変顔指定のやつじゃないですか!!なんで寄りによってこれ選択!?」
「変顔も文化ッス。サンよーく似合ってますから」
「それ褒めてます?褒めるって言葉知ってます?」
「うーん、流石!コレ携帯の待ち受けにしたら10人に回さないとってやつっしょ?」
「それ不幸のチェーンメールですってば!」

変顔画像にもそれに合った装飾を。終了のカウントダウンが始まると残りはあっという間だった。終了と共に画面が切り替わり取り出し口を案内される。落書きスペースから離れると、次の組が入れ替わりに入っているのが見えた。取り出し口の上にある画面には“プリント中”の文字。暇になって辺りを見れば、中高生だろう女子のグループがキャッキャと戯れている。座りながらおしゃべりしたり、アイスを食べていたり携帯を弄っていたり。テロも攘夷活動も何もない平和な世界だった。


サン。出てきたッスよ!」


また子さんは手慣れた様子でシールごとに切り分けていく。頑張って真っ直ぐ切ろうと思っていても少し歪むのがお約束。バラしたプリクラが私の前に置かれた。指で並べてみると先ほどの撮影シーンが思い起こされる。何だかんだ…今日はとても楽しかった。若い子の間ではプリクラを交換し合うらしいのだが、生憎私にはそんな相手もいない。

「これ、さっきの手帳に貼っておきますね!」
「ポエム日記に肩並べられるとは…「だから手紙ですってば!」

器用に裏紙を剥がすと、日記帳の表紙の裏に並べて貼り付けておく。

・二人並んでピース
・背中合わせに腕組み
・顔を寄せて上目使い
・何故か後ろ向きで振り返る
・とっておきの変顔

また一つ思い出が増えた。文字では伝わりにくいがどのプリクラにも文字やスタンプがいっぱいだ。また子さんに至っては“鬼兵隊参上!”なんて、誰かに見られては危険なワードを書き込んでいるではないか。もちろんそのプリクラの私には矢印付きで“※一般人”なんて意味があるのかわからない注意書きが加えられている。「まあ…悪くないッスね」とクスリと笑うまた子さんがとても可愛く見えた。それを本人に伝えた途端に眉間に皺が寄ってしまったのだが。もう一度渋谷の街を散策し、陽が傾きかけていた頃そろそろ帰ろうか…という話になった。また子さんは最後に高杉さんに渡す土産のお菓子を選んでいる。ここは人気のスイーツ店で、来る時間が遅かったからか売り切れの味も幾らかあった。ん、私何か忘れていないだろうか…。隣の少女はショーケースを抱える勢いで“あぁー”と悩み呆けている一方で私も頭を抱えながら“うーん”と思い出そうと必死だ。私は “何か” を忘れている。そしてそこまで考えて “煙草…買ってこい” と、頭の中であの人の声が木霊した。

「「高杉さん!/晋助様ァー!」」

二人見事に重なった。
煙草を買ってくるようにお使いを頼まれていたのをすっかり忘れていた。まだ帰りの電車に乗っていなかったことを喜ぶべきだろうか。思いだせて良かった。このまま船に帰っていたらお使い一つこなせない無能な女として処分されていたかもしれない。いや本当に良かった。







「もー!!サンってホント抜けてるんスから!!このまま手ぶらで帰ってたら、晋助様以前にこのまた子が許さなかったッスよ!!!」
「だからすみませんってば!でも…また子さんが居てくれて良かったです」

ぬるい怒声を浴びながら私はお目当ての煙草の葉の包みを抱えて歩いていた。二人の声が重なった後、驚いたのは来島の方であった。突然後ろから叫び声がしたのだから無理もない。しかも高杉さんの名前だし。振り返った彼女にお使いを頼まれていたことを伝えると、店中の客が振り返る勢いで叫ばれたのはここだけの話。いや、貴女一応攘夷組織の一員何だし目立つ行動は…と言いかけてしまったではないか。それから「その任務はとっとと完遂させるッスよ!」と、あれだけ悩んでいた土産のスイーツをあっという間に決め購入した。
巻き煙草(普通の煙草)は自販機でどこでも買えるし、取扱いの無い銘柄でも街角の煙草屋ならだいたい手に入れることが出来る。だが刻み煙草は今や少数派で取り扱いをしている店は少ない。若者の街渋谷には取り扱っている煙草屋は無かった。此処から一番近い刻み煙草専門店を探し、少し遠出をしてかぶき町に近い繁華街までやって来た。銘柄も色々あるらしいが私は殆ど詳しくない。そこは勿論また子さんが店主にドコドコのアレと言えば伝わり無事に購入することが出来たのだ。流石また子さんである。銘柄…覚えておこう。品物が入ったビニール袋を提げながら夕焼け空を仰ぐ。遠出したから少し遅くなってしまった。質屋だろうか、通り過ぎ様にショーウィンドウに並べられた宝石類が目に留まった。自然と足が止まる。ライトを受けてキラキラと輝く石たち。掲げられた値札には普段見ることの無い桁が並ぶ。それほどの価値があるのだろう。河原の石ころとは随分見た目も価値も違うものだ。「興味あんの?」と聞いてくる彼女に、「河原の石とは違いますね」と笑うと「んなの当たり前ッス」と言われてしまった。


「晋助様が心配するといけないから、ちと遅くなること連絡してくるッスよ。サンは迷子にならないよう一歩も動かないで下さいね!ここで石ころでも何でも眺めてて下さいよ」
「大丈夫ですって。子供じゃないんですから」


少なくともまた子さんより年上だコノヤロー。大体迷子になんて誰がなるか。と思っていると、また子さんが公衆電話を使い何処かに電話をかけている。アレ?彼女携帯持っていなかったっけ? まあいいかと道端で邪魔にならないよう隅の方に寄っておこう。また子さんの後姿を遠目に見ながらボーッと空を眺める。今から帰れば夜になるだろうか。忘れないうちに煙草を高杉さんに渡さなくては。私はすっかり考え事をしていた。

「ッ!?ごめんなさい!」

─ドンッと道路の隅に居たのに誰かにぶつかった…いや少なくとも相手が進んできたのを避けきれなかったのだ。直ぐに私は謝罪した。顔を上げると腰に差した刀が目につく。そこには髷を結った浪士の姿。それも三人組だ。廃刀令のこのご時世、繁華街でこんなに堂々と腰に刀を差す浪士がどんな人たちか…私は知っている。

攘夷浪士

顔を拝見しても見覚えはない…と言うことは鬼兵隊所属ではないのだろうか。もし鬼兵隊ならば私が知らなくても相手の方が私のことを知っているだろう。攘夷組織も色んな党派があると例の本で知った。○○党だとか××派だとか各々名乗っているらしい。事を荒げず、面倒事には関わらないのが一番だ。それは自分自身の為であり来島さんをはじめ鬼兵隊の為でもある。だが相手の浪士はそれを許してはくれないようだ。


「痛ってぇー。おい嬢ちゃんどこに目ェ付けてんのォ!?俺らこの国を変えんと幕府と闘う志士いやもはや金獅子なんだけどォ!?今ので腕持ってかれたわ。ちょっと責任取ってもらおうやないの」
「オイオイオイ。大丈夫かァアア!?こりゃ酷でぇのう!!」


あ、こんな展開本当にあるんだ。はそう思った。三人の内二人が小芝居を始めているではないか。何が酷いだ。酷いのはアンタらの芝居の方だ!内心そう叫ぶ。これはまた面倒事に絡まれそうだ。早くまた子さんが帰ってくれば…何とかなりそうだ。ふと彼女の方を見ると相変わらず公衆電話ボックスに入ったまま。しかも後ろを向いていてこちらには全然気づいていない。早く電話を終わらせてこっちを見て!とは声には出さずに心の中で叫ぶ。


「まあまあお前ら待てや。この女見た所中々の別嬪さんじゃねーかよォ。もしや、かぶき町のホステスか何かァ?それとも吉原…いやあそこの女は外には出れんか。俺らァそこらのチンピラじゃねぇ。さっきも言ったが国の為…いやこの国を変える為に日夜奔走しているモンだ。こんな日暮れに女一人でこの町うろつくのは危なねぇぜ」
「先ほどは申し訳ございませんでした。そしてご心配いただきありがとうございます。しかし連れが間もなく参りますのでご安心ください。それでは」


三人組の内最後の一人はどうやら真面な思想だったらしい。これ以上絡まれるのは面倒なので、そそくさと頭を下げると、人通りのまだある表通りを進みまた子さんの元へ急ごうと足を進めた。が、手を掴まれたのか動けなくなる。急いで振り向くと最後の男が私の手首を掴んで放さない。振りほどこうにも男女間の力の差は歴然だった。

「待てや。まだ行っていいったぁ言っちゃいねーよ。悪いがちと来てもらおう。身なりも整った女か…売ればイイ金になるぞ」
「放して下さい!」

さっきまで通行人が居たのに今はパタリと途絶え人の気配がない。また子さんはまだ後姿。遠くて叫んでもきっと声は届かない。声を上げ手足をバタつかせながら抵抗を試みる。その間にも体が引かれ表通りから遠ざかっていくのが分かる。細い路地に引きずり込まれようとしているのだ。声を上げれば、残りの男に後ろから口元を押さえられた。苦しくて声が出ない。

助けて!

心の中でずっとそう叫んでいた。また子さんの名前を叫ぶ。なのに薄れゆく意識の中、頭にぼんやり浮かんだのは高杉さんの後姿だった。


また子嬢とイチャイチャ。そして二章クライマックスに向けて事件。
20160828*星宮はちこ   裏語