レプリカ虚像乙女
【第五章、回帰 四十一話、最後の言ノ葉数列】
情報屋と名乗る男が検知器に火を近づけたことにより所内に火災警報音が鳴り響く。もちろん本物の火災ではないけれど。スプリンクラーが作動して周囲は水浸し、非常用の扉も作動し保管庫内が細かいブースに分けられて行く。なんて耳障りな音なのだろう。「おい待て!」高杉さんの制止も聞かずに情報屋は保管庫の出入り口に向かって走り去る。私があまりの音の煩さに顔を蹙めていると前に立つ高杉さんが動いた。立ち止まったままの私の手首を握りながら。ちなみに私は回収した危険物が入った重いジュラルミンケースを持っているので全力で走っていても高杉さんのそれには追いつけない。彼も少なからず合わせてくれているのだろう。保管庫を出た先で、情報屋は私達をまるで出迎えているように立ち止まっていた。
「追われても面倒だからここで本当のお別れね。
ちゃん…これは俺からの大サービス。大江戸総合科学研究所 主要高速電気計算機“屁留召簾(ヘルメス)”に隠された
賢人の裏ID:Paracelsus、鍵は知らないけど。じゃね!」
「おいテメェ!」
情報屋はそう言うと途端に体を翻して棚の上に飛び乗る。予め計算していたのであろう、排気口を突き破るとその中に消えてしまったのだ。「待ちなさい!」私もそう言って追おうとしたものの肩を押さえて高杉さんが制止した。「奴の思うツボだ。行くぞ…万斉に迎えを頼んどいた」その名前が挙がって驚いた。まさか万斉さんがいらっしゃっているなんて…。彼との合流地点は屋上だという。本来なら外へと行くべきなのだろうが、あえて建物の上に向かうとは中々考えつかないものだ。堅く閉じた保管庫を背にその場から走り去る。保管庫のある区画から廊下に出た時だった。先を行く高杉さんの前に何かが飛んで来るのが見えた。私が“それ”を捉えたのは一瞬だったけれど、彼は器用に避けて発生源に向かって抜き身の刃を振るう。風を斬る様な音に混じり断末魔とも呼べる悲鳴が聞こえた。
「どうやら黒幕が現れやがったか」
「嘘、何これ」
気付いたら達は周囲を十数人の男に取り囲まれていた。そのどれもが格好こそ所員のものだが気配…と言うか殺気を纏っているのを肌で感じる。これはもしや、情報屋が言っていた“紅い楯”の刺客だろうか。彼らは皆、二刀流の使い手のようで短刀を其々2本ずつ持っているのだ。ジュラルミンケースを抱きながら高杉さんの背に自らの背を合わせて周囲を探る。
「これはやっと俺の出番のようだなァ。仕方があるめぇ、時間まで遊んでやる」
後ろの気配が動いたと思った矢先に周りの刺客も一斉に刀を振り上げる。待って下さい高杉さん、私丸腰な上に危険物を抱え込んでいて満足に動けないんですけど。そう口にできる暇もなく振り上げられた短刀を間一髪で避けることができた。二打目はジュラルミンケースで防ぐ。言っておくがこのケースは見た目以上に重量があるので、下手に持ち上げることは叶わない。ついでに危険物が入っているので衝撃を与えることも避けたいものだ。一応衝撃には強い素材なものの乱暴に扱わない方がいいに決まっている。もし下手に中身が溢れでもしたら…間違いなく死ぬ。私達はもちろん研究所の人たちもだ。私が攻撃を必死に避けている(逃げていると言っても過言ではない)間に、高杉さんは一人また一人と刺客に止めを刺していく。周囲を取り囲んでいた奴らはあっという間に床に転がり、立っている人数は片手で数えられるまでになったのだ。相手の刺客は私のことは眼中にないらしく皆高杉さんを狙っている。刺客が残り二人になった時に、一人と鍔迫り合いをしている高杉さんの背後からもう一人が武器を振り上げる。危ない!そう思うと同時に体が動いていた。私は瞼を堅く閉じると、あれほど取り扱いに気をつけていたジュラルミンのケースを必死に持ち上げて後ろから彼を狙う刺客の更に背後から頭上へと振り下ろした。―ダンッ と鈍い音と衝撃を感じる。
「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)」
念仏のように唱えるばかりだ。恐る恐る目蓋を開くとそこには刺客が倒れていた。高杉さんのほうも最後の刺客を斬ったようだ。その事実を把握した途端に身体中の力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。僅かに足が震えている。
「あれほど大切にしてた鞄振り回す奴がいるか。オマケに腰抜かしやがって…ほらよ」
そう言いながらも手を差し出し歩み寄って来る高杉さん。「無事でよかった」言って立ち上がろうとした時だった。後ろから脇の下を通り、まるで蛇のようにシュルリと腹に何かが回った。目の前にいる彼の目が見開かれ、瞬時に血振りをして仕舞ったはずの刀の柄に手を伸ばす。一方の私は腹に回った細い…腕に力任せに起こされて、途端に羽交い締めにされた。首を乱暴に包まれて痛い。更に耳の下に繋がる首元にチクリと刺さるような痛覚。恐らく…刀の切っ先を向けられているのだろう。抵抗しようにも力の差は歴然だ。
「貴様、鬼兵隊総督高杉晋助だな。何故我ら“紅い楯”の邪魔をする。この女を殺されたくなければ、足元のケースを此方に渡して貰おう」
私(と刺客)と高杉さんのちょうど真ん中あたりの床には、危険物が入った鞄が転がったままだった。これが此奴らの手に渡ってしまえば、元も子もない。それだけはあってはいけない…江戸の街が、人々が危険に曝されるだけだ。私は視線で高杉さんに、渡しては駄目だ、と合図する。それが伝わっているのかは彼の表情を見ていてもわからないけれど。「早くしろ」と刺客が追い討ちをかける。高杉さんの表情に変化はない。柄に伸ばしかけていた手が戻っていく。
「てめーらこんなモンどうする気だ。こいつァ聞くところによると専門家すら捨てたがる物質だそうじゃねーか」
「幕府に最も恐れられる男とは名ばかりか…かの鬼兵隊総督が呆れるものだ。我らは幕府ならずこの泥濘んだ国に一石を投じ、新たな理想国家を成立させる。これらは神の雷と呼ぶ最終兵器となるだろう」
「“神の雷”ったァ大層なもんだ。神だ仏だに任せててめぇは雲の上から高みの見物か。滑稽だなァ。俺にはてめーらが地ぃ這いつくばってる芋虫にしか見えねー」
そう言うと高杉さんは危険物が入ったジュラルミン製の鞄を拾い上げる。駄目だ。彼は此奴らに鞄を渡そうとしているのではないだろうか。「駄目!駄目です高杉さ…ぁ!!」締められて出し辛い声を、必死に張り上げて叫んだ。体全体を使って抵抗してみても、途中で腕に力が込められて苦しかった。息が満足に出来なくなって意識がぼんやりとしてくる。「それを此方に投げろ。この女がどうなってもいいのかァ!!」刺客が叫んでいる。
“武装メイド
ちゃんの暴漢対策講座実践編!次は後ろから押さえ込まれている時にどうすればいいかの巻…要は羽交い締めよ。蔵人、暴漢役よろしく”
“こう?って意外と苦しい!!”
“咄嗟には声も出ないし体も動かないかもしれないけど、人には急所がいくつもあるの。後は体勢的にバランスを崩しやすい方向や位置も。後ろから羽交い締めにされている時はね…”
いつか
に教えてもらった記憶がどうしてか今、呼び起こされた。しかし息が苦しく力もそう入らない。チャンスは一瞬。…高杉さん。彼が此方を見ながらニヤリと笑った。一体それが何を意味するのか、そして何をしようとしている?私は今一度瞼を開く。「欲しいならくれてやらァ」徐に高杉さんは鞄を上に放り投げた。
「!?」
“先ずは足を踏んで…次に相手の顔目掛けて後頭部で頭突き。相手のふくらはぎに自分の足を回して軸足に、体を翻す。さ、やってみて!”
の言いつけ通りに、私は思いっきり刺客の足を踏みつけた。その勢いのまま体を反らすと後頭部が男の顔面に当たる。自分の右足を相手の足にかけて体を翻す。と、投げられた鞄への動揺と私の反撃からか、刺客の手が緩み私の体が離れた。
「鞄!!!」
私の頭の中にはもはやそれしかなかった。視線の先には宙で弧を描く江戸で今一番危険な入れ物。…鞄を落としてはいけない。
は勢い良く飛び出すとまるでラガーマンのように、重いはずのそれを全身で抱き留めた。そのまま床に転がる。痛いけれど鞄のため。「ぐぁ」と短い悲鳴、肉が切り裂かれる音と血の匂い。鞄を抱きかかえつつ後ろを見上げると、いつの間にか抜刀している高杉さんが手にした刀を振りきっている。壁を彩る血飛沫。続いて血振り。倒れ込むまでの間に全てが終わっていた。
「そっちはどーやら何とかなったな」
「高杉さん!これ危ないんですよ!落として漏れでもしたら私達死んでましたよ!!」
「ア?振り回してた奴がどうこう言ってんじゃねぇよ。大体こんなもんで漏れるもんでもねーだろうが。とっとと行くぞ」
怒号をも気に留めず彼は私に手を差し出す。ただその手を掴み起き上がった。そうだ、上に行かなきゃ。万斉さんが迎えに来てくれる。「ついでだ」言うと彼は何やら部屋の設備を壊し始めたではないか。途端に火災に混じり別の警報音とランプが点灯する。促されて廊下に出た。「いや何であれ破壊したんですか。余計に警報音が酷いんですが。人も増えてますよ」走りながら訪ねた。研究室や実験室から人が避難通路に走って行く。大きな通路は人でごった返しだ。
「木を隠すのは森の中。人を隠すのは人の中…覚えとけ」
なるほど。これなら所内を走っていても目立つこともないし、相手も他人のことなんか気にしていられないだろう。地上階までは人の流れに合わせて動いていたが、あるところで私たちは流れから抜け出た。屋上へ行くために。この騒ぎだ、エレベーターは使えないので上への移動は階段に限るのだが、避難用の階段は上から下に流れる人ばかり。この状況で上に向かっていては人目につく。付いて行くままにたどり着いたのは荷物用のエレベーターだった。何故?「地震じゃねえからな。使えんだろ」 ボタンを押すと少しして扉が開いた。彼の読み通り中に人はいない。このエレベーターは屋上まで行かないので行き先はその一つ下の階。降り立って周囲を確認してみても人の気配は感じられない。
「高杉さん、先に“これ”持って屋上へ行ってください」
「は?」
「情報屋が言っていた父の裏IDでログインできるか試してみたいんです」
「10分くれてやる…一々迎えには来ないからな。窓開けとけや」
「ありがとうございます!!」
上への通路の位置を確認して高杉さんと分かれる。近くにあった教授の個室と思しき部屋に入り込む。鍵もかかっていなかったのはさっきまでは人がいたからのだろう。おまけにパソコンは付けっ放しの状態だった。起動の手間がない分好都合だ。大きなデスクの前を陣取るとマウスを動かす、大江戸総合科学研究所の主要高速電気計算機“屁留召簾”をダブルクリックすると立ち上がったのは小さなログイン画面。
ID:paracelsus
Pass:___
そもそも父がこんな裏IDを持っていたなんて初めて知った。そしてパスワードの所で指が止まる。表のIDのものですらパスワードは知らなかった。そもそも他人には教えるはずもないものだ。簡単にわかるような誕生日や身近な数字ではないだろう。実際入力してもエラー表示が出るだけだった。言葉遊びが好きな父が何を鍵にしたのだろうか。
考えろ。
屁留召簾の裏ID、パラケルスス…神話に出てくる動物みたいな名前。そしてどこかで聞いた事がある単語だ。はるか昔。もっと昔。
思い出せ。
父との思い出、あの日々の記憶を。もしかしたらの範囲の推測に過ぎないが、父はいつかこうなる事をわかっていたのではないだろうか。だとしたら…父は私に何かヒントを残したはずだ。父は…。あの日々を思い出そうとしてもまるで別の鍵がかかったみたいに意識と記憶が扉を閉ざしている。思い出したいのに何も浮かばない。脳内で幼い私を呼んだのは母の声だった。
“賢人はね今お仕事で忙しいの。でも心配要らないわ。薬の実験が上手くいけばみんな直ぐに良くなるから。だから
も頑張ろうね”
“うん”
“ママはずっと貴女達と一緒よ。彼ならきっと大いなる業を成し遂げてくれるわ”
“ごう?”
“これは
の病気を治すのに大切な考えなの。この世界を愛し世界に愛される力…天と地を結ぶもの。一つ教えてあげるわ、賢人は今お仕事でパラ先生って呼ばれててね。昔むかーしの、異国の偉い人の名前からとっているのよ”
“変なの”
“ふふふ。その人はねパラケルスス。それもその人のあだ名の一つだったみたいなんだけど。ちなみに本名は知られてないの。賢人もパラ先生としか言ってないみたいだし。このこと…みんなには秘密ね”
世界を愛し世界に愛される力? 天と地を結ぶもの?
記憶の母は確かにそう呟いた。それが差すのは賢者の石だろうか。しかし結局その存在は無かったのだ。代わりは私が河原で選んだのだから。そしてパラケルススは父のあだ名だったということ。駄目だ…記憶は曖昧で細部まで思い出せない。これは私がまだ手術を受ける前、つまり幼くて布団に寝たきりだった時のもの。父が仕事場に詰めてて中々家に帰って来てくれなくて…。その後、母に何か言われたような気がするけれど、思い出せない。そして妹達が亡くなって私だけが生き残って…父も実験途中に亡くなった。実際にはあの男に殺されたのだけれど。そして母は部屋で泣いている私に言ったのだ。
“
、ごめんね。あの子たちを救えなくて本当にごめんね。それに、賢人まで先に逝ってしまうなんて…。三人は先にお星様になってしまったけど、きっと空から見守っていてくれているわ。
、貴女は健やかに最後まで生きて頂戴ね。貴女は私の最後の宝だもの”
“う…ぐ…
はぁ、お医者さんに…なってぇ…みんな元気に…するはずだったのに…。パパも…うっ…帰って、こないの?”
“大丈夫。貴女の存在を待ちわびている人はきっといるから、夢を諦めてはいけないわ。自分が思えば何にだってなれるんだから…ね”
“うわぁあああん…”
泣き縋る私を優しく母が抱きしめてくれた。
“これから私が歩む道は、私だけではなく
にも辛いことかもしれない。許して…なんて言えないね。ごめんね。これも賢人との約束だから耐えてみせるわ。彼は私に全てを託してくれたから。私は答えを知っているから。…
?”
“ひっ…く…、なに?”
“泣きたい時は泣いてもいい。時に道に迷ってもいいのよ。大丈夫。答えなんてあってないようなものだもの。みんな迷って選んで少しづつ成長するの。でもあれこれ迷っている割に案外答えなんて自分の中にあるわ。わからない時はママに頼っていいのよ。だからお願い…もう悲しまないで”
“いつか…ひっく…
が!ママだけじゃなく…みんなを助けて…みんなを幸せにする”
“私の可愛い
…貴女の成長が楽しみね”
頼るも何も、私は母すら失ってしまったではないか。
脳裏に浮かぶ母の顔。昔は…幼かったあの頃は色々と不自由だったけれど、まだ私達は家族でいられたのだ。首元からロケットペンダントを取り出す。と、蓋を飾る繊細な装飾が目に留まる。
“Paracelsus”
パラケルスス…父の秘密のあだ名が小さく、一目ではわかりにくい形で刻まれているではないか。裏を向けても何も装飾はない。ゆっくりとロケット部分を開く…と、縁に添うように文字が刻まれていた。
“Quinta essentia”
彼女の言葉の通り、答えは最初から私が持っていたんだわ。父が母に贈りそして母が差し出したロケットの中に。指が震えるのを感じながら私はキーボードの文字を辿った。エンターキーを押す。
「(開いた…)」
画面には
賢人裏IDのトップページ。表のものがどのような仕様なのかはわからないけれど、シンプルな画面だった。色々とメニューがあるようだけれどクリックしても反応はない…つまりブランクということ。一つ、クリックすると何やら新しいページが開いた。
“923497566697889234323585742910001187113610110610013456599898 895610011121010107789923566675676838100119436541100006534344… 7864559898989762332623899892345576655897843248871190787446262 5602101078001953939897110180111873272211102601010556759010100 114547924551010…”
長い数列。規則性があるようで出鱈目…目が痛くなりそう。数列自体に覚えはないが、父が昔に教えてくれた遊びがある。知ってしまえば簡単。しかし知らないと決して答えにたどり着けないであろう暗号。まずは、“かな”を五十音順に並べて“あ”から順に1から48までの番号を付ける。次は“文章”をかな五十音の番号に置き換える。そして番号を二進法で表す。最後に0と1を抜いた八つの数列に紛れ込ませて出来上がり。つまりこの数列で0と1以外の数字はフェイク。意味がない。私は素早く日記帳を取り出すと必要な数字を目で拾い書き写していく。思っていたより隠された文字が多い。半分ほど写したところでパソコンの画面上で何かが動いた。チラリと視線が上がる。「?」勝手にカーソルが動いている。ついでに何やら新しい表示が出てきたではないか。画面には“データコピー中”の文字。メモ帳が自動で開いて…勝手に文字が打ち込まれている。
“お疲れ様ー♪俺、情報屋だよ。さっすが
ちゃん。君ならパスワードを解いてくれると思ってたんだ。悪いけどこの情報は頂くよ。代わりっちゃ難だけど、VXの製法はこの世から完璧に削除してあげるね。実物が無くても製法さえあれば何度だって製造出来るからね。ついでに林流山とその助手の入出データも改竄しといてあげる。それじゃあbyebye!!”
まさか!?このパソコンがハッキングされて情報が筒抜けとでも言うのだろうか。有り得る。あの情報屋にはしてやられたものだ。初めっからそれが狙いだったのは想像に易い。恐らく、相手にはこの画面が丸見えなのだろう。父の数列が盗まれるなんて。まだ何が書かれているかもわかっていない。せめて全て書き写さなければ…と手元を必死に動かす。数列上に埋め込まれた0と1。あともう少しなのに“データコピー中”の文字の上に被るように次は“データ削除中”の文字が。まさか消されてる?
「ちょっ…待って!」
あと少し!上から薄っすらとログイン画面が消えていく。必死に手首を動かし写し取ったところで全てのデータが削除された。ープルルルル と、タイミング良く卓上の電話が鳴り響く。他人宛の電話なのに、私は迷うことなく受話器を取り上げた。
“あ、やっぱりここにいた。情報提供ありがとう。っても君のお父さんにはまんまとしてやられたよ。まさか自動削除のプログラムが組み込まれているなんて…おかげでデータは中途半端”
「あら、それはお互い様です。最初から私がログインするのを知っていてIDを教えたのですね」
“どうしてもパスワードの検討がつかなかったからね。利用できるものは利用させてもらっただけさ。対価としてVXの製法と入出履歴消したんだから言いっこなしだよ”
「…」
私の意識は電話から逸れ、現れた0と1で出来た文字列を眺めながら脳内で二進法から十進法に変換していく。35、3、22、9…と数字は五十近くあるではないか。かな五十音の文字に置き換えて日記に書き写す。も、う、に…。最後まで翻訳しきったところで改めて目を通す。
モウニケラレナ
イテンノツカイ
ハハネヲヒロケ
クロキカラスハ
シヲマキチラス
イズレヤツラハ
ワタシヲコロス
時折唇から文字が溢れる。内容は直接的に誰とか名前が記されている訳ではなかった。しかし… “いずれ奴らは…私を殺す…”やはり父は誰かに命を狙われていたのだろう。それは…あの男なのだろうか?
“その小物が君のお父さんを殺そうとしたことは事実であっても、それが真実とは限らない。真実は曲がらず存在しているものの巧みに隠れているからね”
情報屋の言う真実って…一体何なのだろう?誰が何のために父を?父は実験中の事故に巻き込まれて死んだ、ではなくあの男に殺された…もしくは他の誰かに殺されたのだろうか。わからない。真実がわからない。天の遣い、死を撒き散らす烏…手が震えてる。
「
、時間切れだ!!とっとと上がって来い」
窓から届いたのは屋上にいる高杉さんの声。「い、今行きます!!」と声を振り上げて私は日記帳を仕舞った。急いで部屋を出て上への階段を駆け上がる。
最後の言ノ葉が伝えるもの。答えを知る人。
20170806*星宮はちこ 裏語