レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 四十六話、収まったのは新たな居場所】


翌日早朝。大江戸病院関係者用出入り口に一台のパトカーが到着した。降りて来たのは男が二人。どちらもの部屋にいた真選組隊士だった。数少ない荷物が入った風呂敷包みを持った私は、婦長から頂いた着物を纏っている。緊急搬送されて来たからだろう、気づいた時には患者用の服を着ていたのだが、外を出歩ける服など持っていなかったからとてもありがたい。婦長には重々お礼を言った。


「さて身柄の引き渡しだ。何度でも言おう、お前の身の安全は俺らが守る…と。以前にも約束したんだが覚えちゃいねーよな」


以前?どこで?首を傾げていると「忘れろ」とそっぽを向かれてしまった。ツンデレか。真選組にお世話になったことはないはずなのに、恐らく家襲撃事件の関係だろう。いずれ、彼らにはことの顛末を聞かなければ。後ろを振り向くとお世話になった皆が並んでいる。

ちゃん、元気でね!私たちのことは忘れないで頂戴ね」
「もう患者で戻ってくんじゃないわよ!」
「これは我々からの退院祝いだ。受け取ってくれ」

ジャック先生から大きな花束とプレゼントを頂いた。一人ずつハグをして感謝の言葉を贈る。「皆さんお世話になりました。今までありがとうございました」最後に深く礼をする。感極まって溢れそうな涙を必死に抑えて、私は上半身を起こした。今日でこの病院ともお別れだ。行き先は真選組屯所…恐らく軟禁状態になるであろうことが想像できる。


*****


促されるまま後部席に乗り込む。扉が閉まるとパトカーが走り出し、景色が流れていく。病院はあっという間に遠ざかった。運転手は例の副長さんで私の隣には栗色の髪の青年が座っていた。

「これからが本当の地獄になりやすぜィ大江戸花子」
「それ偽名です。私の本名はと申します」
「しかたねーな。長いから花子…も長いから“メス豚”って呼んでやるよ」
「え?いや、省略しきれてないしむしろ長いし、メ…メスブタって…」

この人いきなり何を言い出したのだろうか。会話の内容についていけない。運転席から「総悟」と窘める声が聞こえて、フンと隣の青年は黙り込んだ。チラリとその青年の横顔を盗み見る。青年は窓の出っ張りに肘を乗せて頬杖を付きながら外を眺めていた。恐らく私より年下だろう。丸い目が可愛らしいと言えば可愛らしいのだが、さっきの発言は…一体何だったのだろうか。


「さっきから何?俺の顔に何かついてんの?」


青年が外を眺めながらそう呟いた。窓越しの視線が私のものと交わる。彼は外なんか見ていない、ずっと私を観察していたのだ。それを知った時少しだけ動揺してしまった。「いえ。何も…。お若いなと思っただけです」彼の視線から逃れるように前を向く。次はルームミラー越しに運転手の視線を感じる。狭い車内で私は観察あるいは監視されているのがわかる。居た堪れなくなって、頂いた花を抱えながら視線を下げた。
走り始めて十五分くらいだろうか。閑静な住宅街を抜けたと思ったら大きな門が見えてきた。ここが屯所だろうと思った直感は正解だったらしくパトカーはその中へと入っていく。車両用の裏口なのだろうか、他にもパトカーが数台停まっているのが見えた。進行方向をグルリと反転させて空いたスペースにバックで駐車すると「着いたぞ、降りろ」と声をかけられた。

「そう言えば俺ら何か忘れてねーか?」
「いや全部引っくるめて持ってきたはずですぜィ」

扉を閉めた土方さんが忘れ物を気にしている。私の荷物は僅かで忘れ物が出来るような量ではない。風呂敷包みと花束を抱えてパトカーを降りた。久方ぶりに両足で地面を踏みしめたような気がする。病室でも立ち上がってリハビリがてら室内を歩いていたがそれとは比べ物にもならない感覚だ。外の空気も格別。促されるまま副長さんの後に続き敷地内を移動する。大きな日本家屋が続いている真選組屯所は、表門方向は人(あるいは客)の出入りを考慮して事務所などが設置され、奥に進むごとに隊士の居住空間になっているとのこと。


「言っておくがここは宿泊施設でも保護施設でもねぇ。女はお前一人。その点弁えて節度ある行動をしてもらおう。今まで以上に不自由な生活になるだろう。まあ、今回の保護の件は 局長である近藤さんも首を縦に振っている。…そう畏るこたァねぇよ」


先ずは真選組のトップである近藤さんという方に挨拶をすると言われて頷く。いつの間にか砂利から土続きになった道を進んだ。ブンブンと風を切る音が聞こえてくると、建屋の角を曲がった瞬間、中庭とも思える広い空間にたどり着いた。


「近藤さん連れてきたぜ…」
「ああ、トシ。おはよう」

「って!待っ!」


その景色を捉えた瞬間、私は声を上げて後ろを向いた。ぜ、全裸の男性がいたからだ。手には木刀のような物を持ち、恐らく素振りでもしていたのだろう。しかし人が訪れることも無いのはわかるが、何も纏っていないなんて思いもしなかった。


「ってオィイイイ!!!近藤さん今日は例の女連れてくるって言っただろ!?何で全裸でウエルカムしてんの?」
「近藤さん今日も調子良さそうですぜィ」
「え、あ、朝から気持ちが良くてな。人類産まれた時は皆裸族だぞ。解放感を大切に森羅万象全てを一つにしてだな…」
「とっとと服を着てくれ。公然猥褻でしょっ引かなくちゃならねぇからな」


いいぞ、と声をかけられて再び前を向く。すると肩に黒い上着を掛けた例の男性は、その下はやっぱり裸で局所を両手で隠していた。え、服着るってこんな感じだっけ?上の隊服はこの際着なくてもいいから、せめてパンツくらいは履いていて欲しいものだが。隊士二人はそれ以上は何も言う様子はないようだ。


家ご令嬢、殿。久方ぶりの再会ですな。真選組局長の近藤勲と申します。ご存知かもしれませんが…いや今は記憶がないのでしたか。我々は全力で君の命を守る。安心してくれ。ここは野郎ばっかで不自由させるかもしれんが」
「此度はご迷惑をおかけします。どうぞよろしくお願い致します」


私が頭を下げると、「気楽にしてくれ」近藤さんは右手を差し出した。えっと…この人今まで局所を押さえてなかったっけ?両手で。今は片手で押さえているけど。少し、いやかなり躊躇った後に私はその手を握った。手を洗おう、出来るだけ早く。アルコール噴霧もしておきたいところだ。「皆の紹介も頼む」彼は大雑把に笑う。

「真選組副長、土方十四郎だ」
「真選組一番隊隊長、沖田総悟」

よろしくお願いしますと頭を下げた。土方さんはちょくちょく病室に顔を出されていたので(と言っても、特別愛想が良くはなかったので内野さんを始め婦長からの印象は良くなかった)覚えていたが、栗色の髪の青年…沖田さんは始めて紹介を受けた。しかし当の彼は両手を上着のポケットに入れてどこ吹く風…こちらには興味ないらしい。


「いやー真選組創設以来の女性の受け入れに、実は我らも色々戸惑っていてな。まあ、今回はあの総悟が面倒見てやると自分から積極的に言い出したんだ。君の受け入れに奴の成長を見込んでいるからな」
「成長…ですか?」
「まあよろしく頼むよ。総悟、彼女を部屋まで案内してやってくれ!」


来い、とばかりにチラッと振り返ると沖田さんはズンズンと一人で進んでいく。後を追おうと足を踏み込んだ時だった。「オイ」土方さんの声がした。

「奴には気をつけろ。何か不利益を被ったら俺に言え」
「は…承知、しました」

不利益?って何?そう言えばあの可愛らしい顔には似合わず、恐ろしい言葉を発していたけれど。そのまま立ち尽くしていると「早くしてくれねーですかィ」なんて声が聞こえて、視線を上げた。沖田さんが立ち止まりこちらを振り返っている。「今行きます」近藤さんと土方さんにお辞儀して彼の後を追った。今の所、建屋内には入らず庭を移動するらしい。


「あの、少しお手洗いに行きたいのですが」
「おーそれは厄介だ。何でも野郎ばっかの屯所でさァ」
「やっぱり設置場所も限られているんですね」


無理もない。彼曰く、表口に近い一箇所しか女子用厠はないらしい。それも滅多に利用しないので、清掃はされているものの綺麗かどうかの保証はないとのこと。家屋を何棟か回り込むと、表玄関口にたどり着いた。「ここから中」と玄関から入る彼に習い靴を脱ぐ。外からの客も訪れるのだろうとても小綺麗だった。
廊下を奥に進むとすぐに厠が目に留まった。軽く声をかけて私は女子用厠に入った。先ずは手を洗おう。沖田さんの言葉通りに広くもなくそう綺麗でもないが、そもそも使用感が無いとでも言うべきか。石鹸ポンプを二押しして丁寧に洗浄する。アルコールがあったので一振り…先ずは消毒完了。念のため、お手洗いも借りることにした。いつ何処で何があるかはわからない。出来る時に済ませるのが一番だから。

「お待たせしました」

外に出ると廊下にもたれかかった彼が姿勢を起こす。沖田さんはそのまま何も言わずに廊下を進んだ。病院を出たのが早朝だったので、今はまだ人々が動き始める朝の時間帯だ。閉じられた襖の奥には人の気配や話し声を感じるが出会うことはない。二、三度角を曲がると、縁側沿いの人気のない静かな一角にたどり着いた。庭には大きな木々や花が見える。徐に廊下沿いの障子を開くとこじんまりとした部屋。六畳ぐらいだろうか。それでも立派な部屋だ。


「ここがお前の部屋でィ。安心しろ俺の部屋も近いから何かあったら叫ぶなりすれば誰かが飛んでくんだろ」
「ありがとうございます」
「さっきも行ったがここは野郎の巣窟。自分の身は自分で守るんだな。ま、近藤さんもそこんとこ考えたらしいんで、この部屋には特別仕様で鍵がついてるんでさァ」


と、彼が指差したのは、よくよく見たことがある鍵だ。主にゴミ収集場所とかで見るやつ。二枚の引き戸にそれぞれ金具が付いていて、一つは長い金属の板(穴付き)で、もう一つは回転する輪っかが付いているもの。輪っかを横向きにして金属の板の穴を通し、南京錠を付けるやつ。これ施錠が一方方向なんだけど…。主に外側からしか触れないやつ。

「これって…外側から?え?」
「ああ、嬉しいだろ」

私が室内にいる時はどうすれば良いのだろうか。そう疑問を投げかけようとしたら、沖田さんは部屋に入っていく。「あの…」恐る恐る声をかけると彼がこちらを振り返り、ジッとこちらを見つめているではないか。「忘れてた。これ」と、彼の手にあったのは黒い輪っか。反射的に受けとって見ると、細いベルトのような仕様で金属の金具が付いた…

「首輪…?」

え、何これ渡されてんの私。これ犬猫用とかじゃないの。いやこんな堅い革製のペット用首輪なんて見たことがない。


「俺もずっと考えてやした。家は幕府に仕える由緒正しい家系。流石にメス豚扱いは気が引ける…ってなわけで、今日からお前“メス猫”だから」
「あの、意味がわからないんですが」
「土方さんも悪い人だ。仕込みばっか俺に任せて自分は美味しい所取りなんて。いや、俺も本当はんなことしたくはないんでさァ」


仕込み・美味しい所取り?何そのワード。首を傾げていると沖田さんは申し訳なさそうに口を開いた。
「お前、野郎の巣窟に女一人でノコノコやってきてお姫様扱いは都合が良すぎんだろ」曰く、私に課せられたのは真選組隊士の夜伽の相手。 今や数十人以上いる隊士は日夜、巡察や攘夷組織の対応に明け暮れ、江戸市民の大半からは煙たがられる存在。イモ臭い野郎の集団となればもちろん女が出来ることも少ない。 おまけに幕府から渡される給金にも限りがあり、風俗に通うことも叶わない。…というわけで、土方の提案で少し前に上層部と掛け合って非公式で屯所に色々な欲望(主に性欲)の処理担当を設けることになったという。 前任の人は丁度体調を崩してお暇をもらい、後任を探していた所…攘夷組織と繋がりがあるであろう上と交渉しやすそうな女(私)を発見。顔も良く、先の事件で世間的には存在を消されており、 調べてみると記憶喪失で縋る所は何処にもない…と正しく都合が良い女だったので、あれこれ理由を付けて引き取ったのだ。屯所内には様々な性癖を持った人間が居るが、基本的にM女に仕立てておけばどんなプレイでも対応可能なのは実証済み。今回のメス豚…いやメス猫計画の調教人として沖田が選ばれた…とのこと。


「嘘…そんな…」
「まあ調教人が俺で良かったなァ。アイツ(土方)だったならもう陽の下を歩けやせんぜ」


彼の言葉に衝撃を受けて体全体から力が抜けた。その場にしゃがみこむ。私が攘夷組織に命を狙われていると言うのも、ここに連れてくる為の口実で嘘だったのだろうか。それに夜伽の相手なんて!非人道的にも程があるだろう。心臓がバクバクと酷い音を立てている。ーガチャリ と、金属音がしたかと思えば、首元に首輪が繋がれていた。金具には長い鎖が伸びており端は沖田が手にしている。

「さ、調教開始。っても、こんなに優しいのは屯所じゃあ俺だけだから。他の野郎は仕込む前から自分の性癖丸出しで調教途中で壊れる子が多いんでさァ」
「嘘。嫌!やめて…やめて下さい!」

鎖が引かれる毎にジャラジャラと音がする。引かれるまま、意に背いて体が動き沖田さんが背後から私の耳元に口を寄せた。甘く痺れるような低い…それでもまだ青年の若い声が直接脳に響いてくるようだ。


「優しいっていっただろ?ちゃんと女子用の厠行かせたはずだぜ。土方だったらどうしてたと思う?縁側で全隊士の集めてよォ。みんなが見てる前で股開いてさせてたぜィ」
「酷い…」
「間違いなくお前に“人権”なんて無かった。そりゃあそうだろ、家畜から昇進してもまだ愛玩動物止まりなんだからな」
「…ぁ」


背後から回る男の手指がそっと私の唇をなぞる。その間も鎖を引かれて自由を許されない。蒸し暑いような土っぽいような、沖田さんの隊服の匂いが私を包み離さない。 「俺の声。俺の手。俺の匂い。全部覚えな。ここ(屯所)で人並みに生きていくには俺に縋っていた方が楽だぜィ」声を出そうと思ったら人差し指が咥内に入り込む。 耳元で「噛むなよ」と命令が響く。舌の上を弄ぶように指が動いた。
喉元に届く指のせいで苦しい。わずかに働いていた正常な思考が薄れていく中で、沖田さんの声が木霊した。ここで人らしく、真面に生きていくためには沖田さんを頼るしかない? 土方さんは?真選組副長は“鬼の副長”と恐れられているという。その真意は人を人とも思わない極悪非道な姿を示しているらしい。


「そうだな。俺の事は“ご主人様”って呼ばしてやるよ。ほら呼んでみろ」
「んっ!んっ、はぁ…」
「おー悪いな。喉まで突っ込んでたら言葉も出ねえな」


僅かな嗚咽の後で私は乱れた息を取り戻す。それが気に入らないのか、沖田さんは今一度鎖を引く。土方にも調教完了を報告する為にも先ずは私にそう呼ばせたいらしい。

「ご…主人…様」
「聞こえねーなァメス猫」
「ひぃ。…ご主人様」

まあ初めてにしては上出来か、と冷徹だった表情を一変させて和かに微笑む。猫にするように頭を優しく撫で、その手が耳沿いに首元に降りる。あれ…どうしてだろう。その声と仕草に安心感を覚えてしまっている私がいるのだ。「オイ。飯だぞ」閉まっていた障子が乱暴に開いた。二人してそちらに視線を寄越すと、土方さんがこちらを見て固まっているのだ。


「副長。の調教完了でさァ。ほら、お前も何か言ってみろ」
「はい…ご、主人様。土方さんお願いです。これからも私に厠を使わせてください」


私の言葉を聞いて土方さんの咥えていた煙草が音もなく転がった。


真選組幹部とのつながりが始まります。関係性等は裏語をご覧ください。
20200209*星宮はちこ   裏語