レプリカ虚像乙女
【第三章、紅桜 二十四話、手堅い土産】
廊下に戻った私達は扉の影に身を隠した。また子さんは周囲を警戒し、私は武市さんの肩を叩き意識の確認をしている。何度呼んでも武市さんの反応は無かった。唯一の救いは彼の呼吸が止まっていないことだろう。彼は勿論死んではいない。ただ気を失っているだけだ。
「さっきのアレ…何なんですか?似蔵ってまさかアレが岡田さんだとも言うの!?」
目蓋を閉じたままの武市さんを眺めながら胸の奥に溜まった疑問を一思いに口にしていた。隣に立つまた子さんを見上げれば、何とも表現できない…苦しい表情をしながら口を閉ざしている。彼女の無言は…肯定なのだろうか。
「
サンには…関係ないッス。そもそも鬼兵隊は攘夷組織。毎日遊んでるわけじゃない」
彼女の言葉に私も口を閉ざすしかなかった。私は、鬼兵隊のメンバーじゃない。その活動を知ることもなければ、それらに意見できる立場ではないのだ。わかっていた。こうなることはわかっていたはずなのに、胸が痛い。
「もうじき万斉先輩が戻ってくるはず。それまで自分の安全を第一に考えるんスよ」
「万斉さんが?」
たしか万斉さんは鬼兵隊の仕事で宇宙に行っているはずだ。それがこのタイミングで戻ってくるなんて…。そもそも彼は一体宇宙で何をしていたのだろう。廊下の奥が騒がしくなったかと思うとバタバタと近づいてくる足音が複数。近付くごとに「来島さーん!!」やら「
さーん!!」と投げかけられる呼び声が大きくなってくる。どうやら味方…鬼兵隊の隊士のようだ。切羽詰った表情で私たちの前まで駆け寄ってきた彼らに対し来島さんが命令する。
「お前ら!万斉先輩が“奴ら”と戻ってくるまで持ちこたえろ!とりあえずアタシは晋助様の援護に回る!アンタ等は武市先輩と
サンを頼むッスよ」
「「了解です!」」
「待って!」
背を見せる彼女を必死に呼び止めた。
「お願い教えて!さっき見たアレは人間なの?岡田さんなの?紅桜って一体何なのですか!?」
「アレはもう似蔵でも人間でもない。これ以上はウチの口からは言えないッス。真実は晋助様に、聞けばいい」
「…」
また子さんの表情を見て私は言葉を失った。逸らされた視線も苦しい表情も、全てが肯定を意味しているからだ。そして簡単には全貌を明かせないような鬼兵隊の機密事項なのだろう。私も視線を降ろし、ただ床を眺めることしかできなかった。
あれは岡田さんであって岡田さんではないもの。人間ではないもの。人が人であるという概念・楔を解き放った後に生まれた化け物なのだ。どうして人間にそのようなことをしたのだろうか。風変りしていたけど優しくて何だかんだ気を使ってくれていた岡田さんの面影は、あの化け物にはもうなかった。私は彼を救うどころか何もできなかったのだ。握った拳が震えていた。戻って岡田さんを説得しよう。あの人なら元通りの、人間の岡田さんに戻ってくれるはずだ。
「
サン!」
戻ろうと足を動かした途端に名を強く呼ばれて視線を上げる。モクモクと煙が流れ、どこからか鍔迫り合いの金属音が響いてくる空間。その中でまた子さんはジッと私を見ていた。掴まれた様に足が、全身が動かなくなった。
「止めときな!今は…振り向くな。前だけを見て生きるッスよ」
「でも!」
「晋助様も言ってたじゃん。アンタに“誰かの命を見捨てる覚悟があるのか”って。今がその時なの…わかってるっしょ?アンタに出来るのは化け物を人間に戻すことじゃない。人間を治療すること。言っとくけどこの船に死体は幾らでも転がってるんスよ。今はただ自分が生き延びることを考えろ。次に誰かを治療することに専念する。それがアンタに出来る仕事。死にかけを救うより、少しでも生きる可能性のある奴を助ける…こー言うの何なんスかね“トリアージ”ってやつ?」
そう…私は医者。あの化け物のような岡田さんを人間に戻す術を私は知らない。説得して、情に訴えても彼が元に戻ると言う保証はない。それに時間を割くならば鬼兵隊の負傷者の治療に当たった方がきっと有効なのだ。胸の靄が取れないまま…違和感に蓋をするようにして私は頷いた。
“鬼兵隊の中で、お前はお前が出来ることをしろ”
あの夜の、高杉さんの言葉が脳裏に響いた。この状況で迷っていては誰も救えない。私は医者として負傷者の治療に当たる。それだけだ。
はまた子さんの目を見ながら「ありがとう」を伝えると、後ろにいた鬼兵隊の隊士に声をかけた。
「皆さん!武市さんをお願いします。通りすがら負傷者が居たら出来るだけ保護しましょう!」
「「オォ!!!」」
また子さんは私達の姿を見て僅かに微笑むと、振り向きもせずに走りだした。角を曲がった彼女の姿は、もう私の目には捉えることが出来なかった。私達もその場で立ち往生するわけにもいかないので、ここは一先ず船外に出ることにした。と言っても船首の方は鬼兵隊と敵の攘夷浪士の戦場だ。ど真ん中に乗り込むのは分が悪い。一先ずは船尾で敵の襲撃を防ぐのがいいだろう。
相変わらず焦げた匂いと黒い煙が漂う船内には敵も味方も、人の気配は殆ど感じられない。外に出るよりは敵との接触が少ないだろうと、視界の悪い廊下を走る。私が医務室を出る前に感じた衝撃は、確かに何かが船に衝突したものだったようで、普段は真っ直ぐな廊下が壁からめり込んだ“何か”によって塞がれていたのだ。隊士に聞けば小型船が左側部に突っ込んできたらしい。ここはもう通れない。迂回のためには反対側の廊下を通るしかなさそうだ。途中で倒れていた人影を発見するも、既に息はなく静かに手を合わせるしかなかった。入り組んだ廊下を抜けると上への階段がある。船尾に最も近い位置に通じる階段だ。
「鬼兵隊ィイイ!
さんん!こっちです!!お早くぅうう!!!」
「オォオオ!!!」
階段の上から味方の声が聞こえた。全力疾走で階段を上がる。外に近づくにつれて風を感じた。上がりきった先には側面をつなぐ廊下。そこには何人もの血塗れの遺体が転がっていた。敵も味方も…判断がつくものもつかないものも。横目で見ても…みんな助からない。いやもう息をしていないことが一目で分かった。
「ッ!?」
走りながら一瞬、転がっていた中の一体が動いたような気がしたのだ。足を止めて駆け寄る。一緒に走っていた隊士の方々が私の名を呼ぶが構っていられない。見間違いじゃなければこの人はまだ生きている。確か…食堂で話しかけた事がある隊士だったような気がした。
「大丈夫ですか!?」
「う…ぐ…」
意識ははっきりしていないもののその人は小さく呻き声を上げた。私はその人の斬られた肩を布で強く縛る。立ち上がることは敵わないのだろう。一緒に走っていた隊士の一人が何も言わずにその人を背負い上げた。「嬢ちゃんコイツァ俺に任せな!!」言われて頷く。今一度船尾へと向かおうとした時だった。
─ガチャン と重い金属音がしたと思うと、鬼兵隊の船の横に見たことも無い大型の飛行船が横づけられているではないか。船体の側面には見たことも無い模様の旗が掲げられていた。つまりどこかの星の船なのだろうか?と言うことは乗っているのは天人?どうしてここに? そこまで考えた所で私は気付いた。巨艦から伸びたスロープが二つ、前後に繋がり、武装した天人が鬼兵隊の船に乗り込んできているのだ。そして船に分散した天人の中で後ろにやって来た数人が私達の目の前に立ちはだかった。不気味な笑みを溢しながらそいつらは声を荒げた。
「オイオイオイ、地球の侍ったァ弱そうな奴らだ!女まで居るぞ?」
「我ら“春雨”がわざわざ辺境の星まで出向いてやったんだ。とりあえずお前ェ等を排除すればイイってことだろォ!!」
一人は太く重そうな棍棒を振り回し、もう一人は幅の広い刀を二本持っている。後ろに控えている天人も皆槍やら刀やら武器を持っていた。殆ど丸腰の私と負傷者を背負った隊士の前に、別の隊士達が壁を作っている。このままでは天人に皆殺されてしまう。どうしてこんなタイミングで天人の集団が鬼兵隊の船にやって来たのか。もしかすれば敵の攘夷組織が呼んだ応援部隊かもしれないのだ。刀を手に壁を作っている隊士が次々に口を開く。
「待て!我らは高杉総督率いる鬼兵隊の隊士!!味方であるぞ!」
「貴様等が対峙すべき敵の侍は船首に居るはずだ」
「当初の予定通り、我らは撤退を開始する!この船ももう長くはない。援護されたし!」
隊士の話を聞いているとどうやらこの天人たちは味方(?)ということでいいらしい。しかし相手は切先を向けたまま面白おかしそうに笑うだけだ。
「ア゛!?知らねーなァキヒヒ。俺等はただ暴れ回れって言われただけだぜェ!!」
「とりあえず地球の猿を殲滅させりゃーいいんだろ?まァ暇つぶしにはなんだろ」
鬼兵隊の隊士が味方だと叫ぶのにも耳を貸さずに、天人は手にした武器を振り上げた。彼らの腕力と武器の強度を考えても鬼兵隊の刀とでは打撃力に差があり過ぎる。おまけに後ろには私達が居るので避けられないのだ。万事休す。私は心の中で神様に対し祈るしかなかった。
─バンッと空気を切り裂くような銃声がしたと思えば、飛び散った血が手すりにこびりつく。突然の銃声に私は顔を上げた。立ちはだかる鬼兵隊の隊士達と対峙する天人、その向こうには拳銃を構えた来島さんの姿があった。
「雑魚が調子に乗んな。鬼兵隊の隊士に手ェ出したらタダじゃおかないッスよ」
その瞳は瞳孔が開き、ある種の興奮状態であり…今までに見たことがない彼女の鬼兵隊の姿であった。彼女の闘争心あるいは本能むき出し…と言った方が良いのだろうか。その表情を見た途端に心臓が掴まれたような衝撃を受けたのは言うまでもない。彼女の発砲した銃弾は武器を振り上げた天人の一人の肩に命中したらしく、おびただしい量の血が流れ落ちていた。打たれた天人は呻き声を上げるばかりだ。
「来島…そこらにしとけ」
後ろから高杉さんの声がした。突然の声に肩を震わせながら後ろを振り返ると、船尾側からゆっくりと高杉さんが歩いてくるのだ。通り過ぎ様、チラリと視線を貰いつつも無言。そして私も無言のまま。高杉さんは隊士達に、侵入者は春雨という組織の天人が始末すること、船は長く保たないので撤退することを告げた。その言葉を聞いて隊士達は出来る限り多くの仲間に伝える為船内へと勢い良く散って行った。残ったのは来島さんと武市さん、彼を背負った隊士と高杉さん、そして私だけだった。
何も言わずに高杉さんは二つの船を繋ぐ通路を進み、来島さん達もその後を追う。向こうの船に行っても…大丈夫だのだろうかと、
は底知れぬ不安を感じた。突然やって来た天人の飛行船。彼らは自らを“春雨”と名乗ったが私には初めて聞いた名前だ。乗り込んできた天人も各々武装しており只者ではないのだろう。攘夷組織の鬼兵隊ならばこのような危険な組織と繋がりを持っていても不思議ではない。通路を進む彼らの背が遠ざかる。
「直に手負いの奴が運ばれてくるだろうよ。てめぇの仕事だ」
空を繋ぐ通路を前に立ち尽くしていた私に彼の言葉が届いた。足がすくんでいたのは風のせいか或いは躊躇いのせいだろうか。進まなければ。私も、向こう側に…高杉さんの背を追わなければ。不安定な道のりを駆け出し、再び歩みだした総督の後ろに続いた。
目を見張る巨艦の中に乗り込むと、迎えに来た天人に続き高杉さんは奥へ奥へと進んでいく。一体どこへ向かっているのだろうか。階段を登り切ると外に続く扉が開いていた。鬼兵隊の飛行船よりも随分と広い甲板には人影が見える。暗い船内から目を凝らして外を見てもそれは人影のままで誰なのかはわからない。切り取られたかのように口を開いた扉から高杉さんが外へと消えて行った。暗がりの中で立ち止まっていると「ん…」と聞き覚えのある特徴的な声が聞こえた。この声は…。急いで振り返ると頭を擦りながらパッチリと目蓋を開いた武市さんと目が合った。あ、怖いかも…なんて考え込んでいると、斜め後ろにいたまた子さんが盛大に声を上げた。
「武市先輩ィイイイ!生きてて良かったッス!!!似蔵にやられて一時はどーなることかと心配したんスよォオオ!!」
「ここは…鬼兵隊の船ではありませんね」
「万斉先輩が春雨を引き連れて戻って来たんスよ。今は春雨の船ッス」
「そうですか。
さんもご無事のようで」
「はい…」
自分の足で立てると言い張る武市さんに駆け寄り、負傷状況を確認するも「大丈夫です心配要りません」と言われてしまったので仕方がない。また子さんには、これから運ばれてくる負傷者の対応をすればいいと告げられる。船には多くの人が倒れていた。通り過ぎ様に見たのは殆ど息が無かった。あそこでどの程度の戦闘が行われ、どれほどの命が失われ、どこまで負傷者が発生したのだろうか。この船に乗り込む前に分かれた隊士達が続々と引き上げて来ているようで、後ろから人の気配が増えていく。
武市さんとまた子さんが甲板に出たので私も続く。明るみに出てすぐには瞳が順応しないので腕で太陽の光を遮る。ビュウビュウと吹きすさぶ風が体を撫でる様に通り過ぎていく。物一つ置かれていないだだっ広い甲板には柵が張られ、鬼兵隊の船を覗ける位置には高杉さんと宇宙に行っていたはずの万斉さんが並んで下をのぞき見ているではないか。ついでにその後ろ側にはマントで体を覆った天人の、恐らくこの船のボスらしき人が立っていた。徐に高杉さんは煙管を取り出して煙草を燻らせた。吐き出した煙が途端に流れていく。船内へと続く扉は真ん中の位置にあるので、柵の傍にいる彼らが見下ろしているものはここからは見ることが出来ない。それでもおそらく、高杉さんと万斉さんが見下ろしているモノは鬼兵隊の船の甲板。天人たちの叫び声と鈍い金属音が下から聞こえてくる。今あそこはどんな修羅場なのだろう。鬼兵隊の隊士は殆どいないとわかっていても、相手は浪人…つまりは人間だ。彼らが無残にも殺されていく様を私は直視することが出来ないだろう。先を行く武市さんはあっという間に真ん中に辿り着き、例のボスらしき天人と話をしていた。その後ろで腕を組むまた子さんの隣へと私も急いだ。チラリと柵の脇に佇む彼らに視線を寄越しても、下によほど魅力的なモノがあるのだろうジッと眺めたままだ。背後から来島に話しかける。
「また子さん…あのお二人は甲板での惨状をどのようにお考えなのでしょうか」
正直なところ私には理解できない。春雨と名乗る武装した天人の前では、侍…人間なんて赤子と同じなのではないかとさえ思えてくる。相当の技量や武器がないと敵わないのではないだろうか。天人に人間が殺される様が浮かび胸が詰まる。私の問いに答えてくれたのは武市さんだった。
「惨状と言うのは些か違うかも知れませんよ」
「そー言えば、あの侵入者のガキ何者だったんスかね」
「桂一派を率いる桂小太郎は晋助殿と肩を並べる程の手練れ。この位では死にはしないでしょう。そして…私達と戦闘した少年少女を率いていたという白髪の侍。これは恐らく、報告された特徴からしてもあの攘夷戦争で“白夜叉”と恐れられた坂田銀時と見て間違いないと思われます」
「あの噂の白夜叉が…ッスか!?」
武市さんの言葉を聞いて私は全身の力が抜けたような気がした。
坂田銀時。聞き間違うはずもない。かぶき町で万事屋を営む白髪の侍。あの夜に私を救ってくれた、もう一人の命の恩人だ。その坂田さんが鬼兵隊の船に乗り込んできていただなんて。そして彼も攘夷戦争に参加していた事実も私の心を乱した。ならば、今あの船の甲板で天人と刀を交えているのは、桂と言う人と銀さん。そして船への侵入者は万事屋の少年少女、神楽さんに志村さんで間違いない。
“高杉ィイイ!!!!”
遥か彼方から高杉さんの名を呼ぶ叫び声が届いた。下の船の甲板から発せられたものだろう。そこに恐らく銀さんがいる。
は居てもたっても居られなくなり、向こうを見下ろせる位置、高杉さんの元へと駆け出した。また子さんが私の名を呼んでいるが答えてられない。足も止まらない。
“全力で!てめーをぶった斬る!!!!!”
そこに居るのは見知った顔か、或いは別人なのか。確かめておきたかった。
もう直ぐ下の船が見える。全力疾走をしていた体は急には立ち止まれない。勢いよく柵に手を突いたからかバンッっと鈍い金属音がした。痛かったけれど、意識は下の船に注がれている。視線が甲板を探るも武装し立ち尽くす天人と転がった亡骸しか見当たらない。さっきまで声がしていたのに。隣の船を見下ろす私の前にバサリと音を立てて布が舞いあがってきた。青色のようにも見えたが確認する間も無く空に流れて行く。何故だろう、向こうの甲板に居る天人達も船の柵から下をのぞき見ているではないか。下に、まさかあの船から下に飛び降りたとでも言うのだろうか。下は江戸湾沖。この高さなら叩きつけられて一溜りもないだろう。甲板に注がれていた
の視線が、探る様にその船の下を捉える。遥か下方、白く丸い何かが見えた。
「(あれは…パラシュート?)」
おまけに何やら顔の様な者が描かれているではないか。そうしている合間にもそれは降下し小さくなっていく。“撃てぇー!!!!逃がすなァアアア” 叫び声が聞こえたと同時に、甲板にいる私達の元に爆撃音と衝撃が伝わってくる。柵に前のめりになって確認すると、巨艦の下部から伸びた大砲がその白い顔に目掛けて砲撃を繰り返す。装填の早い大砲は続々と発射を繰り返し、炸裂と同時に舞い上がる煙が小さくなっていくパラシュートの白を覆う。あっという間に遥か彼方に消えてしまった。結局、あの船にいたのが誰だったのか…わからないままだ。
“隣接する船が墜ちます!本艦も至急退避します!春雨全部隊は撤退せよ!!!”
撤退の命令が響いてから、目下に広がる見知った甲板から続々と天人が通路に引き上げてくる。或る者は傷を負ったらしく動ける天人に支えられ、或る者は抱えられながら。天人だろうと鬼兵隊だろうと相手の攘夷浪士だろうと…遺体はそのままだった。本来ならば戦死したのだから丁重に弔うべきなのだろう。でももうそれも叶わない。見える位置に転がる遺体は複数…あの化け物と化した岡田さんのモノも恐らく船内だろうか。この巨艦からすれば鬼兵隊の船も小さく見えてくるから不思議だ。建屋には穴が開き例の工場跡からはもくもくと黒い煙が立ち込めている。
「いきなりどうしやがったんだ。そんなにあの船が名残惜しいか」
「いいえ…」
隣にいる高杉さんの言葉に私はその一言しか答えられない。しかし彼に確認しておかなければならないことは山ほどあった。
「あの船で恐ろしい化け物を見ました。体中を這う管に一瞬機械(カラクリ)兵器かと思いましたがあれはどう考えても違った」
「…」
「あの化け物の正体は岡田さんですね。船で作られていた“紅桜”とは一体何だったのですか!?」
「いっちょ前に詮索しやがるじゃねーか。俺は否定も肯定もしねぇ。今となっては全部あの船の中…いずれ墜ちて海の藻屑だろうがよ」
目の前の船から大きな爆発音が響くと同時に二つの船を繋ぐ通路が引き上げられる。もう向こうからこちらに逃げることは出来ないだろう。そもそも動ける生存者はいないだろうが。全てを見下ろしながら高杉さんが笑った。そこには愉悦も哀愁も何もない。背後からも人の動きが盛んになるのを感じる。傾きゆく船を見下ろしながら彼は口を開いた。
「
、言ったはずだ。俺等鬼兵隊は幕府転覆を目論む攘夷組織。悪いが俺の前には一本の道しかねェ。仲間だろうが誰だろうが脇に毀れて消えていく奴なんざ構ってられねェ。今更お前がそれを知らねーとは言わせねェ。岡田も他の隊士も俺の目的の為に散った。奴らに構わず突き進む俺を軽蔑するか?」
次は私が返す言葉を失った。彼がやろうとしていることとは人道的に外れることに違いない。多くの犠牲無くしては叶わないのは目に見えている。それすらもわかっていたことではないか。私がここに来たあの満月の夜…高杉さんは言った。
“誰かの命を見捨てる覚悟があるのか”
仲間も味方も顔見知りも敵も…その屍を越えなければ彼らの目的には到達し得ないだろう。そして、いつか…私の屍さえも越えていくのだろう。この国を壊す為に。家族と友と師に助けられ、その命を踏み台にして生きてきた私と彼らに…何の違いがあるのだろうか。いつか死んだらきっと地獄に落ちるしかない。そして生きている限りは理不尽さも受け入れて、倫理観に贖い続けるしかないのだ。
「岡田さんも他の隊士の皆さんも…お疲れ様でした。先に待っていてください」
小さく声をかけると頬を涙が伝う。私は泣いていた。涙で滲む視界には緩やかに降下する見慣れた鬼兵隊の船。目蓋の裏には短いながらも深い交流の思い出が浮かんでいる。人の死と向き合うのはいつまで経っても慣れないものだ。
「何故泣く」
「人が死ぬと悲しいからです。高杉さん、いずれ私の屍も…越えていって下さいよ」
「フン。上等だ」
いつか岡田さんに頂いた髪留めを外すともう一度眺めていた。もうここには岡田さんはいない。彼らの命を踏み台にして、私達は歩み続けなければ。「さようなら」と自分だけに聞こえるように呟くと髪飾りを投げた。思い出は心の中にだけ仕舞っておこう。腕で目蓋を擦り涙を脱ぎ払う。
“本艦も退避します。総員、衝撃に注意!!!” 度重なるアナウンスが続き、エンジンが起動する爆発音が聞こえた。目の前では尚も煙を上げ墜ち行く船。グンと足元に衝撃が伝わったかと思えば急激に船全体が浮力を上げた。
「ちょっ!うわっ!?」
突然加わった力に、体を支えるバランスを失った私は…思いっきり柵の向こうに放り出されようとしていた。風が体を撫でて行く。命の危機にも関わらず、この展開何かデジャヴかも…なんてどこか脳内は冷静だった。その中で掴まれた手の感覚だけが現実的なのも一緒だ。
「ったく危ねぇだろーが!てめーは毎度毎度フラフラしやがって!言っとくが三度目はねーぞ!!」
「は、はい…ごめんなさい」
世界が反転したような気がした。あの時私の視線は確実に柵の向こう側…遥か下の海を捉えていた。しかし今広がるのは遥か上空の、空の青と白い雲なのだ。風が運ぶ涼しさよりももっと熱い、温もりを体中に感じている。あれ?
「…」
背中には腕が回り体勢を固定されている。前には厚く筋肉質な胸板、頬には紫紺の髪がかかり、胸を満たすのは紫煙の香り…ついでに体全体に熱が伝わっている。冷静に考えろ。状況を把握しろ
。私は思いっきり高杉さんに抱きしめられていた。あ、やばいかもしれない。突然の出来事に体が硬直している。ついでに声を上げたいけれど声が出ない。時が止まったような錯覚さえ覚える。どれほど時間が経ったのであろうか、恐らく一瞬の出来事であっただろうが。隣からため息のような音が届いた。
「お主らは昼間からまるで節操がない。拙者が言いつけどおりに土産を持ってきたのに挨拶も無しでござるか
」
「あ、あの…お帰りなさい」
「ただいまでござるよ」
途切れ途切れにようやく言葉が出た。万斉さんが地球を離れて行く時、彼は私に土産を聞いてきた。私はその問いにこう答えたのだ。“無事に生きて戻ってきてくださいね”と。特に物を要求したわけではなかったが何故か彼には貪欲だと言われてしまったのだが。私の言葉を聞いて万斉さんが笑った。ようやく抱き留められていた体が解放される。大きく旋回する巨艦。墜落しつつある船を名残惜しく見下ろしながらも甲板にいた私達は艦内へと戻った。
後ろを振り返ったままでは前には行けないと足を進めた主人公。そして銀時サイドとのすれ違い。
20170219*星宮はちこ 裏語