レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 四十五話、示されたのは交換条件】
「
。お前には攘夷組織鬼兵隊と共謀した容疑がかかっている」
突然降って来た言葉に私は瞬きを繰り返す他なかった。 攘夷組織鬼兵隊って、何?共謀罪って? 驚いた表情を見せる私に構わず男は続ける。 このままいけば間違いなく逮捕。牢獄に入ったまま出てこれない…のはいい方で、裁判の結果次第では即日斬首の可能性もありえると言う。 え、私…本当に何をしたの?斬首って指名手配されている極悪人が見世物にされながら殺されるやつでは…? 「あの」と申し訳なさそうに切り出す。「何だ」変わらず無愛想な返事。
「おっしゃっている言葉の意味がわからないのですが」
一際強く睨みつけられて肩が震える。昨日の今日で間は空白。私がどうしてここにいるのかすらも皆目見当がつかない。 ここで「ハイそうですかすいませんでした」なんて言える人間などいないだろう。もしやこの人ジャック先生から記憶喪失の件は伝わっていないのだろうか。
「実は…その、ここ一年くらいの記憶が無くて。大江戸病院を退職した後から先日ここに運び込まれてくるまで、何も覚えてません」
「嘘吐くならもっとマシな嘘吐くんだな」
「本当です!何も…。気付いたら埠頭にいました。刀を持った浪士に取り囲まれてて必死に逃げたんです!首謀者の女に銃を向けられて、撃たれて…」
昨夜緊急搬送されて来たんだよ…と、婦長の言葉が浮かぶ。
―ヒュンッ と扉も窓も閉じた室内で風を切る音が聞こえたと思ったら髪が揺れる。男が抜いた刀の切っ先が私に向けられていた。「相手は鬼兵隊だ容赦はしねぇ」見下ろす瞳には躊躇いはない。 斬ると決めたら間違いなく斬る…そんな瞳をしていた。 この刃はお遊びでも何でもない。なぜ、どうして。嫌だ…死にたくない。 いつの間にか私の心は動揺と恐怖に満ちていた。
「おいおいおい…良いんですかィ?嗜虐趣味満喫中の所申し訳ないが、副長が被疑者殺っちまったなんてとんだスキャンダルですぜ」
「外で待ってろ」
声がしたと思ったら、同じ隊服を纏い栗色の髪をした童顔の青年が、腕を組みながら開いた戸口にもたれ掛かっていた。 「ここで良いや」しかし青年は動く様子もない。目の前の男もそれを咎めることはしなかった。
「
邸襲撃事件の後、お前は行方を眩ませた」
男が語り始めるところには、何でも鬼兵隊という攘夷組織が
邸襲撃事件を起こしたと言う。現場の混乱に乗じて私は行方不明。 建前上、重症で入院ということになっているらしい。だが実際に病院にいるはずの私には面会が許されていないのだという。 実際の私は鬼兵隊に誘拐され、あるいは何らかの意思を以て彼らに協力。 そして大量破壊兵器の開発を行った…らしいのだ。寝耳に水とはこのことだ。
「全くもって意味不明です。私が犯罪集団に協力するなんて!何かの間違いです!」
「俺らも何かの間違いかと思ったが、証拠だってある」
男は上着の中から何やら紙を取り出した。 バサバサと乾いた音を立てて広げるそれを私に差し出してくる。 「お前の所持品だ。一応コピーだがな」ゆっくりと受け取って一先ず内容を検める。
“鬼兵隊、開発兵器詳細設計図”
“化学兵器、使用:VX”
“生物兵器、使用:T2ウイルス”
一般人にはそうでもないかもしれないが、専門的に化学あるいは生物に関わる人には有名な物質やらが目に留まる。 どちらも特級危険物だ。上の化学兵器はミサイルの中に組み込まれる形になっており、遠くからの攻撃が可能。 生物兵器の方はあらかじめ設置し時限爆弾の要領で広めることが可能。 電気的な設計図は詳しくはわからないけれど要はそう言うことなのだ。 そしてその設計図の最後には“
”の名前が書かれてある。偽造の可能性も無いとは言えないが、見る限り私のサインに瓜二つ。 僅かな癖までピッタリ一致している。おまけに随所に書き込まれた言葉の筆跡さえも、私の字そのままである。
「嘘だ。そんな!私が」
わからない。私が失った空白の時間が。 何も思い出せない。私が攘夷組織に協力し誰かを殺す兵器を作っていたなんて。 …嘘だ。何かの間違いだ。布団を握る手が震えている。真選組の目は変わらず冷たい。
「だがしかし、最後の善意か…お前は奴らにとってミスを犯した。 それが何かはわからねぇ。俺らは鬼兵隊が知られたくなかった情報を盗んだと踏んでいる。 この兵器の設計図や他の何かか。不利益であることに違いねぇ」
「情報を盗んだ…?」
ああ、と男が頷く。嫌に病室がシンと静まりかえっている。 心音が体全体に響いているように感じる。 男の向ける刃の切っ先がキラリと光を反射させた。
「お前は鬼兵隊から命を狙われている」
真選組の男はそう言い放った。今日何度目かの衝撃。ただ伝えられた事実がビリビリと脳を震わせていく。 攘夷組織が私を殺そうとしている。 彼らの迅速な捜査により、埠頭で私を襲ったのは攘夷組織の中でも特に危険と謳われる “鬼兵隊”という一団である事が判明しているという。 攘夷組織、ましてや鬼兵隊なんて聞いたこともない。今まで攘夷組織どころかチンピラの集団にさえ縁がなかったくらいだ。 そんな私が、攘夷組織で兵器を開発していたなんて。そして攘夷組織にさえも追われているなんて。 自らの腕を抱え、無意識に爪が二の腕に食い込む。私は。私は。私は…
「さて取引といこうじゃねーか。鬼兵隊に最も近い女。 記憶喪失なのは想定外だったが、奴らは必ずお前に接触し殺しにくる。 そんなチャンスをみすみす逃すさねぇ」
構えなおした切っ先が再び光を放つ。 言っておくがお前に拒否権はない…と前置きを。
「お前の身柄は俺らは真選組が預かる。よって命の保証はしよう。 だが思い出した記憶全ての自供と奴らをおびき出す際の真選組への全面協力を約束してもらう」
「それは…勿論、協力します」
自らの罪や恐怖から逃れるためだろうか。私はその条件を飲んだ。 大江戸病院の退院と真選組への身柄の移動は、手続きの都合上明後日と告げられた。 その間もいつどこで攘夷組織の接触があるかわからない。 念の為、真選組による見張りを置くと告げられる。診断書やら書類の受け取りの為に黒い隊服が退室した。 部屋は再び無音。
嘘だと思いたかった。 私が犯罪者に手を貸して兵器を開発していたなんて…辿ってみても空白には何も残っていない。 男の言葉を聞いてから頭が混乱していた。考えただけで恐ろしい。 感情が不安定。「嘘だ。どうして」知らず間に涙が溢れていた。
真選組が病院を去ったのだろう。涙が枯れて少し経ってから、水野さんが小走りに病室を訪ねてきてくれた。
なぜ、どうして。鬼兵隊に行った経緯はメタ的にご存じですが、こうなった(裏切った)経緯については答え合わせをお待ちください。
20200101*星宮はちこ 裏語