レプリカ虚像乙女
 【第四章、隠匿 二十六話、春告げ鳥の鳴く頃に】


私達が再び江戸へと降り立ったのはそれからどれほど月日を重ねてからだろうか。春告げ鳥が鳴く。空気の入れ替えの為に私は格子扉を開いた。頬を撫でる風が未だ冷たいが、降り注ぐ春の陽気に当たればポカポカと温かい。「朝ですよ、高杉さん。そろそろお目覚めになって下さい」そう奥へと声を掛ければ、ゴソリと布団の擦れる音がした。

今、は江戸の古びた旅籠の一室にいる。宇宙で先の紅桜事件のほとぼりが冷めるのを待っていたら季節を跨いでしまった。幕府の鬼兵隊に対する警戒は相当のモノだったらしい。先に地球に降りた万斉さんからは“江戸では連続婦女子誘拐事件が起こっている。も気を付けるでござる”やら、“遂に江戸にも新年の初雪が降ったでござる。お主にも見せてやりたいでござる”やらのメッセージが絶え間なく送られ続けていた。送られてきたのがどんな短い一言でも、律儀に返事を送る。何でも、彼は鬼兵隊とは別の仕事(勿論私には知らされてはいない)をしているらしいのだ。…万斉さんって一体何者だろうか。鬼兵隊No,2の名は伊達じゃないだろう。と言っても正体を聞く勇気はないけれど。
江戸へと降りると同時に、鬼兵隊の隊士は皆各地に散った。各々が身を隠し、来たるべき時まで情報収集に当たると言うのが与えられた任務だ。固まっていては目立つと言うのもあるだろう。ちなみに万斉さんは一人で動いており、武市さんとまた子さんは二人で少数の隊士と宇宙船に残っているらしい。私は何故か高杉さんと二人、彼の身のまわりの世話を仰せつかい身を隠している。江戸を離れている者も多い中、灯台下暗しとも言うべきだろうか。命を狙われているような特別な危機感も無く、静かに暮らしているのだ。


…飯だ」
「寝起き早々に煙草なんて体に応えますから。先にご飯頂いてください」


寝室から出てきた彼の手中にある煙管を捉え、小言を一つ。それを聞いた高杉さんは眉間に皺を寄せつつも、私の小言を聞いてくれたようで胸元にそれを仕舞った。片や攘夷組織の総督、片や遣い走りな一般人。最初こそ気を使っていたが、今ではこんな小言一つ交わせるようになったものだ。と言っても、私の小言は常識的な範囲内だから問題ないはず。下手な言葉は口にしない。

寝間着からいつもの艶やかな着物に着替えたらしい高杉さんは先ほどが配膳した朝食が並ぶ座卓の前に座った。ここ数か月の生活の中で、彼について知ったことがたくさんある。まず朝は弱いらしい。そして少食…と言うより酒が好きで口にするのは酒の肴程度ということ。そして酒には滅法強いのだ。昨夜もけっこう沢山飲んでいた。高杉さんが昔から良くしてもらっているという旅籠の主人。今や幕吏に追われる立場にある彼の身を隠すのにも快く応じてくれたと言う。少な目にしてもらった朝食を食べ終えると、待ちに待ったとばかりに食後の一服を味わっている。

特に真選組の巡察を警戒して昼間は殆ど外に出ない彼ではあるが、一服の時は開け放った窓に腰をかけ存分に外に姿を晒す。それも変装などとは無縁。知る人が見れば一発で分かるのではないだろうかと、は内心ハラハラして落ち着かない瞬間でもある。の心配を余所に、この部屋に真選組が乗り込んでくることもなかった。表の人通りが少ないからだろうか。せめて反対側の部屋(彼の寝室)ならば広がるのは旅籠の庭なのに。「今日のご予定は?」食後にこう尋ねるのも日課。そして答えもそう変わり映えがないのもお決まりだ。



「別にねぇよ」



*****



一月ほど前は、全国に散った隊士から手紙が届き何やら忙しそうにしていたのだが、今は殆ど音信不通と言っても過言ではない。船で毎日、掃除・洗濯・配膳…そして医者として忙しなく働いていた事が懐かしい。することがない…いや無さすぎるのも困ったものだ。特に私は、体を動かしていた方が一日の時間の流れが早く感じるから楽で良かった。旅籠に詰めるとなると相当の経費が掛かっているものと思われるのだが、その点では何も心配しなくてもいいと言われた。必要な物を買い物に行くと言えば、無言で高杉さんにお金を差し出される。船から持ち出した自分のヘソクリには殆ど手を付けていない。時に、買い物に行こうとしたら店の者に頼めと言われて代行していただいたこともしばしばある。ここでの生活は何だか変で、どこか穏やかで、日常を忘れてしまうような…ある意味で特別なものだった。

この生活をするにあたり私に一つの疑問が生じたのは言うまでもない。“何故私が、高杉さんの世話役に選ばれたのか”ということだ。戦闘要員でもないので用心棒にもならないし、彼が怪我をして特別付きっきりで療養をする必要もない。ついでに言うと私はまだ鬼兵隊に所属しているわけでもない。或る夜、正直に疑問をぶつけたことがあるがほろ酔いの高杉さんに何だかんだはぐらかされてしまった。確かに身のまわりの世話をするという意味では、掃除洗濯炊事…ついでに雑用もこなせる私が適任なのかもしれないが、実際の所それらを行っているのは旅籠の従業員だったりする。



「丁度いい。。用事が出来た、煙草買ってこい。言っとくが次、変な奴らに捕まったら承知しねぇぞ」
「え?はい。まだ朝だし明るいから大丈夫ですよ」



回想を遮り新たな任務が告げられた。今回のように私に回ってくる用事は身のまわりのモノを買ってこいだの部屋を片付けろだの殆ど簡単な雑用ばかりだ。特に、彼の煙草を調達すると言うのは重要任務。そして、拉致されるという前例ももれなく付いてまわる。外に出る時は逆に私が小言を貰う番だ。身のまわりの支度を整え旅籠の主人に声を掛けて玄関を出る。そっと上を見上げれば、窓枠に腰かける高杉さんとバッチリ視線が合い心拍が跳ね上がる。それを隠す様に軽く会釈をしていつもの道を進んだ。

高杉さんの煙草は特別なもので、勿論自販機では売られていない。そして街中の煙草屋でも取扱いが限られている品種だった。旅籠は繁華街から少し離れた位置にあり、一番近い煙草屋は以前にまた子さんと訪れたことのある店でかぶき町の近くまで行かなければならない。以前は刻み煙草専門店だったが今では自販機に巻き煙草にと一通り扱っているらしい。その店は近くもないがそう遠くもない位置にある。立ち並んだ小さな商店の軒先を眺めながら、息づく街を歩く。あっという間に目的地。少なからず顔を出しているためか、煙草屋のおばあさんにも顔を覚えられてしまった。私は高杉さんと繋がっている。顔を覚えられるのはマズイのではないかと考えていたが、ここは天下のかぶき町。昼間は大人しいが、ヤクザやらゴロツキやらワケ有りの連中がわんさかいる場所なのでそう気にすることもなかった。どうやらどこかの水商売業の従業員だと思われているらしい。私が顔を出すと「いつものでいいかい?」と刻み煙草を包んでくれる。代金を支払い、品物を受け取るとおばあさんが声を掛けてくれた。



「律儀に男のお使いだなんてアンタも随分惚れ込んでんだね。羨ましいもんさ。アタシもあと四十年若けりゃね!!」
「そんなのじゃないです。これもお仕事ですから」
「まあ若いうちは遊ぶもんさ。そういや知っているかい?昔からかぶき町に溝鼠組っていうヤクザが居るんだけどね。最近どこかの店で暴れまわっているらしいし、昼にも闊歩してるらしいからアンタも気をつけなよ。用心するには越したことないさ」



ガラス越しに話しながらふと視線を左に向けると、交差点を挟んだ向こうに夜の街かぶき町の通りが伸びている。昼前の今は、並んだ看板の文字こそ艶やかだが、ただそこに存在しているだけで物静かなものだ。しかし夜になると極彩色とも呼べるネオンが煌めき、看板たちがその存在を主張し始める。なんて危ない街。道行く人がヤクザや犯罪者でもおかしくはないだろう。危ない街の危ない時間には近づかないのが一番だ。それはもちろん前例から学んだ。以前、夕方だったか夜だったかに高杉さんが煙草を切らした時には、私には頼まず旅籠の従業員に買いに行かせたらしい。それも後になって聞いた話だけど。


「お嬢ちゃんは知ってるかも知れないけどね。何でも少し前から新しいホストクラブが出来てね。そこのホストが男前ばかりでアタシ含めてハマる子が多いらしいんだよ。アンタも貢ぐ相手は選ばなきゃね」


高杉さんが…ホスト? あー、ないない。夜の街で生きていそうだけどホストとは真逆の体質というか気質だと思う。うん。申し訳ないけど。そしてそんなことは一切本人には言えないけど。噂話の大好きな煙草屋のおばあさんのあしらい方も通ううちに学んだものだ。「だったらいいけどね」なんて、実際はまるで違いますと思える言い方。でも実際のところ高杉さんは男前だし薄給ではないだろうけど。そもそも給料貰う側じゃないだろうけど。私の淡白な反応におばあさんは興味を無くしたようで手元の情報誌に視線を落とし「また来なよ」と呟いた。
かぶき町に背を向け元来た道を戻っていく。煙草屋から旅籠まで往復しても一時間かからないくらい。あまり遅くなると高杉さんがもれなく心配して、旅籠から煙草屋まで追ってきてしまうのだ。それって間違いなくお遣いの意味がないけれど。以前、帰り道にあった雑貨屋のショーウィンドウを眺めていて遅くなってしまった(と言っても高々2~30分くらい)時には、「オィ」なんて声がして…反射的に顔を上げたら不機嫌な高杉さんが変装もなしに真横に立っていたことがある。旅籠へ連れ戻される際の、機嫌悪いですオーラを背中ならず全身から放出している高杉さんの後に続く私の気まずさは今となっても文字では表現できない。ついでに戻ってからも「あそこで何してた」だの「何があった」だの尋問以外の何物でもない取り調べが続いたのだ。それがあってから寄り道はしないことにした。荷物を抱えながら歩いていると視線の先に小さく旅籠が見えてくる。近付いていくと建屋も大きく、入口に何があるかも鮮明になってきた。

入口に何かが見える。それが“何か”と認識した途端に、一歩踏み込むべく差し出した足に僅かに迷い或いは動揺が生じたのはここだけの話だ。立ち止まるわけにはいかない。はそのまま入口へと向かう。どうして?と、疑問が浮かんだ。



「こんな所にいらっしゃるなんてどうされたのですか」



通りに面し大きな暖簾がかかった旅籠の玄関先に居たのはさっきまで上の客室にいたであろう高杉さん。外出でもするのだろうか。しかし、外に出る時にいつも被っている網笠は見えない。入口の壁に寄り掛かり、ジッとこちらを見ている。見ていると言うか不機嫌オーラを纏いながら睨みつけられているとでも言った方がいいのかもしれない。今日は真っ直ぐ帰ってきた。そう時間がかかっているわけでもないのに、どうしてあんなに不機嫌のだろうか。彼のすぐ前までやって来ると「どうぞ」と包まれた煙草を差し出す。先の問いにも、私がどうぞと言っても彼は口を開かなかった。ただ…、「来い」ぶっきら棒にそう言い捨てて、煙草を持ったままの私の手首を掴むと奥へ奥へと引っ張られる。帰ってきて早々、この展開に頭が付いて行かない。むしろ誰がついて行けるのだろうか。彼の名を呼びながら「ちょっと待って下さい!」と静止を呼びかけるも応じてくれる気配はない。



「あまりを乱暴に扱うのは同意しかねる。拙者も今回は負けを認めてるでござる」



後ろから声がした。その声を聞いて高杉さんも足を止める。私は覚えのある声に首だけを後ろへ向けた。そこには万斉さんが立っていたのだ。彼は一人先に船を離れ江戸に身を潜めていた。そして時折手紙のやりとりこそあったのだが、実際に会うのは私達が江戸へ降り立った日以来なのである。

「万斉さん!?」
「元気そうでなによりでござる」
「変わらず元気ですよ。にしても、さっきの“負け”と“この状況”を早く説明して下さい」

この状況…絶対何かある。そして万斉さんが関わっているだろうことも彼の発言から察した。



「そう怒るでない。拙者は晋助と賭けをしていたに過ぎぬ。お主が帰ってくるのが先か、晋助が迎えに行くのが先か」
「はぁ…」



万斉さんの言う所によれば、私が出かけた後に旅籠に着いた万斉さんと高杉さんの間で、賭けという名の遊びが取り交わされたらしい。しかも内容はさっき彼が言った通り。事件に巻き込まれないかぎり私は勿論此処へと戻ってくるのは言うまでもない。それに高杉さんが迎えに来た前例はあるものの、彼が私の到着を待ちきれない理由なんかない。心配してもらえるのはありがたいことだけれど。つまりただ待っていればいい事象なんか賭けになるはずもない。


「何でも最近、かぶき町ではヤクザに繋がるチンピラが顔を利かせているようでござるな。それに風俗関係の呼び込みもあると聞く。どこぞのホストクラブは街の娘に人気らしいでござる」
「もう…煽るような発言は止めて下さいって」


恐る恐る高杉さんの方を盗み見る。あ、不機嫌さが増した。きっとさっきの調子で万斉さんに色々吹き込まれたのだろう。彼が発したことは『万斉さん⇒高杉さん⇒私』の構図で最終的に私に降りかかる。万斉さんは絶対、その状況を面白がっているのだ。高杉さんの機嫌を直すのは一筋縄にはいかない。下手に取り繕っても逆効果になることもしばしば。時には放っておくことも必要。果たして今回はいかに。


「万斉さんの言うことを鵜呑みになさらないで下さい。私、ちゃんと戻ってきたんですよ」
「…」
「今回は高杉さんが賭けに勝ったんですから。そろそろ手…放して下さい」
「…」


反応はない。これは放置しておいた方がいいやつだろうか。判断に困るものの最低限手首は放してもらいたいものだ。場所が場所だけに。ついでに後の仕事のことも考えて。


「フムフム。今宵、拙者は一人部屋でござるか。寂しいものだ。…部屋は違えども晩酌に付き合ってはくれぬでござるか?」
「えっと…今日はこちらにお泊りなのですか?わあ嬉しい!」


高杉さんと二人っきりで人が訪ねてくることもなかったし、彼が出かけて一人で夜を過ごしたことも少なくはない。そんな中で顔見知りの万斉さんの訪問は私にとって嬉々としたニュースでしかない。手を繋がれながらも私は万斉さんに笑顔で応じた。


「くだらねー」


唐突に手を放された。意識もせず支えを失った手がブラリと自分の元に戻ってくる。手を放した張本人の背がズンズンと遠ざかる。吐き捨てた言葉とは裏腹に背が語るのは最大級の“不機嫌さ”だろう。火に油でも注いでしまったのだろうか。名を呼びながらその背を急いで追った。辿り着いた高杉さんの部屋で私達三人は座っていた。お茶の用意をして配る。私と万斉さんは手前の座卓に座っているのだが、高杉さんは窓際の定位置だ。



「年末年始は真選組による警戒も凄まじいものでござったが、随分治まったでござる」
「よくぞご無事でした」
「以前に手紙に書いたでござるが連続婦女誘拐事件が起こった時には、何故が…お主の顔が浮かんで離れなかったでござる」
「前例がありますからねアハハ」



和やかに近状を話し合っていると向こうから咳ばらいが一つ届いた。話の腰が折れる。


「で、万斉…世間話しにきたわけじゃあるめー」
「フム。久々にと話すのも悪くはないものでござるが」


無音の部屋に高杉さんの声は良く響いた。そうだ。万斉さんは何も暇つぶしの為に、幕府の目を掻い潜りここへと来たわけではないはずだ。おそらく仕事関係であろうが。私はその情報を知り得ない方がいい。「では席を外しますね」声を掛けて立ち上がる。「構わぬ。、ここにいろ」立ち上がった私の足元からそう声がして、戸惑うしかなかった。ここにいろってことは、秘密会議の議題が筒抜けなわけで。話す相手も漏らす先も無いけれど、私が知っていてはいけない内容なわけで。棒立ちのまま固まっていると追い打ちをかける様に窓際から「別に構いやしねーよ」という声まで届いた。仕方なく元あった様に座り込む。



「春雨と話を詰めなければならぬ。晋助…少し宇宙へ行け」



宇宙。聞こえた単語に衝撃が走る。今まで高杉さんがお出かけなされたことは何度かあるけれど、全て鬼兵隊の隊士との会合や密会で、江戸で行われるものだった。夕食を頂いてくることがあっても翌日には戻って来ていた。それが次の行き先が宇宙なのである。春雨…とは宇宙を股にかける犯罪組織。数日或いは数週間は戻ってこないはずだ。思い起こせば江戸に隠れて数か月。一日二日顔を見ないことはあれども、数日も会わないことはなかったように記憶する。港町で過ごしていた時は会うことすら珍しかったのに。少し、寂しさを感じた。


「そう案ずるな。お主が買い物へ出かけても必ずこの宿へ戻ってくるように、晋助もここへ戻ってくるはずでござる」
「…」
「フン。随分なこと言ってくれるじゃねーか」


万斉さんはいつもの調子で笑っていた。返す言葉が見つからない。私はただ高杉さんの無事を祈り…待っていればいい。待つ以外に何も出来ない。


「春雨でも何でも良いので、とりあえず!無事に帰ってきてください」
「ならば。拙者と一つ賭けをするでござる」
「賭けですか?」
「お主が晋助を待ち続けるか、晋助が戻らぬか」


「下らない」私はそう言い捨てた。そもそも賭け事は好きではない。私の性分に合っていないのだ。姿勢を正すと今一度、万斉さんに向き合った。


「高杉さんは必ず戻って来ますし、私もいつまでも待ちます。だからその賭けは成立しません。迎えに来いと言われればターミナルでも江戸城でもどこでも行きますから」
「クックック!言われちまったなァ万斉。コイツ口説き落とすには腰が折れるってこったな」
「いやはやも随分頑固でござる。興が乗らぬなら仕方がない」


それから高杉さんは書状を認める仕事の為部屋に詰め、私と万斉さんは暇を持て余して一階にある旅籠の中庭を見渡せる縁側でくつろいでいた。陽光が温かく降り注ぐ。



「あー気持ちいい。穏やかですね」
「フム。ここは拙者が一曲奏でよう」
「そう言えば三味線。いつも背負ってらっしゃいますよね」
「これは拙者の飾りにござらぬ。今日はリズムに乗っているのでな。特別にござる」



~♪
~♪~♪


撥を手に、ベンベンと音を鳴らしたかと思えば途端に主旋律が表れる。耳が音を捉えるとリズムに乗って頭が揺れる。テレビで流れている有名な曲…確か曲名は「曇天」だ。リズムに乗って歌を奏でる。足りない旋律は鼻歌で誤魔化す。


~♪
~♪♪



すると別の場所から奏でられた三味線の音が重なる。縁側に座りながら視線を上げると、三味線を奏でる高杉さんと目が合った。寝室側に居るのだろう、窓際で胡坐を掻きながら器用に弾いている。この曲は特に有名でテレビでも流れているけれど、まさか彼が知っているなんて思いもしない。それも演奏できるなんて…ある意味新鮮だった。一曲歌い終わると「お粗末様でした」なんて笑う。隣の万斉さんからパチパチと拍手を受けた。静かに二階に目を向けると三味線を抱え気怠そうに座りながら、高杉さんがニヤリと笑っていた。その眼差しは確かに…穏やかだった。


新章開幕。四章は原作に寄りつつある日常パートもどきです。鬼兵隊筆頭の三味線が奏でるメロディーで歌えるなんて鼻血もんです。
20170311*星宮はちこ   裏語