レプリカ虚像乙女
 【第三章、紅桜 二十三話、江戸湾沖攻防】


辺りの様子を窺い背を向けていた鳥羽が振り返ると、視界に入ったのは廊下に倒れる女の姿だった。慌てて名を呼び駆け寄るも反応はない。肩を揺さぶるも彼女の意識はなかった。半ばパニックを起こしそうになりながらも彼はその女を抱え、医務室へと走った。彼女を見た途端、久坂は医務室のベッドに寝かせるように伝える。朝から体調が良くなかったのであろう。無理を通した結果この有り様だ。自身の読みの甘さがもたらしたもの。侵入者の一件もある。体調不良の彼女を船内に出した責任は船医の久坂にあるのだ。彼女を任せ、連れ帰ってきた鳥羽は眠る彼女の傍ら状況を報告する。賊に襲われたわけではないとのことで、久坂は一先ず安心した。

「鳥羽君。君の件は一応総督に伝えてくれ」
「わかりました」
「昨夜のこともあるからここも警戒を怠らないでおこう。そろそろ侵入者の尋問が始まる頃か」
「あちらは武市殿が居られるから問題ないでしょう。俺は急いで総督の所に向かいます!」

眠り続ける女を余所に、久坂は神妙な面持ちで手の届く範囲に置いた刀に触れ、鳥羽は急いで医務室から出て行った。



降り続ける雨によって生温く湿気を帯びた空気が船内に充満し、どこか陰鬱さを感じさせる。医務室から飛び出た男は船内を走り回っていた。総督の姿がどこにも見当たらないからだ。目ぼしいところを当たってみても全てハズレ。残るは…工場だけだろう。一般隊士でも入室を制限されているそこは、鬼兵隊の最重要機密が隠されている場所。勿論“彼女”にも秘匿されている。廊下で喉を擦る来島とすれ違いながら、鳥羽は工場の入口を目指していた。
厳重なセキュリティーがかかった扉が開くと、薄暗く広い空間に薄紅色の妖しい光が浮かび上がっている。連なる円柱の水槽の様な培養槽とそこから伸びる数えきれないほどの管。精密機械用のシリコンオイルで満たされた中には上下を固定された垂直の刀が一振りずつ収められている。普通のものとは到底異なる刀の表面には集積された回路が光っていた。

対戦艦用機械機動兵器“紅桜”

それこそ妖しく光る刀の正体。「電魄(でんぱく)」と呼ばれる人工知能を有し、使用者に寄生する生きた刀。この兵器は鬼兵隊の攘夷活動の主戦力となるだろう。使えば使うほどに戦いのデータを集積し、やがて一振りで戦艦十隻の戦闘力となり得るのだ。工場の中央辺りには鳥羽の目当ての人物の姿があった。隣には紅桜の製作者の姿が見える。鳥羽は高杉に駆け寄ると「総督」と声を掛けた。途端に視線が向けられる。


「失礼致します。総督のお耳に入れておきたいことが」
「何だ」
さんが倒れました。朝から体調が優れなかったようで…今は眠っておられます」
「アァ?んなもんほっとけ。一々報告することのもんでもねェ」

ギロリと強い視線を向けられ鳥羽はまるで蛇に睨まれた蛙の様に固まった。場の空気が凍ったとでも言うべきだろうか。体感的にもヒンヤリと寒い気がする。しかし空気は途端に動き始める。高杉の隣にいた長髪の刀鍛冶が大きな声を上げ「ガハハ」と笑ったのだ。


「他を顧みらず“鬼”と呼ばれ、幕府をも震え上がらせる貴殿も“人の子”であったとは!私は以前、“たった一つの目的に向かい進む姿は美しい”と申し上げ、互いに共感したはずだったが」
「村田ァ…勘違いすんな。俺は目の前に続く一本の道しか見えてねェ」
「ハッハッハ!だと言うことにしておきましょう!!」


高杉は視線だけを彼に寄越した。それは無言で「行け」と伝えているのだと悟り、鳥羽は頭を下げその場を後にした。







一方で久坂は医務室に留まり、昨夜の負傷者の記録を詳細に書き連ねていた。カーテンで仕切られた奥のベッドにはが眠ったままだ。ついさっきの出来事である。勢いよく開いた医務室の扉から現れたのは先ほど出て行った隊士の鳥羽だった。その手に抱かれたぐったりとした助手の姿を見て、只事ではないと判断したのは実に早かった。急いで確認しても特に外傷もなく気を失っているだけの様だった。鳥羽に確認しても、後ろを振り返ったら倒れていたとのことで侵入者に襲われた等ではないと言う。昨夜…侵入者が総督の暗殺未遂を起こしたことや重症の岡田の治療も重なってか、十分な休息をとっていなかったことは想像に易い。取り合えず暫くの間休ませることにした。静まり返った医務室の中でどれほど時間が過ぎただろう。未だ目覚める様子がない彼女を気にしつつも手を休めることはしなかった。しかし突然、扉の開く音がした。


「総督殿?」


久坂は驚いた。刀を差したままの高杉が医務室に入ってきたからだ。彼がここに来ること自体、かつては考えられなかったことなのだが。今は何だかんだ理由は想像できる。

「ったく、どいつもこいつも煩くて敵いやしねー。で…どうなんだ」
「心労が重なったのでしょう。今は穏やかに眠っておいでですよ。お会いになりますか?」
「いらねェよ。久坂ァこんな時だがこれから色々と面倒事片さなきゃならねー。チョロチョロされたら厄介だ。起きてもここから出すな。精々縛り付けとけ」
「ご安心ください。彼女は私がお守りしますよ」
「どーだか」

そう言って久坂が卓上の刀を取って見せた時だった。─ドォォオン!! けたたましい爆音と同時に船が大きく横に揺れた。ビリビリと振動が身体に伝わってくる。固定していなかった備品が床に散乱した。状況が掴めない…が、恐らく良くない事が起こったのは間違いないだろう。久坂は周囲をキョロキョロと伺っているが、彼の前に居る高杉は随分と落ち着いた表情をしている。



「おっ始ぱじまりやがったか。俺ァちっと岡田の尻でも叩いてくらァ」



久坂が見た高杉の瞳は正しく鬼の眼をしていた。扉の閉まる音がすると室内にいたはずの男の姿は無くなっていた。最初の爆音と衝撃から少し経って、連続した爆撃が船を襲った。グラグラと船が揺れ照明が一瞬消えかかる。パラパラと埃が落ちてくる。医務室の外、廊下では何やら混乱した隊士たちの乱雑な足音が幾つも通り過ぎる。「急いで船を出せぇえ!!」と誰かの叫びが響いてきた。真選組か或いは別の何かか。鬼兵隊は今、襲撃され危機的状況に瀕していたのだ。



「状況をお伝えします!現在、桂一派による四隻の飛行船から襲撃を受けております!!」
「このままでは撃沈されるのも時間の問題。武市殿の指示で、直ぐに我らも飛び立ちます故。相当の揺れが予測されます。久坂殿もさんもお気を付け下さいィ!!」



慌てて駆けつけた隊士数人から、この船の置かれた状況と混乱の原因が伝えられる。幕府側と戦闘とも思われたがどうやら違うらしい。桂一派と言えば、かつては同じ攘夷を掲げた組織ではなかっただろうか。今や穏健派に成り下がっという噂も聞くが。未だ彼女は目覚めない。何事も無い日常だったならば、このままずっと眠っていても構わなかったが、今の状況は最悪と言っても過言ではない。船内での戦闘が始まっていないのが唯一の救いだ。早く彼女が目覚めてくれれば…船医はそう深く祈った。

程なくして、隊士の報告の通り船が動き始めたのを体が感じる。最初はゆっくりとやがて相当の速度を保ちながら。しかしこの船はただの海上を走っているわけではない。ある一瞬を境に、グッと体を持ち上げられる感覚がした。海から空へと飛び立ったのだ。余裕のない今は相当の急角度・速度で船首を持ち上げたのだろう。固定していない物、固定が緩い物が船尾側に向かって転がっていく。書類やワゴン、キャスター付きの椅子まで。戻すのが大変そうだ…なんて最初は考えていたが、それらには構っていられなかった。想像以上の急角度に自身の身の安全、体勢を保つことに精一杯だったからだ。ちなみに彼は器具で固定された棚を掴んでいた。そして彼女の眠るベッドは床に固定されているし、彼女自身もベルトで固定してあるのでしばらくは安全だろう。船が水平を戻しても砲撃は続いた。時おり命中したそれは船に衝撃と爆音を伝える。船内の奥深くにある医務室では、外の状況はうかがい知れない。先ほどやって来た隊士たちも持ち場に戻ったっきりこちらに来る気配すらない。久坂は手にした刀を握り直すと、まるで武将のようにどっしりと構え、の眠るベッド脇に腰を下ろしている。足音・衝撃・声・視界全ての感覚を研ぎ澄ませながら、その男はもう医者ではなく武士の眼をしていた。

─バァアアン! 次は、船全体に炸裂音と地震のような細やかな衝撃が響いた。それが今までのものと異なると理解できるのは感覚的なものだろうか。例えば今までのが外からの衝撃とするならば、中からの衝撃とでも言うような。敵の砲撃とは思えない爆発音に心が落ち着きを失った。外…船内で何かが起こったことは間違いない。今まで気にも留めていなかった匂い、僅かな焦げ臭が漂ってくるのを感じる。恐らく機関部がやられたと思われる。このままでは船が…落ちる。確認しに行きたいが彼女を置いてここを離れるわけにはいかない。

「  」

後ろから、久しく聞いていない彼女の声がしたような気がした。


*****


深く眠っていると、夢の内容ががまるで現実で起こっているような錯覚を覚える。そもそも眠っている認識も無いのだから無理もない。でも私の前には死んだはずの両親と妹達がいるのだから、これはきっと夢だ。酷く現実的に感じる…夢。まるで川を下る水のように思い出が流れていく。両親、妹、先生、先輩、友人、知人、あの人の背中…そして最後に見たのは見知らぬ少年の後姿だった。誰だこの子?…私には覚えがない。首を傾げた途端に世界が崩れていく。駄目だ…世界が爆発する。そう思った時だった。全身を震わせる音と振動には目覚めた。目蓋を見開いた先には見慣れた医務室の天井。変な夢だったと思う。そして自分でも驚く程に今は頭が冴えていた。「くっさ…」 目覚めた私が第一に感じたのは匂いだ。何かが燃えているような焦げ臭いにおい。誰か船内で魚でも焼いているのだろうか。ベッドから起き上がろうとしたが全身が固定されていて動かない。何だこれ?何で私がベッドに固定されているのだろうか? 


君!!目覚めたかい!?」


白いカーテンの向こうから、今までに見たことない表情の久坂さんが出迎えてくれた。彼の名を呼ぶも私の視線はその手から離れることは無かった。だって、久坂さんが手にしているのは刀。以前、侵入者の一件でしか見たことがない代物だ。何故私はベッドに固定され、久坂さんは刀を持っているのだろうか。何だこの展開…誰がこれに付いて行けるのだろうか。説明求む。


「何ですかこれ?」
「いやちょっと色々あってね!とりあえずベルト外すから!」


ベッドの脇から表面を覆う様に伸びる固定具が外されると、途端に私の体は自由になった。起き上がると医務室の異変に気が付いた。物が…片側に寄っているのだ。首を傾げると久坂さんは経緯を簡単に説明してくれた。私が気を失った事、鳥羽さんに運び込まれた事、桂一派と言う別の攘夷組織の襲撃を受けている事。何でも上から狙い撃ちされて、急いで上空へと上がったからこんなにも物が散乱しているらしいのだ。そんなに衝撃を受けても眠っていたとは。先ほどから部屋に流れ込む焦げたようなにおいについて尋ねると、私が目覚める少し前に船内で何やら爆発が起こったと言う。この焦げ臭さだ、火が出ているのかもしれない。だが久坂さんは医務室に付きっきりだったので外の状況は掴めていない。

「行って下さい!大丈夫、自分の身は自分で守ります!持ってきた小道具が残っているので」
「君にもしもの事があったら総督に示しがつかん。それに武士たるもの約束を守らねばならない」

二人でやり取りをしていると、また突然扉が開き数人の隊士がなだれ込んできた。その様子は焦燥に満ち溢れ只事ではないことが窺える。思わずギョッとしてしまったくらいだ。彼らは一息置くと声を荒げなが伝えた。



「久坂殿ォ!紅桜の工場が爆発を受けました!小規模ですが火の手が上がっております!船内の動ける隊士は半分が消火に半分が戦闘へと回れとの命令が!」
「加えて現在の状況を!只今、鬼兵隊は桂と昨日の侵入者と甲板にて交戦中です!幹部は皆そちらに!!船内は比較的静かですがいつ奴らが侵入し戦闘が始まるやもしれません!!」



久坂さんは神妙な面持ちで彼らの話を聞いている。その様子を見ている私は聞こえてくる単語に首を傾げるしかなかった。

“紅桜”

紅色の桜…とはまた素敵なネーミングセンスだがその実態は知り得ない。紅桜の工場。工場ということは生産していた??どこで? 思いついたのはあの倉庫。私が立ち入り禁止区域だったあの空間しかないだろう。鬼兵隊はあそこで紅桜と言うものを生産していた。管の連なる空間。培養槽。そもそも紅桜って何? 言葉のままの植物ではないだろう。そこまで考えた所で視界の中の久坂さんの体が揺らいだ。


君!俺は消火班に加わるが君は絶対にここを離れるな!俺が出て行った後にすぐ鍵を掛けるんだ!まずは自分の身の安全を第一に考えて行動してくれ!すぐ戻って来るから!わかったか!?」
「承知してます」


目を見ながら伝える。私の反応を見て久坂さんはやって来た隊士と共に医務室を出て行った。忠告の通り鍵を掛ける。さっき彼らが言っていた、桂という人と侵入者の子供は幹部を始めとした鬼兵隊と交戦中。高杉さんと武市さんまた子さんは甲板にいるのだろう。それに昨日の侵入者って確か子供だったはず。彼らと刀を交えているのだろうか。この船も鬼兵隊も、危機的な状況に置かれているのだけは理解した。もしかすれば負傷者が運ばれてくるかもしれない。このままベッドでゆっくりなどしていられないと、散乱する物の中から治療に必要な備品を集めることに専念した。ついでに部屋に置いてあった秘密道具も手前に置いておこう。何時誰が尋ねてくるかわからない。それが味方か敵なのかもわからないのだから。散らばった書類の中に転がる消毒液のボトルに手を伸ばす。器具類は固定された棚やワゴンに仕舞ってあったので無事だった。散乱する物も書類や卓上の備品がほとんどだ。ボトルに指先が触れるまであと少し。…その時だった。


―バァアアン!

「ッ!?」



激しい横揺れがを襲った。横から思いっきり何かがぶつかったような衝撃はただ立っていた私の体を飛ばし、思いっきり壁に叩きつけた。肩と背中と頭を打った。私は痺れる手で頭を擦る。次は何だ。爆発でも砲撃でもなさそうだ。この船に何かが衝突した…とでも言うべきだろうか。この船の中でいったい何が起こっているのだろうか。紅桜というものと桂一派という攘夷組織。居ても立ってもいられなくなって、ついに私は医務室から外に出る決心をした。大丈夫。道具があれば何とかなる。扉の鍵を開けて動かそうとするが何故だろうビクともしない。あれ?これもしかして外からも鍵掛けられているとか?そのような仕組みではなかったはずだが。

「(さっきの衝撃で扉が歪んだんだわ…)」

は直ぐさま答えを導き出した。このままここに閉じ込められたままでは、もしもの時の脱出も叶わない。扉は押しても引いても動く気配すら見せない。は扉に向かって必死に体当たりを開始した。映画とか漫画でよくある展開だ。しかし現実にはそう上手くはいかない。簡単には開いてくれなさそうだ。何度も何度も体当たりを繰り返す。頑張れ私…冷静になれ。一つ深呼吸をしてみる。

「(そう言えば工具が棚にあったはず。それがあれば…金具を壊せるじゃない)」

部屋の隅の棚から工具を持ってくる。私はケースの中からマイナスのドライバーを取り出した。扉は何で壁と繋がっているかって?勿論金具だ。開閉の自由が利かない今、正規の方法では外せないが、金具と扉を繋ぐ位置に工具を突っ込む。テコの原理でメリメリと押し開く。中々上手くは行かないが確実に隙間は開いているのだ。或る所まで押し広げると私は思いっきり扉の金具横を、蹴った。いやもう全身全霊の力を込めて蹴り上げた。─バリィ と嫌な音を立てて扉が向こう側にバタンと倒れる。久方ぶりの廊下とご対面だ。残念ながら、天井近くには焦げ臭い煙が漂っているけど。私は道具の入った鞄を手に船内に続く廊下を走り出した。どうか敵の攘夷浪士に出会いませんように。高杉さんが…鬼兵隊の皆さんが無事でありますように。彼らが居るのは確か甲板だ。でもそこには相手の攘夷浪士もいるのだ。とりあえず味方の隊士と合流せねば。まずは上層に上がろうと階段を目指す。船内にはそんなに人員がいないらしい。心配を余所に敵も味方も関係なく今まで誰ともすれ違わなかったのだ。

上に行かなければ…と、憑りつかれたように考える私の耳に届いたのは銃声だった。この船で銃を使う人がいるなら来島また子以外には考えられない。幹部は甲板にいるはずだがどうやらまた子さんは船内にいるようだ。耳を澄ませ銃声を頼りに、出所を探る。立ち入り禁止エリアだったはずの例の倉庫へ続く扉が開かれている。僅かに漏れ出る煙は焦げ臭い。銃声が三発…中から確実に聞こえた。また子さんがここにいるのだ。



「また子さん!!」



名を呼びながら意を決してその中に飛び込む。一歩踏み込んですぐに、大きな音を立てて天井が抜けたのが見えた。瓦礫と残骸と土埃に視界が遮られ私は腕で顔を覆い身を屈めてそれらを防いだ。船内の天井が抜けたなんて一体何が起こったのだろうか。音は収まったが煙っぽい空気は変わらない。喉の奥吸いこんだ塵を吐き出そうと嗚咽を繰り返す。マスクぐらい持って来ればよかった。まあ、無理だけど。何やら変な音がして薄く目を開く。遠くで武市さんの「岡田さん」という声が聞こえたような気がした。
そこには想像もできない光景があったのだ。攘夷浪士でも何でもない存在。背中から管を生やした機械が立っていた。おそらくこれが天井を破り落ちてきたのだろう。でも…機械にしては余りにもリアルな頭が付いているのだ。それも…岡田さんの顔で。でも今は目を見開き涎を垂らしまるで鬼か獣のような形相だ。私がそれを認識した途端に機械は管まみれの腕を伸ばし武市さんの体を投げ飛ばした。成人男性の…武市さんの体はまるで人形のように壁に叩きづけられ、口から血を吐いたままズルズルと床に落ちていく。

「…」

私は声を失った。これは機械兵器なのだろうか。いや違う。機械なんかではない…ただの化け物だ。視界に現れたまた子さんが化け物を見ながら「似蔵ォオ!!」と叫んでいる。似蔵ってやっぱり岡田さんのことだろうか。でも、目の前にいる管まみれの物体は機械には見えても到底人間には見えない。「止まれェエエ!!似蔵ォオオ!!」彼女が二丁の拳銃を乱射している。その全てが対象に命中しているのだが、化け物は止まりはしない。獣のような呻き声を上げて管まみれの腕がまた子さんに向かって伸ばされた。「!?」目の前の出来事は一瞬だった。管に巻かれたまた子さんは勢いよく壁に叩きつけられ力なく倒れ込む。腕を一端引込めた化け物は、“止め”とばかりに武市さんとまた子さんの方に管を伸ばしていく。危ない!そう思うよりも早く体が動いていた。



「止めてー!!!!似蔵さん!!!!」



私は武市さんとまた子さんの前に立ち、両手を広げて制止を訴えた。
酷く心が興奮している。“止めて欲しい”という強い思いが私を動かしていた。足は震えたままだ。意識していないのに私はその化け物の事を「似蔵さん」と呼んだのだ。勢いよく伸びてきた触手とも呼べる管は私の顔の…目の前でピタリと止まったのだ。瞬きすら忘れてしまいそうだ。それ位近く、目と鼻の先に尖った管の先端が見える。まるで刀の切先を向けられているようだ。私の声が届いたのか攻撃はピタリと止んだ。一方で、腕を引き戻した化け物は頭を振り片腕で目元を押さえている。

“光がァ…目がァ…熱い…”

とりあえず怯んだ今がチャンスだ。二人に駆け寄ると肩を揺すり意識の有無を確認する。武市さんに至っては反応がほとんどない。また子さんは「うー、んッ」と僅かに声が聞こえた。後ろでは化け物が再び動き始めたようで何やら反対側に意識を向けている。逃げるなら今だろう。しかし私に二人の大人を運べる体力はない。一人を運びだし戻ってくるなんて、残った一人が危険だ。「ったァ…」足元で声が聞こえた。顔を向けると後頭部を擦るまた子さんの姿があった。


「また子さん!意識が戻られましたか…よかった」
…サン?どうしてアンタがここに!?」


説明は後だとその場を遮り今はここを抜け出すことを優先した。化け物は向こうで何やら斬り合いを始めている。正直、あっちに構っている暇はない。ヨロヨロと起き上がるまた子さんには自力で歩いてもらう。意識を失ったままの武市さん…がっしりした彼の体格となれば軽いはずはないが、人手の足りぬ今、彼は私が抱えるしかなさそうだ。横たわった彼を起こすことは簡単だったが背負ったまま立ち上がることは、少し厳しいものがある。何より私の力が足りないのだ。ふらふらの私を見かねてまた子さんが“ある提案”をした。普段なら絶対首を縦に振らないが今はこの緊急事態だ。私はその案を飲み、滑りやすく下に布を敷いた武市さんの足を、片足ずつ二人で引っ張りとりあえずこの場を離れた。武市さん…乱暴にしてごめんなさい。


戦闘描写少ない(というかほぼ無い)ですが甲板では激戦が繰り広げられています。
20170204*星宮はちこ   裏語