レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 三十一話、酔いも良いも夢に消え】
高杉さんのお部屋を間借り…ならぬ強制的に住まわされるようになった。今まで私が使っていた部屋は引き上げ、荷物が移された。与えられた個室は例の荷物部屋。置かれっぱなしの荷物を片付けて自分の荷物を押し込んだ。旅籠一室分の荷物が、中の一部屋に押し込まれたものだから正直狭い。積み上げた鞄を背に必要な物だけを広げていく。そしてこの部屋での生活が始まっているわけなのだが…いや語弊があるかもしれないので改めると、着替えやら高杉さんが集中している時にこの部屋を使うのだがそれ以外の平常時はお部屋は共有なのである。もちろん反論は許されなかったけれど、特に問題は起きていないので…まあいいや。
私が使用していた部屋は今は無人だが、他の客を案内させずにそのまま高杉さんがキープしているらしい。…。私が部屋を移ったことを知って笑っていた万斉さんが、その部屋に移動しようとしていたけど彼に断られていた。片や高名な作家・片や音楽プロデューサーと記録上は無関係な客なので接近を避けているとのこと。
夜にまた会合があるらしく彼は昼から不在。情報番組を見ていた私はおせんべいを一つ摘むとバリバリと音を立てて噛み砕く。ザラメのついた甘塩っぱい味がお気に入り。
“THE EDO インタビュー特集 日本の夜明けスペシャル~攘夷志士の素顔に迫る~”
情報番組の特集が始まる。以前から何度かCMで見て内容が気になっていたものだ。何でも真選組が長年追い続けていると言う最重要指名手配人物の一人と接触し、インタビューを行うというもの。大々的なオープニングの後、どこかの食堂かと思われる映像が一面に映し出される。モザイクがかかった顔。名前は桂小太郎と言うらしい。“狂乱の貴公子”と言う異名を持っているらしいのだが、度重なる真選組からの逃走で付けられた“逃げの小太郎”の方が印象深い。ふーん。ライブ中継なんだ。これを見た真選組が居場所を特定して追ってきたりしないのだろうか。いつの間にやら普通に食事をしているし。モザイクも外れてしまってるし。顔…覚えておいた方が良いのだろうか。思っていたよりずっとイケメン。優男とでも言うべきか。ジッと画面を見つめる。
「桂小太郎ね」
どこかで聞いたような名だ。どこだったかは覚えてはいないけれど。あ、案の定真選組がやってきた。桂と言う人の逃亡は二階から屋根の上へ。やっぱり、屋根の上での移動は必須なのだろう。先日の夜の騒動が思い起こされる。お菓子に偽装した煙幕を抜けて撮影隊が攘夷浪士の潜伏先へ。―ブチンッ 「アレ?」 画面が消えた。黒い画面に人影が揺らぐ。
「高杉さん!?お早いお戻りで!」
手にしたおせんべいの残りを頬張り、消えた画面に写っていた人物に向き合う。夜まで戻らず、そのまま宴会に入ると聞いていたのに。
「あぁ。予定が狂ってな。昼間っからテレビったァ良い身分だ。にしちゃあもっとマシな番組見ろ」
「今、攘夷浪士の特集をしてて…」
「フン。あの野郎も相変わらずだな」
「今映っていた桂と言う方をご存知なのですか?」
興味無さげの高杉さんと興味津々な私。温度差が酷い。「気になるのか」なんて素っ気なく言われて、曖昧に「まあ…」と答えるしかない。一応攘夷浪士だし。そう告げれば鼻で笑われる。顔を隠すための菅笠を置くために寝室へと消えたのを見計らってもう一度テレビを付けてみると、
“只今映像が乱れております。回復までしばらくお待ちください”
と、花畑の映像が一面に映し出されているではないか。いったい消していた間に何があったと言うのだ。頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。「
」と呼ばれて寝室へと急ぐ。入って早々手を掴まれ壁際に追い込まれる。どうしたのだろうか。いつもと違う余裕の無さが垣間見えた。
「いずれ宇宙へ戻る。の前に武市と話を詰めなきゃならねー。俺ァ少し…江戸から離れる。お前はここに居ろ。絶対に離れるな」
「それでお戻りはいつ頃に?」
「早くて1ヶ月。遅けりゃもっとだ」
「長いですね…でも安心してください。ここに居ます。むしろ…置いて行かないで下さいね」
答えると大きな手が頭を包んだ。「何かあったらすぐに連絡しろ」と言われても連絡先は知らなかったりする。先の予定が決まったからか今宵の宴は無くなったらしい。暫しの間…高杉さんとお別れだ。本音はやっぱり寂しいの一言に尽きる。
…
‥
数日後のある夜のこと。高杉さんと万斉さんが出発する前の静かな宴が開かれた。と言っても、私はお二人のお世話中心。要は空いた盃に酒を満たす係だ。鬼兵隊のトップお二人は普段どのような会話をしているのだろう。気になるところ。だがしかしあまり機密事項は話されても困ると懸念していたけど、実際は江戸の将軍や天人の話と政治的なものだった。「やはり晋助と離れるのは寂しいでござるか」突然話を振られて肩がビクリと反応した。
「え…寂しいです…けど」
「どこへも行ける自由が増えて嬉しいとは思わぬか」
「そんな、自由だなんて」
今の生活に窮屈さは感じない。よって不満はない。そう告げると今まで黙っていた高杉さんが口を開く。
「万斉。今回、お前はこいつの目付けだろうが」
「私の目付け…って事は万斉さんはここにいらっしゃるのですね!良かった。ずっと一人だと思っていたので」
「お主の身の安全は保障する。晋助と違って拙者は自由主義でござるがな」
一人でどう過ごそうかずっと考えていたのはここだけの話。通信教育でも受けて新しい資格取得でもしようかと思っていたくらいに。そう注げると万斉さんは笑っていた。高杉さんは…無言だ。何だか怖いので視線を合わせられない。「酒は苦手でござるか?」飲めないわけではない…強くもないけれど。新しい盃に並々注がれて差し出される。「いただきます」と、ゆっくり口を付けると酒の風味がいっぱいに広がった。喉を通ると途端に熱い。あ…でも癖がなくて飲み易いかもしれない。「行ける口でござるな」まるで椀子そばみたく次々に注がれる。制止をしても何かと言いくるめられる。飲むペースを調整するしかなさそうだ。ちびりちびりと頂くことにしよう。
「…」
どれほどお酒を飲んだのだろうか。自分ではそう多くはないと思っているけれど、どうも頭が働かない。あれ、視界が揺れている?
「おい」
「はぁい?」
呼ばれた。私は返事をしたのだけれどそれから何を言われることもなく沈黙が続く。万斉さんが何か言っているようだけれど聞こえない。いや、聞き取れない。「ったくお前ェは…」真横で声がしたと思ったら体がフワリと浮いた。
「高杉さん?」
「黙ってろ」
「ウフフ。フワフワして浮いてる」
再び万斉さんの声がしたけれど、内容は不明。とっても気持ちよくなって、私を抱き上げたままの彼の背中に手を回した。特に表情に変化はないけれど、満更でもなさそうに見えるのは気のせいだろうか。暖かくて気持ちいい。居間から奥へズンズンと進むと寝室への扉が乱暴に開かれる。足を使ったのだろうか。わからない。寝室には綺麗に敷かれた二組の布団が見える。いつも寝ているいつもの布団。私はそこに横たわらせられた。見上げた先には高杉さんと天井。ぐるぐると回っているようで、グラグラと揺れてるよう。ただ背中に床を感じていた。
「飲み過ぎだ。んな声出しやがって」
「高杉さん?」
「これで終いだ。俺ァ、明日は早ェからな。後は万斉に任せてある」
「行かないで。絶対に置いて行かないで下さいよ。帰ってきて下さい。絶対ですよ。高杉さん」
寂しくて、思いの丈を口走っていた。抑えは効かない。私が言いきった所で覆い被さる高杉さんが顎か喉に手を添え視線が交わった。その瞬間、唇が彼の名をなぞる。
「お前がここで待っているかの方が心配だ。良い子にしてろよ」
「待ってますから!高杉さん、待ってますから!」
「高杉さんじゃねぇ…名前、呼べよ」
「…晋助さん」
「上出来だ。もう寝ろ」
優しい目に見下ろされつつ頭を撫でられて気持ち良い。「おやすみなさい」確かにそう言って、私は意識を手放した。
*****
柔らかな陽光に包まれている。翌日。いつもはもうとっくに起きている時間だろう。普段飲まない酒のせいか、
はぐっすりと眠っていた。オマケに夢まで見ている。夢と言っても単純で、鬼兵隊の船で私は忙しく動き回っているのだ。久坂さんも一緒に働いている。あれ?この船…確か、先の事件で…! 「ん…ったぁ」 鬼兵隊の飛行船の夢を見ていたけれど、ガンガンと頭が痛くて起きた。身体も随分重い。瞼を開いた先には変わらぬ天井があるだけだ。昨夜の宴が思い出される。慣れない酒は止めよう。重い頭と上半身を起こす。
「…」
には昨夜の鮮明な記憶が残っていなかった。所々に思い出せるけれど、どうも繋がりはない。万斉さんにお酒を勧められて…呑んだ。思い出せ。段々と気持ち良くなって、高杉さんが何か言っていたような気がするけれど思い出せない。ただ身体も気持ちもフワフワしていた。昨夜の着物のまま寝転がっていると言う事は、ここまで自分の足で歩いたのだろうか。思い出せ。記憶が無くなるまで飲んでも、翌日自分の家に戻っていたなんて話はよくある事だ。私も同じだろう。隣を見るといつもは高杉さんの布団がある位置には綺麗に何もない。ただぽっかりと空いたように畳が広がっている。彼の朝食の支度はまだ。私が寝坊しているだけで先に起きているのだろう。ゆらりと立ち上がると寝室の扉を開く。
「万斉…さん?」
「目覚めはいかがでござるか。酔ったお主を見たのは初めてだな」
居間には高杉さんではなく万斉さんがいた。なぜ彼がここに。キョトンを見つめていると私の言いたいことを悟ったのか彼が口を開く。
「晋助は早くに出たでござる。今日からしばらくの間拙者が目付け役。だが心配はいらぬ。好きにして良い」
「そんな、お見送りも出来なかったなんて…」
「奴はそんなこと気にもしておらなんだ。むしろ“寝かせてやれ”と言っていたぐらいでござる。主が気にすることもない。…水でござる」
「ありがとうございます。喉、カラカラで」
コップに注がれた水を一息で飲むと、断りを入れて自分の身支度を整える。顔を洗い髪をゆるく束ね上げて新しい着物に着替える。昨日着たまま寝てしまった着物は皺になっていたので壁にかけておこう。十数分でようやく人前に出れる姿になった。「奴がいない間…どうするでござるか?」布団を片付けていた私に声が届く。早くて1ヶ月、遅くてもっと。長引いた場合の“もっと”って大体のどれほどなのだろう。2ヶ月、3ヶ月?あるいは半年?会合だけだ、そうはかからないと思われるが。しかしその間、お暇を頂いたようなものだ。完全に自由というわけでもないけれど。片付けていたある本を取り出すと、万斉さんの前に広げた。“特訓!星間通訳士検定三級!!” と “応用情報処理技術者講座”、最後に“簡単フランス刺繍” の全三冊だ。一つなら飽きてしまうので三つを少しづつする作戦。加えて医学雑誌もあったら1日が潰れるだろう。我ながら用意周到。万斉さんも少し呆れつつも笑ってくれた。
「外出の時は断りを入れてもらおう。それ以外は自由にしていい。拙者も副業に勤しむでござる」
「そういえば、万斉さんの副業って一体?」
「楽曲製作にござる。自らは歌わずに提供する方」
「一緒に頑張りましょう」
計画的に講座を進めるために必要なのは1日の範囲を決めてしまうことだ。少なすぎず多すぎず。それさえ終われば何をしてもいいというくらいに。にしても、資格取得系の講座を二つとは詰め込みすぎただろうか。刺繍は趣味にしてゆっくり進めても後は覚える事が多い。真新しいノートを開き内容をまとめる。時折、横から三味線の音が聞こえてくる。星間通訳士の取得は何気に難しいものだ。三級だけど。天人の数はそれこそ星の数。言葉の特徴やら文化風土の違いも要点をまとめて覚えておかなければならない。滅んでしまった星も多い。教科書にラインマーカーを引いておく。
「
」
「?」
万斉さんの声。顔を上げると高杉さんみたいに窓際を陣取った彼がこちらを見ているではないか。何だろう。自然と首を傾げる。
「熱心でござるな。聞けば医師免許と看護師免許を二つ共所得していると」
「ええ…頑張りました。昔は我武者羅で。ただ医者になりたくて。最初に看護師の免許を取って、一回落ちて二度目に医師免許も。右往左往して、今は皆さんのお世話になっています」
「主の世も、この世さえもどう運ぶかはわからぬ。少なくとも今の幕府は一寸先は闇にござる。我らが幕府を転覆すれば免状などただの紙屑にしかならぬ。それでも目の前の紙きれに縋るか?」
彼の言わんとしている事は分からなくもない。幕府が、国がなくなれば貨幣すら紙屑に成り果てる。それは資格の免状も同じだろう。免状を持つ事は一つの目安、あるいは目標に過ぎない。持っているだけでは役には立たないしそれ自体に何か効果があるものでもない。
「免状がなくなっても…私は皆さんの体の不調を治す手伝いくらいは出来ます。傷を負えば手当てします。知識は力ですから」
「その為に学び続けると」
「ええ。それが今の所、私の戦いです。世界に抗い続ける鬼兵隊と何ら変わりはしません」
学んで知識をつけて力にして…鬼兵隊の役には立つだろう。直接攘夷活動には役立たなくても。今のところ免状を持てるだけの技量がある事は保証されている。
「面白い。主の戦い…存分に見せてもらうでござる」
「ふふ。変に盛り過ぎましたね。なんてこと無いですよ」
そう言って笑いながらジッと彼を見つめる。私の視線に耐えかねたのか止まっていた三味線の音が再び響いた。
初めて彼の下の名前を呼んだ回。そしてここからつんぽのターン。
20170423*星宮はちこ 裏語