レプリカ虚像乙女
【第五章、回帰 三十七話、招かれざる客~お帰りなさいませお嬢様アナザーサイド~】


の見た世界》


何事もなく穏やかな日常。今日もそうなるはずだった。いつも通り空いた部屋の掃除を終えて道具を片付けつつ、休憩のお茶は何にしようかと考えたその時だった。「っ!?」何だか変な予感がした。胸騒ぎとも言うべきだろうか。それは嫌なものではないけれど、心を乱すのには十分なもの。どうしてだろう自然と表情が固まる。

。どうかしましたか?」
「可笑しいわね。胸騒ぎがするの」
「胸騒ぎ…?」

変な予感。或いは第六感。他人より少しだけ勘がいいとは思っていたけど、鋭すぎるのも玉に瑕だ。は前にいる同僚の一人、蔵人の目を意味深に見つめる。



「どうも、ネズミが紛れ込んだかもしれないわ」



つまりは侵入者。盗人だったら始末は簡単だけど。何かの目的を持って、この屋敷か住人に被害を与えようと企んでいる輩が紛れ込んでいる。の勘が働いた時は、十中八九で“何か”があると言っても過言ではない。

「ならば警備レベルを上げますか」
「そう言いたいところだけど、誰かに任せるより自分で始末付けた方が早い気がする」
「待ちなさい。貴女そう言ってこの前も無関係に暴れた所でしょう。少しは慎みを持ちなさい」
「変わらずの小姑ね。あーヤダヤダ」

蔵人は彼女の言葉には耳を傾けずに、素早く携帯を兼ねた通信機器を取り出し警備室に連絡しようとしている。その時、ーピピピッと、逆に蔵人の端末が鳴ったのだ。これにはも視線を寄越した。

「私だ」
“………”
「門の前に?本日の来客予定はありませんが」
“………”
「言っている意味がわかりません。もう一度」
“………!!”

向こうの話している声はわからない。でも焦っているような音は十分届いてきた。さっきの予感の件もある。何かが起こったことに違いない。「すぐに対応する。少し待っていなさい」と蔵人がボタンを押したのを見計らって、嬉々とは口を開いて内容を促す。


「門の前にアポ無しの客人がいらっしゃるとのこと。それも…腰に刀を差しておいでですと」
「刀…ってことは、反幕府の?ってもわざわざ私達に何の用事かしらね。正面から家に喧嘩を売ろうなんて、ただの自殺志願?」
「言葉に気をつけなさい。何でも“自分はの知り合いだ”としか言わないらしいのです。全く。怪しい輩は屋敷には一歩たりとも踏み入れはしませんが」
の名を使うなんて許さない。門の前ってことは200m位よね?私が片付けるわ。距離は短いけど新しい銃弾の試し打ちにはもってこいだから」


彼女の新しい長銃は長距離向けで、最長数千メートルの有効射撃範囲を持つものだ。先の中距離向けのものより威力も格段に増している。しかし対象までの距離が高々数百メートルならば威力が強すぎて逆効果かもしれない。「家の門前に肉片を転がすつもりですか」蔵人がぴしゃりと言い放つ。 死体はきっと弾丸が撃ち抜いた強さにバラバラだ。「安心して。使い慣れたヤツにするから」扉に手をかけ、振り返りながらは笑った。まるで今から遊びに行くかのように無邪気な笑みだった。
使用人の部屋を出ると相棒の銃を手に、門前が一望できる位置の部屋へ急ぐ。門を開かずに客人もどきを足止めしているらしいが、いつまで保つのやら。相手が攘夷浪士ならばどんな方法を使用して侵入してくるかわからない。は4階のある部屋の窓際にやってくると外を伺う。成る程、門の所に人が立っているのがわかる。それも狙って下さいと言わんばかりに派手な格好だ。紫の地に蝶の柄。編み笠で顔は見えないけれど。「私達に喧嘩を売ろうなんてお馬鹿さん」 囁きつつ照準器を覗きながら男の頭部を狙う。引き金に手をかける。この一瞬、このドキドキが堪らない。指を引けば全てが終わり。照準器越しに男を見ていると対象が顔を上げた。

「!」

そして私とバッチリと目が合った。直線距離は約200mで私は壁に体を預けているし、銃口なんて向こうから見たら豆一つ分くらいだろう。肉眼で把握することすら難しいのではないだろうか。なのにその男は私の方を見て、目が合った瞬間にニヤリと笑ったのだ。胸をギュッと掴まれたような衝撃。私という存在を見破っているのだ。その男が只者ではないのは確かだ。そこらのチンピラ攘夷浪士とは違う。この男の目的は何だ。
家は幕府に仕えていたとは言え、それも先代当主の時代まで。先の怜一郎の一件で、天人との不当な関係を築いていたものの今は関係すらないのに。攘夷浪士が家を狙う理由が見当たらない。確か、先の一件で乱入してきたのは攘夷組織だった。その件でも蔵人も真選組の事情聴取を受けたので覚えている。後は、誘拐事件で攘夷組織の名を語ったチンピラから身代金の要求があったが、それの始末は我々が行なった。肝心のの姿は確認出来ず、おまけに先に別の乱入者がいたようで、その事件に関してはそれ以上の情報は得られていない。

「(一体何者かしら)」

無意識に唇を噛む。諦めたように銃口を下に向けるとは自分の携帯端末を取り出した。案の定、1コールで相手に繋がる。

“例の件は終わりましたか”
「いえ。こっちに気づくなんて初めてね」
“只者ではないということですか。どうするつもりですか”
「招いてないけれど門前払いも可哀想だから。入れて。目的を問いただしてから考える」
“不審者をわざわざ招き入れるなんて貴女、正気ですか!”
「正気じゃないわね。二人掛かりなら何とかなるかも。後始末まで済ませるからどうぞよろしく」
“はぁ…”

呆れ果てたため息に続き、小言が繰り出されるのは知っているからその時点で通話を切った。身を翻すと銃の安全装置に手をかける。さてメイド業再開だ。
重苦しい門の鍵が開かれると後は自動で開くシステムになっている。耳元に隠した受信器で例の招かれざる客の一挙手一投足が伝わってくる。その不審者はフラフラと歩きながら本邸の玄関にたどり着いたらしい。迎えるのは蔵人。彼以外は対応出来ないだろう。無関係な一般使用人は裏に一時避難中で、少しでも戦闘経験のある人員が表立って動いている。本当はお茶なんて出したくないけど、一応屋敷に招き入れてしまったのだから仕方がない。心を氷のように固め、殺気を悟られないように仏っ面のまま、はお茶を運ぶ。ノックの後、入室を促す声がかかり応接間に入った。

見慣れた応接間の中央、5人掛けの大きなソファーの上に“対象”は腰掛けていた。艶やかな着物は遠目で見たよりも主張せずに馴染んでいると言ったらいいだろうか。対象は飄々…でもないけれど捉えどころもなく、正しく“隙が無い”の一言。そして頭に巻かれた包帯に目がいった。

「(左目…怪我かしら。それとも陽動?)」

包帯の後は腰元。報告の通り黒い脇差が見て取れる。一瞬で全身をざっと見ながら特徴を観察する。これで堂々と家に乗り込んでくるなんて、喧嘩売る気満々だ。お茶が乗った金縁のワゴンを動かして斜め前を陣取る。磁器製のカップを“対象”の前に置いた。ちなみに毒は入れていない。普通の紅茶。軽くお辞儀をすると蔵人の後ろに回り、いつでも手が出せるように控えておいた。ちなみに殺気は頑張って押し殺している。



「本日はようこそお出で下さいました。残念ながら主人不在の為、使用人ではございますが私…高級執事の蔵人が対応させて頂きます。失礼ながら、お客様のお名前とご用件は?」



蔵人が切り出した。マニュアル通りと言えばマニュアル通り。でも、声の質は穏やかさとはかけ離れ相手を警戒しているのだ。対象が刀に手を伸ばしたら射殺する準備は出来ていた。

「不在ねぇ…まあそれはいい。俺ァ高杉晋助。ここの主人とやらには前に色々と世話になってな。家が近いってんで挨拶にきただけだ」

その名には覚えがない。古い友人や仕事付き合いの関係ならば少なくとも調べられるのだが。全く見たことも聞いたこともない対象人物、…高杉晋助。私達は軽く視線をあわせた。蔵人の方も覚えがないらしい。小姑執事の記憶力は最近のUSB並だから間違いないだろう。


「あの方が貴方に?」
「可笑しいか。まああの頑固さの割に異様なフットワークの軽さだ。こっちも相当振り回されたがな」


対象は喉で笑う。それはまるで私達の知らない何かを知っているかのようで…腹が立つ。要は鼻に触ってムカつく男と言うわけだ。あ、今すぐ銃弾を撃ち込みたいかも。心が乱れたのか殺気が漏れたのかはわからないが、私の方を見ながら姑が咳払いをする。ハイハイ分かってるって。


「高杉様。残念ながらお嬢様は先の事件で入院中にございます故、本日はお会いする事が出来ません。しかし高杉様のご訪問は必ずお伝え致します」
「誰が何処に入院中だって。俺ァつい先日会ったばかりだぜ」
「!?」


笑いながら男が言った。私達しか知り得ない事実を平然と言ってのけたのだ。抑えていたけれど表情に出てしまった。つい最近、この男はと会ったと言った。彼女の居場所を知る手がかりがこの男?駄目だ。動揺を悟られてはいけない。斜め前に座る同僚の顔を伺うと、変わらずの鉄仮面のよう…に見えるがどうもいつもと違う。


「それでは高杉様はお嬢様の居場所をご存知なのですか。彼女は今何処で何を。そして…失礼ながらその腰の刀。廃刀令の敷かれたこのご時世ともすれば、それが何を意味するのか我々も存じています。貴方は一体!何の目的でここに!」


感情こそ前面に押し出していないものの、らしくない余裕のない話し方だ。彼の言葉を聞いて対象は目を細める。

「質問は一つにしてくれ。一々答えるのも面倒なもんでな。あの女は何処にも留まらねー。てめーの意志でそこにいない限り何処へでも行っちまう。全く手間のかかる奴だ。この包帯もアイツが巻いた。悪いが今何処にいるかなんざ知りはしねぇ。だが案外近くにいるかもしらねーなァ」
「どう言う意味よ」

思わず口を挟んでしまったくらいに私も動揺していた。は近くにいる?例え江戸にいるとしても領域が広すぎる。近く。近くって何処なのだろうか。


「ご察しの通り俺ァ表を出歩ける存在じゃねぇ。だが安心しな。この刀はここで抜きはしねーよ。そこの女が下手しなけりゃな」


ジロリと目を向けられて後ろに隠していた武器へ伸びかけだった手が止まる。「」と蔵人に咎められる。仕方がない。舌打ちの後、は手を戻した。隙だらけのようで一切の隙がない。要は要注意人物ということ。そこらで油を売っている攘夷浪士とは違うのだ。自制していないとうっかり手を出してしまうぐらいに苛立ちもするけれど。「もう一つ、よろしいですか?」声を抑えながら蔵人が問う。どうぞと言わんばかりに対象が肩をすぼめた。


「目的は何です」


特段興味も示さず、対象は「挨拶に来たって言ったはずだ」と涼しそうな顔。刀を持った攘夷浪士が、幕府側の人間の屋敷へ挨拶に訪れる事などありもしない。絶対、何か意図があるのだろうが皆目見当がつかない。ーピピピと、蔵人の通信端末が鳴る。「失礼」と断りを入れるも主人の客の前では絶対にしないであろう、堂々と通信を繋いだ。まっすぐ前を…対象を見据えながら下手な動きを見逃さないように「私だ」と応じる。通話先から何を伝えられたのだろう。それも気になるけれど、今は目の前の男を見張らなければ。も対象から目を離さない。通話終了ボタンを押し、あえて小声にならず部屋中に届く声で蔵人は言った。

、先ほど敷地内のセンサーに何か反応があったようです。しかし直ぐに反応は無くなり、原因も突き止められていません。恐らく…侵入者かと」

彼女に語りかけつつも視線は目前の男から逸らさない。ほら言ったじゃない…なんて内心思いつつ、は侵入者の始末をするために部屋から出て行こうとした。もちろん騒動をどこ吹く風と考えているだろう対象を今一度睨みながら。


「待ちなさい。手加減しないままでは家が壊れるので…貴方は残りなさい」
「ハァ!?」


今、何て言った?ここに残る?このクソムカつく男がいるこの部屋に残る?…それってここでこの男を始末しろと言うことだろうか。それはそれで仕方がない。彼の発言をそうと捉えたの目が光り輝く。蔵人が立ち上がり背を向ける。「大人しくしていて下さい」そうとだけ告げるとの反論も聞かずに部屋からいなくなってしまったのだ。


「…」


最悪だ。最悪だ。最悪だ。この言葉のエンドレスリピート。あ、無理も追加。
下手に動けないこの状況で狭い空間の中、ムカつく男と二人っきり。手出しも出来ない。あー最悪。内なるが同僚に対する暴言で黒く染まる。苛立ちを対象に悟られないようにしなければ…とわかってはいるものの、そもそもその“対象”こそが元凶なのだからどうしようもない。「…フゥ」と、ふと視界の中で白い煙が一筋伸びた。ほんの一瞬だけ感情的になって意識を飛ばしていたからか、視線を戻すと対象の手には煙管。要は煙草を吸っていたのだ。

「ちょっと!ここ禁煙なんですけど!」

お客様相手ではない言葉。それも高圧的。彼女の注意を聞いて男は喉で笑う。「悪りィな。少し我慢してくれや」告げた口は煙を味わう。眉間に皺が寄り瞳孔が開いた瞳が男を睨みつける。我慢よ。手を出してはいけないわ。もう少しの辛抱よ。念仏のように心で唱える。この屋敷にやって来た対象、高杉晋助。そもそも彼の目的は何だ。どうしてのことを知っているのだろうか。彼女と何か繋がりがあるのだろうか。まだ何も必要な情報が得られていない。


「ねえお客様…退屈でしょう。私と遊びませんか」
「いいぜ」


私の提案に目を閉じたまま対象は即答した。ああ、遊べるって素敵。見開いた対象の瞳は私もよく知る“それ”を宿していた。心底楽しそうに私も笑う。わかる奴は嫌いじゃない。まあ…この男は嫌いだけど。「その前に一ついいか」灰を落とした男が口を開く。も応じる。

「大層なもんだ。その眼…随分とイかれた女だな。どっかの馬鹿真面目とは雲泥の差だ」
「褒めてもらえるの、ワァ嬉しい!」
「クックック!」

茶番が過ぎたか。あとはどちらかが動き出すのみ。至近距離の戦闘はそう得意ではないものの、絶対に獲物を仕留めてみせる。最近の排除対象は弱い人ばっかりだったので楽しみだった。まるで胸の高鳴りが脳内に響いてくるようだ。後ろに隠した銃に手を伸ばす。対象はいつ動き出すのか?ワクワクが止まらない。だが対象はいっこうに動こうとしない。貴方が動かないなら先に行かせてもらおう。の体に力が入り正しく動こうとした…時だった。


「…っ!?」


視界に広がる黒い影。座っていた高杉晋助が間合いを詰めて…目の前にいるではないか。お腹に受けたのは衝撃。痛みもない…ような気がするけれど、わからない。視界がボヤけてくる。しまった、やられた。滲む視界の中で視線を落とすと男は抜刀すらせず刀をの腹に打ち込んでいるのだ。峰打ち。

「(待ちなさいよ…高杉晋助)」

手で掴もうとするけど体が動かない。崩れる体勢。意識が遠くへ行くような気がした。耳元で声がする。


「働きすぎなんだよ。んな瞳させてねーで使用人もしっかり休まねーとな」


そこからの記憶はない。
再び目覚めた時には私はベットに寝かされていた。戻っていた蔵人には侵入者は発見出来なかったと報告を受けた。高杉晋助は私を気絶させた後で正面玄関から堂々と出て行ったらしい。屋敷は厳戒態勢で使用人が総動員して点検中。結局あの男の目的は掴めぬままだ。そしてまんまと策に嵌り、対象を逃してしまったことがただ悔しかった。は唇を噛んだ。


前回の裏側。総督があの近辺にいた理由。
20170612*星宮はちこ   裏語