レプリカ虚像乙女
【第六章、忘却 四十九話、繕うのは小さな絆】


騒動の昼餉を終えて沖田さんの部屋を訪れてみると、丁度着替えをしている時だった。
と言っても、張りのある黒い上着は脱ぎ終わり、中に着ているのシャツのボタンを上から一つ開いている最中。それならばそうと伝えてくれればいいものの、慌てる様子もなく「何?」とあっけらかんに言われてこちらが反応に困ってしまった。慌てて襖を閉めようとしたけれど「暑かったから脱いでただけ」とボタンを二つ外した所でその場に腰を降ろした。

「俺、夕方からまた巡察だから。今は好きにしててもらって構わねーぜィ。ま、面倒は清蔵が見るだろ」

彼は夕方の巡察まで一先ず休憩のようだ。私の相手などするよりも他の業務があるのではないか、そう思い清蔵さんのお手伝いに行こうとした時だった。 脱ぎ捨てられた沖田さんの上着が目につく。正確には袖の部分。取れかけのボタンにほつれ掛かった装飾。 声をかけて室内に入ると上着を手に取る。


「ボタン、直しておきますね。裁縫道具ありますか?」
「知りやせんぜ」


まあこのような大きな組織だ無理もない。普段は隊士以外の別の方がしているのだろう。一声かけて上着を預かると、土方さんの元を訪れて裁縫道具の有無と所在について尋ねた。「あー事務所のどっかにあると思うが」二人して事務所内を探して見てもそれらしきものは見当たらない。しかし確かにここのどこかにあるらしい。積み上がった書類やらファイルやらを片付けながら裁縫道具を探す。下手な仕事を増やして申し訳ない限りだ。丸まったポスターと思しき紙を退けると古びた箱が目に留まる。昔からあるタイプの裁縫道具入れ。開くと、古びた外見とは真逆の使用感の無い新品の道具。「ありました!」道具箱を手に後ろに声をかけた。 振り返ると未整理の状態で積み上がっていた書類が雑多に散乱している。


「ったく、汚ねぇもんだ。整理は隊士に任せるからお前はそれ持って行っていいぞ」
「すみません。散らかしてしまって…」
「大体要らねぇものばっかだ。彼奴ら適当に積み上げるからな。気にすんな」


そう言うと彼は持っていた書類をまた別の所に適当に積み上げる。これは中々綺麗にならないなあと、心の中で思っておくことにしよう。顔を上げると視線の先には掲示された写真。真選組隊士の皆さんが若く可愛らしい女の子と一緒に写っていた。横にはやる気のないケンタウルスのような着ぐるみ(?)まで…後ろに血塗れの少女が乗っている? ジッと眺めていると、土方さんも私の視線に気づいたらしい。



「以前に寺門通を一日局長に迎えたことがあってな。その時の記念なんだとよ」



隊士の皆が笑顔でピースサインをしている。沖田さんは物静かにピースしているけれど。土方さんは…周囲にツッコミを入れているのだろうか、姿勢が崩れていた。 寺門通と言うのは今や有名なアイドルの女の子らしい。テレビ事情に疎い私は知らなかった。真選組のイメージアップの為に協力してもらったとのこと。他にも山に行ったのだろう写真やら土方さんの後ろ姿やら、近藤さんの全裸写真(局部はマジックで塗られていた)やら。途中から同じ女性の写真ばかりが並んでいた。綺麗な人。それも何枚も何枚も。しかしどのアングルで撮ったのだろう、視線がレンズの方を向いているものは一切なかった。あ、一枚だけこちらを見ている。次の写真は近づいてきている。次の写真は笑顔の女性と物凄い勢いでブレた腕が近づいているもの。…それより先の写真はなかった。

「それ近藤さんのだ。後で処分する」
「この女性は?」

ばつが悪そうに土方さんは教えてくれた。何でも、局長の近藤さんが惚れている人らしいのだ。へぇー。女性からは相手にはされていないらしいのだが、滾る愛情をぶつけていると言う。…。それって行きすぎたら警察案件では? 「まあこれは見なかったことにしてくれ」呆れながらそう言われたら仕方がない。近藤さんの恋模様を心の中で案じていると、無言で土方さんはそれらの写真を取り外した。代わりにと言わんばかりに、先ほど散らかした中にあった写真を数枚貼り付ける。


「っても、大変だったぜ。ちと前に近藤さんに見合いの話があってな。相手は猩々星の第三王女サマ。逆玉だったが近藤さんの心はそこにあらずで、色々あって婚約はどーにか取りやめになったって訳だ。おかげで毎日毎日押し付けられたバナナ三昧」
「そのお話は伺っています。…あら?」


土方さんが代わりに貼り付けた写真は、例の女性が笑顔で中央にいて周囲には真選組の皆さんがいて…後ろから王冠を付けたゴリラが追ってて。変だけど…楽しそうな写真だった。思わずクスリと笑ってしまうほどに。


「意もせぬ婚約など受ける気はしないでしょう。好き者同士で一緒になれることほど幸せなことはありませんわ。それこそ一緒のお墓に入る気持ちで。政略結婚は私も…」


義父の政略結婚の話は覚えていた。発表を兼ねた式典で攘夷浪士が邸を襲撃した。全てに靄が掛かって思い出せない。しかし、私なら現実を甘んじて受け入れるようなことはしないだろう。ならばきっと何かしらの対策は講じたはずだ。それが何なのか、当日に何が起こったのか…それから何をしていたのかさっぱりと消えているまま。ここにいるのは攘夷組織を裏切った私。全て思い出したらお遍路参りでもしなければいけないな、などと考え込んでいると「過ぎたことだ気にすんな。これからに目を向けろ」ぶっきら棒ながら優しい声がそっと背中を押してくれた。

私は部屋に戻って裁縫道具を広げた。取れかけのボタンは一度外して、新しく付け直す。ほつれ掛かった箇所は周囲の布を巻き込んで綺麗に縫い閉じておく。真選組は幕府から予算を頂いているものの、隊服の買い替えまでは手が回らないのだろう。それに江戸の町を動き回り攘夷組織を相手にしていれば、一般の同心と比べても隊服が傷むのも早いのではないだろうか。他にも直す箇所がないか確認しておこう。一通り綺麗にするとシワにならないように広げておく。「」と、呼ばれて振り返るとさっきぶりの土方さんが襖から顔を覗かせていた。普段なら彼も上着を着用しているのだろう。しかし今は先ほどの沖田さんのようにシャツとベストのみを纏っている状態だ。


「悪ィ。これも頼めるか」


差し出されたのは黒い上着。恐らく土方さんのものだろう。受け取ってざっと見てみると金色の装飾部分が取れ掛かっているではないか。これも彼の仕事っぷりを示しているのだろうか。「承知しました」笑顔で応じる。一般的でないけれど、何故かセットの中に入っていた金色の糸で縫い付ける。彼個人の仕事は、今のところ無いのだろう。土方さんは部屋に腰を下ろして私の手元を見ていた。修復箇所はそう大きくないので時間としては10分程度。糸の始末を付ければ出来上がりだ。

「はい出来ました!」
「器用なもんだな。助かったぜ」
「こう見えて一人暮らしが長いもので。家事は一通り」

彼は受け取った上着の修復箇所を二、三度撫でて確認している。荒っぽく動かなければそう傷むこともないだろう。多分だけど。


、服…って土方さんじゃあねーですかィ」


沖田さんが私の部屋を訪れた。土方さんの存在を認識した途端に不機嫌な様子だったけど。「どうぞ」と上着を渡す。助かりやした、と先の土方さんを見ているみたいでやっぱりクスリと笑ってしまった。私の反応に二人とも怪訝そうな顔をしていたけれど。


「仲良しですねお二人は」
「「はァ!?」」


今のところ息はピッタリだ。土方さんは冗談は止せと頭を掻いていたけれど、沖田さんは色々と気に入らないらしい。「オイメス猫ふざけんな」ご機嫌ナナメな様子で私の頭を鷲掴んでいる。痛い痛い。「お止め下さいご主人様」刷り込まれていた呼称が蘇った。「もう一度躾直してやりやすかィ」指先が顎元に降りてくる。


「それならば、せめて二人きりの時にして下さいご主人様」


私も意味深な返答に留めておいた。この短い間で気づいてしまったことがあった。沖田さんは誰かの前(土方さんなり他の隊士なり)だと積極的にメス猫呼ばわりしてくるのだが(勿論しない時もあるけれど)、二人きりの時はほとんど呼ばないのだ。さっきだってそう。彼は私のことをちゃんと“”と呼んでくれる。「フン。考えといてやりやさァ」盛大に肩を竦められた後、隊士数名が洗濯物を取り込んでいるのでその手伝いをするように言われた。どうやら清蔵さんからのヘルプが入ったらしい。大量の洗濯物…腕が鳴る。「少し失礼しますね」そう言って私は襷をかけた。


*****


日中の間に、燦々たる陽光と暖かな風を浴びて乾いた隊士の白いシャツが山積みになっている。皺にならないように広げて干しただろうに。取り込みが雑多な分、新たな皺ができてしまっていた。下っ端隊士のものは乾燥した状態そのまま渡すそうなのだが、局長を始め隊長格のものはそうはいかない。アイロン掛けをして固く仕上げなければいけないらしい。隊長格のものだけでも、十数人分。残りの隊士のものもあるので手分けして畳んだ方がいいだろう。アイロン掛けは嫌いではないが、凝りだすと中々次に行けないので、畳みの方を担当する。折り目や縫い目に沿って跡をつけると、一思いに整える。少しズレても後で微調整。


さん。この折り目、素晴らしいですね」
「清蔵さんも几帳面さが表れていますよ」


彼は手慣れた様子だ。要領を掴んだ私も次々に隊士のシャツを折りたたむ。洗いたての柔軟剤香る白色が恋しい。まるでナース服みたい。他の隊士も交代制ながら担当して長いのだろうが、大雑把なこともあり結構折り目がズレる。見兼ねて、一人の横について折り目とポイントを解説する。

「「おぉー!」」

いつの間にやら隊士に取り囲まれていた。皆が私の言葉を聞いてうんうんと頷いているではないか。「いやしかし。これで隊士の効率も完成度も上がりますな」と輪の外で清蔵さんが感心している。「初めまして!俺五番隊の仲田です」「俺は二番隊です!」「八番隊の山口です」周囲から一斉に言葉が飛んでくる。


です」


と、二度目の紹介だ。よろしくお願いしますと言うと拍手が飛び交った。「あれ程沖田さんが牽制していた貴女がここにいらっしゃるので。皆も仲良くなりたいのでしょう」手を止めないまま清蔵さんがそう語る。自己紹介後におしゃべりを挟みながらも、変な一体感が生まれた私たちはあっという間に洗濯物をたたみ終えたのだった。また明日もよろしくお願いしますと声をかけてもらい、部屋に戻る。沖田さんに、戻りましたと報告しようとしたけれど部屋を訪ねてもいらっしゃらない様子だった。午後の巡察にもう出られたのだろうか。時間は午後三時少し過ぎ。

しばらくして部屋に届けられたのは…生のバナナが一本。おやつの強制配給らしい。昼におやつに晩にと毎回バナナを出されるとは、一体どれほど余っているのだろうか。今日はもう三本も頂いたので、しばらく視界に入れたくなかったけれど仕方がない。受け取ってもそもそと食べる。美味しいけれど!甘くて美味しいけれども! 「生だからいけないのかな」最後の欠片を頬張りながら、独り言が漏れた。

「あの…失礼します」

部屋の外から声がしたので慌てて口に含んでいたバナナを飲み込む。どうぞと促すとゆっくりと襖が開いた。「今いいですか?」開いた先にいたのは割烹着に頭巾と給食員スタイルの山崎さんだった。何だろうか。コソコソと部屋に入ってきた彼は軽く首を傾げている私の耳元で囁いた。


「少し手伝って頂きたいのですが」
「お手伝いですか?構いませんが」
「よっし!いやぁー助かります。この事は沖田さんには内密に。後で俺が叱られますからね」
「え?それってどのようなお仕事ですか?」


不安に思い尋ねると、これまた当番制の夕食の準備を手伝ってもらいたいとのこと。何だ。てっきりもっと危険やら汚いやらキツい3Kのお仕事かと思いきや、意外と普通。私が手伝っている事は沖田さんにバレてはマズい(?)らしく、彼が屯所に戻ってくる大体の時間(勤務形態から予想しているらしい)までには終わりますからと念を押される。「こちらに」と連れ出されて、後を付いていくと食堂内の勝手場にたどり着いた。
数十人の隊士の胃袋を満たす料理を作るには、一般家庭程度のものではなく料理屋くらいの大掛かりな設備が必要なのだろう。それを普段は真選組として働いている隊士が交代で取り仕切っているからまたすごいの一言。厨房の奥へと案内されると家庭用の冷蔵庫が三つほど並んでいた。まるで寮とでも言うべきか。個人のものは記名してここで管理しているらしい。名前を書かなければ数時間後にはなくなっている事も。山崎さんが一つを開くとペットボトルのジュースやらプリンやらが所狭しと詰まっていた。二つ目を開けてみる。上段にマヨネーズが三本も置かれているではないか。おまけに「土方」とでかでかと書かれていた。昼に恐ろしいほど使用していたのを見ていたので納得。ちなみに2日くらいで無くなるらしい。


「今日の晩御飯はカレーです。昼が一番メニューが豊富で選べるんですが、夜は大体一種類になってるんですよ」
「へぇーそうなんですね」


おそらくデザートはバナナだろうけど。なんて思いながら再び厨房に入ると寸胴鍋から美味しいそうなカレーの匂いが漂ってくるではないか。数人の隊士が既に夕餉の支度を進めているようで、まな板の上には大きめに切られたバナナが見えた。輪切り?乱切り?それも結構な量だ。これから何をするのだろうか、と切られたバナナを眺めていると調理に当たっていた隊士の方が教えてくれた。大量のバナナ消費の為にカレーの隠し味兼具材に使えないだろうかとのことらしい。

「カレーにバナナ?」

酢豚にパイナップルじゃあるまいし…それも賛否両論あるくらいだ。ちなみに私はパイナップル入れないで欲しい派だったりする。隠し味に少々くらいなら問題ないだろうが、切られたバナナは、煮込まれている玉ねぎ人参ジャガイモのどれかに匹敵するだろう量だ。カレーの風味は勝るだろうが、それでも間違いなく口に入れたら存在を主張するやつ。「あの…この量は無いと思いますが」そこはかとなく伝えてみた。

「いやもう俺等バナナ見るのも辛いんで!」
「なんかもうゴリラにぶん投げたくなると言うか」
「近藤さん見ると怒りがこみ上げてきて」

最後のは関係ないように思えるのは気のせいだろうか、と言うのは口にしないでおこう。割烹着姿の隊士の進言を胸にどうしたものかと考えてみる。まな板の上には既に輪切りになったバナナが山積み。このままだとカレーの具材として寸胴の海…むしろ泥沼に放り出される定めだ。おまけに結果としてはカレーのスパイシーな風味と変に共存して甘味を主張し、食べた人間のテンションをだだ下がりさせるだろう。
何か別の事に使えないだろうか。ついでに生のバナナ地獄からも解放される手段として何か。バナナの在庫を尋ねると数十房あるらしい。結構な数だ。それだけのバナナを隊士が嫌わずに消費できる方法。無いな。…それ以上は浮かばなかった。

「うーん。お菓子でも作ろうかしら」
「え?」

捨てるも駄目にするももったいない。ならばせめて生のバナナではなく、別のものに加工してしまおうという考えだ。近くにいた山崎さんに材料の有無を確認する。調理器具に調味料は一通り揃っている。小麦粉に卵に砂糖にバター…はないのでマーガリン。必要分はありそうだ。「一体何を?」不安そうな声で尋ねる山崎さん笑いながら言う。


「パウンドケーキです。材料も少なくて済むので。バナナ多めですけど!」


必要なだけ計量し順に混ぜていく。それ用の焼き型が見つからなかったので苦労したが、代わりになりそうなものを見つけたので良しとしよう。四角ではないけれど。生地を混ぜ合わせて型に少し流し込む。輪切りのバナナを綺麗に敷き詰めて残りの生地を注ぐ。飾りの為に上にも乗せておこう。温めておいたオーブンにいくつか突っ込むとスタートボタンを押した。
焼き上がり冷ましておいたケーキを切り分ける。半端になった小さめのケーキはその場にいた全員で味見だ。一口食べると優しいバナナの甘さが広がった。うん、悪くはない。

「あーうめぇー」
「これ本当に毎日俺等を苦しめてたバナナっすか!?」

切れ端はあっという間になくなってしまった。バナナ味なのは変わらないにしろ形態を変えたのはどうやら効果(?)があったらしい。 隊士の人数分に切り分けると小皿に乗せて配膳の準備を整えておく。
晩御飯の時間が、刻一刻と迫ってきている。


真選組はわからないけど、副長はきっと几帳面&器用だよね。たぶん。
20200801*星宮はちこ   裏語