レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 二十七話、明日天気になあれ】


江戸に点在する鬼兵隊の協力者の元を訪ねて、昨今の真選組の巡察情報を聞くと私は編み笠を被って屋敷を出た。行きすがら私の好みとセンスで訪問先への手土産の菓子折りを選び、抱えて運んでいたのだが、帰りはそれらが無くなって両手が楽になったのは言うまでもない。そして予め高杉さんに掛け合って、私は巷で話題の某菓子屋への寄り道を許されていたのである。自分用と高杉さんへのお土産用と何かあった時用(所謂ストック)の計三箱を購入すると結局風呂敷に包まれた菓子箱を手に抱えて帰ることになった。後は旅籠に戻るだけだ。
旅籠に戻ってからの今日か、それとも明日か、私は江戸港の墓参りに行こうと考えていた。しかし今の天気の穏やかさと打って変わり明日は崩れるらしい。雨の中外出するのはどうも気分が乗らないので、出来れば今日か。訪問先との長話がたたって今から江戸港に行くと間違いなく帰りは日が暮れる。高杉さんはそれを許してはくれないだろう。とりあえず、早く帰らなければ。小洒落た店が並ぶ通りは人が多いので使わない。しかし住宅街を歩くのも、周囲に溶け込もうとして“浮く”可能性があるので要注意だ。しかし予定していた道は諸事情で通れず、急遽迂回する道を選んだ。時に地域の住人になりきるつもりで歩く。遊んでいる子供は「こんにちは」と声をかけてくれるので、会釈をしながら長く伸びた
塀沿いの道を行く。



「やっと来たか。待っておったぞ」



何処からともなく声がした。あれ?今のは私に投げかけられた言葉なのだろうか?しかし辺りを見渡しても誰もいない。気のせい?しかし確かに声はしたはずだ。「何処を見ておる。こっちじゃ」左右に塀が伸びる真ん中に扉が一つ。おまけにその扉は僅かに開き、大体彼女の腰より少し下ぐらいに丸い目を覗かせているではないか。
よくよく観察してみると扉から覗かせた目の上に切り揃った前髪が見える。隙間から白く小さな手が伸びてくる。チョイチョイとまるでこっちに来いと言わんばかりに指先が動いた。心霊現象の類は信じない主義だが、これはこれで怖い。どうするべきが悩みつつ実際のところ足が動かなくなっていた私に「早くせい。ばぁやに見つかる」と急かす声が聞こえて、人一人分通れる程度に開いた大きな扉の中へと身を滑らせた。

私を呼んでいたのは背丈が腰ほどの幼い童子だった。彼女を追って、広く且つ内門の多い屋敷を進む。途中から正規の道ではなく人目につかない所も使って。背を向けているのでよくはわからないけれど、切りそろえられたおかっぱ頭に薄桃の地に染めの小花が咲いた着物を纏った少女はまだ歳相応のあどけなさを持っていた。しかし言動は見た目に似合わず随分と落ち着きを放っている。たどり着いたのは母屋ではなく離れ(こじんまりとはしておらず、とても広い)の建屋だった。中はまるで多目的室のように広く、奥には神棚のようなものも見える。祀られているのは大きな水晶球だ。少女は真ん中で存在感を放つ仰々しい台座に座り込んだ。

「まあ座るのじゃ。ほれ」

台座の前に整えられた座布団に座り込む。少女に誘われるままこんなに奥まで入り込んで来てしまった。彼女が犯罪組織か真選組の刺客でないことを願うばかりだ。入り組んだ非正規の道だったので帰り方は覚えていない。家の規模からしても叫んでも外には聞こえないだろう。

「そう心配するな。とって食いなどしないぞ」
「はあ…」

とって食われたら心霊現象どころではない。殺人?カニバリズム?…何のカルト儀式だ。
しかし少女のあどけない顔を見ていると、恐らく小学生ぐらいの歳だろう。髪型や服装の所為もあるかもしれないが。私は少女を睨みつけるわけでもなくジッと見つめている。そして少女はこちらを見据えている。互いに無言。


「わしは阿国と申す。幼少より占術を極め、今や未来が見える天眼通を持つ故、神童だの巫女だの好き放題言われておる」
「天眼通…」


繰り返していると少女は語った。占術…つまり占い師の超強力バージョン、救世主、預言者、神様仏様。人々は様々な理由で彼女のお告げを乞いにここに足繁く通うという。凄い事なんだろうが今一ピンとこない。なぜその少女に呼び止められ、私がここにいるのかも未だ理解できていないのだ。

「今まで他人に頼まれて未来を視ることはあった。しかし何故か、昨日わしの眼に歩いているぬしが視えたのだ。頼まれもせずに見知らぬ他者を視たのはこれが初めて…会ってみたくなってな。だから待ち構えていたのじゃ」

ほう。この少女には歩いている私が視えていた?ん。私がここを通ったのは予定していた道が水道管の工事に加え自動車の単独事故で野次馬、真選組の巡察と予備のルートも含めて全て通れなかったため、急遽地図を広げて迂回できるここを選んだにすぎない。それも“さっき”の出来事である。
昨日…?普通に旅籠から一歩も出てないけれど。

…名乗りもせずともぬしの名は知っておる。この天眼通を信じるも信じないもぬし次第。どうこう言いはせぬ」
「信じ…ます。はい」

信じるけれどお布施はしない。もしかして私、今ここでカルト的な何かに嵌められようとしているのだろうか。ここで教祖様に「凄い!」なんて行った日には、お家に帰れないとか。教団に入会させられてしまうとか。私の心配をよそに少女は静かに口を開く。


「未来を視てくれと言われることが多いが、ぬしの場合は真っ先に過去が視える。中々、辛いもんじゃの」


彼女に見えたのがどの出来事かはわからない。私が辿った過去。楽しい事も…辛い事もたくさんあったのだから。しかし事の程度こそ大小あれど順風満帆な人生を歩めた人がこの世界にどれだけいようか。先の攘夷戦争の痕跡や天人の台頭による格差社会はまだまだ息を潜めて表立っていないだけ。この世界に潜む闇を視る勇気は…私にはない。「人並みに…」そう答えた。

「貴女はここでずっと依頼者の未来を視ているの?」

ふと気になったことだ。こんな幼い女の子が、頼られて縋られて願われて奉られて…相手の未来を透視し続けるなんて。この年頃の少女と言えば、学び舎に通ったり友達を作ったり外を駆け回ったりしていると思えるのだが。「こんな力を持つが故、ばぁや達が中々外には出してくれんのじゃ」それって軟禁では?疑問は表情に出ていたらしい。


「案ずるな。わしの言葉で救われる人がいて御礼を献上することでこの家は安泰じゃ。外に出ればあっという間に悪事に利用されかねん。故に、ばぁや達はこの家に縛りつつも悪人から守ってくれている。わかっておるのじゃ。わかっておるのに…のう」


遠くを見つめる少女の口調はとても落ち着き、年相応には決して見えなかった。悲しい軌跡を辿って来たのはこの子も同じなのだろう。彼女は“未来”が視える故に、それに縛られ続けているのだ。“家”に縛られ続けた私に少しだけ似ている。もちろん幼くしてその力を持つ彼女の方が辛いのは語らずもがな。



「未来は過程の結果。例え結末は変わらなくても、私は目の前の事に全力で立ち向かいます」



未来の事象が変わらず存在し、いずれ遭遇するとしても…人は進むだろう。時間は等しく流れて、進むのだから。回避してもいずれ“それ”に回帰あるいは収束する。彼女の言う未来を知ってしまっても私はきっと足掻く。たとえ結末は変わらなくても。足掻いた未来がそれならば受け入れる他ない。


「私にだって予言出来ますよ。…最後は皆、死にます」
「中々恐ろしいことを申すのう」


昔、哲学かなんかの本で読んだ。“死亡確率は100%で変わらない”って。読んで何故が納得したのを覚えている。皆が死という結末に向かって生きている。その過程“人生”をより良いものにする為に毎日足掻いているのだ。ただ日々を過ごすことも戦いなのだろう。そう説明すると少女が笑った。

「おかしな娘じゃ。どれ、ぬしの未来を視てやろうかのう」
「怖いんでいいです。それに、心霊現象とオカルトは基本信じない主義なんで」
「…。御礼はいらぬ。特別サービスじゃぞ?」
「それでも…その力を、必要とされる方の為に使えばいい」

私の結末だってそう。最後は死ぬ。ついでに現世の行いの悪さから地獄行きは決定だ。このまま歩む未来を知っても、どうせ変わらず足掻くなら知らずして足掻く方が楽しそうだ。

「阿国ちゃん…でしたっけ」
「?」

少女が視線を上げた。私は彼女を見て微笑んだ。



「今はまだ周囲の助けが必要かもしれません。たくさん勉強して大きくなって、やりたい事が見つかって…いずれ貴女は自らの足で自らの意思でこの家を出ることが出来ます。勿論捨てるものも多いでしょう。私がそうでした。貴女を利用する人がいるなら、それさえも貴女が利用すればいい。大丈夫、貴女は望むまま何処へでもいけるわ」



少女の目が見開いた。「本当におかしな娘じゃ」頬を掻きながら呟く。彼女は、まるでかつての自分を見ているようだった。このまま家に縛られ続けて壊れるくらいなら、いっそこの家から飛び出てしまった方がいいのかもしれない。あるいはここに留まっていた方が彼女にとって良いのかもしれないし。だがしかしその決断を行うのは“今”ではない。いつかの未来に、彼女がここに留まるか外に出るか、彼女自身の意思で決めるのだろう。

「ねえ…一つ、占ってもらっても良いですか?」
「何をじゃ?」

嬉々と少女が声を上げた。


「明日って“晴れ”ますか?大切な方々の御墓参りに、今日行こうかと思ったんですけど時間が時間なんで。丁度明日は雨の予報で…」


期待していた内容と違ったのか、少女の体が思いっきり崩れる。いや私にとっては重要な事象なのだが。頭をさすりながら少女が姿勢を正した。

「安心せい。明日は晴れじゃ」
「ふーん。まあ最近お天気お兄さんの予報外ればっかでしたもんね。やっぱ結野アナの天気予報に限るかな。念のため折りたたみも持っとかないと」
「晴れだと申しておろうに。ぬし、わしの言の葉を信じておらんな」
「念のため…ですよ。元々、お天気お兄さん今回も予報外してくれないかな、明日晴れだったらラッキーぐらいでいたんですから」


だから心霊現象とオカルトは基本信じない主義。朝の番組の占いは必ず見るけれど。最近、見ている朝番組のお天気お兄さんの予報が外れ続きなので、チャンネルを変えよう。結野アナのお天気予報こそ一番当てになりそうだ。笑顔が爽やかなイケメンによるオリーブオイル満載のお料理コーナーはこの際切り捨てよう。

「ぬしは自由奔放でまるで鳥のような女じゃのう。今は信じるままに進むが良い。それがわしからの宣託じゃ。またいつか…ここに来てくれるかのう」
「機会があれば是非。でもその答えは貴女の方がご存知でしょう」

私がもうこない事を。少女はそれを視て知ったのか、もの寂しそうな顔を見せるも何も言わなかった。「でも…」私は続けた。


「貴女が外に来るのが先かもしれないわ」
「その“未来”の可能性は視ずに取っておこう」


少女に案内されたのは裏にある勝手口だった。何でも、表から通りに出ると私にとって良くない方々に出くわすらしい。何それ怖い。裏通りを抜けてからの帰路までも教えられる。三丁目の家と家の間の垣根沿いの道を通れだの、塀の上の猫には挨拶しろだの、どこどこの犬はよく吠えるから気を付けろだの、結構な言いつけだ。おまけに待っている男にはこう言えと遅くなった言い訳まで教えられる始末。まったく…大きなお世話。

「それでは」

また、とは言えずに私は歩き出した。勝手口から覗く小さな双眸は私が角を曲がるまでこちらをジッと見ていた。


*****


翌日。晴天の空の下は江戸港近くの倉庫街に来ていた。先の紅桜事件で鬼兵隊の船が墜落したのは遥か遠い海の底。全員のカルテと生存者のリストを照らし合わせた時にその被害の大きさを思い知った。船と共に沈んだ彼らに墓など存在しない。事件後に地球に降りて来てしばらくは真選組の検分の目があり、近くにも寄れなかった。しかし今となっては元どおりの静けさで人っ子ひとりいない。夜になればゴロツキの溜まり場となるのか、高杉さんの言いつけ通り、日が暮れる前にここを去らなければならない。

「岡田さん…皆さん…どうか安らかに。私たちは前に進むけれど、決して忘れません」

手にした花束を海に投げた。散らばった花がゆらりゆらりと波に揺れる。
花を手向けて供え物をして…と、丁重に弔う気持ちでいたのだが、この場所に人が訪れていると示しているようなものなので諦めた。散った花は一部が沈み、一部はまだ浮かびながら風に流されている。「さようなら」もう会えない人に別れの言葉を。
は背を向けて歩き出した。潮の匂いを運ぶ海風がその背を押していた。


阿国編。原作ではもっと先ですが、事前に交差。
20170312*星宮はちこ   裏語