レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 三十三話、甘辛い二人】
あの後、万斉さんの部屋を訪れた私。彼はいつの間にか部屋に戻られていて、私は部屋の真ん中に畏まって正座した。何事かとキョトンとしていた彼が可愛らしい。いや、そんなこと言ってられなかったけれど。真実を伝えると「主は時折また子みたいに突っ走る節がある」お説教が始まった。広げられた書状の一部には高杉さんの字。何でも私の旅籠内での労働を知って半分くらい愚痴が書かれていたらしい。それでも旅籠内という事で渋々納得した経緯があるとのこと、万斉さんが教えてくれた。最後には「拙者は止めぬ」と、突き放されるような形で渋々首を縦に振ったのだ。
それから私の短期バイトが始まった。あ、お客さんだ。この店は午後からお客が途絶えない。旅籠のこじんまりとしたお店と比べるまでもなく随分と繁盛していた。オーダー表とメニューを手にして入り口に駆け寄る。
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか」
女性三人のグループを席に案内しメニュー表を渡す。餡泥女堕(アンドロメダ)星から来たという天人の主人酔唾さんは、町の通りを自らの甘味通りにするのが夢らしく、今は1店舗だけれど周囲の店を巻き込んでこの一帯を買い取る計画らしい。店内には女性客がひしめき合い、おしゃべりしながら甘味を食べる。
だがしかし、従業員はそんな優雅なものではなく、注文聞きに配膳、並んでいるお客をさばいたりと多忙の一言に尽きる。労働の為の契約を取り交わした日は人の少ない午前の時間だったからか、広いながらまばらな客に安心していた覚えがある。渡されたメニュー表はその日に覚えた。わかりにくいものはそばにイラストを描いた。この店の制服と渡されたのは丈の短い着物。膝上15センチくらいあるのではないだろうか。屈んだらパンツ見えそうの一言。おまけにメイドみたいなフリル付きエプロン。これはこれで可愛いけれど…まあもう少し装飾が大人しくてもいいかもしれない。指示通りに着物の袖は襷で縛り、長い髪はまとめ上げて、頭にはカチューシャ。笑顔が大切だからと念を押されて、どれほど大変でも笑顔を貫く。接客業って大変だ。注文を聞くときは屈んでお客様より低い位置に頭を持っていくのがここのルールらしい。これパンツ見えてるのでは?足を開かずにピッチリ閉じたままを心がける。この店は圧倒的に女の子が多いけれど男性のお客様もいるのだから。
「お待たせしました。梨のシブーストキャラメリゼのお客様」
横文字が多い。見た目もキラキラした手のひらサイズの甘味。今日も飛ぶように売れていく。「すみませーん」テラス席のお客さんに呼ばれて返事をする。ああ、やっぱり忙しい。空いた時間で勉強なんて絶対できない。皿に乗った甘味を食べるだけなら「あー美味しそう」とか言えるのだけれど、厨房やらを行き来していると想像以上に甘い匂いが強く、肉体的な疲労も相まって甘味を食べたいとは思わなくなる。不思議。ピークが過ぎた頃ようやく休憩を頂いて外に出た。唐突に外の空気が吸いたかったから。
「あー疲れた。残り何日だっけ」
契約書には期限が書いてあった。仕方なしにこちらの店に移ったものの期限を全うすれば旅籠に戻るつもりだ、主人が幾度となく勧誘してくるけどそれは丁寧にお断りしている。まだまだ日程的にも余裕はあるだろうが、高杉さんが戻られる前に何事も無かったかのように旅籠に戻るのが理想だ。
近所の公園のベンチに座りつつ遊んでいる子供を眺める。甘いものは食べたくないけれど、小腹が空いた。かといって短い休憩の合間にがっつりと間食をする余裕もない。戻り側にコンビニでも行こうか。でもコンビニまで行くと遠い気もする。
「あれ?こんなところに団子屋が」
「へっへっへ、いらっしゃい」
そう派手ではないけれど懐かしい、でもやっぱり年季の入った団子屋の前で足が止まった。「魂平糖」と看板が掲げられたお店の中を覗いてみると、年配の男性とガッチリした体格の娘さんの二人で切り盛りしているようだ。まさか甘味処でバイトしている私がそこそこ近所の甘味処で甘味を食べることになろうとは。しかし悪い事ではない。飽きるほど別の星の甘味を見ていたのだ、久々に団子だって食べたくなる。できたらあんこが詰まったやつより、醤油がかかった甘塩っぱい団子が食べたいものだ。
「醤油のやつありますか?」
「ああ、あるよ。しっかし今時若いのにこんな閑古鳥の鳴いた店に来るとは、有難いねぇ」
「最近の甘味ってちょっとクドくて。時々こういうのが無性に食べたくなるので。あ、包んで頂いていいですか?」
お嬢さん(たぶんだけど)に醤油味の団子を二つ包んでもらい、代金を支払う。世間の流行りだろううちの店(餡泥女堕)もいいけれど、昔ながらのこういう店の方が好きだ。落ち着いていてゆっくりできる。旅籠の甘味処もお客が増えてガヤガヤとしているものの、プリンのほんのりした甘い味は好みだし。「また来ます」そう言い残して私は店に戻った。よその店の甘味を食べているとバレたらあの主人に怒られそうだったのでこっそり頂いた。あ、美味しい。醤油味最高。
それから夕方にかけて、どっとお客さんが流れ込んで来て忙しくなる。この店は昼前から夜の18時まで営業しているのだが、いずれ夜遅くまで営業するつもりらしい。そこまで付き合う気は更々ない。片付けを終えると長居せずにタイムカードを切った。
「
さん、すごいわ。うちのお店でお客さんにアンケートを取っているんだけどね。バイトの子も色々目利きして選んでいるんだけど、貴女も中々評判が良いの。このまま長くお付き合いできたら嬉しいわ。お給金も上乗せしちゃうわよ」
「あはは。有難いですが短期というお約束ですから」
挨拶もそこそこに荷物を持って甘味処の裏口から出た。薄暗い空。いつか見たことがあるような無いような。通りも薄暗いし早く帰ろうと思い、周囲を伺う。今日、彼はどこにいるのだろうか。「万斉さん」誰もいない空間に声をかけると、闇に紛れた木々の後ろから姿が現れる。
副業か表の仕事だったかわからないけれど日中も夕方も忙しいのに、万斉さんは私のバイトが終わる頃に必ず迎えに来てくれているのだ。もちろん彼は人目を忍ぶ存在なのでこうしてどこかに隠れているのだが。初日の帰り道にぼんやりと空を見ながら歩いていたら、突然後ろから話しかけられたのでとても驚いてしまったのはここだけの話。お手数おかけします。はい。
「今日も順調でござるな」
「おかげさまで。このまま何事もなく宿に戻れたら一石二鳥なんですけどね」
「主は色々とやらかしてくれるからな。楽しみは尽きぬ」
そこから二人並んで歩く。まるで付き合っているみたい…なんて無いか。少しの間だけどこうして万斉さんとお話しする機会があるのが楽しみだったりする。普段忙しい方だから…。内容は高杉さんの当たり障りのない近状とか、世間話とか色々と。
「にしてもあの制服は何だ。若い娘の腿(もも)が丸見えではないか。客層には少なからず男がいると言うのに。男の方もそれが目当ての節が見える。晋助が見たら斬り捨てかねんな」
「やっぱり短いですよね。見えないように動作も工夫しているんですよ」
「見えていた」
「え!?」
本当に!?なんて詰め寄ったら「冗談でござる」なんて笑いながら軽くあしらわれてしまった。彼の場合本当か嘘かわからないから怖いところだ。明日からはもっと気をつけよう。公園を抜けて高架下のトンネルを抜ける。暗い周囲の中、人工的なライトで煌々と照らされた“ここ”は周囲とは溶け込まずに存在を示している。まるで心霊スポットのように怖い。私の不安やら何やらも気にせずに万斉さんはズンズンと進む。その後ろを追う私。
「晋助に主の一件を伝えるか悩んでいた。旅籠内での件は伝えたがまさか外で働いていようとは思いもしないだろう」
「それで…」
「今回の書状で一筆添える。奴がどう出るかはわからぬが、主も覚悟はしておいた方が良いぞ」
「ですよね」
怒られるのは目に見えている。問題はどこでどんな形で怒られるかと言うことだ。閉じ込め…なんてもので済んだら良い方だろうか。殺されたら笑えないけど。お手柔らかに書くようにお願いしておこう。トンネルを抜けると再び周囲は暗転する。心ばかりの街灯に蜉蝣が群がっている。突然訪れた静寂。私も万斉さんも無言のまま足は止まらない。同じテンポで歩いている。
「
の耳に入れておきたいことがある。ここらでも根を張る攘夷組織がいるから気をつけるでござる。お主には前科がある故」
「私は巻き込まれた側ですけどね」
「用心するに越したことはない」
迷惑をかけたことは認める。自然と私の足は止まっていた。「
」と呼ばれて顔を上げると、彼は足を止めずに進んでいたのであろう。随分先で足を止めてこちらを振り返っているではないか。「帰るぞ」と言われて慌てて追った。
*****
翌日も大体同じ。身支度を整えて出勤だ。先に支度をしている先輩バイトに挨拶をする。並んだ机と窓を全て拭いてから従業員が集まって、ミーティングの開始。議題は主に昨日の売上やら世間の流行りやら新製品について。だいたい10分くらい。それが終わって主人や従業員が離れてから、残ったバイト従業員同士で「今日も頑張ろうね」なんて言い合った。と、
「ねえ知っている?あの子お客さんから連絡先貰ったんだって!それも中々のイケメン!」
「えぇ!良いなぁー」
「って、アンタ彼氏いるじゃん!」
学生グループは恋バナに盛り上がっていた。いいな。若いな。と言っても、私と指を数える位しか変わらないんだけれど。そうこうしているうちに開店時間になった。甘味処が混み出すのは13時以降なので、開店後すぐの今は暇だったりする。昼過ぎの混雑を想像して身震い一つ。一人でボーッとしていると「そう言えば、
さんって彼氏いないんですか?」と話の矛先が向いた。
「…いませんけど」
「えぇー!?彼氏なしですか。じゃあお客さんから連絡先貰っちゃいましょうよ!ここのお客時々イケメンも混ざっているじゃないですか!」
「そうですそうです。連絡先なんてあっても腐りはしないんですし」
「みんなで
さんの恋、応援しちゃいますよ!」
大きなお世話です。はい。恋だ愛だ何だ言う暇があるなら今は働きたい。医者として、できたら高杉さんの側で…
「(って、何で高杉さんの顔が浮かんでるんだ!ついでにニヤケてるんだ!)」
“それ”を意識してしまうと恥ずかしいの一言。おまけに脳裏にはあの包帯を外した時の顔が浮かんでいる。少年のようなお顔。っと、雑念を払うように頭を振った。「あれぇ!?気になる人いる感じですか?」「マジ?どんな人ですか?」なんて追い討ちをかけるようにバイト勢が口をそろえる。「いません!いませんから!!」どれだけ否定してもニヤニヤしながら見られてる。これ絶対信用してない顔だ。
「でも
さん彼氏居るんじゃないですか?男と仲良く帰ってるの見たって誰か言ってましたよ」
「えっ…」
万斉さーん。見られてるんですけど!しかも変に間違われているんですが!!その子の話を聞いてバイト勢がキャーキャー盛り上がっている。これは面倒だ。「知り合いです!」と言っても「またまたぁ」なんてスルーされてしまう。反論しようにも、最初のお客さんが入店してしまった。一人がメニュー表を手に接客を開始する。「今度写真見せてくださいね」なんて笑顔で言われ、私にはもれなく彼氏がいる設定が付いてしまった様子。万斉さんは今日も帰りに居るのだろう。もっとずっと離れたところで待ち合わせるべきか。少なくとも顔は割れていないだろうが、その人が指名手配人だという事実をしられてはマズい。通報なんてされでもしたら…。その日の仕事は妙な気疲れのまま進んだ。こんな日でも客はそこそこ多い。頑張るけど。あ、お客さんが呼んでいる。
「すみません」
「はい。只今!」
出来上がった甘味をお客様に届けた後で呼ばれた客が座る席へと急ぐ。客層は女性ばかりが目立つが時々男性も混じっている。カップルは勿論、男性同士のグループもあるけれど、一人でくるお客さんが意外と多い。膝を曲げてしゃがみこみ、お客さんより低い位置に頭を持ってくる。人気ナンバー1のスイーツを指差しで注文されたので復唱する。「少々お待ちくださいませ」とお決まりの言葉で終えて立ち上がると、「あの…」後ろから声がして振り返った。声を掛けたのは、今丁度注文をとったお客さん。追加だろうか、あるいはお手洗いの場所だろうか。「ハイ」と声をかけると、その人は静かにカバンから何かを取り出すと私に差し出した。小さな紙。目をパチクリさせながら受け取り中を見てみる。と、名前と電話番号が記されているではないか。何だこれ。意味がわからなくて思わずそのお客さんの顔をジッと見てしまった。
「突然すみません。以前ここに来て一目惚れしました。よかったら連絡を下さい」
「…」
あ、こういう展開って本当にあるんだ。話には聞いていたけど。このままここで受け取らないという選択肢もあったけど、仕事中で接客にしか頭が働いていない私はこの場を穏便に済まそうと取りあえず受け取った。興味がないなら連絡しなければいいだけだ。今一度紙を確認する。やっぱり電話番号。連絡する気はないけれど。「注文お願いします」と、別のテーブルからお呼びがかかって、ぺこりと頭を下げると別のテーブルへと急いだ。
…
‥
「で、その男の連絡先を受け取ったと」
「はい。まあ興味はないので連絡する気はありませんが。それに私ももうすぐ契約終了ですし」
帰り道。私は店を出てしばらく歩いてから万斉さんに語りかけた。もしかしたら誰かバイトの子が見ているかもしれないからだ。無言の私を追っていたのだろう、声をかけるとすぐに彼は出て来た。もれなく「今日はどうしたでござるか」なんて小言付きだったけど。私も「店近くだと変な噂が立つので次からは距離を置いてください」と小言返し。それを聞いた彼は少しだけ不服そうだった。我慢してください。歩きながら今日の出来事を報告した。見知らぬ男性から連絡先をいただいた事。フム、と思ったより淡白な反応だ。まあいいけど。高杉さんからの返事はあったかどうかを尋ねても「無いでござる」と言われて会話は終了。彼は怒っているのだろうか。怖い。言ってしまえば、身から出た錆なんだけど。
「お主が帰ってくるまでもう指折りでござるな」
「早く帰りたいですよ。パッと動こうとしたらこう…裾が上がって、思ったように動けないのが辛くて」
「見えている、と?」
「見えてないです!多分ですけど。えっ、いや…見えてないはず」
見えていないと思いたい。他の子は気にせずにパパッと動いちゃうので私が目のやり場に困るものだ。あるバイトの子は見えていたし、何が、とは言わないけど。うん。いつもと同じくトンネルを抜ける。旅籠まではもう少しだ。あ、そうだ。今日は万斉さんにお土産を買ったのだ。彼を呼び止め、包みを差し出す。
「万斉さん。これ…うちの店じゃないですけど近所のお店のお団子です。いつも送り迎えありがとうございますという意味で。良ければ食べてください。私もお気に入りの甘くない醤油味」
無言で見つめられつつ、フッと笑ったかと思えば「全く」と言う呟きが届いた。ようやく包みを受け取ってもらえて一安心。資格の勉強は殆ど出来ないけれど、この夜のひと時も悪くはないものだ。
甘辛くない、ただの甘い二人。
20170506*星宮はちこ 裏語