レプリカ虚像乙女
【第四章、隠匿 三十五話、どうか綺麗な世界の片隅で】


旅籠に戻った私たちを迎えてくれたのは万斉さんだった。もちろん心底楽しそうな表情で…だったけど。私の件もあって、旅籠のご主人も揃って高杉さんに挨拶に来られたのに「面倒をかけた。責任はコイツにある」と言い、返していた。やっぱ私だよね…などと思っていたけれどその夜は万斉さんと高杉さんでずっと話し合いをされていたので何事もなく終わってしまった。私に以前の日常が戻ってきた。相変わらず高杉さんのお部屋に住んでいて、身の回りのお世話をする生活が。「話がある」荷物を片付けていたら呼ばれて、机に向き合う私達の間には少し張りつめたような雰囲気。今から伝えられるのは会合の結果だろう。堅唾を飲んで待っていると何やら書状を見ながら高杉さんが話し始めた。

「頃合いを見て宇宙へ行く。春雨の艦隊仕切ってる提督殿に話を通さねーとな。お前も来い」
「わかりました。お伴します。…あの」
「?」

私は胸元から紙を取り出した。広げると何やら色々書かれているが私の字ではない。あの甘味処の隣で拾った…いや失敬した紙だ。彼は私が差し出した紙を手に取るとサッと目を通している。


「近くの貸し会場で拾いました。恐らく、過激派攘夷組織のものです」
「だからこれがどーしたってんだ」
「これが事実なら…」
「フン。他人のしようとしている事なんざ興味ねぇよ」


取り出した煙草に火を移し煙を味わう。私が手渡した紙には恐ろしい事が書かれていたのだが、彼は一切興味も関心も示さずにそのまま私の手に逆戻り。もしこの紙に書かれていることが本当に起こったら…江戸にいる多くの人が犠牲になるだろう。紙から得られる情報は僅かなものだったが、私は“これ”に確信を持っていた。


「んなもん俺に見せてどーする気だ」
「高杉さんを始め鬼兵隊の方々には関係がありません。今回は私に…任せて下さい」
「止めとけ。お前が首突っ込んだ所で何も変わりはしねーよ」


でも、と口を挟もうとしたら鋭く睨みつけられた。これ以上は何も言うな…と無言の圧力をかけられたのだ。私の前にあった例の紙を取り上げると彼は懐に仕舞い込んだ。「下手な事考えるな」 今一度煙を吸い込む。「例の件もあったんだからな。お前はもう少し大人しくすることを覚えろ」 これ以上は彼に何を言っても無駄だろう。視線を落として「わかりました」と答えるしかない。
夜まで時間を持て余し、頑張っていた資格の勉強をしようかとも思ったけれど、どうも身が入らない。ならば刺繍だと裁縫セットを取り出し、現在絶賛お針子中。ちなみにモチーフは小鳥だ。今日は幾度となく自分の指を刺してしまっているけれど。買った木綿の白いハンカチは、刺繍の練習用に何度も使っているので花やら動物やらで埋め尽くされつつある。随分と賑やかなハンカチになったものだ。新しく布を買いに行く気もしないし(行かせてくれるかわからないけど)、旅籠の方に用意してもらうのは忍びない…との事で持っている布を漁っているけれどいいものが見つからない。と、ある物が目に入った。以前使っていた晒しだ。もう使う事もないから練習台には十分だ。荷物入れから晒しを取り出した拍子に、同じく押し込んでいた救急セットが飛び出した。おまけに締まりが悪く中身が散らばった。それらを拾い集めながら考えることは一つ。もちろん刺繍についてではない。

「(あの紙に書いていたこと…)」

私が資格の勉強が身に入らなかったのも、何だかんだ自分の指を刺してしまうのも例の紙の内容を思い出してしまったからなのだ。それでも気を紛らわそうと刺繍を続けていると、少し歪でふっくらした鳥のモチーフが出来上がろうとしていた。


*****


その夜。私はいつもより早めに床に着いていた。外に行かれている幹部二人の帰りは遅く、また特に仕事もなかったので寝ることにしたのだ。しかし雑念の多い私の頭は冴え、眠りにつける状況ではなかったのだが。そう言えば、さっき久々にあの日記を書いた。瞼を閉じて内容を辿る。


“お父様へ
変わらずお過ごしでしょうか。少し、ご相談があります。私は昨日恐ろしいことが書かれた紙を拾ってしまいました。にわかに信じ難いことが書かれていましたが、もしそのことが事実ならば江戸は混乱するに止まらず、多くの人が死ぬでしょう。何と恐ろしい内容でしょうか。私はそれを知ってしまったが故どうにか出来ないものかと考えていました。しかし、肝心の人には首を突っ込むなと言われてしまい動く事も叶いません。私はどうするべきでしょうか。
しかしなんという巡り合わせか、あるいは啓示なのか…〝彼処〟へ行けば如何にかなるのではと思いました。しかし今の私には〝彼処〟へ入る術は持っていません。お父様の記録も除籍されているでしょう。でも何としても私は“彼処”へ行かなければならないのです。お父様なら“彼処”へ入ることができる術をお知りでしょうか。手がかりを見つけるために、私は逃げ出した古巣へと戻ろうと思います。どうか全てが上手くいきますように、天国からお力添えをお願いします。 貴女の娘 より”


あの紙に書いていた事。私がしたい事とすべき事。全部が頭の中でグルグルと回っていた。何かを変えられるかはわからないけれど、このまま黙って見過ごす事なんて出来ない。私が“彼処”に行けば何とかなるはずだ。少しだけ時間があれば…。
その時、スッと襖の開く音が遠くに聞こえた。高杉さんがお戻りになられたのだろうか。そう言えば今何時だろうか。早めに布団には入ったけれど考え事をしていると随分時間が経ったのかも知れないし。確認しようにも瞼が重くて開かない。畳を擦る足音。暖かい布団が引かれる感覚と涼しい外の風。別の温もり。…あれ?



耳元で甘い声が響いた。その声に反応するように重い瞼が動く。迎えたのは柔らかな眼差しだった。私の上に覆い被さった高杉さん。あれ…私、寝ようとしていたのに。この状況を従順に受け入れられないのは私が現実主義だからだろうか、あるいは寝ぼけているだけなのだろうか。途端に頭が覚醒する。「ちょっ!高杉さん!ここ私の布団です!あっちあっち!!」
慌てて隣の布団を指差した。その先には皺一つなく並んで敷かれたもう一組の布団がある。そちらには目もくれずにゆっくりと寄せられる顔。…。どうもお酒くさいという事で、彼はただ酔っているのだろう。もしかして…やっぱり誰かと間違えているのだろうか。それはそれで困るけど。「高杉さん」今一度名を呼べど彼は返事すらしない。そのまま近付く唇が私と合わさった。

「!」

開いた唇の隙間から舌が侵入してくる。無抵抗、いや抵抗なんて出来ない私はただ成すがまま。彼の肩に手を添え抵抗してみるも、あっという間に体に力が入らなくなった私はただ横たわっているだけ。好き好きに弄び尽くしようやく合わさった唇が離れた。頭が働かなくても体が動かなくても、口だけは動く。


「高杉さん、酔っていらっしゃいますね。私はホステスでも女郎でもなんでもありませんよ。お願いですからあちらの布団でお休みに「酔ってねーよ」


私の声を遮るように声が被さる。強い否定。その声の強さと真剣さに思わず口を噤んだ。私たちの視線はずっと交差している。


「素面だって言ったらいいんだな」
「それは…その…」
「お前が、酔った勢いのまま朝には全て夢の中に忘れちまえって言うなら忘れてやらァ。覚えてろって言うなら覚えてるぜ」


全ては私次第?いや話を逸らされているだけだ。肝心な所が抜けている。朝まで覚えていようがいまいが、どっちにしろ過程は変わらないのだから。私はただ笑った。先日、心の弱さに身を委ねたことがあるから。こういう選択肢を選ぶことももう厭わない。やはり私も変わらぬ人間だ。

「狡い人。覚えていてもいなくても…高杉さんのお好きにどうぞ」
「狡いのはお前だよ。そういや言い忘れてたことがあったな…」
「?」

時間をやる、と突然言われた。鬼兵隊が宇宙に飛び立つまでの僅かの間。“したい事”があるなら好きにしろと言われた。同時に鬼兵隊はもちろん手を出しはしないとも。それってつまり…。「まあ朝まで覚えていたらの話だがなァ」 クックと笑いながら再び私を見下ろした。嬉しくてお礼を言おうとしたけれど、「んっ…」声を発するよりも先に再び口を塞がれてしまった。襟元が肌蹴てしまい前身頃が意味を成さずに広がっている。柔らかな膨らみに下りた手。私にはもう言葉はなくただ甘い嬌声しか出てこない。いや一つ言葉があった。「高杉さ…あっ!」 膨らみの先を摘まれて弾けるように声が飛んだ。違ぇだろ、耳元に降りてきた言葉。


「晋助さん」
「フン。誰にも渡らねーようにしてやらァ。今一度誰のモンか教えてやる」


満足そうな表情。最後の足掻きにと私は彼の左目を覆う包帯を緩々と外し、包帯を傍らに投げ捨てた。二人とももう何も纏っていなかった。愛撫の手が下へと降りてきて、やがてそこに触れた。素肌が触れ合い水音が響く。私は絶え絶えに声を上げることしか出来ないけれど。彼は余裕の表情。羞恥の余り足を閉ざそうとしてもそれを許してはくれない。もう…意識も声も飛び飛びだ。互いに息を乱すまま…彼、高杉晋助は私の体に全てを刻み込んだ。そして私も、どれほどの朝を迎えてもそれを忘れることは出来ないだろう。


四章、隠匿 【完】

裏語で謝罪。色々すんません。
20170531*星宮はちこ   裏語