レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 二十九話、二人だけの逃避行】
急いで旅籠に戻る
を待ち受けていたのは何というデジャヴな展開だろうか。旅籠の玄関には高杉晋助が待ち構えていたのだ。ぶっきらぼう、かつ僅かに苛立ちを含み投げかけられた声に、私は顔を上げた。
「遅ェぞ。何があった」
「遅くなって申し訳ございません。繁華街の町並みをボーッと眺めていまして…」
嘘。正確には半分嘘。町並みならず町を謳歌していたとも言えるのだが、ましてや花屋で油を売っていましたやらヤクザに絡まれていましたやらホストに助けられましたやらことの顛末を事細かに話すわけにもいかない。間違いなく怒られるのだ。これで誤魔化せるかはわからないが。
「フン。どこで狙われるかわからねーから気ぃつけろ」
「アハハ。すみません気をつけます」
乗り切った?のだろうか。
ちなみに花は袖の中に隠してある。三輪程度だ外から見えてはいないだろう。言葉を発しなくても、ふらりと見せた高杉さんの背がついて来いと語っている。大人しく従おう。すると旅籠の奥から万斉さんが姿を見せたではないか。「お主も案外小悪魔でござるな。晋助を振り回す人間などそうはおらぬでござる」その言葉を聞いてだろうか、前を行く高杉さんが足を止める。万斉さんお願いだから騒動を蒸し返さないで下さい。私は視線で訴える。
「そう睨むな。心配していたのは拙者も同じ」
言いながらも歩み寄り、彼が高杉さんを通り過ぎ私の前までやってきた時だった。僅かに万斉さんの表情が固まったような気がした。「香水の匂い…」 独り言のように溢れた彼の言葉に背を向けていた高杉さんが瞬時に振り返る。瞳孔まで開ききった様に私の額から冷や汗が溢れたのは言うまでもない。そのままズカズカと私の真ん前にやって来ると顔を近づけ先の言葉の通り、私に残った他人の気配を確認している。恐らく最後に起こった、ホストの本城さんに助けられ上半身を支えられていた時にでも香水の匂いが移ったのであろう。たかかそれだけ。でも、報告と異なることに違いはない。体を屈め腹のあたり、帯元まで確認していた高杉さんの切れ目の瞳が鋭さを以って私を見上げる。視線が合った途端に凍りついてしまいそうだった。
「町並みを眺めてただァ?野郎の残り香させやがって」
「ご、…ごめんなさい。でもこれには理由があって!ただの事故で!」
「言い訳なんざ聞きたかねぇ。来い」
強い口調。有無を言わさず高杉さんは私の手首を力一杯掴むと強く引っ張った。なされるがまま私は強引に連れられる。手首が痛い。「待って!」「話を聞いて下さい」と何度呼びかけても振り向いてはくれなかった。この展開に流石の万斉さんも異常事態だと感じたらしく「待て晋助!」と割って入ってくれたのだが、それすらも無視し高杉さんは私を引っ張り旅籠の玄関から連れ出した。振り解こうにも力の差は歴然。ビクともしない。階段を上がりたどり着いたのは高杉さんの自室だ。見知った部屋に引き込まれると。居間のとある引き戸を開く。そこは彼の寝室とは反対側、荷物置きに使っている一部屋だった。殺風景で小さな明かり取りの窓があるだけの部屋には荷物が幾つか積み上げられている。
「痛っ!?」
私はその部屋に力任せに押し込まれる。体勢が崩れて畳に投げ出された。
「テメェをフラフラ外に出したのが間違いだった。しばらくここにいろ」
「待って!話を聞いて下さい!」
急いで起き上がり、閉ざされた扉を叩くも応答はない。体重をかけて引いてみるも鍵が掛かっているのだろうビクともしないのだ。一人残された空間。嘘は事実。でもそこに鬼兵隊への裏切りはない。真実を話したらわかってくれるはずだ。高杉さんは向こうにはいないのだろうか。反応が無いなら無意味に騒ぎ立てても疲れるだけだ。今は大人しく待つことにした。しかし、まるで子供が仕置きを受けているみたいだ。この歳になってこんな部屋に閉じ込められるなんて。少しの間大人しくはしていたものの、どうも落ち着いたままではいられない。
は改めて辺りを見回した。本来の目的とは違う用途に利用されているとは言え小綺麗な部屋だろう。高杉さんの支度を手伝う際に幾度となく入室した事を憶えている。
自身に充てがわれた旅籠の部屋は高杉の部屋よりも狭く、普段使わないものはここに置いておけと彼女の荷物も幾つか紛れ込んでいる。
あの事件、紅桜計画の失敗の後、それまでの拠点だった鬼兵隊の飛行船は江戸湾に墜落した。名目上、戦闘の応援に来たという春雨の艦隊に命からがら乗り込み彼女たちは生き延びた。同時に多くの隊士と武器・設備・資材の全てが海の藻屑と散っていった。鬼兵隊として大きな損害を被ったのは言うまでも無い。
も手にしていたトランク一つ以外は全て失った。入っていたのは秘密の日記帳と医療道具が少し、隊士のカルテの写し。逆に身の回りの備品や高杉から貰った着物一式は失った。組織の立て直しを図っている現在彼女が持っているものは、そのほとんどが新たに高杉から買い与えられたもの。先の教訓を胸に物はあまり持たない生活をしているが、何だかんだと手土産のように彼が勝手に買い揃えるのだ。ここに置かれた荷物もそう。知らぬ間にまた着物が一式揃っていた。今
が纏っているものもその一つ。彼の趣味の良さは育ちの良さの表れでもあると改めて思う。
「様子を見に来たでござる」
扉越しに聞こえたこの声は万斉さんだ。急いで扉に向かうと姿の見えない先へと声をかける。
「万斉さん!聞いて下さい!荷物部屋に閉じ込められたんですよ。鍵、あるなら開けてください」
「説得してみたのだが…あの石頭を柔らかくするのは骨が折れる。むしろ治らんでござる。出すなと言われてるから拙者が出来るのはここまで。
、お主もお主。男物の香水の匂いをさせて…外で一体何をしていた」
「言っときますけど、やましい事は一切ありませんから」
そして私は今日の出来事を事細かに伝えた。ポスト前に花屋があったこと。そこで花を三輪買ったこと。途中で財布を落とし通行人に拾ってもらい横断歩道でモタモタしている間に信号が変わったので、走り出したこと。たどり着いた先で転けかけホストに助けてもらったこと。男物の香水はおそらくそこで付いたということも。
「全く、危なっかしいことこの上無い。拙者からももう一度晋助に言い伝えておく。だが、今宵は隊士と会合がある故、帰りは遅い。恐らく一晩はここで頭を冷やすことになるだろうな。それに晋助が許さぬ限りここから出れぬぞ」
「そんな!」
「拙者も心配した。少しは反省するでござる。だが…こちらの扉は開かずとも道は一つではない。
。お主ならこの状況くらい何とか出来るであろう」
「無理ですって…」
そして万斉さんは「楽しみにしている」とだけ伝えると気配を消した。道は一つではないって一体どういう意味だ。私は意気消沈し扉の前にへたり込む。暇を持て余したままボーっとしているといつの間にか日が暮れ部屋に薄闇が広がった。そしてそのまま目を瞑っていたら、ウトウトと意識が飛びそうになる。膝を抱えて
は完全に意識を飛ばした。
ガラスを叩く様な高い音がして私は重い瞼を開いた。随分と寝すぎてしまったらしい。時間こそ分からないが周囲は真っ暗。重い体を動かして立ち上がる。 ―コツンッ と、次は確かにガラスに何かが当たる音がした。恐る恐る小さな窓に近づくともう一度音が聞こえる。磨りガラスのそれでは外を覗くことは叶わない。思い切ってそれを開くとゆっくり顔を覗かせてみた。
「!?」
下には人影が一つ。闇に紛れて見辛いのだがあのシルエットからして万斉さんだろう。「
」と名を呼ばれて私も彼の名を呼んだ。シンと静まり返った世界では小声でもよく通る。
「晋助に急ぎ伝えろ。些か緊急事態でござる。“真選組がここらを嗅ぎ回っているから気をつけろ”とな。今日ばかりは夜遊びを程々にしてもらわねば。拙者は奴らを撹乱する為に少し散歩に行くでござる」
「大丈夫なのですか?」
「案ずるな。こう見えて拙者も幾度となく死線を越えて来た身…心配には及ばん。しかし必ず口頭で伝えるでござる。託したぞ」
「万斉さん!」
呼び止める声も聞かずに彼は闇に消えた。真選組。何と懐かしい響きだろう。こう見えても家を抜け出した時には幹部と顔を合わせたものだ。いつの間にやら、追うものと追われるものの関係になるなんて…と言っても私は正式に鬼兵隊を名乗れる程の身分でもない。そして問題は会合から帰ってくる高杉さんに先の伝言を伝えられるかどうかだ。この部屋に閉じ込められてから彼の気配を感じない。名前を呼んでも応じてくれる確証はない。開かずの扉を前に再び頭を抱える。
“こちらの扉は開かずとも…道は一つではない”
昼間に言われた万斉さんの言葉。考えろ私。高杉さんに伝える手段はあるはずだ。手紙にしてドアの隙間から…いや、ペンと紙がない。扉を叩いて伝えるのは最も原始的な方法だが、彼が聞いてくれるかは分からない。チャンスは居間を通り過ぎるその一瞬。タイミングが合わなけば無意味。考えろ。
“こちらの扉は開かずとも…”
再び万斉さんの言葉が繰り返される。こちらの扉…ならばもう一つ“あちら”の扉があるということ。しかし扉は目の前の一つだけだ。そう、扉は。ゆっくりと振り返ると先ほど覗いた窓から明かりが漏れてくる。そう大きくはなく全開してもせいぜい人が一人通れるかどうかだろう。僅かに開き外の様子を伺うと、屋根伝いに移動は出来そうだ。
「(とは言え、これじゃあまるで泥棒じゃない)」
屋根伝いに移動なんて今時瓦屋かせいぜい泥棒くらいしかしないだろう。落ちたら怪我、頭を打てば即死だってあり得る。せめてヒモでもあれば固定と安全綱くらいにはなるだろうか。部屋にある高杉さんの荷物は漁る気にはならないので、自分の荷物を漁ってみるも衣服ばかりで役立ちそうなものはない。帯紐は短く心許ないし帯は太くて扱いに困るだろう。
ええい、女は度胸だ。
考えていても埒があかない。これも万斉さんの忠告を高杉さんに伝えるため。強いて言うなら高杉さんの身を守る事にも繋がるのだ。意を決して私は小窓を全開にすると、枠に手を掛け荷物の鞄を足場にして開口部に頭を突っ込む。が、すぐに室内に逆戻り。腹に巻いた帯がどうも穴につっかえてしまう。漁った荷物の中に戦闘着があったのでそれに着替えよう。着物に比べて体のラインに沿い、凹凸も引っかかりもないナース服なら動きやすいだろう。私は帯を解くと着物も襦袢も脱ぎ取り出した真新しいナース服に着替えた。足袋も合わないし滑りそうなので脱いでおく。要は裸足だ。もう一度鞄を足場に窓に手をかけると、次は足から通り抜ける事にした。抜けるまでは手の力が頼りだ。そう握力が強いわけでもないが、抜け出た先に足がかけれる場所を見つけたのでどうにか体を起こす事に成功する。一階の屋根の部分まで飛び降りると瓦独特の乾いた音がする。今、下を通っている人が見上げたなら私はもれなく不審者だろう。間違いない。
足裏の感覚と壁に添えた手の支えを頼りに、壁際を移動していく。瓦屋根のひんやりした感覚が足裏から伝わってくる。旅籠の角部屋に当たる高杉さんの部屋。荷物部屋の隣に位置する居間は窓が閉じられており、ついでに表通りに面しているので通行人に見つかる危険が高い。ならば寝室だ。旅籠の庭に面しているので目立ちにくいだろうという安易な考えだった。反対側に回ろうとしていると、通りの向こうから赤色のランプを光らせたパトカーが巡回しているのが見える。一直線に近づいてくるのだ。まずい。見つかったらもれなく不審者。私が職務質問でもされてしまえば鬼兵隊にも迷惑がかかる。そそくさと足を速めて表から見えない位置に滑り込む。何事もなくパトカーが過ぎ去るのを確認してから行動 開始だ。高杉さんの寝室に当たる部屋の窓を視線が捉える。今からあそこに行かなければ。周囲を観察してみると少し離れた位置に雨どいのパイプが伸びているではないか。あそこに登れば、手を伸ばせばギリギリ届くか届かないかの距離。
念のため雨どいの強度を確認してみる。これは中空のパイプだ。そう強くはないだろうが手で揺すってみてもビクともしない。いけるだろうか。運動は嫌いではないがどちらかと言えば登るより降りる方が得意だ。実際のところ登りと降りでは筋肉の使い方が違うし、降りるのはほとんど重力に任せるだけなので本当は比べるのも良くないのかもしれないけど。
「よし」
意を決して
は登り始めた。パイプを壁に固定する金具に足をかけゆっくりと。裸足なので金具が足に食い込んでどうも痛いけれど我慢。ナース服は足が開くので着物より楽だった。登るごとに寝室の窓が近づいてきているようにも思える。同じくらいの高さにまで登ると片手を伸ばしてみた。が、届かない。あと1メートルぐらいは離れているのだ。伸ばせども伸ばせども変わりはしない。距離を見誤ったのだろう、手を伸ばせば届くと思ったのに。そのまま唸り声を上げて手を伸ばし続けていた時だった。
―ガラガラ と、音を立てて視線の先の窓が開いたのだ。
「…!?」
バッチリと目が合ったのはその部屋の主、高杉さん。もう会合からお戻りになったのだろうか。ここにいるからそうなのだろう。しかし、肝心の私はいるはずの部屋を抜け、外、それも寝室の横の雨どいのパイプにひっ掴まって窓に手を伸ばしている。見たまんま不審者。
「おい。てめー、何故んな所にいやがる。そもそも何してんだ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔でそう尋ねられた。えっと、彼の反応は間違いではない。突然彼が現れた事に驚いている私も同じような表情をしているのだろう。
「高杉さん。その!これには理由が!聞いてください…万斉さんより伝言で“今宵真選組がここらを嗅ぎ回っているそうなのでお気をつけ下さい”とのことで…って、あ!」
私が全てを伝え終わった時、丁度上部にある“パイプを壁に固定している金具”が、人間一人の重さを支えきれなくなってしまったのだろう、音を立てて外れたのである。パイプ自体が大きく揺れてバランスを崩した私はそのまま手を離してしまった。揺れの中幸いな事に方向が物見場に向いていたのが功を奏したのか、私の体は物見場に一直線。体勢だけは崩すことなくまるで新体操でもしているかのように、着地したのだ。うん、これなら満点だ。
「「…」」
再び視線が合ったまま、沈黙。本当のことを言うと静かなのは表情だけで、私の心音は緊張や不安からか、張り裂けんばかりに鼓動を打っているのだけれど。
「おい…てめーは忍者か」
「違います一般人です」
妙な緊張を帯びる最中、会話はそこで止まる…わけもなく…。
「ここで何してやがった?」
「先ほど万斉さんに伝言を仰せ使いました。必ず口頭で伝えて欲しいとの事で、扉が使えないので窓から抜け出てこちらに…寝室に入ろうと試行錯誤していたところ高杉さんに会いました。それだけです」
「万斉がか…」
疑うような思想顔の高杉さん。視線が鋭くなって表情が怖いのは心に秘めておこう。「一つだけ言っておく」と前置きから始まる。
「お前は奴に弄ばれてやがる。俺ァ言ったはずだ、野郎の言うことを信じるんじゃねーとな。だがお前は馬鹿みてーにホイホイついて行くわ何でも聞くわ俺ァんなとこが気に食わねェ」
「はい、その、すみません」
「それも二度目だ。少しはこれに懲りて…」
言っていることがわかるようなわからないような。今の話を聞くに、勝手に抜け出て侵入しようとしていたことを怒っているわけではないらしい。高杉さんのお説教が続くと思った矢先、彼の部屋をノックする音が聞こえる。おそらく万斉さんではないだろう。彼ならは勝手に入ってくるはずだ。途端に彼の表情が変わる。
“お客様、旅籠の者です。別件で警察がいらしております。捜査の折に部屋を回られるやも知れません。お気をつけ下さい”
ここは高杉さんが懇意にしていただいている旅籠だ。もちろん彼が身を隠すためにここにいることは主人も女将さんも周知の事実。警察の目を誤魔化すよう協力もしてくれている。何用かはわからないが、警察が旅籠に来ているので気をつけろとのことらしい。彼らの言葉を聞いて鼻で笑った高杉さんは愛用の刀を一本手にすると私の手を掴み、引いた。来いとの事らしい。
「って、ここ物見場なんですけど。これ以上どこにも行けないんですけど!」
「降りろ。お前を抱えて部屋に隠れるのもリスクが高けぇ。外だ」
「え…降りろって…今、私死に物狂いで登ってきたばっかりなんですけど!」
「いいからとっとと降りろ。何なら突き落としてやらァ」
黒い笑みを受け、私は観念した。そう大きくはない物見場の欄干に足をかけてタイミングを計って一階の瓦屋根へと飛び降りる。さっきの苦労が水の泡だ。「これ持っとけ」と彼の愛刀を投げられて必死に受け取った。重い。見た目以上にずっしりと重い。器用に欄干を超えた飛び降りてきた高杉さん。失礼だから口にはしないが、普段のゆったりとした動きに比べて運動神経は抜群だと思う。これからどこに逃げるのだろう、と周囲をキョロキョロと伺っていると表通りの方からパトランプの赤い輝きが建物に反射しているのが見える。警察が旅籠にいるのだ。突如降ってきたような緊張感に生唾を飲む。「こっちだ」と手を引かれた物見場の下で、まるで覆いかぶさるかのように彼が私を抱きしめ、ピッタリと壁に押し付けられていたのだ。
「これ、その、大丈夫なんですか」
「心配いらねー。奴ら“警察”って言ってやがったからな。暗号だ。“黒い犬”に“黒い警察”。“黒”が付いたら鬼兵隊を追ってきた真選組を意味する。後はどうにでもならァ」
「でもこんな…うっ」
突然、小声で話していた私の口元を押さえた。どうやらこれ以上は音を立てるなということらしい。大人しく従うものの、影が重なるほどにピッタリとくっついた体に顔中が熱を帯びていた。
“お休み中の所失礼する。江戸の治安を守る真選組だ!此度ここの旅籠で集団窃盗事件が発生したので、念のため室内を改めさせてもらう!!”
“トシ。ここ高名な作家さんの部屋らしいんだが無理矢理入り込んで俺たちが怒られないか”
“警察権限だ。何かあれば責任はとっつぁんに取ってもらうさ。仲間が潜んでるかもしれねぇ。隅々まで調べろ。で、女将さんよ、ここの客はまだ帰ってきてねえのか?”
“大体攘夷浪士の会合だって出動すれば空振りに当たるわ。近くの旅籠で窃盗事件があったからって関係ない俺らが出動させられるわ、これの残業代と深夜勤務手当は土方さん持ちでさァ”
“それもとっつぁんにツけとけ。あ、備品には手ェ出すなよ!!”
室内から漏れ出る会話に心臓が飛び跳ねそうだ。今、上には真選組がいるなんて。まさかその部屋が偽名を使っているにしろ鬼兵隊総督、高杉が潜伏している部屋だとは思いもしないのだろう。
“仲間が潜伏している様子もなし。部屋を漁られた気配もない。女将、ここの部屋の主人が帰ってきたら、早急に部屋を確認し盗まれた物があれば被害届を出すように伝えてくれ”
“よっし今日もお仕事終了~♪”
“おい待て総悟!次はここのアシスタントの女の部屋だ”
“そ、それはいかんぞ!本人の居ぬ間に部屋を物色など許される事ではない。開いた鞄から使用済みの下着なぞ出てきたらどうするんだ。言っておくが俺はお妙さんの使用済み以外には興味ないからな!!早くこれ終わらせて妙さんの元へ行かせてくれ。って、総悟!?”
―ガラガラ と、上の窓が開く音がした。
“高名な先生ったぁいい部屋でのんびり仕事が出来るもんで。羨ましいもんだ”
真上で声がして心臓が壊れそうだった。途端に高杉さんの力が強くなる。ギュッと押さえつけられた壁と私と高杉さんが一つになってしまうかのようだ。物見場の分出っ張りがあるものの下を覗かれれば終わりだ。「行くぞ」と声がかかり窓は静かに閉じられた。しばらくその場にいた私達も、パトランプの明かりが遠のくのを確認すると止まっていた時が動き出したかのようだ。足に力が入らずに、支えを失った体がその場にズルズルとへたり込む。
「おい、もう終いか。少しは体力つけろ」
「無理です。緊張感しすぎて足が震えてました」
差し出された手に自らの手を重ねると、力を込めて引かれて起き上がらされる。手を伸ばしても届かない位置の物見場に彼の助けを借りて登ると、次は上から私が手を差し出した。
「掴まってください!引っ張り上げれるかはわからないですけど、縄だと思って!」
「随分と細ぇ縄だな」
掴んだ手の、互いの五本の指先がどちらともなく絡み合った。
事件発生。もはやどれが事件なのかわからないくらいに事件事故多発。二人だけの逃避行。
20170326*星宮はちこ 裏語