レプリカ虚像乙女
【第五章、回帰 四十二話、宇宙へ】
屋上に出た先には騎馬型の超小型飛行機械が控えていた。舵を握っているのは、もちろん迎えに来た万斉さん。その後ろには先に屋上に上がっていた高杉さんが座っている。これ、確か一人乗りではなかっただろうか。頑張って後ろにもう一人ならまだギリギリだろうけど、三人目って…大丈夫なのだろうか。「早く来い」そう急かされてドアの前から走り出す。
「高杉さん、万斉さん!ありがとうございました」
彼らがもうすぐ目の前まで迫ってきた時だった。突然、風を切る音が耳に届く…そして肩と脇腹と左足が焼けるように熱かった。熱は痛みに変わり突如身体が動かなくなってしまった。私は駆けていた勢いのまま地に崩れ落ちる。屋上の床材を頬に感じた。二人が私の名を呼んでいる。熱と痛み。着ていた白衣に返り血でもない赤が滲んでいる。肩に手を触れると何かが刺さっているではないか。痛みに耐えながら引き抜くとクナイだった。間髪を入れずに屋上に幾人かが踏み込んでくる。上半身を起こしながら振り返ると…恐らく紅い楯の刺客だろう、武器を持った男が出入り口を固めているではないか。あの部屋以外にも奴らの刺客は紛れ込んでいたようだ。それもすごい数。
「お二人ともそれ持って行ってください!!早く!」
「てめー馬鹿か。んなとこに置いていくかよ」
そう言うと高杉さんは乗っていた飛行機械を降りたではないか。万斉さんも笑いながらその背後に控えている。暴れる気は満々と見える。しかし私がこのまま人質にでもなってしまったらまた迷惑がかかるだろう。肩と脇腹に近い腰の負傷は歩行には直接的に支障はないものの、足は立ち上がるほどに力が入らない。手の力と体を揺らす勢いを頼りにズリズリと二人の方向に向かっていくものの、それこそ芋虫の方が速いだろう。削られる体力の割には中々進まない。
「おい、俺が遊んでやらァ」
「拙者の存在も忘れないでもらいたいところでござる」
対峙する彼らの間には張り詰めた空気が流れている。またここが血の海になるのも時間の問題だろうか。その時だった。―バアアン と屋上に小さな爆発音が幾つか響いた。鼓膜が震える痛みに耳を押さえて耐える。炸裂の衝撃風とビリビリとした空気を伝わる衝撃波が体を撫でていく。音がしたのは刺客がいた出入り口側だった。振り向くと黙々と黒い煙が空に伸びている。倒れた刺客の間に立つ人影が一つ。その男は明るい茶髪をかき上げながらウインクをする。
「やっほー!
ちゃんさっきぶりー。パスのお礼ついでにこいつら片したから」
「ポチ。てめぇズカズカ入って来やがって何様だ」
「げ!?高杉晋助。ってかポチマジ止めてくんない?カッコよく決まらないんだけど」
「この男は…」
「そっちは人斬り“河上万斉”とお見受けする。ってか幹部大集合じゃんスッゲ」
相変わらずのチャラさだ。この人のノリは何で培われたのだろうか。あの高杉さんだけでなく万斉さんをも前にしてこの軽さだ。私なら怖くて口を開けないだろうに。ケラケラと笑う情報屋は爆発で仕留め損ねた刺客を次々と倒していく。「まだまだ建屋内にいるから気をつけてね」なんて話しながら戦闘できるあたり、余裕があるのだろう。屋上にいる刺客を一通り片付けたところで男が今一度私たちに向き合った。
「ま、俺は鬼兵隊のしたいことには興味がないから安心して。ついでにサービスで教えとくと俺の常連で“戦慄の魔女”という異名を持つ化け物がさっきどーしてかこの研究所に乗り込んで来たんだけど、アレに関わると危ないよ」
「戦慄の魔女ねぇ…。クックック、そりゃあ大層“イかれた女”じゃねぇか」
「今の爆発でこっちの位置はバレただろうし。早くここを離れるのが一番さ」
「そんな…」
戦慄の魔女って…一体何者だろうか。まさか新たな“紅い楯”の刺客だろうか。私も万斉さんも思想顔をしているのに高杉さんだけは余裕で笑っているではないか。「晋助。どうするでござるか」万斉さんが尋ねる。「ここには用はねぇ…帰るぞ」万斉さんは何も言わずに小型飛行機械に跨った。エンジンがかかる音が響く。一方の私は高杉さんに支えられて足を引きずりながら万斉さんの後ろに座り込んだ。固定用のベルトが腰に巻かれる。「絶対手ぇ離すなよ」私の後ろには高杉さん。屋上から空へ浮力を増した時だった。
「!?」
武器を持った新たな刺客がなだれ込んでくるではないか。さっきと似た飛び道具がが私たちに向かって飛んでくる。バランスを崩した高杉さんがそのまま屋上へ、万斉さんと私は飛行機械ごと空へ。そんな!必死に手を伸ばすも間に合わない。空へ昇りながら屋上を見下ろすと高杉さんと情報屋が刺客に取り囲まれている。
「困ったでござるな。今降りるのはリスクが高い」
「今すぐ降りてください!!高杉さんを早く!!」
「そう焦るな
。晋助を引っ張るだけではなく我々の安全も考慮しなければならぬ」
「そんな!」
ジッと屋上を見ていると高杉さんがニヤリと笑ったのだ。鞘から刀を抜くと刺客たちと対峙している。またここで戦闘が始まるのではないか。出来るだけ近づいた私たちに顔を上げた情報屋の声が届く。
「おーい!!安心して此奴らは俺が片付ける…君らはとっとと帰り支度して。魔女が来て面倒なことになる前に総督殿は俺が空に届けるから、すり抜け様に掻っ攫ってって」
って、どういう事?「フム。仕方がない」と万斉さんは一人納得している様子だけど。どちらとも無く屋上の人影が動くと途端に血が舞う。屋上はもはや戦場だった。浮力を保っていた飛行機械が研究所の建屋から一度遠ざかり、速度を上げて再び近づく。「晋助ェェェ!!!」万斉さんが叫ぶと情報屋がこちらの位置をチラリと確認した。そして突如、高杉さんの腰に手を回すと軽々と持ち上げて屋上から…飛び降りたのだ。
「えっ!?ちょっ高杉さぁあああん!!!!」
その光景を見て私も悲鳴に似た叫び声を上げていた。あんな所から飛び降りるなんて!!!しかも高杉さんが!!!身を乗り出して行方を確認しようとする。すると建屋の避雷針に一筋の線が伸びた。情報屋が何かしらの道具を使い、避雷針へと命綱の様なものをつないだらしい。高杉さんを抱えた情報屋が振り子の原理で再び空に戻って来る。最も上に伸びた時に抱えていた男を放した。高杉さんはそのまま私達の軌道近くへ。「
!晋助を!」と、万斉さんの声が私に届く。
「高杉さぁーーん!!」
精一杯、喉が枯れる程に声を張り上げて名を呼ぶ。ベルトで固定されているのを確認して私は落ちる程に体を乗り出した。まるでサーカスのブランコ。ベルトが体に食い込んでも、身体中の傷が疼いても気にしていられない。私の意識は目の前の高杉さんに注がれている。必死に手を伸ばして…触れた。
は彼の手を必死に掴んだ。衝撃は少し遅れてやってくるものだ。全身が引き千切られそうな感覚に襲われ、痛みの代わりに唇を噛んだ。しかし手は放せない。絶対に離さない。私の肩から漏れた血が手を伝い高杉さんに届いた。血のせいもあってだろうか、肘あたりにあった私の手はもう手首まで滑り落ちている。
「おい
。もっとてめーの体気遣いやがれ。落ちそうなら手ェ離せ…」
「嫌です!絶対に放しませんから!!高杉さんが…落ちるの嫌ですから!!私は放しません!!絶対に!絶対に放しませんから!!」
「
!もう少し頑張るでござる!!橋を越えたら捻り込む。反動で体勢を立て直せ!!」
大きな河を繋ぐ橋が見えてきた。橋の下をくぐり抜けると飛行機械の頭が持ち上がる。するとフワリと全体が浮かび上がった。次は私が…高杉さんを助ける番だ。体屈める反動で彼の体を全身全霊を込めて引いた。引き寄せられた彼の腕が飛行機械の淵に届く。そのままグッと力を込めたのだろう、飛行機械上に高杉さんが戻ってきた。
「
、よくここまで耐えたでござるな」
「出迎えがひでぇツラだな…ったく泣き止め」
「うっ…高杉さん…良かった。本当に良かった…です…。万斉さんもありがとう…ございましたぁ…」
血塗れでついでに涙も溢れっぱなしの私を高杉さんは優しく抱きしめてくれた。感極まって、そのまま彼の胸元に顔を埋めるとそのまま声を上げて泣いた。本当に良かった。高杉さんが無事で良かった。「とっとと船に戻るぞ」頭上から声が降り注ぐ。「承知した」と前から声がしたと思ったら、風を切るスピードが上がった。
…
‥
遠くの空に鬼兵隊の船が見えてきた。一見飛行船のように見えるがこの船は宇宙船でそのまま宇宙空間を進むことができる代物だ。甲板に目を惹く金色が見える。濃いピンク色のヘソ出しセパレートミニ丈着物。「
サァーン!!晋助様ァァァ!!万斉先輩ィイ!!」少女は声を張り上げて手を振っている。その後ろには腕を組んだままの参謀の姿も。私は涙を拭うと、体を乗り出して手を振り返した。
「また子さぁーーん!!!武市さぁーーん!!お久しぶりでーす!!っと!」
思いっきり体を乗り出していたからか体勢を崩しそうになったけど、腰に回った手が支えてくれた。そのまま視線を落とすとジッと交わった。「ったくいい加減にしろ」と「ハイ!ごめんなさい」反省もしつつ笑顔でお礼を伝える。甲板上にたどり着くと、また子さんが駆け寄ってきた。
「
サン!!って、何でまたこんなズタボロの血塗れなんスか?また何かあった感じとか!?」
「まあ…そんなところです!また子さんもお元気そうで何よりです」
そう言って思いっきりまた子さんを抱きしめた。我ながら勢い余った行動だと思う。「うわっ」と最初は驚いていた彼女も、頬をポリポリと掻きつつ背中に手を回してくれた。
「…
サン変わったッスね。垢抜けたって言うか何て言うか。って、あれ胸…」
「ああ、晒で締めていたの取ったんです。これで“まな板”なんて言わせないですよ!」
「嘘…まさかこの数ヶ月の間にシリコン入れてたとか!?」
「いや違いますから!シリコンじゃないですって!!ホンモノですから!!」
「ふーん」
「今、絶対疑っていますよね。その目!!」
また子さんのジト目に対しこちらも応戦だ。二人で見つめあっていると万斉さんが近寄ってくる。「フム。やはりあの日々はお主を変えたでござるな」と意味深な発言。いやあの日々って何なんですか。私が顔を上げると「やっぱシリコン?いや食塩水?」また子さんが意気揚々と聞いてくる。腰に手を当てて「だから脂肪100%です」自信満々に答えた。後ろで万斉さんが声を上げて笑っているけど気にしていられない。
「ったくいい加減にしろ」
高杉さんがぴしゃりと言い放ったことで皆が口を閉ざした…のもつかの間。また子さんが声を上げて「晋助様ァ」と彼が不在だった時のあれこれを報告をしていた。声が大きいので全部丸聞こえだけど。武市さんに呼ばれて私は彼に歩み寄った。「詳細は万斉殿からご報告を受けました。ご無事で何よりです。我らがいない間も晋助殿の身辺をサポート頂いてお礼申し上げます。して
さん、あちらを…」と、彼が顔を向けたのは船体側だった。シンと静まり返った船…いや違う。何だかこちらを見られているような気がして仕方がない。でも人はいないし気のせい?「良いですよ」武市さんがそう言ったと同時。
「高杉殿ォォォ!!!!
サァアアアアアン!!!!」
「お帰りなさぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「待ってましたァァァ!!!」
一体どこにいたのだろうか、船体に隠れていただろう隊士が一斉に甲板に出てきたではないか!ドドドと地響きに似た振動を感じる。隊士の中には久坂さんや鳥羽さんの姿もあった。私達を一斉に取り囲むと皆から握手を求められる。各々が労いの言葉を投げかけてくれた。私がいない間の船での出来事が四方八方から飛んでくる。時にくだらない出来事もあったりして私は隊士の中で彼らと一緒に笑っていた。「何なんスかねコレ」隊士の輪の外でまた子さんも呆れていた。
「また子、輪に入りたいならそう言うでござる」
「違うッスよ!!そんなんじゃ無いもん!」
「まったく世話が焼ける。また子が拗ねているでござるよ、
」
「はい?また子さんがどうかしましたか?」
万斉さんに呼ばれて、また子さんがどうこうと話をしている。私は輪を抜けてまた子さんの前まで駆け寄った。「鳥羽さんと伏見さんの話を聞いてくださいよ」彼女の手を取ると隊士の輪の中へ引き込んだ。船での出来事を聞いているとまた子さんが時折隊士の言葉にツッコミを入れている。「オイ」船首から声が聞こえた。皆が口を閉ざして声がした方向に視線を寄せた。
「全員揃ったところで鬼兵隊再始動だ。これから宇宙へ行く」
オォー!!!と総督の言葉に皆が声を揃えて応じた。
*****
「もういいのか」
「はい。ご心配をおかけしました」
船の深部にある高杉さんの自室に私は呼び出されていた。
あの後…私は突如甲板で倒れ、急いで医務室に搬送された。久坂さん曰く、私に刺さっていた武器に遅効性の毒が塗られていたらしい。即効性の毒なら船まで保たず、次いでに鬼兵隊の船で無かったら解毒剤も間に合わずに危ない状態だったとのこと。解毒剤が処されてそのまましばらく休んでいたら、薬が効いたらしく体調が戻った。見舞いに来たまた子さんには、気付かないなんて鈍感にも程があるとか
サンらしいとか色々言われたけれど…気にしない気にしない。助かって何よりだ。そのまま彼女に付き添われて新しい船を案内された。私の部屋は医務室の隣。久坂さんとは医務室を挟んだ反対側だけど、どちらからも廊下を介せずに医務室に出入り出来るらしい。そう広くもないけれど、ちゃんとした個室が用意されていて私には十分すぎると感じた。呼び出しの通信が来たのは…また子さんと別れ部屋に戻ってからすぐだった。教えられた通りの道を辿り、たどり着いたのは入退室の制限がかけられたエリアにある鬼兵隊総督の部屋。呼び鈴を探していたら勝手に扉が開き、とても驚いたけど。
「新しい船はどうだ」
「とても広くて迷子になりそうですね。まあ…冗談ですけど。いや、ならないですよ本当に。私なんかに個室をいただいてありがとうございます」
「迷子ったァふざけんのも大概にしろ」
高杉さんの部屋には大きな窓があって外の景色が眺められる仕様になっていた。それも外からは中が伺えない特殊な加工がなされているとのこと。すごい。ちなみに私の部屋には前回同様窓がないけれど、それは仕方がない。
「父親の一件は何とかなったのか」
「はい。けれどまた新たな謎が増えました」
「謎ねェ…」
そう言って彼は懐から煙管を取り出す。吐き出した一筋が空間に馴染み消えていく。切れ長の眼差しが私を映していた。けれど、事を整理するために視線を落とした。
私がたどり着いたのは父の言葉、あの人が遺した言葉には違いない。けれど私が知っている事実と、その言葉が伝えたい真実があまりにも不可解すぎて繋がらない。父は義父に殺された…はずではなかったのか。誰かに命を狙われていた可能性が出てきた。天の遣い…って一体何?わからない。事件の背後に潜むもの、未知なる存在がただただ恐ろしかった。床を眺めたままの私に気付いた高杉さんが手を伸ばす。手首を掴まれると少し強引に引かれた「高杉さん…」そのまま私は彼の腕の中。染み付いた煙草の残り香が愛おしい。
「根掘り葉堀りは探りやしねぇ。だが憂うことが出来たなら聞いてやる」
「ありがとう…ございます。父は長年、事故死だと思っていました。しかし私が義父や家と決別した一件で、義父に事故死に見せかけて殺されていた事が判明したんです」
そして今回、大江戸総合科学研究所 主要高速電気計算機“屁留召簾”に残されていた父の裏IDの先に秘密の暗号が残されていた。その言葉が伝えるには…父は生前義父ではない誰かに命を狙われていた可能性がある。その正体こそ直接は記されていなかったものの、暗号には、羽を広げる天の遣い、死を撒き散らす黒い烏として記されていた。
「天の遣い…だと?」
「はい」
背に回った腕の力が強くなったような気がした。二人の間を移る温もりを十二分に感じる。真実が何かなんて今はまだわからない。けれど、もしたどり着ける可能性があるなら、知りたいとも思う。彼の肩口に顔を預けて前を見据えたまま…私は仮説でもないある仮定を述べた。
「太古の昔から天の遣いに関する伝承があるのを、聞いた事があります。その正体は太陽に住むという三本足の黒い烏。名前は…“八咫烏”」
「…。その話、俺とお前だけの秘密にしろ」
「…わかりました。何だか世界の闇に触れたような気がして、怖くて今のところ誰にも言えないです。だから高杉さん…私とこの秘密を共有して下さい」
「フン。その恐怖ごと貰ってやらァ」
抱きしめられた身体がまだ小刻みに震えてる。今はこれ以上、真実について深く考えられない。これ以上踏み込めない。今はまだ。いつかその時がきたら…「
、お前はもう一般人なんて言わせやしねー。今日から鬼兵隊の船医を名乗れ」私を放さないまま、彼がそう言った。
「嘘。本当ですか!?」
「俺が今更嘘なんざつくかよ。お前はもう鬼兵隊だ。忘れるな」
高杉さんに認められた事が嬉しくて…恐怖ではない喜びの涙が滲んだ。私も一人の医者として、鬼兵隊の一員として傍にいる事ができるんだ。「私、頑張りますから!」回した腕に力を込めた。
五章、回帰 【完】
秘密共有。語られる推測…そして真実への足掛かり。そして、主人公は鬼兵隊になりました。
20170817*星宮はちこ 裏語