レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 三十話、胸を張って生きてみる】


真選組の一件が落ち着き、高杉さんは旅籠の主人に礼を言うついでに何があったのか情報を共有しに行っている。掃除なんぞも行われない瓦屋根やら雨樋を歩いた私の足と服は泥や砂や埃やらで汚れてしまっていた。何やかんやありつつようやく部屋に落ち着いた私はその汚れっぷりにすぐさま風呂に入るように命じられた。真新しいはずだったナース服も至る所擦れた茶色が広がっている。また洗濯せねば…しかし着物でなくこれに着替えて良かった。高杉さんから頂いた着物ならショックでへこんでいただろう。

「あーいいお湯!」

仰ぎ見た視界に広がるは夜空と時折感じる夜風が心地いい。ここは貸切の露天風呂。旅籠には大浴場が他にあるけれど予約制で宿泊客に貸し出しているという。私がいつも利用していたのは大浴場だったけど人目を偲ぶ彼はこちらをずっと使用していた。随分と遅くなり、大浴場が閉まってしまった今日は、私もこちらを使っていいらしい。「露天風呂だ。先に入っとけ」と言われた時は心が躍った。やっぱり露天風呂の解放感は素敵だ。思わず鼻歌も溢れる。


~♪

「おい」
「はい?」


高杉さんが私を呼ぶ声が聞こえたので条件反射で振り返る。もちろんそこには彼がいるのだが。というか、どうしてここに高杉さんがいるのだろうか。「居たら悪いか」表情を読まれてそう答えが返ってくる。いつもの艶やかな着物を召した高杉さんが、露天風呂の入り口付近に佇んているのだ。現在 “露天風呂使用中。予約者以外の使用はご遠慮下さい” の札が出ているので関係者以外は入ってこれないはずだ。彼は関係者っちゃ関係者だけれども。それとこれとは話が違うわけで。

「奴らの件だが、どうもこの旅籠で物盗りが相次いだもんで警察に通報したら真選組が来ちまったらしいな。捜査だ何だと客室を見廻る口実になっちまったわけだ。ったく、万斉もちったァ仕事の一つしやがれってんだ」
「鬼兵隊の捜査では無かったのですね。安心した」
「言っただろ。奴ら攘夷浪士の捜索にならなきゃ鼻の一つ利きしねぇ。まあその無能さのお陰で一つ良いことくれぇあったんだ今回ばかりは賞賛してやらァ」

私は露天風呂に入ってて高杉さんは入り口側にいる。こんな状況だけど話はどんどんと進んでいく。これはこれでいいのだろうか。いや良くないけど。


「で、昼間の件は何だ?」


そう彼が話題を変えると場の空気が変わったように感じた。彼は裸足のまま湯船に近づくと傍にある大きな岩の上に胡座をかいて座り込む。そこならバッチリ湯船全体が丸見えだ。湯船にはタオルを持ち込めないので急いで足を曲げて前の部分を隠す。ついでに言うとここの露天風呂はにごり湯ではなく無色透明。隠さなかったら絶対、見えてる!

「奴は“昼間の件はお前は無実だ”と言いやがった。帰ったら早々解放してやれとも」
「書状をポストに投函しました。そしてポスト前にある花屋さんで…」

今日の出来事を話すのは二度目だ。一日の記憶を辿るように出来事を話していく。その最後に、ホストの男性に助けられた際に香水がついたのかもしれないということを告げる。「俺ァそんな小せぇこと怒っちゃいねぇ」私が見上げた先で彼は余裕を見せつつも鼻で笑った。

「俺が怒ったのはお前が嘘をついたことだ。そいつが居なけりゃ歩道脇で血まみれだったんだろうが。ったく足元見て歩け。助けた助けられたことなんざどうだって構わねー。その野郎との関係を隠すことなんざねぇだろ。大体、お前は嘘が下手だからな。突き通せない嘘なんざ端っから吐くな」
「…ごめんなさい」

以前、また子さんにも言われたことがある。私は嘘が下手だって。と言っても彼女に嘘をついたことは無いのだが。謝罪を告げ、俯きながら水面に映る自身の姿を眺めつつこれからは必ず“真実を話す”ことを誓った。


「で、さっき向こうで見つけたこれは何だ」
「えっ…それ…えっ!!?」


彼の手には白い布が握られていた。何も装飾のないただの白い布。長方形かつ長さのある布に私は覚えがあった。いつも私が使用している“晒”だろう。診療所で働きだしてから理由あって使用しているその布。彼が持っているという事は…脱衣所のカゴから引っ張り出したとでも?あの高杉さんが!? 頭が少し混乱した。「どうしてんなもん使う必要がある」静かな声。でも問いただすような真意を秘めた問いだ。使用しているのは個人的な理由なのだが、嘘はつけない…もうつかない。先の件もあってだろう。それに、これ程のこと嘘で隠す必要もないような気がしたのだ。

「昔、私が小さな診療所でお世話になっていた頃です。まだまだ駆け出しで医者ではなく看護士として働かせて頂いてて。普通のナース服だと体のラインが出てしまうので。患者さんにその…“そういう目”で見られてしまって。関係が崩れて…悩んだ末こういう形に落ち着きました」
「くだらねー。他人の目なんざ気にするよりお前らしく胸張って生きてる方が俺は好きだがなァ」
「…」

その後先生と話し合いその診療所を離れた。この事実は私の職仕事に対する観念に大きく影を落としたのは言うまでもない。だから下手に体のラインが出ないように、患者さんにそんな目で見られないように晒しで胸を潰したのだ。着脱の手間は慣れないものの、息苦しさはだいぶ慣れた。「まあ俺がどうこう言えるわけでもねぇ。好きにしろ」そこまで言うと彼は白い煙を吐き出した。あれは…煙管。いつの間にやら煙草を吸っていたらしい。だがここは禁煙だ。それを告げるとまるで悪ガキのように笑いながら「止めさせたきゃ取ってみろ」なんて言いのけた。でも私は裸なのである。髪をまとめるのに使っているタオルを使っても心許ない。

「ここ禁煙ですよ!むしろお風呂!今すぐ火を消して下さい!」
「実力行使だ。止めてみろ」

まるで小学生の言い合いだ。それに彼は私が湯に浸かったまま手を伸ばしてもギリギリ届かない位置にいる。これはきっとワザとだろう。最初から計算していたなんてずるい。そう言っている間にも高杉さんは煙管を咥えて煙を味わっている。


「もー!高杉さん!!いい加減にして下さい!」


そう言い放つと頭に巻いていたタオルを取り立ち上がる。白いタオルを体の前面に押し当てて、彼の前に立ちはだかると煙管を持った右手の手首を掴んだ。もう半分くらいヤケクソなやつだ。目を見開き驚いた顔と対面しつつも私は彼の手中にある煙管を奪う。「ここは禁煙です」奪ったはいいものの中の火と灰をどう処分すべきだろう。排水溝手前に巻いて湯で火を消すのがいいだろうか。処分に困っていると目の前にいる無言のままの高杉さんが目に留まった。しかし視線が合わない。流し目でジッと下を。…下!!?


「ッ!!?」


タオルでどうにか隠しているもののそれは最小限で、デコルテやら脇腹やら腕やら肩やら足やらは殆ど出てしまっているのである。それを認識した途端に顔が熱くなった。高杉さんに…見られている。声にならない声が喉から漏れ出る。


「ご、ごめんなさっ「待て」


言い終わらない間に声が被さる。次は煙管を手にした私の右手首を掴まれた。湯船に戻ろうとしたのを引かれて体勢が崩れる。そのまま彼の胸元…なんて都合良く事が運ぶわけも無く、引かれた勢いで足元が滑った。まるでズルりと音がするかの様に綺麗に滑った私は、先ずは足次いで腰に肩と彼の両脚の合間に滑り込む。背中が当たって痛い。そして、私が滑り込んだ反動でまるで巴投げの様に高杉さんが前に飛んだ。露天風呂の湯船の方向だ。―ザバァアン と、酷く大きく濁った水音。露天風呂の床に背を預け寝転びながら私は空を見ている。あ、星が綺麗…なんてゆっくりとしているわけにもいかずに、寝ながら真上を仰ぎ見た。何もかも反転した世界。空が下に水面が上になった画は穏やかで人影はない。あれ…高杉さんは?

「高杉さん!!」

その事実を認識した途端に急いで体が反応する。その場に起き上がると音を立てて湯船に入り込み湯をかき分けて艶やかな着物の元まで寄った。もしかすれば落ちた拍子に頭を打っているかもしれない。そしてこのまま水の中なら窒息する可能性も否めない。名前を呼びながら体を起こそうとした矢先、彼の半身が自力で水中から上がった。水を飲んでしまったのだろう大きく咳を繰り返している。

「ゴホッ…ガハッ…」
「大丈夫ですか!!ごめんなさい!ごめんさい!頭打ってないですか!?」
「アァ…最悪だな」

咳き込みながらも二、三度大きく呼吸を繰り返しているうちに落ち着きをとり戻したようだ。しかし本人がどうとも思っていなくてもそれはただ自覚症状がないだけかもしれない。後から何か症状が出ることだって十分あり得る。水で張り付いた紫紺色の髪の毛をかき分けながら、頭に直接触れてみる。濡れた包帯。耳元。後頭部。確認してみても血は出ていないし腫れはなさそうだ。


「本当に、打ってないのですね」
「死んだフリしてた方が良かったかよ」
「冗談はやめて下さい心配したんですから。後で具合が悪くなったら呼んでくださいよ」
「原因作ったテメェが言うか」
「それは…ごめんなさい」


触れていた指が離れる。濡れて重みが増したものの…とても綺麗な髪の毛だ。水も滴るいい男…なんてうまく言ったものだ。まさにこの状況とも言うべきだろう。二人湯船に浸かりながら少しの沈黙。そして次の瞬間水音を立てながら高杉さんが立ち上がった。張り付いた着物の布と肌を湯が滑り落ちる。

「先に出る。湯冷めすんなよ」
「高杉さん?…ゴフッ!!!」

そのまま湯船を出ていくものと思っていたのに、私を待っていたのは下に押される強い力。頭を押さえつけられ途端に湯の中に押さえ込まれた。すぐに抵抗してみるもビクともしない。僅かに手が緩んだ瞬間を狙って顔を上げることに成功した私。湯は飲んでないものの、肺が酸素を求めていた。


「って!…死ぬ…」
「両成敗だ。風呂から出たら部屋に寄れ。ついでに…俺ァそっちの方がいいがな」


そう言うと彼はあっという間に風呂から出て行ってしまった。風呂から出たら高杉さんの部屋に行かなきゃ。確認の意味で二回復唱する。ん、しかし最後の言葉はどういう意味だろうか。“俺ァそっちの方がいいがな” …そっち?ってどっちだ。ん…? 今一度状況を確認しよう。私が滑って高杉さんを放り投げて彼は湯船に真っ逆さま。急いで駆け寄って、頭を打っていないか確認して…うん。おかしい事は何もない。
冷えてきたので湯船に座り込み肩まで浸かる。彼の残した言葉は何の事だろう。わからない。しばらく浸かっていると体が温まったので出ようと立ちがるも、さっきまで身につけていたタオルが見当たらない。確か煙草を取り上げる為に頭から外して手に持っていたのに。…。今一度自分の体を確認してみる。裸。うん。もしかしてもしかするとあれ。見られた!!?


「え…っと。終わったことよ私。見られちゃったものは仕方がないじゃない。終わったことなんだから」


羞恥を感じつつも、終わったことと思いこませようと念じるように繰り返す。彼の部屋へと赴く足取りはずっと重くなってしまった。


*****


旅籠の浴衣の上に羽織を纏い乾かした髪は耳の横で緩く纏めて。頭からずぶ濡れになってしまったので乾かすまでに意外と時間がかかってしまった。髪が長いとこういう時は大変だ。階段を上がると長い廊下。自室に続く扉を通り過ぎ、奥の部屋へと一直線。軽くノックをして伺いを立てると、少しの間の後、遠くで応じる声が聞こえて彼の部屋へと入る。

「失礼します。高杉さん?」

見られたという羞恥を思い出して気まずさを感じつつも、覗き込んだ居間には誰もいなかった。確かに中から声はしたはずだ。ふと、自分が閉じ込められていた荷物部屋の方を見てみると、何事も無かったかのようにピタリと扉が閉じられており鍵も何も見当たらない。「入ってこい」と、客室の奥にある寝室から声が聞こえた。「奥にいらしたのですね…」顔を覗かせてみる。艶やかな着物ではなく白い浴衣を纏った彼。と、目についたのは敷かれた布団。それも二組ある。何故だ。薄暗い部屋でいやに存在感を放つ白い寝具。それらを私は何とも言えない顔で見ていたのだろう。


「てめーはどの部屋に置いといてもあっという間に逃げやがる。留めたくとも聞きやしねぇ。仕方ねぇから俺の部屋に置くことにした 」
「え、ここ?嘘」


と、思わず本音が溢れてしまったではないか。ここ。つまり高杉さんのお部屋なのである。それもあの荷物部屋ではなく、ここ寝室。もれなく高杉さんの隣。

「言っとくが、拒否権なんざねぇからな」

私が言葉を失っていると追い打ちをかけるように告げられた。「問題あるかよ」…問題しかないと思うのは気のせいではないはずだ。同じ部屋でなんて高杉さんを意識して寝れないのは目に見えている。そもそも男女で同じ部屋なんて他人が見たらどう思うのか。口に出して抗議する気は無いけれど、表情には出ていたらしい。

「不満か。安心しろ、手なんざ出さねぇよ」
「はぁ…わかりました。何でもいいです」

途端にため息が溢れる。何を言っても聞き入れてくれないだろう。反論するだけ無駄だ。それに、下手な事をしないと言ってくれているわけだし。「…」再び口を閉ざす。手は出さない…って、つまり女として扱われていないという事なのである。それはそれでどうなのだろう。凹むけど。いやもう、なるようになればいい。動かないのを見かねてか立ち上がった高杉さんが私の前にやってくる。何だろう。視線を上げると同時に頭に重みと温もりを感じる。大きな手が頭に添えられていた。

「いい子にしとけ。悪いようにゃしねーよ。ほら見ろ」
「あ、着物」
「部屋見てみりゃあもぬけの殻。おまけに脱ぎ捨てた蛹みてーになってやがった。皺伸ばすのも手間だろうが」

言われたまま見上げた先には、大きな専用のハンガーに吊られた着物。さっきまで着ていたもので、勿論高杉さんから贈られたものの一つだ。これら衣類の洗濯の手配も私の仕事。でもその場合は手配だけであって実際には業者が行うのだが。「ごめんなさい」幾たび述べたかもわからない謝罪の言葉。今日は本当にツイていない。


「花…」


それだけの単語。聞いて思い出す。そう言えば私は昼に花を買ってきたのだ。ピクリと反応して視線を交えると優しく…笑われた。「一本は駄目になっちまったが、残りは何とかなったな。ほら見ろ」彼の視線を追うと、深い黒を思わせる群青の小ぶりな花瓶に生けられた二輪。トルコキキョウ。花器の深い色と花の淡さが相まっている。凄い。センスの良さと教養の高さからして、高杉さんって武家の出身なのだろうか。聞けないけど多分そう。文化階級なのは間違いないけど。

「わかったらもう寝ろ」
「素敵…。嬉しい」

駄目にしてしまった花を惜しみつつも残りが元気になってくれてよかった。安堵した表情のまま最後に高杉さんに向き合う。


「今日は本当にご迷惑をおかけしました。以後気をつけます。疲れちゃったので言われた通り寝ますね。今日からお世話になります」


言い終わるとそそくさと布団に潜り込む。寝顔を見られる自信は無いので背を向けて。瞼を堅く閉じる。気にしたら負け。誰の部屋だろうと、どんな場所だろうと明日のために寝るだけ。瞼を閉じていても耳だけは良く音を拾う。やがて隣で布団が擦れる音が聞こえると何も聞こえなくなってしまった。しばらくしてもやっぱり眠れない私は、奥に続く襖の模様を目で追っていた。







翌朝。いつの間にかぐっすり眠っていた私は寝返りと同時に目覚めた。欠伸の声が響く。今何時だろうか。朝食の手配をしなくては。すると瞼を開いた先の光景に釘付けになった。

「…」

向こうに高杉さんが眠っているのだ。瞼を閉じ穏やかな表情を見せている。人を殺める時の鬼の眼でも、時折見せる寂しげな顔でも、捉え所のない眼差しでもない…攘夷組織のリーダーなんて物騒なものではない唯の人間の高杉晋助がここにいるのだ。容姿端麗でどこか可愛らしい。普段はキッチリ巻かれた包帯の緩みも見える。私はクスリと笑った。

「何、人の顔見てニヤついてやがんだよ」
「だってあまりにも可愛らしいんですもの…って、あ」

横たわりながらもパッチリと開いた目が私を捉えている。眠っている時とは打って変わり不機嫌そうな表情。「フン。野郎に可愛いったァふざけんな」上半身を起こした高杉さん。頭を掻くと、顔の右半分を覆っている包帯が随分と緩み解けようとしている。私の視線に気づいて「気にすんな」と、言われても気になって仕方がない。その下がどうなっているのか…とか。それに緩んだ包帯を綺麗に巻き直したい衝動に駆られるのは職業病だろうか。

「気になってしまって…その、巻き直してもいいですか」
「好きにしろ」

高杉さんの前まで摺り足で歩み寄ると、膝立ちで彼に向かい合う。了承を得ても触れる際には再度「失礼します」断りを入れる。昨夜と同じ、違いは濡れているかいないかくらい。私は滑らかな黒髪に指を這わす。緩んだ包帯を掬うと一重、二重と外していく。

「…」

現れたのは瞼を閉じたままの顔。ザックリと傷があるわけでもなく綺麗な顔だった。それを見て言葉を失った私。本当の所、酷い傷があるのだろうと思っていただけに、言葉は悪いが拍子抜けしてしまったのだ。


「間抜けな顔しやがって、驚いたかよ」
「いえ。綺麗なお顔だなと…て、痛っ!!痛い!!」


膝立ちになった腿を抓られて思わず声を上げる。痛い。いきなり太腿を抓るとか!高杉さんを睨みつけると「フン」と鼻で笑われた。ついでに早くしろとも急かされる。解いた包帯の“ヨレ”を戻して端を耳元に当てる。人によって頭蓋骨の形や髪質が異なるので、単にグルグル巻くだけでは簡単に外れてしまう。特徴を把握してその人に合った位置に巻くのがポイントだ。指先で触れながら凹凸を確認する。そう言えば、いつも左目の位置に包帯を巻いている印象しかないのだが彼自身が巻いているのだろうか。いつから左目が見えていないのだろうか…は聞けないとしても。

「いつもお一人で巻いていらっしゃるのですか?」
「あぁ。慣れりゃあどーってことあるめぇよ」

あれだ。私で言うところの“晒”と似たようなものだろう。最初は中々上手く巻けなくて何度も試行錯誤しつつやり直していた頃が懐かしい。昔を思い出していると意識が削がれたのか、巻いた包帯に“たわみ”が出来てしまった。途端に緩む。


「おい。下手に巻きやがって。ちったぁ上手く巻きやがれ」
「あ、すみません。ちょっと意識が飛んで…普段はちゃんと綺麗に巻いてますから」
「どーだか」


気を取り直して巻き直し。“たわみ”を戻し軽く伸ばしながら頭を包む。
!貴女、包帯一つも満足に巻けないなんて。毎日ちゃんと練習なさい。こっちはいいからC室の検温の手伝いをして”
脳裏に声が響いた。懐かしい医学校の先輩の声だ。“汚い巻き方だな”なんて患者さんにも言われて…何度も練習した記憶がある。練習の甲斐あってか今では綺麗に巻けている方だと思う。時折失敗はあるけれども!

「ひっ!」
「おら。早く巻かねーとこのまま帯取っちまうぞ」
「もうほとんど取れかかってるんですけど!!」

突如膝立ちの私の腰に巻いていた帯に手をかける高杉さん。緩んでいたのは彼の包帯だけでは無かったらしい。浴衣の帯の“たわみ”から、重なっていた“前身頃”が崩れかかる。このまま引かれたらもれなく帯が取れて前が全開ではないか。存分に心を乱されつつも、包帯を持った手は放さない。いや放せない。残りを巻き、最後に端を折り込んで金具で固定。「終わりです!手!帯!!」片手は彼の肩に、もう片手は自らの帯を押さえて。不機嫌な舌打ちの後帯に置かれていた手が引っ込んだ。「そういや晒はどうすんだ?」思い出したみたいに聞かれる。そう言えば昨夜、つけていることがバレていたのだ。

「もういいです。元々苦しかったんで。着物ならそう変わりませんし。これからは、胸張って…生きますから」

言い切った私の心は清々しかった。


セクハラニート総督の本領発機。
20170409*星宮はちこ   裏語