レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 四十七話、従うのはご主人様】


土方さんの煙草が廊下に転がった。火がついたままななので、火事が心配だ。全てを見ている彼の目が血走っている様にも思える。


「って、オィィィィィ!!お前等何してんのォォ!?」
「え?だから土方さんのご要望通りに調教を…」
「俺がいつんなこと言ったァ!!調のチョの字も言ってねぇわ。!お前も何コイツにいい様にされてやがんだ!!疑問を持てやコラ!!」
「いえ。私がここで生きていく為には誰をご主人様にするかが重要かと思いまして…」


彼が手にした鎖を引くと勢いで私はご主人様の腕の中。土方さんの下に付いたら、満足にお手洗いも行かせて頂けないのだ。おまけに夜伽とか…想像しただけで吐き気がする。その点沖田さんの下にいれば女子用の厠を使用してもいいし、夜伽もさせないと約束してくれた。ならば私は沖田さんについて行くのみだ。


「総悟お前…全部仕組んでたな」
「そりゃあとんだ飛び火ですぜ。俺ァ言われるがままメス猫量産してたんでさァ。っと、俺ァ食堂で朝飯食ってっからお前はソイツと飯でも食ってな」


えっ!?まさかの土方さんとこの部屋で?
いきなり二人きりなんて…怖いと思っていたら、それは表情にも出ていたらしい。土方さんが舌打ちを一つ立てると私の前にドカッと腰を降ろした。「食え」と瞳孔の開いた瞳が睨みつけてくるではないか。彼の一挙手一投足に肩をビクビク震わせながらも、お腹は減っている。背に腹は変えられないと私は両手を合わせた。

「いただきます」

私の動作全てが見られている。それも沖田さんの言うあの土方さんに、である。あのまま沖田さんの下にいた方が良かったのではないか。
静か。それでいて居心地はあまり良くない。しかし料理はとても美味しいのである。「食べながら聞け」と声がして私は頷いた。「総悟の言った事やった事…主に俺に関する事全部忘れろ」頭を掻きながら彼はそう言った。ついでに奴に何を言われたのかも聞かれたので、箸を置いて正直に答える。今回の私の身柄保護は、真選組のある仕事の人員補給の為に行われた事。それは欲望処理目的のものであり厠にも満足に行けず、夜毎に隊士のお相手をするというもの。沖田さんの下でなら優しく扱って頂け、土方さんの場合はそれはとても酷いものだということ。私の言葉を聞きながら土方さんが項垂れた。


「あーわかった。もういい。それ全部、総悟の嘘だ」
「私には与えられた事実しか信用できません」
「先ずはその首輪取れ。人権問題で訴えられたら面倒だ」


彼の手が伸びてきたことに思わず反応してしまう。首元に触れそうになった時だった。「いや!触らないで下さい」反射的に私の手が土方さんの体を押した。バランスを崩した彼が掴んだのは私の首輪に繋がる鎖だった。首ごと体を引かれる。僅かに見開いた彼の瞼。そのまま私は畳の上に投げ出された…はずだった。しかし体にはその衝撃はない。ただ何かに当たっているのはわかる。固く閉じた瞼を恐る恐る開くとそこには驚きの光景があった。

「…土方さん?」

床に仰向けに転がった土方さんの上に横たわる私。背中に回る腕。「ってぇーなコノヤロー」頭を押さえながら彼が体を動かそうとするも、私が上にいるので満足には動かない。その時だった。パシャリとフラッシュが焚かれ、こちらをニヤニヤと笑いながらカメラを持つ沖田さんの姿があった。「これはいいもんが撮れやしたァ」真選組副長のスキャンダルだと意気揚々とカメラを掲げる。その沖田さんの表情たるや。悪ガキそのもの。


「おい待て総悟!これは誤解だ」
「いやぁー被疑者に首輪と鎖つけて調教なんて副長もいいご身分で」
「いやこれ着けたのも調教したのも全部お前ェェェ!!待てやゴラァアア!!」


私が彼の上を退くと途端に起き上がりカメラを持った沖田さんを追う。一方の彼は掲げたカメラをエサに、土方さんの追跡を嘲笑っている。逃亡は屋内に留まらずに庭まで広がっていた。その光景はまるで悪ガキを追うお兄さんだ。

「うふふ…」

起き上がった私は縁側で笑っていた。廊下の奥から、今度はちゃんと服を着た近藤さんがやって来る。二人が鬼ごっこをしている風景を眺めながら「何?また二人で楽しくやっているのか」なんて言っているので、この風景はいつものことなのだろう。何だかんだ仲良しなのかも。
私の姿を見た近藤さんが一瞬だけ足を止めてこちらを見ていたけれど、すぐに動き出して私の横まで歩いて来た。


「お食事も終わったようですな。広間に全隊士を集めていますので。皆に紹介をしよう。貴女の存在は公には出来ないけれど、見ず知らずの女性が屯所をウロついているのは流石にマズい。隊士には女中ということで紹介しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「ってトシに総悟!まだ追いかけっこしてんの?広間に集合だって聞こえた?そう言えば病院に山崎を置いてきたそうだな!さっき帰ってきたんだがぶつくさ言ってたぞ!」


あ、お二人が言っていた忘れ物って山崎さんのことだったんだ。確かに存在を忘れていた。私でさえも…ということは黙っておこう。目の前では逃亡劇が未だ繰り広げられている。ついには土方さんが抜き身の刀を振り回しカメラを真っ二つ!凄い!「あーあ折角のスキャンダルが台無しですぜィ」と他人事な沖田さんがこちら側に戻ってきた。「行くぞメス猫」そう声をかけられて、「ええ。ご主人様」私も応じた。

「ってご主人様ァ!?いつの間に首輪着いてんのォ?」

勢いよく近藤さんが私を見る。


「ぜんぶ総悟の悪戯だ。まんまと乗せられちまったぜ。オイいい加減首輪取れ!!」
「え?ああ、そうですね」


そう言って私は首輪に繋がった鎖だけを外した。

「俺の話聞いてたか。首輪取れって言ってんだ」
「いえ。これは頂いておきます。外そうと思えばいつだって外せますから」

そう言って私は沖田さんの後ろを追った。後ろからため息が聞こえたと思うと私の隣に近藤さんが並ぶ。「まあ気軽に行こう。な、トシ」そう彼が後ろに声をかけたら、再びのため息の後に廊下を進む足音が増えた。


*****


先ずはここで待っててくれと言われて薄暗い屋内の廊下で一時待機。他の三人は部屋の奥に入っていった。何やら近藤さんの声がして男性のザワザワとした声がする。「いいよ入ってきて!」と軽快な声が聞こえたので、私はその場に座り込み片手で襖を少し開けた。次に反対の手で襖をゆっくり開く、頭を下げて「失礼します」と断りを入れてゆっくりと頭を上げた。

「…」

好奇の眼差しが一斉に向けられたのがわかる。おまけに「おぉおおー!」と声援の様な野太い声付きで。そこはとても広い部屋だった。数十人いるという隊士が全て座れるほどに。しかし姿勢を崩した隊士が主に前側に詰め寄ってきている状況だった。密度のバランスが崩れかけている。誰かが倒れでもしたら一大事だなと心配した。私は部屋に入ると促されるまま前方の、近藤さんと土方さんが座られている隣に腰を下ろした。沖田さんは隊士側の最前列にいるようだ。


「こちらがうちで預かる事になった君だ。言っておくが彼女の存在は他言無用。そこんとこよろしく頼む。面目上は女中ってことで!さ、自己紹介して」
「真選組皆様、これからお世話になりますと申します。一時的な記憶障害で、その節はお世話になった事と思いますが全て覚えておりません。どうぞよろしくお願い致します」


両手を付いて深く頭を下げると野太い声(その2)と盛大な拍手を浴びた。


「言っておくが、今回の事態はの身の安全を考慮した結果である。狙うのはあの鬼兵隊だ。いつどこで奴らの刺客がいるかもわからねぇ。近藤さんの言う通り女の存在は絶対秘匿せよ。背けば厳重な処分を下すことを忘れるな」


流石、鬼の副長と呼ばれる土方さんだ(これは沖田さんに聞いた)。彼が口を開けば、浮かれていた隊士が皆口を閉ざし押し黙る。会がお開きになると皆がそれぞれの持ち場に散って行き、広い部屋はあっという間に人がいなくなってしまった。「来い」呼ばれて付いて行くまま私は土方さんの仕事部屋(と言っているけれど恐らく自室)にたどり着く。


「総悟から聞いた。俺に聞きたいことがあると?」
「はい。私の実家に連絡を入れたいのですが、禁止されていると伺いましたので」


私の言葉を聞いてだろうか「煙草吸うぞ」土方さんが胸元から箱を取り出した。火をつけると独特な香りがする。それを嗅いだからだろうか…頭の片隅の…奥底で、一瞬だけ何かが過ったような気がする。何だろう…。「おい」呼ぶ声が意識を現実に引き戻してくれた。


「正直に言う。お前の家に使用人がいるだろう。俺は奴らを信用しちゃいねぇ」
「それはどう言う意味ですか」
邸襲撃事件の後、記録上お前は大学病院で入院中になっている。だが何度面会を求めても奴らは首を縦に振らなかった。俺らは今までお前の存在を確認することは出来なかった」


煙草を口に含むと煙を吐き出す。「それがこの様だ」彼の瞳が私を捉えて放さない。記憶はないけれど私は大学病院ではなく埠頭にいた。そして鬼兵隊との関係を持っていた。「端っから取り合わねえ所どうも胡散臭ぇ」と彼は付け加えた。どうやら鬼兵隊との繋がりも疑っているようだ。


「少し調べさせて貰ったが、使用人トップ二人の情報は不審点もなく完璧。だがどうやら記録に残らない裏事情がある。ついでに事件以降、裏で色々やらかしていると言う情報も。確証はないが。そこまで足を付けた所で上からストップがかかったもんでな」


それ以上の追求はしていないらしい。資料だ、と例の“邸襲撃事件”の捜査資料のコピーが手渡される。内容を読み進めると、義理の父である怜一郎ととある星の天人との友好関係の締結と仮面舞踏会、並びに娘であるの婚約発表会が開かれるはずだった。仮面舞踏会最中に鬼兵隊が会場の電気系統を破壊し暗転させて襲撃、攘夷組織と真選組の戦闘に至った。鬼兵隊が北の塔に撤退。会場から行方を眩ませた怜一郎と娘は何故か北の天体観測塔上に居たと思われ、同塔は鬼兵隊による爆破を受け怜一郎の遺体のみ発見された。鬼兵隊の逃走手段として小型の飛行船が確認されている。また、鬼兵隊との関係は不明だが、建屋屋上で銃を持った狙撃手の遺体も数名発見されているという。


「義理の父に呼び出されて…大江戸病院を退職して…見合いをさせられる所までは覚えています。でもその後は…」
「心配するな。ゆっくり思い出せばいい。その事件で俺はお前に言ったんだよ“俺ら真選組がお前の命を守る”ってな。その続きといこうじゃねーか」
「ありがとうございます。私の使用人の件ですが、彼らは唯の使用人ではありません。裏ではボディガードとしての役割を兼ねています」


お前に?と、わかりやすい疑問を向けられた。それもそうだ。幕府にお仕えする身分だが家は貴族や官僚のそれではない。その娘に家庭教師を持たせるわけでもなく身辺警護者を付かせたのだから。実際には家庭教師も別にいたけれど。
「理由はわかりません。でも…」あの家の人間として、外に出るときは常に側に居てくれた。戦闘能力も身体能力も高いのは目にしているが、実際に私が襲われたこともない。つまり彼らの実戦は目の当たりにした事がないのだ。「身辺警護をつけると言うなら…両親の方が適任だったのかもしれませんね」父は実験中の爆発事故で、母は交通事故で死んでしまった。彼らが傍にいてくれたら、もしかしたら…。
そして、私には誰も残らなかった。


「彼らを信じるも信じないも皆さん次第。あなた方が連絡を禁じるならば私は従います」


連絡でもしたら飛んでやってくるのだろう。あるいは今も私を探しているのだろうか。誰か別人を私と思って入院させているのか。彼らは私に起こった何かを知っているのだろうか。真実はわからない。


「まあその、あれだ。ここでゆっくり記憶を…って!!」


突如、風を切る音がしたと思ったら私の体が横に飛んだ。違う。土方さんの体が私の体を勢い良く突き飛ばしたのだ。横向きに倒れる体には土方さんの手が回り、床に倒れた痛みはない。上からのし掛かった体が重いといえば重いけど。ーダンッ と床の地響きと酷い音が聞こえたような気がする。倒れた拍子に閉じた瞼を恐る恐る開くと私がいた所に木刀の様なものが振り落とされ、畳が裂け床材が割れていた。振り主はもちろん沖田さんだった。


「てめぇ殺す気かァァァ!!」
「いやぁー。いっぺん頭ぶっ叩いたら記憶が戻ってくるんでねぇかと思ったんですがねィ」
「何の理論?暴力療法!?打ち所悪けりゃお陀仏だぞ!?」
「土方さんが死んでくれるなら何でもいいや」
「オイコラ何つった?」
「あの…すみません…」


今の状況を説明しておこう。土方さんが、振り落とされる木刀の様なもの(あくまで、木刀の様なものである)から私を救って下さったのだけれど。体ごと土方さんに押し飛ばされて…そのまま下敷きになっているのである。ピタリとくっついた身体に互いの熱が移りそうだ。それぐらい、近い。「悪ぃ」と重りが飛び退いた。居た堪れないので互いに視線を合わさずに反対側を向いている。冷めた眼差しが私たちを見下ろしていた。


「飽きた」


その声に空気が一変した様な気がする。沖田さんはただそれだけを呟くとズカズカと歩き出し、開いた縁側へと出てしまう。「メス猫」と吐き捨てる様な台詞。「茶番は終了でさァ。首輪も外せ。後は勝手にしな」続く土方さんの言葉で彼は止まらない。「ご主人様?」そのまま何処かへ行こうとする彼を呼び止めた。振り返りはしてくれないけれど足はその場に留まった。その名で呼ぶんじゃねぇとは言われたけれども。


「首輪は記念に頂いておきます。もし貴女が私を“メス猫”と呼ぶなら貴方は私の“ご主人様”です。“”と呼んで下さるなら私も名前で呼びます」


呼称に執着はないのであとは彼次第だ。「うるせー。くそ女(アマ)」でも悪態は許さない。そんな悪ガキ(恐らく年下だろう)にはお仕置きを。仏の顔は三度まで…今何度目だ? 通る声で、まるで病院の子供達に言い聞かせるように優しく廊下の彼に告げた。「コラ総ちゃん。言葉を慎んでください」驚き振り向いた彼の顔に怒りではない動揺が垣間見えたのは、きっと、見間違いではない。


ドS調教魔と出会ったらこうなる。きっと。そして、次も中2程度のえろ入ります。土下座。
20200419*星宮はちこ   裏語