レプリカ虚像乙女
 【第二章、混濁 十七話、静かに翼を閉じて】


私の知らない街をバイクは進んでいた。
「行くぞ」と高杉さんが声を掛けると目の前に佇んでいたサングラスの男の人はニヤリと笑い「承知したでござる」と言った。ござる…って何者だ。まさか忍者とか?しかしその風貌からしてどう見ても最近の若者でしかなく、忍者には到底見えなかった。変装をしているようにも思えないし、恐らく鬼兵隊所属なのだろうが初めて見る人だった。そして何より高杉さんと親しくしているような印象を受けた。
建屋を出た先にはサイドカー付きの厳ついバイクが停まっているではないか。サイドカー。一昔前に流行っていたが今どき中々お目にかかれない代物だったりする。何も言わずに高杉さんは側者部分に乗り込む。あれ…これ定員とかヘルメット未装着とか色々と問題がありそうな気がするのだが。不安そうな表情が伝わったのか、彼は私を見ながら「心配いらねぇよ」と言った。私は相変わらず高杉さんに横抱きにされ…彼の膝の上に横向きに座り上半身を預けていた。

「にしても好き放題やられたみてぇだな。酷ぇツラだ」

殴られ叩かれ蹴られ…。この上ない理不尽な暴力を受けたと言っても過言ではない。鼻血も出たし口元も切れている。後は目蓋の上が腫れているとか…。鏡で見ていないから今の自分がどんなに酷い姿か見てはいない。見ない方が良いのかもしれないけど。ガサガサと高杉さんが動いている振動が伝わったと思えば、頭から何かを被せられた。視界が遮られ真っ暗。途端に紫煙の残り香に包まれる。何だろうと頭を振れば光が見えた。手で触れて頭を出すと黒い布…もしかすると羽織りだろうか。急ぎ確認してみる。確かに彼はいつもの羽織を纏っていなかった。布を広げれば両端に袖が見える。これはやっぱり高杉さんの羽織だ。


「暫く被ってろ。酷ぇツラ晒すよりゃいいだろ」
「ありがとう…ございます」
「万斉。ニヤついてねーでとっとと発進しろ」


すると荒いエンジン音を響かせてバイクはゆっくりと進み始めた。倉庫街を抜け、何処かの街の海沿いの道を進んでいる。中央分離帯に連なる外灯のオレンジ色の光が規則的に横切っていく。まる一日ぐらい…あの倉庫の閉鎖的な空間にいたのだろうか。分からない。頭もあまり働かない。外の空気はとても気持ち良かった。もし、あの場所に高杉さんが来てくれなかったら…私はどうなっていたのだろうか。考えるのはそればかりだ。暴行を加えられ続け、挙句の果てには人身売買の品物にされていたかもしれないのだ。そうなってしまえば最後。この夜景も外の新鮮な空気も感じることは無かったに違いない。ただ、この偶然と奇跡に感謝するしかなかった。神様ありがとう、高杉さんありがとう…と。緊張や恐怖から解放された安心感が胸を満たしていく。

私は泣いていた。

堪え切れなくなった涙が頬を零れ落ちる。声を出すまいと強く思っていても、もうどうにもならなかった。酷い顔がもっと酷くなるのだろう。鼻水を啜りながら唇を噛みしめる。

怖かった。辛かった。逃げ出したかった。帰りたかった。

本心はそれだけだった。どれだけ屁理屈を重ねても、自死する勇気も無く生き続けたいという思いしかなかったのだ。最後に…私は自らの魂を掛けて奴らと戦うことが出来ただろうかと自らに問うてみた。明確な答えはない。あの時私は声を上げた。残ったのはその事実のみだ。泣きつづける私に高杉さんは何も言わなかった。抱かれた肩が熱を帯びたような錯覚を覚えた。包み込むように纏われた彼の香りが心を跳ねさせ…そして落ち着かせる。私は全身でその人とその温もりを感じていたのだ。この感覚は何と呼べばいいのだろう。ただ温かく懐かしく愛おしかった。

強くなろう。せめて自分くらいは守れるように。いつか誰かを守れるように。

私はそう心に決めた。今はただ自分自身だけのちっぽけなものかもしれない。でもいつかは誰かを守れるくらいに強く、立派になろうと誓った。また子さんに銃でも習おうか。或いは剣術でもいい。私には力が必要なのだ。



…お前ェが何考えてるかなんて俺にはどーだっていい。女がどうこう言っている訳でもねぇ。ただ、俺ァ自分の信念持って突き進むヤツは嫌いじゃねェ。俺は生憎医者でもないから治療なんてこったァ出来やしねぇがお前は違う。鬼兵隊の中で、お前はお前が出来ることをしろ。それ以上のもんなんざ端っから期待してねェよ」



一瞬、見透かされているのかと思った。驚き見上げても高杉さんは表情一つ変えていない。煙管を咥えたままどこか遠くを見据えていた。それは彼なりの優しさだろうか。


「高杉さん!私、貴方に…ついて行きます。今一度、鬼兵隊に置かせてください」
「…手放したつもりはねーがな」


無意識のまま彼の背に手を回し、目蓋を固く閉じたまま全てを感じていた。吐き出した煙の香りがしたかと思うと途端に風に流されて消える。だが衣に染み付いた残り香は消えることは無い。すると被った羽織の上で何やら声がする。

「オイ。前見て運転しろ」
「ちゃんと見てるでござる」
「嘘付け」

─カンッ と、高い音がして、ゆっくりと目蓋を上げると、煙管をサイドカーの淵に当てて灰を落としたようだ。「あ、携帯灰皿…」と小さな呟きが零れる。贈ったものの実際の所使ってはくれていないようだった。残念。

明るい街を抜けて人気のない道を進んでいると見覚えのある街並みに変わる。ここは…船が停泊している港町だ。戻ってきたのだと思った矢先、バイクの速度が遅くなり…止まった。てっきり真横まで行くものだと思っていたのだがどうやら違うらしい。船までそう遠くはないが少し歩くことになりそうだ。が動こうとすれば抱え込む腕がそれを許さない。立ち上がった高杉さんに再び横抱きをされている。

「拙者は油を入れてくる。先に戻っていろ。一つ忠告しておくが…煩いのに気を付けるでござる」

バイクが離れる音がすると彼がゆっくりと進み始めたのが分かった。歩くたびに体に振動が伝わる。被った羽織の隙間から薄暗い街並みが見えた。このまま船に戻っても問題ないのだろうか。私は昨日から行方不明。高杉さんが来てくれたものの、船では騒動が起こったに違いない。戻った途端に間者として始末…ということもあり得なくはない。もしかして高杉さんもグルなのかもしれないと考えた所で、何故かその可能性を否定した。高杉さんに限って“無い”であろうと。遠くに鬼兵隊の船が見える。ようやくここまで戻ってきたのだと実感した。

「俺が良いって言うまで俯いとけ」
「…はい」

その言葉に大人しく従うことにした。暫く進んでいると人の声が聞こえた。そしてそのままガヤガヤと周囲が煩くなってきたことがわかる。顔を上げずには何が起こっているのかはわからない。私の耳に届いたのは焦燥や驚きを含んだ「高杉さん!」やら「総督!」という声だった。鬼兵隊の隊士に見つかったのだろう。しかし高杉さんの返す声は聞こえなかった。
突然上下の振動が規則的に、かつ大きくなった。何だろうと驚いた拍子に顔を上げれば、視界が高くなっている。丁度タラップを上っていたのだ。更に視線を上げれば高杉さんの横顔。思ったより近い。そしてその整った横顔から逸らせなくなった。長い睫毛の下には切れ目の瞳。白い頬とシャープな顎筋。私の心が躍った。甲板に上がると周囲が一段と騒がしく感じる。


「晋助様ァア!!!一体何処へ行ってらしたんスか!万斉先輩が、サンの事は心配要らないとか言って出て行ったきり戻ってこないんスよ!!ってこの服…まさか?」

あ、また子さんの声…なんて私は能天気に考えていた。すると、



「久坂を呼べ!!寝てたら叩き起こせ」



上から低く怒鳴るような鬼の声が聞こえ驚いた。縮こまりつつ上を見上げるとスッと視線が交わった。ビクりと肩が反応する。彼の怒号があまりにも怖かったからだ。しかし交わった視線には怒りは感じられない。だからと言って優しいモノでも無かったのだが。高杉さんと三秒くらい見つめ合うと、彼の視線が前に戻った。何だったのだろう。来島さんは高杉さんの声に反応し医務室の方へと走り去っていった。私達も外から船内に入ると医務室への道のりを辿る。階段を降りて長い廊下を速足で通り過ぎる。
すると、

「血の匂いがするねェ。何だい。俺の居ないところで祭は終わっちまったのかィ」

岡田さんの声がした。声と同時に高杉さんが立ち止まったようだ。顔を上げようとすれば抱えられている手が動き、遮られる。未だに私の視野は暗いままで布の隙間から僅かに廊下の壁が見えていた。


「お前の出る幕は無ぇ。失せな」


追って上から高杉さんの声。そして再び彼は動き出したようだ。ここで岡田さんと会話をするつもりはないらしい。何処か遠いところから、一際耳に残る声がかけられる。

「おやおや随分と嫌われちゃったねェ。まあいいさ。今日の所は大人しく引いておくとするよ。アレは嬢ちゃんへの見舞いだ受け取ってくれ」

岡田さんの声に答えようにも回された高杉さんの腕の力が強くて中々声が出ない。それきり岡田さんの声は聞こえなくなってしまった。歩きつづける緩やかな風を感じながら無言のまま、幾多の廊下の壁が通り過ぎていく。一つ角を曲がる。そう変わり映えもしない壁だがその扉が開く音には聞き覚えがあった。医務室の扉だ。思わず顔を上げると中に居る久坂さんと目が合う。そして私の顔を見た途端に、血相を変えた久坂さんが走り寄ってきたのだ。


「大丈夫か!?話は聞いたぞ。嫁入り前の娘がこんな傷だらけになって!!直ぐに治療に入ろう!!」


私はそのまま診察台に横たわらせられた。カーテンで仕切られた中で、帯を解かれて全身の負傷状況を確認される。血が出たと言っても、刀で切りつけられたわけでもなく鼻血か口を切った程度なのでそう深い傷ではない。それでも着物が血塗れだったのはきっと…修羅の如く暴れた高杉さんの振った刃から飛んだ返り血だろう。あの時、悲鳴も血飛沫も何もかもが飛び交っていた。残りは全体的に暴行を受けているので、目蓋は腫れているし、頬はジンジンと痛いし、後は肩やら腹やらに内出血があるくらいだろうか。下着の一枚上、襦袢をズラすと久坂さんが固まったのがわかった。あ、あれだ。

「すみません…晒です。色々事情がありまして、外に居る時は胸潰してるんです」
「ではこのまま診察を進めるよ」

襦袢を脱いだ肩には内出血の痕、手首には腫れと痛み、腹には目立った外傷はないが痛みは感じている。足は膝が青く腫れ、足首は赤く腫れている。もしかしたら骨にヒビが入っているかもしれないので、レントゲンを撮ることになった。その結果右手首の部分にヒビが見つかった。体には目立った外傷は無く、顔は主に目蓋と頬の腫れが目立っている。顔をタオルで拭われると、白地に赤茶色の染みが汚く広がる。診察の結果、約一か月の安静が言い渡された。
医務室のベッドに横たわりながらふと周囲を見渡すと、高杉さんの姿はもうどこにもなかった。部屋に戻られたのだろう。管理がしにくいと、療養中の一か月は部屋ではなく医務室のベッドで生活することとなった。着脱が簡単な着物を着せられ天井の白を眺める。何かあったら呼びなさいと、ナースコール的なボタンを渡されている。色々あり過ぎて脳内の整理が追いつかない。今日はただ寝ようと、薄明りのスイッチに手を伸ばし消灯した。


*****


顔の痛みは三日経てば随分治まったような気がする。腫れはまだまだ気になるものの治まる傾向が見て取れる。体は動かせば痛いが大人しくしていればそう気にもならない。ここ数日は久坂さんが付きっきりで看病してくれた。彼にも仕事があるだろう。時おり医務室を訪れる隊士を応対している声が聞こえてくる。今までの仕事(主に雑用)が出来ないと、手持無沙汰と言うか何とも変な感じだった。時計を見ればお昼の12時前。動けない間、食事はいつも久坂さんが運んできてくれていた。今日もそうだ。いつも通り「ご飯持ってくるから」と声を掛けられ、「お願いします」と答える。読んでいた本のページを捲るのと久坂さんが医務室の扉を開いたのはほぼ同時だったのだろう。

「「「どぁああああ!」」」
「!?」

男性の声とドタドタと何やら騒がしい音が響いてきた。入室してきた人の目につかない様にと白いカーテンで仕切られたままの私には音しか届かない。薄地のカーテンが開いた扉から流れ込んでくる風で僅かに波打っている。私は何事だろうかと顔を上げた。

「君達!一体どうしたんだ!?」

驚く久坂さんの声。


「病床で臥せっているさんの為に食事をお持ちしましたァア!!」
「栄養を考えて俺らでも色々差し入れ持ってきたっす!!元気出して下さい」
「何だかんだ心配でお見舞いに来ました!!」


最初の声は鳥羽さんだ。次の人は知らない声。三人目は聞いたことあるような…でも顔も名前も思い出せない。少なくとも出入り口には三人以上、数人の隊士が押し寄せてきたようだ。
「はっはっは。これは私の出る幕じゃないようだね」と、これには呆れたような久坂さんの声が聞こえた。状況を推測すると、久坂さんが食事を取りに行こうと扉を開けたところ、既にスタンバイしていた隊士がなだれ込んできたと思われる。


「ゴルァ!!野郎ども!!そこをどくッス!!サンは卑劣野郎の外道な仕打ちを受け、身も心もボロボロの状態なんスよ。只でさえ顔が腫れて人前に出ることも憚られるのに、そんな女の元にズケズケと踏み入る行為!!この来島また子が許さないッスよ!!!」

「ひぃいいい!」
「すんませんっしたァ!!」


次はまた子さんの怒号と男性の悲鳴。ついでに走り去る音が小さくなり、何も聞こえなくなった。うん?何が起こったのだろうか。少しして、カーテンの向こうからまた子さんの声がかかった。


サン大丈夫?ウチッスよ。来島また子。外野が煩くして申し訳ないッス。ったく、デリカシーってもんが無いんスよ。鬼兵隊たる男子がこれじゃあ呆れるわ」
「また子さん?」


彼女と会うのは誘拐(失踪)の当日ぶりだった。彼女には迷惑も…心配もかけてしまった。謝罪しなければならないけど、面と向かって会う勇気が持てない。向こう側から「開けてもいい?」と尋ねられたので、私は自分でカーテンを引っ張った。割れた白の先に、いつもの彼女が立っている。目が合った途端に彼女は私の名を呼んだ。


「酷い顔…。変なストーカー殺人鬼だとかDV攘夷浪士とか男運無いんじゃないんスか?」
「泣き面に蜂なんで追い込むの止めて下さい。大体そこ、男運と関係ないですから」
「ハイ、これさっきの隊士が持ってきた食事。ちゃんと食べてとっとと元気になるのが一番ッス」
「ありがとうございます」

膳を見れば、今日のメニューはサバの塩焼き、小鉢には五目豆とオクラの和え物、味噌汁は豆腐とわかめ、栄養満点美味しそうの一言に尽きる。ん、隅に個装のお菓子が沢山乗っている。チョコにクッキー、マシュマロまで。その一角だけ賑やかだと思った。

「ったく、何なんスかね!このお菓子の山は!子供じゃあるまいし」
「まあまあ、許してやってくれよ来島君。みんなで持ち寄ったんだ。君が元気になる様にって」
「久坂さん甘やかしては駄目ッスよ」
「俺は少し席を外すから…、来島君少し彼女の事を見ててくれるかい?」
「付きっきりだったんだもん。ゆっくり休憩して下さい久坂さん!」

敬礼のポーズで彼女は久坂さんを送り出す。そしてカーテンの隙間から彼の姿は見えなくなってしまった。確かにここ数日、何かあれば久坂さんが手を貸し付きっきりで世話をしてくれていた。少しは一人になって休みたいときもあるだろう。ここで寝てたって、何が起こるわけでもなかったのだから。このまま寝そべったままなのも気味が悪い。最新の病院ベッドは機能が充実していて、ボタン一つで上半身の部分が起き上がるのだ。起き上がった背もたれに頼らず、私はベットの上で上半身を起こしながらまた子さんを見つめた。

「心配…したんスよ」

突如、また子さんの寂しそうな声が届いた。



「突然いなくなって、心配して、探し回って…でも見つからなくて、急いで船に戻って。それなのに皆そんなに深刻に考えてなくて。サンの間者容疑は確定されるわ。晋助様まで見つけ次第始末しろって言い出すし。アタシもどうしたらいいのかわかんなくなっちゃって…。とりあえず誰よりも先に見つけて連れ戻そうって躍起になってたッス。屁理屈こねるなら言い負かして説得してやろうって。散々怒ってやろうって」



俯いたまた子さんの表情は暗く目尻には涙が滲んでいる。普段の天真爛漫な彼女からは想像もできない姿だった。


「そしたら万斉先輩が“心配ない”とか言って出て行ったっきり戻ってこないわ。武市先輩には船から出ない様に言われるわ。散々だったッス。でも、晋助様が戻って来たって聞いて駆けつけてみたら…サンがいて…こんなボロボロで…。全部聞いたッス。拉致られてたことも、監禁され暴力振るわれてたことも。それ聞いたらもう怒る気なんて失せちゃって。何でこうなる前に目を離したんだろうって。今思えば、サンって抜けてるから、変なヤローに目つけられやすそうだったし、口車に乗せられてヒョコヒョコ付いて行きそうだったし」


握った拳が僅かに震えている。また子さんは自分を責めていたのだろう。そんなことも知らずに私は自分のことだけを考えてた。必死に探し回るまた子さんの姿が浮かんで、苦しくて申し訳なくて。私は思い知ったのだ。

ああ、やっぱり私は多くの人に生かされているんだって。

気付いたら私も泣いていた。静かに涙が頬を伝っている。今回の事件で私は多くの人に迷惑をかけたのだ。外を出歩けるようになったら謝りに行こうと心に誓う。そして高杉さんに、もう一度船に置かせて頂けるようにしてもらったのだから、今以上に鬼兵隊の為に働こう…と。


サン…約束して下さい。もう二度とウチ等の前から勝手に居なくならないって。もう二度と心配かけないって」
「ごめんなさい…また子さん。本当にごめんなさい。私、誓います。もう皆さんに迷惑かけないって」


私の口からはそれしか言葉に出来なかった。私の言葉を聞いてまた子さんはクスりと笑う。

「約束ッスよ。ハイ、指切り。言っとくけど、女は一度交わした約束は守るもんスよ」
「…」

また子さんの指に自分の小指を掛けお決まりの台詞で結んだ。手同士が離れると、スッと目の前に何かを差し出される。見覚えのあるそれは日記帳だった。私が持っていたはずなのになぜ彼女が持っているのだろうか。そう言えば久坂さんに服を脱がされた時には身に付けていなかった。

「裏通りに落ちてた。こんなもん放り出してサンが居なくなるはずないって信じてたッス」
「ありがとう。無いことに今気付きました」
「って、あれだけギャーギャー言ってたのに今気付いたとかどんだけ抜けてんスか!?」
「抜けてないですよ。忘れてただけですって」

受け取った日記帳は机の隅に立てておく。今まですっかり忘れていた。恐らく通りを逃げ回っているうちに落っことしたのだろう。偶然ではあるが、奇跡的にまた子さんに拾われたからこそ私の手まで戻ってきたのだ。感謝。

「あと換えの下着…持ってきたんでココ置いておくッスよ。野郎には言い辛いっしょ?他、必要なモンあったら遠慮なく言っていいから。隊士には回復するまでカーテンより中には入らないように行ってあるし」
「ハイ、何から何までありがとうございます」

カーテンで閉じられた空間に笑い声が響いた。久々に笑った気がする。私達がお喋りに夢中になっていると、白いカーテンに人影が伸びた。誰だろうか。医務室の扉が開いた音は一切しなかったが、久坂さんが戻ってきたのだろうとでも思っていた。


「失礼するでござる」


─シャッ と、声すら出す間も無くカーテンが開いた。私達は何事だろうかと一斉にその方向へと視線を向ける。パッと目が合ったのは(しかしその人はサングラスをしているので視線が合ったかどうかはわからないけど)高杉さんを迎えに来た男の人だ。今と同じように“ござる”口調で話していたのが印象的なその人は、全体的に黒色を纏い、ツンツンと髪を立たせた頭にヘッドフォン、革張りのジャケット、三味線を背負っている現代風な若者である。


個人的には甘いと思っていますが、世論的にはいかかでしょう。微糖レベル??
20161015*星宮はちこ   裏語